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#18 アウタナ再び

 



 数日後。


 私は再び忌々しきアウタナの地を踏んでいた。


 亡き伯爵屋敷たる我が生家を前に私は周囲を見やる。



 アウタナ落としからもう一か月以上。私も何度か物資搬入任務を担ったが、大分形になってきている。


 住民やホーンバウの死体は概ね焼かれ、片付けは済んでいる。破壊された家屋の瓦礫こそいまだ残るが、整頓されたほうだろう。


 アウタナは魔王軍に接収されるので、見てくれは良いほうがいい。手ずから落としたアウタナが他人の手に渡るのは癪だが、命令とあらば仕方ない。私は既に気持ちを切り替えていた。



 私は広場に立つと、深呼吸をする。


 忌々しい悪臭も大分和らいでいる。懐かしの故郷の匂いというやつだ。


 かつてこの広場で私は晒上げられ悪魔と罵られた。そして一か月前、私は悪魔として産みの親たる父アウタナ伯及び、母レイメを疎んでいた夫人、そして異母弟をこの手で殺した。


 再びこの広場をこの足で踏みしめると、在りし日の喧騒が耳に聞こえてくるようだ。


 散々私を罵ってくれたマヌケどもめ。どうだ。今この地に立っているのは誰だ? 私だ。


 私はくっくっと笑いながら広場の目の前にある屋敷を見やる。予想通り、領主屋敷は作りが丈夫で、至る所が煤けていたが概ね状態は良好だった。私はポケットに両手を入れながら屋敷へと足を踏み入れる。


 久方ぶりの生家への帰還だ。こういう時は何というんだったか。



「ただいま、とでも言っておくべきかな」



 扉をくぐり大広間へ踏み出す。かつては女中や使用人で忙しく賑わっていた屋内だが、屋敷の中にも蹂躙の痕跡がそこかしこに見受けられた。私をゴミを見る目で扱ってくれた女中や使用人の顔が目に浮かぶ。彼らの最期はそれは痛快な有様だったのだろう。


 傷跡から察するにおそらくはゴブリンが、オークが、魔剣士が。好き放題に暴虐の限りを尽くしてくれたのだろうから、いい気味だ。


 アウタナ伯が大事に大事にしていた値打ちものだという壺のコレクションなどは見るも無残に打ち砕かれていた。



(愛すべき趣向品も一緒に送ってやったんだ。あの世で一緒に愛でるがいいよ)



 私はご機嫌に笑いながら靴音を鳴らして大広間を歩く。


 と、先んじて屋敷内に入っていたクォートラが私を見つけると歩み寄ってくる。



「姫、中の片づけは概ね。今は指令所に使えそうな部屋を見繕っております」


「仕事が早いな。好きだぞ、優秀な部下は」


「恐縮です。それで、この屋敷に気になる場所が」


「ん……?」



 クォートラの案内を受けてやってきてみれば。


 なるほどそういう事か。


 案内された場所は腐臭香る思い出の場所。亡き夫人の趣味で作られたであろうおぞましき地下牢であった。


 私ココットが、人ならざる扱いを受けた場所でもある。


 先のアウタナ落としでも、この場所は手付かずであったか。であれば、隠れ潜むものも居るかと思ったが、アウタナ伯や婦人、使用人の一部しか知らなかった筈であるからそれも叶わなかった、か。


 最も、こんな忌々しい場所はシェルター足り得なくて然るべきだ。そうでなくては安全な場所の定義を疑う。


 私は腐った肉や糞尿の匂いすら懐かしむように階段を下り地下牢へと足を踏み入れる。


 かつて自分が入れられていた牢の前で立ち止まると、放置されたままの鎖や枷、そして餌入れに視線を落とした。


 後をついてきたクォートラが、私の様子に声をかける。



「姫は、何かを知っておいでで?」



 牢屋をじっと睨んだまま立ちすくむ私を心配しているような声色だ。


 やれやれ、魔族に心配をされる人間となるとは。



「なに、私は少し前までここで飼われていただけさ」


「なっ……」



 クォートラは私の言葉にひどく衝撃を受けたように、牢屋と私を見やっている。


 まあ、一般的に見ればこのような場所、人はおろか魔族ですら、住むような場所ではない。ましてや私のような子供をこんな環境に置くなどまともな所業ではない。


 概ねそんなことを思っているのだろう。私は絶句したクォートラにやれやれと首を振って見せた。



「お前が気にすることではない。少なくとも、ここでの経験が今の私を生かしている。無駄ではないよ」


「ですが姫、貴女はアウタナ伯の……!」


「そうさ。アウタナ伯の娘。悪魔として忌避された……さしずめ伯爵令嬢だよ」



 クォートラは殊更にショックを受けたようだ。


 アウタナ落としの折に、私とアウタナ伯らの会話で概ね血縁関係は察していたとはいえ、このような扱いまで受けていたとは、と。


 無きアウタナ伯の非道を知ったクォートラは、確かに手ずから葬ったはずのあの男の心臓の食感を思い出し、再び噛み砕いてやりたいとさえ思った。


 娘を、実の娘をこんなところに幽閉するなど。家畜以下ではないかと。一児の父であったクォートラには憤慨に値するらしい。


 震えるクォートラの手を私は取る。はっとしたような顔で私を見るクォートラに赤い瞳を向ける。



「私はこうして生きている。故に、私たちはすべきことをしなくてはならない。私がこの忌々しき故郷にやってきたのは、感傷に浸るためではない」



 クォートラを見る私のその赤き瞳に見つめられ、クォートラは何かまだ言いたげであった口を閉じると目を伏せながら承知の意を見せた。



「よろしい。お前が父を殺してくれたことを嬉しく思うよ」



 私はそう言ってくるりと首をまわす。


 見れば他の牢には魔物が今だに多く囚われていた。全てあの時のまま。衰弱し死んでいる個体もいるが、凶暴にして丈夫な魔物は未だ弱ってはいても唸り声をあげて私たちを睨んでいる。


 ふむ、使えるかもしれんな。頭に入れておこう。と、今は……。



「指令所にはアウタナ伯の私室を使いたまえ。臆病者の伯爵の遺産だ。守りに固く、広さも申し分ない。秘蔵のワインの一つもあろう」


「は、そのように」


「物資搬入の工程はどうか」


「ゾフ主導で運び入れは順調と連絡が来ております。ほどなく完了するかと」


「わかった。連れてきた奴隷どもはこの牢屋に叩き込んでおけ。人目につかんようにな」



 私の指示にクォートラは頷くと、私を置いて先に地下牢を去った。


 少しばかり地下牢を見て回ったのち、私も上へと戻る。


 一度物資搬入の様子でも見に行くとしようか。


 私は屋敷を出て、アウタナの街へと再び繰り出す。広場に積み上げられた木箱はその数を大きく増やしていた。


 オークら大柄な魔族が肩に荷物を持って移動しているのが見える。指揮するゾフは怒号を飛ばしながら広場中央の荷物に座っていた。元々凶暴な性格が地であるから、あれが本来の姿なのだろう。正直近寄りがたいが、役職上作業の進捗は確認せねば。


 歩み寄る私に気づくとゾフは立ち上がって礼をした。さっきまでの怒号はどこへやら。いつもの私への態度に即座に切り替わったゾフは進捗を聞いた私に報告を行う。



「概ね主要な物資は運び込み済みでさぁ。ただ、如何せん量が多いってんで、積み下ろしに手間取ってる次第で」


「ふむ。急がせろ。まだ時刻には余裕があるが定刻前行動は基本――――」



 と、私の言葉を遮って突然派手な物音が聞こえた。そして直後にギャアギャアと騒がしい声が聞こえる。


 ふとそちらを見やれば、散乱し砕けた木箱の近くでオークがうずくまり、ゴブリンたちがオークになにか叫んでいる。


 何事かと見ていると、ゾフが舌打ちをしてぼやいた。



「ッチ、またあいつか……すんませんねお嬢。ウスノロが派手に荷物を落としたらしいや。ったく、3度目だぞ……」


「ああ……オドか」



 なるほど。ゴブリンたちが口々にオークを罵倒する声が聞こえる。当のオークは不安げな顔で縮こまっている。醜悪な顔と大柄な体を以てなんて有様だ。いくらか前私が初めて魔族たちと顔合わせした時に私を食いたがり、先のアウタナ落としでは私の許可で異母弟を食ったオークである。


 どうもここしばらく見た限りでは、オークの癖に大分臆病な様子であったから目立っていた。オークの中でも殊更に醜悪な顔なのもあり記憶に留まり易かった。故に私はあのオークにオドという呼び名を付けたのだ。由来は勿論普段からおどおどした姿勢からだ。


 荷物をぶちまけたオドは膝をつき、必死に拾い集めようとしている。そんな背中をゴブリンたちは喚きながら蹴っていた。私は見かねてため息を一つ零すとオドたちの下へ向かっていく。



「お嬢」


「これも仕事だ」



 わざわざ私が行く程でもないだろうと言った風で、やれやれと首を振るゾフに見送られながら私は騒ぐ魔族たちの前に立った。



「そこまで」



 私の声にゴブリンたちがはっとして私に向き直る。そして、歯を見せて私を威嚇した。


 一瞬うっとたじろぐ。下級魔族はこれだから。背後にゾフがいるというのに今にも飛び掛かって来んばかりだ。興奮した下級魔族はやはり面倒だし危険だ。未だに私を食おうと画策する者すらいることも感じていた。


 あれはいつだったか。クォートラやゾフと共に戦術について談義していた日。私はつい上着を適当に詰所の椅子に放っていた。談義を終え、そういえばと上着を見れば、椅子の上にはなく。きょろきょろと辺りを見渡せば部屋の隅でゴブリンたちが私の上着の匂いを嗅ぎながら血走った目で私を見ていたことがある。あの時は流石に背筋が凍った。ゴブリンたちにとってはおあずけに近い状況というわけだ。


 そういう事もあってできる限り下級魔族には関わりたくなかった。


 しかし、我が軍内の不和は解消する義務が将軍たる私にはある。そして仕事の停滞こそが、もっとも唾棄されるべき事態だ。私は慈悲でここに立っているのではない。


 私はふぅ、と息を吐き、ゴブリンどもを見やるともう一度睨み付けるようにしながら言う。



「そこまでだ。作業に戻れ」



 私の言葉にゴブリンたちはギィギィと不服そうに鳴くが、背後のゾフが一息唸ったのを目に入るとしぶしぶと言った様子で各人の持ち場へと戻っていった。やれやれ。


 私は肩に張った力を抜くと未だごそごそと荷物を拾い集めるオドを見た。オドは私をちらちら見ながら申し訳なさそうな顔でいる。



「ココットさま、あ、ありがとうだ……」



 私に礼を言うオドの様子に私は完全に気が抜けてしまい、何度目かわからないため息を漏らした。


 そして冷ややかな目と声色でオドを叱責する。



「勘違いするな。私は仕事を優先している。お前ひとりの為に複数のゴブリンが手を止めるのが私には我慢がならないのだよ」


「こ、ココットさま……で、でも……」


「黙れ。それを全部拾い集めたらお前は見張りに行け。荷物運びはいい。適材適所だ。お前はさぞ鼻が利くのだろう」


「わ、わかりましただ」



 返事をしながらしきりに鼻を動かし私の匂いを嗅ぐオドに嫌悪感を示しながら、皮肉めいた命令を出した私は、オドがどすどすと足音を立てて門に向かうのを見つめる。


 するとオドは一度立ち止まり、こちらを向いてまた「ありがとうございますだ、ココット様……」と言ってきた。


 少しだけ面食らったがいいから行けと促せばやっとオドは視界から見えなくなった。


 ふーっと大きく一度息を吐いた後、私は再び屋敷へと向かった。まだまだやることが沢山ある。



 そして、数刻。



 指令所として使うべくアウタナ伯の私室の整理をしていた私は一度休憩し、伯爵のお気に入りだった執務机と無駄に豪奢な椅子にふんぞり返る。机周りだけはそれとなく整理したため、なかなか様になっている。整理整頓はよいものだ。しかし、疲れた。


 下級魔族への指示だけでは満足のいく形にならなかった為結局手ずから作業に従事したのだが、幼女の身には重労働であった。腕力も体力もそうだが、一番の理由は背丈。テーブルの上に物を置くのも一苦労だった。


 大きなため息を零して背もたれに項垂れれば、指令所と化したアウタナ伯の私室にて未だせわしなく動くゴブリン達に目が向いた。


 ギィギィと言われた通りに物を運び、部屋の出入りを繰り返す魔族たち。こんな光景も、見慣れたものだ。




 そうして数分かぼうっと虚空を見つめながら椅子に体をうずめていた私は、ついウトウトしてしまっていたらしい。いくらか寝落ちてしまった。


 魔族の渦中で気を緩めるのは危険であるから務めて注意してはいたのだが、流石に疲労が勝ったか。


 自分を呼ぶ声ではっとした時私は、しまったという焦りのままにはね起きた。


 五体も満足でありウトウトする前となんら自分の状況に変化がない事に安堵してから、私は声の主たるクォートラに顔を向けた。



「お疲れの所申し訳ない。起こしたくはなかったのですが」


「いや、いい。むしろ助かった。それで、どうかしたのか?」


「ツォーネ将軍がお見えになりました」



 来たか。


 予定よりだいぶ早いが、それがツォーネという魔族なのだろう。クォートラに作業進捗を聞けば、ほぼ完了との事だった。時間前行動はやはり正義だ。不測の事態にもこうして対応できる。


 私はずれていた帽子を深く被ると、クォートラを伴い部屋を出た。その胸中は鋭い緊張が走っている。


 これから臨むのはそれほど危険な場なのだから。


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