↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/122

#23 撤退

 





 ツォーネ出立より三日後。


 フリクテラ大門前平野。


 時は夜。闇夜の中。ツォーネのフリクテラ攻略進撃が開始され、戦端の火蓋が切って落とされてから数刻。そこかしこで兵士や魔族の雄たけびや、金属がぶつかり合う音が響く。



「こいつらッ……殺しても殺してもキリがないですわねッ……ってか押されてンの!? はァ!? ざっけんなよクソッ!」



 ツォーネは悪態をついていた。


 彼女の振るう突撃槍は薙げば騎士たちの腕や足が舞飛び、突けば一度に3人を串刺しにするものであったが、ちぎってもちぎってもわいてくる騎士達にじりじりと後退を余儀なくされていた。


 何より、ツォーネがいくら奮戦したとて、戦線で見れば押されている現状。自分だけ突出しても意味はない。包囲されるのがオチだ。であればツォーネも否応なしに下がるしかなかった。


 まったく忌々しい限り。少し押せばすぐに騎士たちはフリクテラにまで後退し、籠城戦をする。


 此方が攻城戦に疲弊したところで再び怒涛の勢いで打って出てきてはこちらの戦力を削っていく。


 そんな何度目かの押し引きは数時間にも及び、時間が経つ程に明確にツォーネの軍は不利になっていった。


 正面切ってのぶつかり合いではなく、完全に持久戦の構えのフリクテラの騎士たちに、手ごたえのないままじわじわ戦力が削られていく有様が、ツォーネには理解できなかった。


 どれだけ身体能力で勝る魔族であろうと、遅滞戦闘に努める人間たちにより決してまともにはやり合えず、戦線を膠着させられたところで大砲による砲火に曝される。無理やり戦線を押し上げてもするりと籠城戦に逃げられ防衛機器により被害を負う。


 被害を顧みずに突貫すればあるいはいくらかは抜けられるかもしれないが、フリクテラ戦力の中でも抜きんでている青翼騎士団がそれを許さない。



「雑魚どもが小賢しいことをッ! わたくしの前をあくまで遮る有象無象はッ……塵芥になってもらいますわッ!」



 ツォーネが激昂し、突撃槍を地面に突き立てる。そこから奔る衝撃は地面を大きく裂きながら不可視の爪めいて騎士団に襲い掛かった。


 見えない刃に切り裂かれ、地面の陥没に体を飲み込まれ、騎士団には決して少なくない打撃が浸透する。将軍クラスの上級魔族の戦闘能力は一個人で戦場を動かすもの。しかし、それでもなお青翼騎士団に率いられるフリクテラ防衛軍の勢いは止まらない。



「ツォーネ様! あの青い布を纏う騎士の奮闘凄まじく! 兵が浸透しきれません!」


「てめーらに言われなくてもわかってンだよッ......ですわッ!」



 部下の報告に怒鳴り散らすと、ツォーネは突撃槍を構えて疾駆した。黒く長いツインテールを軌跡めいて靡かせ弾丸のようにフリクテラめがけて走る。


 危険のある突出ではあるが、もはや停滞した戦況を変えるにはこれしかない。


 もはや自分が楔を打ち込むしかない程に戦線は押されている。無論撤退などありえない。だからこそ。ツォーネは進路上の兵を薙ぎながら走る。だが。



「大将首とお見受けする」


「ッ!」



 直上よりの声と共に銀の剣の煌きが目に入った。反射的に顔を上げればたなびく青いマントを纏う騎士が跳躍からの一撃を見舞わんと迫るところであった。


 ツォーネは舌打ちをしたのち急速停止。地面を削りながら足をしかと突っ張りその一撃を受ける。重い。


 中年に見える髭を蓄えた顔には、ただならぬ気迫を感じられた。



「青翼騎士団長セグン。魔族の侵攻、まかりならんと知れ」


「劣等種が一丁前にわたくしを阻むかよッ!」



 ツォーネは額に青筋を浮かべながら膂力に任せて槍を振りぬく。セグンは膂力では叶わぬと察し力を流す様に打ち払うと距離を取る。


 ツォーネとセグン。両軍の頭が戦場で向かい合う。


 怒りのボルテージを必死に下げようと一度咳をして呼吸を整えたツォーネは、セグンにニヤリと笑って見せた。



「……わたくしは魔将軍ツォーネ。あなたたちのようなゴミに道を塞がれていい存在ではありませんの。そういうわけで逃げるか死ぬかしていただきたいですわね」


「それはこちらも同じ事。将軍である貴様を獲れば戦は終わる。覚悟してもらおう」



 自分を獲ると言い放ったセグンにツォーネは再び怒りが込み上げてくる。



「思い上がりも甚だしいのでは? 覚悟をするのがどちらか……教えて差し上げます」



 目尻を痙攣させながらも突撃槍をセグンに向け、そのまま突撃。セグンは腰を落とし深く構え、剣を両手持ちしツォーネを迎え撃った。




 ♢




「見事に劣勢だな」



 ツォーネ達の戦いを空から観察していた私はクォートラの背で呟いた。



「あの騎士、相当なやり手ですな。将軍クラスの魔族と張り合うとは」


「あの青いマントの騎士たちが主力なのだろう。周りの戦闘団と練度が違うように見える」


「おそらくは民兵でしょうな。見てくれはよい装備に見えますが、動きが荒い。いや、民兵にしては戦え過ぎている程ではありますが」


「あの騎士たちの指揮か。随分とこれは想定外だが、逆にやることが明確になった。あの騎士たちさえ葬ればあとは有象無象ということだ」


「違いありますまい」



 クォートラがグルルと笑った。


 眼下で打ち合うツォーネと青マントの騎士の戦いは一進一退。ほぼ互角……に見えるが、よく見ればツォーネがじわじわ押されている。


 おそらくは頭に血が上ったツォーネが精彩を欠いた戦い方をしているためだろう。とはいえあの騎士の練度はすさまじい。二人の戦いの余波も凄まじく、剣戟の応報は大地を割り、近くの魔族や騎士を衝撃で吹き飛ばすほど。


 思えば私自身この世界の戦いらしい戦いをしっかりと見るのは初めてだった。魔族の常人離れした力は納得もあるが、この世界の人類にもあのような力を持った者がいるということは、どうしようもなく苛立たしいものだ。


 勇者や聖鎧騎士だけだと思っていたが、こんなところでここまでの実力者をお目にかかるとは。


 しかしやることは変わらない。仕込みもしてある。



「とりあえず頃合いでツォーネを連れて撤退する。攻撃は行うなよ。撤退はできるだけ無様にな」



 今後の作戦の為、我々は理想的な敗走を演じなければならない。故に幾らチャンスがあろうとも攻撃はご法度。今回の撤退の本懐は、敵の士気を上げることにある。



「しかしツォーネ将軍が大人しく撤退に応じるでしょうか」



 クォートラの懸念はもっともだ。しかし、撤退してもらわねば困る。もっとも、どれだけ阿呆でも将軍であれば己の役目を自覚しているであろう。怒りで忘れているなら思い出させてやるだけだ。



「撤退してもらわねば困るのは我々だ。……ツォーネの軍は3割ほどやられたな。理想的な壊滅じゃないか。普通ここまでやられれば勝手に撤退してくれるのが道理だが……ツォーネは周りが見えていないらしい。そろそろ行こう。真の意味で全滅されては我々がフリクテラを落とせなくなる」


「は」



 クォートラの背にしがみつくと、それを合図にクォートラは上空を旋回していたドラゴニュートの群れから単騎体を捻って戦場へと降下していった。


 急降下の風圧に、クォートラの背にへばりつく様にして耐える。戦場の喧騒がどんどん近づいてくる。



「姫、振り落とされませぬよう」


「今更言うか? それよりお前も弓なんぞに当たるなよ!」


「ハハ! 人間どもの矢になぞ当たればドラゴニュートの恥にございますな!」



 唸りもはや落下と言える形の直下飛翔をするクォートラの姿に、地上の兵士たちも気づく。



「ドラゴニュートだッ!」


「大きいぞ! 弓兵! 弓兵ーッ!」



 唐突な空からの竜人の出現にも驚きこそすれ隊列などは一糸も乱れぬ人間どもは、号令に呼応して次々に矢を弓につがえ、弦を引き絞る。きりきりという音が張り詰め、やがて一息の下に矢が放たれた。


 クォートラは己に放たれた矢の悉くを、その巨体に見合わぬ速さで回避する。回避しきれなかった矢でさえ、口から放たれる炎で焼き落とす。私は必死に振り落とされまいとしがみついてはいるが、上下左右からかかる軌道による負荷に目を閉じ歯を食いしばった。幼女の体の握力でどれだけ耐えられるものか。一応命綱めいてロープでクォートラと繋がってはいるが、いつまでもつかはわからない。


 矢を避けながら飛翔するクォートラも気を使った軌道を取っている筈だが、それではいつ矢を受けてしまうともわからない。


 故に、私が耐える所だろう、ここは。


 そして戦場の上を飛行し私たちは目的の場所、即ちツォーネと敵の将との戦いの場へたどり着く。


 上空に到着するや否やクォートラは敵将へ向けて火炎を放った。ごう、と勢いよく放たれた炎には殺意が宿っている。これで倒せれば良しとの構えだ。しかし、敵将もツォーネから距離を取り飛び下がって火炎を回避する。ならばとクォートラは火炎を薙ぐように吹き放ち、ツォーネと敵将との間に火炎の壁を作る。


 すかさずクォートラは唐突な横やりに唖然としているツォーネの元まで舞う。



「あなた……あの人間の所のドラゴニュート……ッ」



 ツォーネがクォートラを見やり言う。その目には様々な感情が宿っているのが分かる。後方待機のはずのあの小さな人間の手勢がなぜこの戦場にいるのか。そんな目だ。


 私はクォートラの背から身を起こし、ツォーネを見下ろした。



「ツォーネ将軍、潮時です。撤退のご決断をしていただく」



 私の歯に衣着せぬその発言にツォーネは酷く怒りをあらわにする。


 致し方ないか。自分の戦場に後方待機している筈の同格が現れ撤退を進言したのだ。お邪魔虫もいい所といった所だろう。だがそんなことを言っている場合ではないと自覚してもらう。



「何を突然……」


「周囲に目を向けてはどうか。このまま戦った所で意味はない」



 ツォーネの言葉を遮り私は語りながら腕を使って視線を誘導。つられたツォーネがようやっと戦線に目を向ければ、散々たるもの。


 逸って突出したツォーネも楔を打ち込めずにいたため、ただただ指揮系統の混乱を招き、結果として乱雑な戦いを助長するだけとなってしまったツォーネの軍は半壊している。ようやくそれに気づいたか、ツォーネも慌てた様子で首を回し惨状を眺めている。



「撤退を、ツォーネ将軍。このままでは完全に全滅する。早々に引いた方が賢いですよ」


「馬鹿なッ! このわたくしが人間に此度も敗北するなどとッ」


「敗北しないために退くのです、ツォーネ将軍」



 私は冷たい目で見降ろしながら言う。



「先を見据えて頂きたい、ツォーネ将軍。下がることは恥ではない。このまま戦ってもフリクテラは落とせません。愚直な戦を続けて本当に敗北すれば、それこそ魔王様にも面目が立たない筈では?」


「くッ……」



 ツォーネは歯ぎしりをする。苦悩しているらしいが魔王という言葉には流石に反論ができない。不利を自覚しているからだ。ツォーネが単身突貫したのを見て私はツォーネの心理を概ね把握していた。浅はかな単身突撃は無謀と言わざるを得ないが、そうさせたのはツォーネの焦り故に撤退を促す材料にもなる。


 つまりは、そのまま続ければ敗北するからさっさと退け。



「時間はあまりありませんよ、ツォーネ将軍。我々が殿を務めましょう。早くアウタナまで後退を」


「アウタナまで!? 何を馬鹿な事を! それでは一時の撤退どころか完全に敗走ではありませんの!」


「否ですよ、ツォーネ将軍。仕切り直し、という事です。ツォーネ将軍の軍も再編せねばなりませんし、半端に後退したところで再進撃は叶いますまい。ここは英断を期待します」


「ちぃぃ……」



 ツォーネは迷いながらも改めて戦線を見る。混乱した魔剣士達も統率の取れた騎士たちに各個撃破されている。次々損耗していく自軍にツォーネは肩を震わせ突撃槍を握る手に力が入っているのが分かる。そして、私の言っている言葉が正しい事も。


 腐っても将軍であるならば、どれだけ高飛車だろうが事の次第は理解できるだろう。



「……後退、しますわ。私はなんとしても朗報を持ち帰らねばなりませんの。一度仕切りなおします。ココット将軍……殿をせいぜいやってくれるのですわよね?」


「無論ですよ。ご安心を」



 ツォーネは一度ギロリと私を睨んだ後、飛び下がる様にして戦線に戻る。


 自殺志願者でなくてよかった。さて、ツォーネは下がった。ほどなくして撤退が始まるはず。であれば次の仕事にとりかかろう。


 そして、戦線に動きあり。ツォーネも号令を出したらしい。軍が後退を始めた。


 それを見た私の合図でクォートラが吠える。同時に空に待機していたドラゴニュート達が一斉に降下してくる。


 迎撃の矢は空より襲い来るドラゴニュートに向けられ、ツォーネ達への追撃から注意を逸らす。


 同時。背後よりの殺気にクォートラが身を捻る。急な軌道にあやうく落ちそうになるが、先ほどまでツォーネと戦っていた騎士が炎の壁を抜けて襲い掛かってきていた。


 クォートラは回避軌道そのままに大きく上昇する。私は身をかがめていたから顔は見られていないだろう。


 そのまま大きく上空に羽ばたいた私たちを、騎士は見上げ、剣を鞘に納めた。私たちの撤退の意志を汲み取ったのだろう。



「ならば後は置き土産を置いていくだけだな」



 再びクォートラが吠えると、ドラゴニュート達は撤退するツォーネ達の後ろに付く様にして飛翔する。そして、その足でつかんでいたモノを離し、ロープでつないだそれを宙ぶらりにした。騎士たちに見えるように。



 それを見た青マントの騎士団長……セグンは目を見開いたのちに、歯をぎりりと食いしばる。



「外道めが……!」



 呟くセグンの視線の先には、ドラゴニュートの足からぶら下がる、人間の女子供が悲鳴を上げながら助けを請うている姿があったからだ。


 人質。そして、餌。


 私の命令で連れてきていた奴隷たちを盾と挑発のため見せびらかした。概ね効果はあったようで追撃しようとしていた騎士たちも足が止まっている。動揺で足を止めたか、追撃停止の命令でも走ったか。


 私は眼下のその様子を眺めた後、にやりと笑って騎士たちを一瞥する。


 この行為に込められたメッセージを連中が正しく受け取ってくれることを期待しよう。それこそが目的の一つ。即ち、我々は生きた人間を捕囚にしているぞ、という事。



「奪いに来い。助けに来い。そうでなくては貴様らも私と同じ外道だぞ、人間ども。くく、ふふふっ!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。