#27 作戦は宵闇の中で
翌々日。
日が落ちて暫く経つ。宵闇の中、私、クォートラ、そしてツォーネはアウタナの広場に介していた。
先日を部隊再編に充て、フリクテラの動きを待っていた所先ほど私が動かしていた別動隊より一体のドラゴニュートが帰還。報告を持ち帰って来たのだ。
フリクテラより派兵あり、と。
ゼンビアーノの行動の速さには感心する。私が軍を動かしたこともわかっていたのだろう。私の別動隊はアウタナからフリクテラまでの最短ルートを大きく外れ、大回りするようにしてフリクテラ近郊に潜ませている。アウタナへ派兵してきたという事は、別動隊の動きはアウタナを出た辺りまでしか察知されていないのだろう。
餌が役に立った。
わざと逃がしてやった捕囚どもには徹底して拷問めいた扱いの最中で魔族軍の士気の低さと後退のうわさをわざと流しておいた。
あそこまで痛めつけられた連中は私たちへの憎悪に燃えている筈だから、私たちが弱腰になっているとわかればすぐさまフリクテラの騎士たちに泣きつくだろうと思っていた。
人間は自分達では勝てない嫌悪する相手を、他人にすがって排斥したがる。うまいこと私たちへの憎悪のままに、誤った情報をゼンビアーノに伝え、見事派兵してきたという訳だ。
であればあとは刈り取るのみ、だが。先日見たフリクテラの青いマントの騎士たちは一筋縄ではいかない。とくにあの団長はツォーネにしか止められまい。
私はちらりとツォーネを見る。
ツォーネはこの前の一件もあって随分余裕の姿勢だ。おそらくツォーネは、私が成功しようが失敗しようが全てが自分の利になると思っている。ああいう輩は、見たいものしか見ない。見たくないものを恐れているからだ。そういう手合いはリスクを理解しているくせに回避できない。だから足元を掬われるし、不利と分かっていても撤退もできないのだ。そんな輩にフリクテラが落とせるものか。私がやる。
「……昇進意欲だけは一丁前な馬鹿な同僚がいると苦労する」
「姫?」
「こっちの話だ」
ツォーネに聞こえないように吐き捨てた私は作戦の準備のために上着を脱いでクォートラに渡す。
アウタナ落としで私を目撃したものは全員死亡しているか、魔王城で奴隷になっている。未だ悪魔の相を持つ者への警戒も特にはないはずだ。
まして、あの吊るしに反応して攻めてくるような輩には、こういった作戦が効く。
「姫、貴女がそのようなお召し物を」
「要らんことを気にするな。それに、着慣れたものだ。懐かしい程にな」
将軍用の上着を脱ぎ、インナーの上にぼろ布のフードマントを纏った私にクォートラが渋い顔で言うので、私は笑って答えてやる。
出来るだけみすぼらしい格好の方がいいし、この髪は隠さねばならない。万が一という物がある。
「しかし本当に姫自らが? あまりに危険すぎます」
「私以外にできないだろう。最適任だ。大丈夫だ、うまくやる」
クォートラはどうにも私のやることに最近つっかかってくるな。真意は不明だが。魔族が人間を過保護な訳もあるまいし。
兎にも角にも作戦だ。やると決めたらやる。もう敵はそこまで来ているのだから。
「では、私は所定の場所で待機する。合図まで待てと全員には伝えておけ」
クォートラが返事をして軍に命令を伝えに行く。
そして。私はツォーネに向かい合うと腕を組んでつまらなそうにしている彼女にも命ずる。
「ツォーネ将軍も、手筈通りに頼むよ」
「……わかっていますわ。うまくいくとは思えませんけど。こんなもの、正気じゃないですわ」
説明した作戦に未だ不満があるようだが、一度は手を貸すと自分で口にした手前、従うには従うらしい。
「わざと敵を懐に入れるなんて、狂っていますわね」
「……私は目的の為ならば狂人にもなる。そしてその正しさは結果で証明しよう」
ツォーネがフンと鼻を鳴らして自分の配置につく。彼女の軍も頼んだ位置に配置した。今回の戦い、攻めて来たフリクテラの騎士と戦うのはあくまでツォーネの軍だ。あれだけ不快な目にあわされたのだから、働いてもらわねば釣り合いが取れない。
私は自分の唇を指で撫でながら移動するツォーネの背中を一瞥した。
と、ゴブリンが一匹足早に私たちの所へ駆けて来た。見張りをさせていた奴の一匹だ。それがここに来たという事は。
「奴ラ、来タ! 騎士、来タ!」
お出ましか。ゴブリンは報告を済ませるとすぐさま身を隠した。ツォーネ達も移動を開始する。そして少し経った後、街中を照らしていた松明の明かりが全て掻き消えた。アウタナは完全なる闇に溶ける。薄暗い中全軍が移動し、広場に私一人となったところで、私は天を仰いでにやりと笑う。
「さて、正義ぶった騎士たちにはおあつらえ向きのシチュエーションを用意してやる。捕らわれの姫役など、少し気恥しいがな」
そう言って私はフードを深くかぶった。
♢
「これは一体どう言う事だ」
戦闘を進む青翼騎士団団長セグンは表情こそ変えずにいたが明らかに驚きを含んだ声色で呟いた。
視線の先は要塞都市アウタナ。10年にも渡り度重なる魔族の侵攻を跳ね返し続けた難攻不落の要塞。つい一か月前謎の陥落を遂げた街。今は魔族の居城になっている筈のその壁に囲まれた都市が、どういうわけかセグンの驚愕の理由なのだ。
何人さえ通さなかった勇壮なるアウタナの正面大門は完全に開放されていた。
一切の魔族の影は見られない。松明の炎も見えず、正門から覗き見える街中は静寂と闇に包まれていた。
セグン達青翼騎士団に率いられるアウタナ奪還軍に動揺が走る。実にフリクテラの戦力の7割にもなる奪還軍は、その異常な様相にざわめいていた。
(どういう事だ? まさか本当に魔族どもはアウタナを棄てて撤退したのか)
これにはセグンも動揺を隠せない。彼は正直なところゼンビアーノが保護したという捕囚の話を半信半疑だと考えていたのだ。アウタナを棄て撤退するのは、あまりにも勿体なさすぎる。いかな魔族とてアウタナに籠城されればそれなりに厄介だ。だというのにどうだこれは。防衛の兆しどころかゴブリン一匹出てこず、門は開け放たれている。
セグンは少し訝しんだのち部下に命ずる。
「斥候を出せ。正門付近を偵察だ」
副官が頷き、10名ほどの騎士が先んじてアウタナに入る。
そして数十分後、偵察の騎士たちも驚いた顔で戻って来た。
報告内容としてはその表情通りで、まるでもぬけの殻。正門付近は物音ひとつせず、焼け落ちていない家屋もいくらか開けて回ったが中には何もいなかったという。そして、街中には乱雑に焼かれただけの人間の死体が散乱していたと。
まさか、魔族どもは撤退に際して捕虜を殺害でもしたのかという疑念が一瞬セグンの脳裏に浮かび、彼を焦らせた。実際焼かれていた死体はアウタナ落としに際した犠牲者の亡骸の処分が追い付いていないだけであったが、あえて放置したココットの策略でもあった。当然、セグンはそれに気づかない。魔族が心理的な戦術を行ってくるなどとはまるで思っていないのだから。
此度の出陣は危険性から望ましいものではなかったが、来てしまったのであれば救える命は救いたいのが彼の本音だ。
少し悩んだのち、セグンは進軍を決意する。
アウタナの街に踏み入った軍勢は隊列を組み、街の中央を走る大通りを歩く。先頭を歩くセグンも実際自分の目で街中を確認し、その静けさに気味の悪さを感じていた。
「魔族ども、おりませんな。やはり情報は正しかったのでは?」
「まだわからんが……」
セグンはあまりの不気味な静けさから副官の言葉に素直に頷けなかった。しかし、街を歩くほどに配下たる騎士たちは敵がいないことに安堵していく。やがて魔族の腰抜けどもめ、などと嘲笑う声を皮切りに、油断が見え始めていた。
セグンとしても、戦わずしてアウタナを奪還できるのであればそれに越したことはない。いまやセグンの胸中は、静けさを不気味に思いつつも生存者はいないかという一点に絞られつつあった。
いつしか雑談すら始まった戦闘団。これだけ静かなら万が一魔族が出てきても逃げ遅れの下級魔族だろうくらいに思い始めていた。
セグンはその様子にやれやれと首を振る。青翼騎士団はまだしも、率いられる戦闘団は民兵上がり。戦いの最中に油断が見えるのはいい傾向ではない。
と、そんな折である。副官が声を上げる。何かを見つけた。
「セグン様、あれを」
「あれは……」
セグンが副官の声に顔を向けると、正面の暗がりの中、脇の路地から通りへと何かが動きを見せた。
反射的に剣に手を伸ばすセグン。しかし、すぐに目を丸くした。セグンらの前に飛び出してきたのは小柄な影だった。ぼろ布のフードマントを纏うが、背丈や体格から幼い子供、それも女の子。
フードからわずかに覗く口元が歪んだ。恐れおののくような様子と短く漏れた悲鳴。その子供はセグンらを見るや否や後ずさる。
「生存者か……!」
セグンにとっては朗報。全滅かと思われていたアウタナにまだ生存者がいた。情報は正しかった。おそらくは魔族に捕囚として生かされていた所を、撤退した魔族に捨て置かれたに違いない。
セグンら騎士たちは一瞬安堵した後、この幼女を無事保護せねばと思った。正義感の強い騎士たちはすぐさま行動せんと動く。しかし。
「ひぃっ、来ないで! 助けてえ!」
子供は恐怖の混じる悲鳴を上げながら脱兎の勢いで走り出したのだ。
これにはセグンらは慌てた。驚かせてしまったのか。いや、魔族に付けられた心の傷が深いのか。なんにせよ、保護しなくてはという思いに変わりはない。セグンら青翼騎士団は急ぎ甲冑を鳴らしながら子供の後を追った。戦闘団たちもその後に続く。
「待ってくれ! 我々は敵ではない! 安心してくれ、君を助けに来たんだ!」
セグンや騎士たちは口々にその幼女を安心させようと優しい声色で語りかけながら後を追う。
しかし幼女は「来ないで、嫌っ!」と怖がるばかりで一行に足を止めてくれない。しかし、突然幼女は足をもつれさせ転んでしまう。
セグンは転んだ幼女を助け起こそうと歩み寄るが、怯えて後ずさる幼女の様子に、まずは安心させる必要があると足を止める。
「落ち着いて聞いてくれ。私たちはフリクテラから来た騎士だ。君たち生き残りを助けに来たんだ」
出来るだけ落ち着いた声色でそう伝えるセグン。幼女はフードを深くかぶり怯えた様子で居るが、セグンの言葉に反応を見せる。
「本当に、助けに来てくれたの……?」
返答があったことに喜んだセグンは、さらに一歩進み出た。
「ああ! 必ず安全なところまで君を保護する。心配しなくていい」
「じゃあ、みんなも助けてくれますか……?」
ゆっくり立ち上がった幼女は、震える声でそう言った。セグンは驚く。そして喜んだ。まだほかにも生存者がいる!
セグンは頷いた。必ず全員救って見せる。民を守る事こそ、正義を行う騎士の矜持。
幼女も少し安心したような声色で息を吐いた。そして、すぐに逼迫した様子に戻ると、セグンに言った。
「案内します……こっち……! みんな隠れています……!」
「わかった、頼む」
セグンの言葉を皮切りに駆けだす幼女。セグンは背後の戦闘団に腕を上げてついてこいと指示し、幼女の後を追う。
ガシャガシャと鎧の音を鳴らし、松明の炎に揺られながら走る騎士たち。幼女の足取りは決して早いとは言えず、息切れしているのか荒い息遣いも聞こえる。足も震えている。怯えているのだ、きっと。
余程怖い思いをしたのだろう。纏う布は薄汚れているし、自分たちを見た時のあの怯え様。自分たちが騎士であると始め分からないくらいに錯乱していたに違いない。
魔族どもめ……! セグンは怒りに燃える。しかし今は、生存者を救うのが先だ。自分もひどい目に遭っただろうに、あんな若い幼女が、いの一番に自分たちに助けを求めず、ほかの仲間を助けてと懇願して来たのだ。その思いに必ず答える。あの幼女も、絶対に救って見せる。
セグンは深く決意し幼女の後についていった。
やがて、幼女は広場に辿り着く。中央に噴水のある広場だ。噴水の中央には女神を象った像が立っている。そして広場には乱雑に木箱や樽が置いてある。
幼女は足早に広場の噴水の前まで走っていく。後を追おうとしたセグンだが、幼女が「ちょっと待ってて。みんな怖がるから」と言ったので、広場の入り口から中央を割けて戦闘団を整列させた。
広場に次々入ってくる戦闘団を指揮しつつ、セグンは周囲を見やる。
多くの木箱。焼け焦げた肉の匂い。広場にも焼かれた死体が多く転がっている。鼻が曲がりそうだ。
こんな場所に生存者が? と思ったが幼女がここに案内したのだ。何かがあるのだろう。
と、幼女が噴水前で立ち止まり、こちらを見た。
セグンは幼女に少しだけ歩み寄る。距離にして25m程か。
幼女はうつむいたままじっとセグンに相対する。どうしたのだろうかと訝しんでいるセグンに幼女は口を開く。
「……本当に助けてくれるんですよね」
セグンはその震える声色に、未だ自分が信用されていないのではと勘ぐった。なのでセグンは、両手を軽く開き、誓って答えた。
「ああ、必ず救う」
そう言ったセグン。幼女はその言葉を聞いて、なぜか笑みを零した。
「……これでも救ってくれるのか?」
その口元がにやりと歪む。驚くセグン。そして幼女はセグンの見ている前でゆっくりと目深にかぶったフードをまくって見せた。
セグン含め戦闘団や騎士たちにどよめきが走る。暗い夜の闇の中まばゆく輝く雪のような白い髪。そして、血のような赤き瞳。かわいらしく整った顔立ちの幼女は、セグンを試すような眼で見やりながらおぞましい笑みを浮かべていた。
その姿を見て、セグンの隣にいた副官が声を漏らした。
「悪魔の相……」




