#16 上機嫌な私
エルクーロの部屋を退室した私は、ドアの前で待機していたクォートラ、ゾフを伴い歩き出していた。
魔族の大男二人を伴い歩く私は、先ほどまでと違い上機嫌であった。鼻歌を歌いながら軽快な足取りの私に、背後を歩くクォートラとゾフが顔を見合わせていた。
「姫、どういったお話であられたか」
クォートラが歩きながら私に質問をしてくる。
私は歩きながら鼻を鳴らして答えてやる。
「出陣だ。アウタナに物資搬入及び待機。ツォーネ将軍がフリクテラ攻略をする為のお見送りをしろとのお達しだ」
私の言葉にゾフもクォートラも顔をしかめた。まあ無理もない。また雑務か、という思いは私にもある。
それにツォーネはどうやら評判があまりよくないらしいから、そんな者の明らかな踏み台となる作戦に二人が良い顔をしないのも頷ける。
ゾフなんかは露骨に機嫌が悪くなり、頭を掻いている。
「気が進まないか?」
「命令なら従います」
「あ、ああ、そうだな。従いますぜ」
明らかに不服そうだ。私はそんな様子にくつくつと笑みを零してしまう。
魔族を笑いものにする。見る人が見れば卒倒するだろう。恐ろしいことをしているものだ。
だが、今や私の胸中は期待と夢いっぱい。ああ、次の作戦もうまくやれば今度こそ認めてもらえるはずだ。
必要なのは権力。地位。確かなキャリア。安全と高い水準の生活はそれに付随する。そして得た手駒を使って人間を脅かす。
完全な人生設計だ。人間が死滅した後はそれこそ湖のほとりでひっそり暮らそう! かつてレイメがそう言ったように。
レイメも私の幸せを願っていた。安心してくれ、母さん。私は必ず幸せに生きよう!
私はポケットから取り出したレイメの聖石をうっとりと撫でながら歩く。
「それで、なんでそんなにお嬢は機嫌がいいんで?」
ゾフが私の上機嫌な様子が気になるようだ。
私は立ち止まり、聖石をポケットに仕舞い、二人に向き直る。
二人の魔族は私の様子が不思議らしい。
「それはそうだろう。チャンスが巡って来たんだから」
「功績をあげるという事ですか? しかしエルクーロ様から賜った作戦はツォーネ将軍の後釜。気に食わない」
「あのいけすかねえ偏食家のヴァンパイアの尻拭いをやらされるに決まってらあ」
随分な言い草だ。そこまでツォーネという将軍は嫌われているのか。
特にゾフがひどい。ツォーネの話題が出るたび苦虫を噛み潰したような、ハイオーガがすれば仁王像にも似た表情をするものだから怖い。
そういえばヴァンパイアもオーガ族の近縁なんだったか。それにしては仲が悪いとか。やはり種族柄の問題か。いや、それにしてもクォートラからも良く思われていないようだから、問題のある将軍なのだろう。人心掌握もできないとは上に立つものとしては致命的だとは思うが。まあ今回そんな者の後釜になってしまったわけだが。エルクーロに仕事を任されるくらいの能力はあると見るべきだ。
しかし我が部下達の士気が落ちるのはよくない。知能が低い下級魔族ならいざ知らず、クォートラやゾフといった主力たる者達の士気はそのまま私の戦力低下及び身の危険に通ずる。
ここは軽く説明してやるべきだな。
私がにこりと笑う。ゾフは首を傾げた。
「いいじゃないか、尻ぬぐい。存分に拭ってやろうじゃないか」
「はあ」
まるで理解できないと言った二人を見上げながら、私は口角を持ち上げる。
「我々は兵だよ。後方待機は作戦の根幹ではない。我々の真の意味はフリクテラ攻略の予備戦力だ」
「はあ、それは願ってもないですが……それにしたって後方では戦果のあげようも無いんじゃないですかい」
「フフ……ゾフ。魚釣りをしたことがあるか?」
ゾフはまあ、と答える。
「魚を釣るのに、わざわざ水の中に飛び込む阿呆はいまい?」
私はくつくつと笑いながら来たるべき出撃の日に思いを馳せる。
「我々は釣り人だ。魚を釣るには、餌が要る。そして待つのさ。餌をくくった針に魚がかかり、まんまと水面に顔を出したところを、網で掬うか、銛で突けばいい」
私は小さい体で身振り手振りを織り交ぜて笑う。
そんな私の笑顔にゾフが頭を震わせた。邪悪なまでの笑み。私の考えに未だ理解が及ばずとも、ろくでもない事なのを察したのだ。
優秀な部下で助かる。
ツォーネ将軍の事はよく知らないが、二人の反応からろくでもないやつなんだろう。人にも魔族にもそういうやつはいるものだ。であれば精々私の為に利用させてもらおう。私を取り巻くすべては、そのための道具なのだから。
私はくるりと踵を返し、言う。
「出兵は追って沙汰が来る。せいぜい今日はゆっくりとしようじゃないか」
私は笑顔で歩き出す。そう、出兵の算段が付いた。ならば次はもう一つの私の目的たる幸せな生存を実践しよう。
先ほど言った言葉をすぐに撤回するようで癪だったが、今は気分がいい。景気づけにもなろうか。幸い二人もいるし問題ないだろう。
「クォートラ、ゾフ」
「「は」」
私はびしりと姿勢を正した二人に、上機嫌な声色で言った。
「街を案内してくれ。エスコートを要求する」
そんなセリフに、クォートラとゾフは顔を見合わせたのだった。




