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#2 望まれない生

 


 街の領主である高名な貴族の家に生まれたらしい私……ココットは、はじめこそ血の繋がった娘として領主たるアウタナ伯の計らいで屋敷の奥で隠されるように育てられていたが、雪のように白い頭髪が生えそろった頃、周囲は私を恐ろしがった。


 前世で生きた30年余の記憶と人格を有していた私は見た目幼い幼女らしからぬ落ち着いた、いや落ち着きすぎて生気すらない様相も相まって大層気味悪がられたものだ。


 産まれたばかりの赤子の時も、産声はおろか泣き声一つ上げずにただただぼうっと虚空を眺めた私はそれは不気味に映っただろう。私には活力というものが全く無かったのだ。


 もとより二度目の生など望んでいなかった上にこのような異世界と呼んで差し支えのない世界に、性別すら変わって産まれ落ちたと言うのだから無理もないだろう。


 やれ父親だやれ母親だと言われても自身にとっての両親はほぼ関わりをなくしていたとは言え前世に置いてきてしまったし、一度自身が死んだ記憶もあるのだからまさしく生ける屍というやつだった。


 事故でぐちゃぐちゃに自分の体が拉げた感覚がまだ残っている。初めは本当に自分が死後の世界にいるのだとさえ思った。


 どうせ自分が死んだ先に行く場所など、地獄だと思っていたのだが。私はそんなことを思っていたと思う。まさか異世界などとは。


 しかして、それは当たっていた。


 ……確かにこの世界は地獄だったのだ。




 アウタナ伯の屋敷での暮らしは、生存するだけならば不自由はなかった。


 周囲は私を恐ろしがりながらも、確かにアウタナ伯と血のつながった娘として、衣食住には困らなかった。だが、それだけだ。


 衣服や食事は自室に勝手に用意されるだけで誰とも顔は合わせない。用意された服も簡素なもので、食事はパンとスープ。たまに残飯。ふらふらと興味本位で部屋を抜け出し廊下を歩いている時に女中とすれ違えば、陰口や恐れの言葉が聞こえて来た。そしてすぐどこからか現れた屋敷付きの騎士達により部屋に連れ戻される。


 そして悪魔の相を持って生まれた私という存在は、決して公にはされなかった。部屋から出るなと躾もされた。まるで軟禁だ。


 アウタナ伯も自分の血統から悪魔を出したなどとは知られなくなかったのだろう。私は徹底して外界と遮断されていた。


 私は悪魔の相という物が何を意味するのかはほとんど知らされなかったが、読むことを許されたいくつかの本を読み、この世界の状況を知り、成程と思えるほどには至った。


 即ち、死を連想させる白き毛髪と血の色たる紅き瞳を持つ子は、悪魔の子の証であると。


 このエルサレアという世界で魔族と戦争状態になっているらしい人類が、そのようなオカルトを信奉していてもおかしくはないが、まさかそれが転生した自分に表れているとは。


 これは、あれだ。忌子というやつか。


 諸々の事情を理解した私は、自分の前髪を指でいじりながら、これではいつ殺されてもおかしくないのではないかと思った。第二の生を得てこれでは、まったくもって笑い話にもならない。




 しかしすべては、自分の産みの親であるかのレイメの決死の説得で、自分が生かされていると知った。




 私を生んだ女性、レイメはアウタナ伯の妾であり、お気に入りだったのだ。


 金の髪を持つ美しい容姿の女性。


 元は奴隷の出だったと聞く。アウタナ伯に買われたが大層気に入られてしまい妾にまで登用されたのだという。


 そしてアウタナ伯は政略結婚しあまり仲が良くない正妻夫人より、美しいレイメとの子を欲し、跡取りにしたかったのだ。


 レイメはよく私の部屋にやって来てくれて、いろんな話をしてくれた。


 子供らしからぬ精神を持つ私は彼女に子供らしく接することはできずに、ただただ話を黙って聞くだけであったが、彼女は私のそんな姿に常に微笑みを持って接してくれた。


 この女性が母親だと言われようが複雑な思いではあったから、あくまで他人行儀になる私にも文句ひとつ言わず、屋敷に軟禁されていると言っても過言ではない私に唯一好意的だったのがレイメだ。


 私はそんなレイメにすら、笑顔を見せることはできなかった。




 私はある日の夜、家族とやらや女中が寝静まった後、こっそり屋敷の中を探索したことがある。


 抜け出すことを許されていない身だったから、ちょっとした冒険だ。


 その日はいつも立ち入るなと言われていた場所にも平然と立ち入っていた。どうせ誰もいないだろうと思っていたのだ。


 蔵書に侵入し、だれも読まず数だけ蓄えた本棚の中から埃すら被っている本を何冊か抱え、部屋に持ち帰り読む。数少ない娯楽だ。悪だくみをしているようでワクワクしていたように思う。私を遠ざける屋敷の連中が、私がひょっこり出歩いている等と知ればどういう顔をするだろうか。


 思えばいたずら心もあったのだろう。それまでずっと幽鬼のようにおとなしかった私の心にふと芽生えた思い付き。望まぬ生、人らしからぬ扱いに辟易した私だったが、少しくらい前向きになってみようかと、何年振りかにやっと思えた結果であった。すっかり体に引っ張られ子供っぽい欲求が芽生えた私は楽し気に廊下を歩いて蔵書へ向かっていた。


 今の体にもだいぶ慣れた。始めこそ体格の違いや性別の違いに悩まされたが今となっては馴染んだものだ。


 しかして軽快な足取りで歩く私はその時、まだ思い知っていなかったのだ。楽しいこと等、ここには何一つないのだと。


 何度目かの外出の折、ある寝室の扉から明かりが漏れていることに気づくと、ついつい中を覗いてしまった。


 そこでは、父たるアウタナ伯がベッドでレイメを組み敷いていた。


 前世でもそう言った経験や見識は持たなかった私であるから、咄嗟に目を離し、逃げるように自室に帰った。


 まるで年甲斐もない有様だった。30年生きた記憶を持つ私が、男女の情事に顔を染めて逃げ出すなどとは。


 自室に帰ってベッドの枕に顔をうずめると、なぜだか涙が出て来た。



(冗談じゃない。私は親の情事を見てしまった思春期の子供か)



 思わず心の中で苦笑した。


 今の体を産んだのは確かにあの二人だが、私はあの二人を他人としか見ていない筈なのに。


 唯一この屋敷で私に優しい目を向けてくれる女性に、死んだと思っていた心は確かな愛情を育まれていたのだ。


 私はレイメが好きだと気づいた。母として見るのは難しい。恋でもない。この悪夢のような第二の生において唯一自分に人として接してくれる相手。ただただ、年齢を考えれば年下ですらある彼女の事は、心を許せる相手だと思っていた。


 だからこそ、鼻息荒いアウタナ伯に組み敷かれ

る彼女を見るのが辛かった。



 ――――その日から、私は部屋を抜け出す事をやめた。



 後で知ったが、どうにもアウタナ伯はレイメにどうしても二人目を産ませたかったらしい。産まれた私は身体的に女子であったから跡取りは難しい。何より、悪魔の子の存在は公にしたくない。成程なと。


 お気に入りの妾の子が欲しい気持ちなど前世で独身だった私にはまるで分らないが、権力者とはそういうものなのだろうか。


 そして同時に、私はある懸念を抱いていた。私が生かされている理由に通ずるものだ。


 それはつまりこの家にはまともな嫡子が私しかまだいなかったという事だ。


 そうでなくなれば、私など。



 そして、やがてその日はやって来た。




 私が悪夢のように感じていたこの生活は、本当の悪夢ではなかったのだ。



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