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#17 観光と企み

 



 街を歩く私は正直驚いていた。


 自分が普段過ごす軍部は、魔王城の上層にあり、中央が完全に吹き抜けになったピラミッド状の構造体たる魔王城のほんの一部であったのだ。中をくりぬかれた円錐にも見える内部構造の、内壁面を階層状になぞる街は、下部に行くほど広大で、活き活きしていた。その軍服めいた服装からもわかる通り厳粛な雰囲気の軍部とは打って変わって、一般魔族の居住区たる中層街は、ひどく賑やかであった。


 私はゾフとクォートラを背後に従えながら街を練り歩く。


 人間の街とは作りがまるで違う様に、私は大変興味を覚えた。


 やはりこの魔王城、全体が巨大な要塞でもあるのだなと、そう思えるような複雑なつくり。上下左右に無作為に進行方向が揺さぶられる道筋は、初見の者を大いに惑わせるだろう。


 私は改めて一人で出歩かず良かったと思う。こんなところ歩けばあっという間に迷子になって食われて終わりだ。


 街を歩いていると、たびたび私は注目された。


 背後の二人もそうだが、私の恰好は軍服のそれだ。軍人が中層街を歩くのは珍しくないが、服までビシリと決めていると、それなりに注目は浴びるらしい。


 最も、私の場合はもう少し別の理由も含んだ視線に曝されているわけだが。


 曰く。


「あの将軍の装束を着込んだ小さいのはなんだ」だの。「子供じゃないか」だの。そして、「人間の匂いがする」だの。


 それらの一切を意に介さない足取りで歩く私に、クォートラとゾフは追随する。二人がいるから安心……というにはまだ私もそこまで彼らを理解も信用もしてはいないが、少なくともここで私を失うメリットはない筈だから何かあればすぐ守ってくれるだろう。幸いクォートラや、特にゾフがここ中層街では顔が利くようで、道行く魔族に手を上げて挨拶していたり、歩きながら何か軽く会話したりしていた。


 しかし、当たり前ではあるが魔族ばかりだ。様々な種族がここ魔王城で暮らしている。そのほとんどが、戦闘態ではない姿だから一見すれば体格や肌の色といった差があるものは数居れど、基本は人とあまり変わらないのだ。



「姫、フリクテラ攻略作戦についてですが」


「ああ、わかっている。先ほども言ったが私は後方待機などに甘んじるつもりはない」


「しかしエルクーロ様は待機と」


「言っただろうクォートラ。我々は予備戦力だと。それにフリクテラ攻略が最優先で、その為に必要な事は為すように為すべきとの言質を貰っている」


「なるほど。しかしフリクテラについては情報が不足しております。アウタナを突破できなかった我々ですから」


「ふむ。確かにな。だがまあ、それについても考えはある。今はとりあえず、散歩を謳歌しようじゃないか」



 そんなことを話しつつ歩き、もう一時間になろうか。広く入り組んだ街を歩くには予想以上に時間を要した。梯子を使わねば移動できない作りの道を移動しようとした時、背丈が小さすぎて梯子に足がかからなかったので、しぶしぶクォートラの背にしがみつき移動した。欠陥があるぞこの街。


 しかし、戦闘態である飛竜の姿ではないクォートラの背は、なんというか、逞しいな。男としては羨ましくある理想の背中だ。ついついその背中で服越しに盛り上がった背筋に手を這わせてしまう。



「……? 姫、如何なされた」


「え? いや、気にするな」



 私はそう、慌てて答えた。


 魔族の背筋を撫でた人類はこの世界では私がきっと初だ。


 しばらくして繁華街らしき区画にやってくると、ゾフが分かりやすく高揚していた。どうやら行きつけの通りがあるらしく、非番にはもっぱらこの辺りで羽を伸ばしているらしい。おすすめの酒場などを得意げに語りだすゾフに、ほどほどにしろとクォートラが窘めた。



「で、あそこの酒屋がいい酒を出しやがる。クォートラ、お前もたまには顔を出せ」


「考えてはおく。それよりもゾフ、酒の話もいいが今は姫の護衛中だぞ」


「おっといけねえ」


「構わんよ。私も酒は嫌いじゃない」



 何気なく会話を返したつもりだったが、妙な沈黙に私は何事かと立ち止まり二人を見た。


 二人とも妙に驚いた顔で私を見ている。はて? ん。あ。


 そうか。私は前世でこそそれなりに酒を飲んでは居たが、今の私は幼女。酒など飲める年ごろではない。というか今の生を受けてからは一滴たりとも酒など飲んではいなかった。


 うっかり、こうして何気ない一般会話をする事等今まで無かったからつい前世の記憶のままに言葉を紡いでしまった。



「あー、まあ、あれだ。綺麗な色をした酒もあるからな。見るのが楽しい」



 我ながら苦しい言い訳。というかこのエルサレアという世界において、別に飲酒に年齢制限が設けられているような気配はなかったから法的に問題はないはずなのだが。あくまで未成熟な体の飲酒は身体に影響が出ること自体は周知のものとして、自己責任めいた暗黙のルールで、子供は酒を飲んではいけないと言われているに過ぎない。


 というかなんで私はそこまでわかっていて焦るのか。別に何も悪いことはない。私とて今の自分のような幼女がさも酒に理解があり普段から嗜んでいるような口ぶりで飲酒に肯定的な言葉を発すれば狼狽もしようが、それだけだろう。法律がないのだから。


 だがクォートラとゾフは私を見て固まっている。魔族が幼女を睨んだまま往来で硬直するな。怖い。



「……姫は飲酒をされた事が?」


「え? あ、いや」


「お止めになられよ。お体に毒です」


「いや、飲んでは……」



 なぜかクォートラに叱られているような気分を覚える。実際叱られているのかもしれない。私はつい目を泳がせてしまう。それを見たクォートラが重ねて飲酒をやめるように詰め寄ってくるのだ。なんなんだ。


 酒は飲んではいない。今生では。前世で。前世で飲んでいただけなんだ。


 正直今は飲みたい欲求なども特に沸いてこない。体のせいか、単純に今の体が酒を知らないだけなのかはわからないが飲酒したいという思いは全く出てこなかった。実際今まで忘れていたくらいだ。


 しかし、まあ、思い出してみれば興味はある。だが……クォートラの表情が怖い。


 ゾフに至ってはよく見ればちょっと笑っている。なんなんだお前。



「お嬢、酒を愛するのに年なんか関係ねえや。お嬢さえよければいい場所があるんで」


「それは興味もなくはないが」


「姫、いけません」


「お嬢は話が分かるらしい。あの店で出す人間の腕がいい焼き具合で……」


「ゾフ」


「っとと、口が滑っちまった」



 クォートラの制止にゾフが慌てた顔で私の顔色を伺う。少し浮かれ始めていた気分が一気に冷めていく。私は何をいまさらと思いつつため息をついた。



「別に構わない。私に変な気を使う必要はない」


「姫……」


「クォートラ、気を使う必要はないといったのだ。まだ何か言いたいことでも?」


「いえ」



 二人はまだ私を人間と見るのか。ゾフがうっかり口を滑らせるくらいには忘れているらしいというのだけプラスに捉えておこう。


 しかし、私たちの間には気まずい沈黙が流れた。二人からすれば私の機嫌を損ねたかもしれない訳だ。魔族の軍の実力主義は完全な縦社会。陰口こそ横行するが面と向かった不興など、厳罰である。


 が、そこは私。別に気にしてはいない。先ほどのエルクーロとの会話を思い出し少しムッとしただけだ。


 この忌々しさはこの後のエスコート次第で帳消しにする。そういった事を伝えればやっと二人は安堵の顔色を見せた。


 魔族を従えている現状も、だいぶ板についてきたな。私はそう心の中でほくそ笑んだ。


 機嫌を悪くするどころかにやにやと笑う私に二人は再び首を傾げた。



 それからもいくらか街を徘徊した。


 途中で話にも出た大衆食堂のような場に立ち寄り、人数分の食事を貰う。酒は許可しなかった。ゾフが少し残念そうにしていたが、酔っぱらった魔族などと一緒に居られるか。まだ私は死ねんのだ。


 適当な席を見繕い、店内を歩くがやはり私は二つの意味で目立っていた。人間であることは勿論、軍用正装であるのだから猶更だ。何かあったのではと警戒する客すらいたが、別に何もないので気には留めずにおいた。


 テーブルに着くとやはり私には大きいためまともにテーブルの上のものに手が届かない。これでは食事どころではないとぼやいたのち、あることを思い立った私は向かいに座っていたクォートラを隣に呼ぶと、その太い尻尾を椅子の上に置かせ、その上に座った。うん、ちょうどいい高さになった。


 尻尾の上に座らせろと言った時、ゾフはクォートラを見ながら爆笑していた。


 クォートラが渋々といった様子で私を尻尾に座らせると、深く息を吐いていた。流石に不機嫌になるかと思ってその顔を見れば、どこか寂しげにも見えた。


 何か思う事があろうかと勘ぐっているうちに料理が運ばれて来た。大きな皿が並べられていく。私も適当に食べられそうなものを注文していた。目の前に置かれた料理は、食欲をそそる香りだ。が……。


 私の頼んだ皿には柔らかそうな肉が乗せられ、とろりとした粘度の高いソースに浸っている。その見た目だけは美味そうな料理に私はどうしてもすぐには口を付けられずにいた。



「草食の魔物の肉を煮込んだものです」


「ん」



 人肉なのでは? と訝しんでいた私に察したクォートラがそう言ってくれた。


 私は安心してナイフを手にする。ここでの人間の扱いを気にしないとは言ったが自分の目に入らなければ、という意味である。


 私の中の常識というかモラルは、大きく変容していたから有象無象の人間が死のうが魔族に食料にされていようが最早どうでもよくはなっていたのだが……流石に自分で食う気はない。


 ゾフは私が酒を許可しなかった代わりに人でもなんでも食えばいいと言ったためか、なにやら私のとは毛色の違う肉を美味しそうに頬張っている。どうせ人肉だろう。ゾフが人肉を好むのはこの一か月で重々承知していた。


 飯屋から漂う香ばしい匂いの、いったいどれほどが調理された人肉から発せられたものなのかを考えつつ、少しだけ不快感を覚えながらも食欲には影響しなかった私は、黙々と丁寧に切り分けた肉を小さな口に頬張る。美味い。この食事も私の復讐の成果たる充足した幸せな生といえるから、大いに満喫しよう。


 いつぞやエルクーロ様が言っていた、魔族も人も基本的に食べるものは変わらないという言葉をふと思い出す。


 クォートラや、ゾフはともかくエルクーロ様など、ほぼ人の容姿を持つ者もいる。そしてこうまで文化的な営みを送っているのであればと、私はこの時、「なら別にやっぱり、人間がいなくなってもいいな」と飛躍した考えを浮かべていた。魔族とも生活は可能。私に遠慮がちに食事を頬張るクォートラを眺めながら、思ったのだ。


 と、そんな飯屋で適当に食事を摂りながら、場度の外を何とはなしにながめていた私は魔族たちの行きかう人込みの中に気になるものを見た。


 私はソースを口に運んだ後のスプーンを咥えたままクォートラに問う。



「あれは、奴隷か?」



 クォートラは、私の視線の先に気づくと、なんてことはない顔で答えた。



「は。捕えた人間ですな」



 見れば大柄な魔族に首輪から繋がる鎖を引っ張られながら、ひどく怯えた顔で歩く少女が居たのだ。


 栗毛色の髪の少女は憔悴しているようにも見える。纏う衣服のぼろ具合で、私はかつての自分を思い出した。


 そして、レイメも。愛する母はかつては奴隷だったという。懐かしい思いだ。


 とはいえ同情に駆られることもなく、助けたいなどとも思わず、私が考えていたのは別の事だった。



「人間の奴隷を見たい」



 そう言った私の言葉にクォートラは驚いていた。


 クォートラに案内され、中層の一角にやってくる。道に檻が乱雑に置かれており、わかりやすい奴隷市の様相を醸していた。


 奴隷商を営んでいるらしき魔族が声高らかに呼び込みをしていた。食料に、労働に、愛玩に。様々な用途で人間が売られていた。


 檻の中にいる人間たちは老若男女様々。皆怯えて静かだった。一部では騒いでいる者もいたが、どうやら新入りらしい。


 奴隷商が私たちに気づく。そして近くまでやってくるとクォートラとゾフに深々と礼をした。



「これは。日頃はお世話になっておりますぞ」



 奴隷は主に奴隷商が持つ戦闘集団が村などを襲い集めてくるが、軍の作戦で捕えた捕囚も、奴隷として流される場合が多いので、奴隷商からすれば軍人はよい商品の卸元というわけだ。


 そんなことを考えていると、奴隷商が私をチラチラと見てくる。



「クォートラ様、ゾフ様。今日はどういったご用件で? もしかしてこちらの人間をお売りくださるとか?」



 軍服を着ているにも関わらず奴隷商は私を舐めるような眼で見てそう言った。



「珍しい髪の色、そして瞳。顔だちも麗しい。良い値が付きますぞ」



 私はため息を漏らした。案の定というかなんというか、私を舐める輩はまだ多いのだ。


 故に、私は功績を求めているのだが。



「クォートラ、私を売るかね? ゾフ、良い値が付くそうだ。酒代の足しになるかもしれんよ」



 私は冗談めかしてそう言う。


 ゾフは私の冗談に頭を掻いていたが、クォートラは目の色が変わり、奴隷商に詰め寄った。



「この方は将軍閣下である。奴隷などと、無礼を慎め。先のアウタナ落としの折に手に入った奴隷を売った儲けは誰のおかげだと思っている」


「へえ……? この人間のガキが本当に将軍……!?」



 その言葉にクォートラはついに牙を見せて吠えた。そのクォートラの剣幕に奴隷商は完全に委縮した。地に膝をつき、私に向かって何度も頭を下げている。ゾフは頭を掻いてやれやれといった風。


 そんな様子を一瞥したクォートラは私に言う。



「姫、ここは貴女にはあまり居心地のいい場所ではない。帰りましょう」


「いや、用がある」



 私は奴隷商に構わず牢屋へ近づく。


 ぐるりと中を見渡してみればざっとひと檻に10数人が押し込まれている。流石に商品だからか、私が捕らわれていた牢屋よりは清潔だ。


 私は鼻を鳴らすと、腰を低く着いてくる奴隷商に言う。



「この中にフリクテラ近郊出身の奴隷は居るか」


「へ、へえ」



 奴隷商はだらりと笑って返事をしたのちに檻を蹴りながら叫んだ。



「おい、フリクテラ辺りが出身の者はいないか!」



 檻を蹴る金属質な音に肩を震わせた奴隷たちだが、少しして数人の手が上がった。


 他の檻も見て回り、総勢20名ほどの奴隷が手を上げた。


 やはり辺境都市近く出身となればそれなりにはいたようだ。私は奴隷商に全員を買い付けると言い渡す。


 クォートラとゾフは驚いて私に聞く。



「奴隷などどうするつもりで? まさか開放するわけでは」


「私の真似をして冗談など言う必要はないぞ。こいつらは次の作戦で使える。釣りの餌は多いほうがいい。そう、フリクテラを確実に落とすためにな……!」



 檻から出され、怯えながら私の前に集まる奴隷たちを見て、私は黒い笑みを浮かべた。




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