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#12 prologue:波紋

 





 白く豪奢な大広間。


 大広間の中央には巨大な円卓があり、妙齢の男性達が多く鎮座していた。円卓の奥には玉座があり、物々しい雰囲気を醸しながら、円卓の前に跪く騎士から報告を受けていた。


 円卓に座る男性は人類最大の国家ファルトマーレの大臣たち。そして玉座に座るはファルトマーレ王その人であり、この場は聖都イファールが王城の円卓の間であった。報告をする騎士も身に着ける鎧は純白、青地に金の刺繍の施されたマントを羽織り、位の高さが伺える。この騎士はファルトマーレが誇る聖鎧騎士団の団長、アルアダンであった。


 大臣たちは戦線より一時帰還したアルアダンからの報告を聞き、眉間にしわを寄せていた。


 報告の内容とはつまり、辺境の城塞都市にして僻地国境の防衛都市でもあったアウタナが、陥落したとの報告である。


 アウタナ落としからわずか3日でその報は遠く離れたこのイファールまで飛んできていた。これまで魔族軍とは拮抗状態であったから、明らかな凶報として火急に王の耳に入った次第である。


 報告を終えたアルアダンを他所に、大臣たちは次々と口を開く。



「如何致すべきか。魔王軍に新たな動きありとの報は既に全軍に伝播しつつあり、城塞都市アウタナの陥落は兵や騎士の士気に波紋を広げておる」


「ううむ」


「そもそもなぜもっと早く奴らの大攻勢に気づけなんだか! アウタナを一夜で落とすなど相当な軍勢ぞ」



 アウタナは辺境貴族に任せていた街であるが、その防御は強固。事実、先日に至るまで魔族の襲来を何度も跳ね返した防波堤であった。それが落ちたとあらば、今後の停滞していた戦況は変化することを示す。そしてそのきっかけは人類にとって不利なものであるのだ。



「しかし相手の将について情報が得られれば良かったが、全滅とはな……」



 大臣の一人がぼやいた。


 アウタナの陥落は、人類側が毎日各地の街を走らせている偵察兵により知らされたものだ。


 伝書バトにより伝えられた短い文章にはこうあった。


 曰く――アウタナ陥落セリ――と。


 全てが終わっていた戦いの後のアウタナは、既に街中に魔族が駐屯していた状況もあり詳しい確認こそできなかったようだが、生存者無しとの一報は、痛烈に住民たちの末路を示した。街中を自由に闊歩している魔族の状況を見れば詮無き事であろう。近隣の村や最も近しい街フリクテラに逃げ延びた者も確認されていない。であれば領主アウタナ夫妻やその家族含めた住民たちは全て殺され、そうでなくとも捕囚となったか、あるいは胃袋に収まったかと想像はつく。


 最も、大臣たちにはアウタナ伯達の安否自体は重要ではなく、相手の軍勢や将が不明という点を最も問題視した。今アウタナに居る魔族は落とした街にただ駐留しているだけ。本隊は既に帰還しているであろうから何がアウタナを襲ったのかを知る手がかりとしては薄い。


 通常の攻勢であればいくらかは持ちこたえている間に率いた将なり軍勢なりの情報を得て共有、対策も練りようがあったものを、こうもあっさりと落ちたものでは何も不明として衝撃が大きかったのだ。一体どれほどの数の軍勢が襲い来たのか。アウタナを一夜で落とすなど、これまででは考えられなかった。


 魔族など、魔物と同様力押ししかしてこない軍勢だと思っていた。その個々の危険度もまばらであり、身体能力こそ人間を凌駕する者が多いが、いかんせん全体で見れば戦略や戦術に乏しい……と、思われていた。


 かつて軍略にたけた魔族も居たにはいたが、稀有な例だ。魔族はその強靭な肉体を過信している。それが人類側の常識であり、事実そうであった。


 今回気になる点としては潜り込んだ偵察兵による報告で、城塞内外に大量のホーンバウの亡骸が転がっていたという話。魔族が本格的に魔物を利用して来たのではないかという示唆であった。これまでは人類としては魔物と魔族は半ば同一視してきたが、その実魔族軍に魔物はほとんどいなかった。せいぜいが騎乗用等で軍用に飼いならされたものくらい。


 そんな魔族がより戦術的に魔物を使役して来るのでは、戦いは大きく変わる。人類側にとっては由々しき事態であった。



「だからアウタナの防備はもっと固めるべきだったのだ! 無能な貴族に任せた結果がこれではないか!」


「やはり四天王直々に率いられた軍だったというのが考え得る可能性では濃厚ではあるか」


「しかしアウタナより離れた戦線では聖鎧騎士団が”妖星”メーアを相手取り奮戦、最も好戦的と名高い”剛腕”のウラガクナも勇者一行が押さえているではないか! 武闘派のこの二角を押さえているというのに誰がこのような侵攻を為せるというのだ!」


「うむ。軍師として手強い存在であった”傀儡師”ポリニアは既に勇者たちによって打倒されている。残るは”黒曜”のエルクーロだが……」


「ありえんよ! あやつは戦場に出てきた例などないではないか! 忌々しい魔王の側近が前線に出るものか!」


「しかし現にアウタナは陥落したぞ! エルクーロ以外に誰がいる!」


「まさか隣国が魔族軍に手を貸した等とは考えられませんかな……? 特に昨今小国連合は我々にいい顔をしない」


「そんなことをして何の得になる! 我々が負ければ連合とて魔族軍に食い物にされるだけではないか!」



 ついにファルトマーレの周辺諸国にまで疑いが飛び火し、様々な憶測が飛び交う円卓の間。


 ぎゃあぎゃあと喚く大臣たちを眺めながら、アルアダンは内心で悪態をついていた。頭の固い老人どもめ。重要なのはどうやって、よりも何故、という部分であろうに。


 魔族の進行がより多方面に広がる示唆なのではないかと、アルアダンは前線を預かる身としては懸念せずにはいられなかったのだ。


 円卓の間の会議はもはや喧騒と化し、口々に各々の憶測をぶつけあう大臣たちを見て、ファルトマーレ王は目を細めながらふう、と深く息を吐いた。


 そして手にした豪奢な装飾の着いた杖で2回床を叩く。


 その音に大臣たちは静まり、王を見た。



「此度のアウタナでの悲劇、重く受け止めなければならん。戦況は変わる。我々も対策を練らねばな。……アルアダンよ」


「はっ」


「アウタナの件、続報に期待する。加えて辺境都市の防備を固めよ」


「……は、そのように。伝えた後は、私も戦線に復帰致します」


「うむ、ご苦労。朗報を期待しておる」



 王の言葉にアルアダンは一礼をして退室する。その表情は苦々しいものであった。


 聖鎧騎士団団長たるアルアダン自ら戦線を離れこの場に来たのは、ファルトマーレの騎士団の頂点であり統括する立場にもある自分が、今後の対策の命を受け取るためである。前線の兵を割いて辺境の防備に充てる。それはアルアダンにとっては望ましくはないものだが、であれば早急に自らが率いる騎士団と相対する四天王、メーアを下すしかない。アルアダンはそれでも胸に一抹の、何か得体のしれないしこりのような気持ちの悪さを感じていた。


 魔族軍の急な攻勢。無能な領主が治めていたとはいえ数年ものあいだ幾度もその攻勢を退けたアウタナの牙城が一夜にして破られた。


 この由々しき事態に、人類国家たるファルトマーレは震撼していたのだ。


 アウタナ落とし。


 それを為した軍勢を率いたのが、当のアウタナ出身である人間の幼女である等とは未だ露知らずに。




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