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#117 再来

 







 その日の夜、空は曇天だった。


 黒一色の夜空に星は無く、ただただ漆黒のどろりとした闇が天を覆っていた。



 旧市街の先の平野を眺めるものにとって、その漆黒は地獄の竈。いつ何時あの闇の中から魔族が襲い来るかと気が気ではない。


 ある者は武器を握る拳の中にユナイルの紋章を握り、ある者は戦前の待機中だというのに酒をかっ食らっていた。


 先の戦の傷跡が乾ききる前であるから、皆不安なのだ。



 そもそも、バルタの兵士は皆信心深く士気旺盛ではあったが、戦に慣れてはいなかった。


 聖歌隊を除き、皆後方で訓練ばかりをしていたのだから。


 彼らが戦表に立つのはひとえに正義感と信仰心。神聖なるバルタの地を魔族に踏み荒らさせはしまいと言う心意気によるものだ。


 だが、いざ実戦を経験し、恐れた。



 魔族の勇猛さ、残虐さ。そして何よりその魔族を率いる悪魔の相……ココットの事を。


 確かに、新市街にて蘇った悪魔の相はリビングデッドではあった。だが、それを行ったのがココットであることもまた事実。あれは己の同胞の亡骸すら駒として、攻めてきた。


 一切の情け容赦なく、手段さえ択ばずに、自分たちをただ純粋に憎み、殺しに来る。


 それがどれだけ恐ろしい事か、彼らはようやく理解していた。





 そんな兵士たちの不安をくみ取ったか、デオニオは不機嫌そうな顔をして指揮所となっている大門下の櫓の上で溜息を零した。


 大門の修復は為っていない。故に大門の前に櫓を組み、せめてもの防波堤と指揮所を兼任させた。


 今この場に居るのはデオニオとレーヴェ、そしていくらかの騎士。デオニオは眼前に整列する兵士たちの士気が低い事に腹を立てていた。


 そんな彼の下に、思いがけない人物が姿を現す。


 息を切らし、周囲の兵士の制止の声を振りほどいてデオニオの前に現れたのは教皇庁の奥で縮こまっていたはずのご老体。


 デオニオはその姿を見て目を丸くした。



「教皇……? 何故ここに」


「はあ、はあ……! 魔王め、私の提案を無視したのですよ! 平和的に解決するための盟約を違えたのだ! あの悪魔が、ココットが再び現れるのならば、部屋の奥などにどうして隠れていられましょう!」



 そういえば教皇は魔王に文を出していたらしかった。ココットを引き渡すよう求めたらしいが、蹴られた。予想通りだ。あの小さな悪魔が応じるはずもなく、魔王もまた然り。教皇は魔族をまるで理解していないと、魔族を未だ蛮族と罵るデオニオは考える。


 そして教皇の言葉もまたまるで自らが積極的に悪魔へ立ち向かう様な声ではあったが、その実彼の顔は憔悴しており、恐れが見える。教皇は不安なのだと、この場に居た誰もが察しを付けた。



「もうじき戦闘が始まります。此処は危険ですから教皇庁にお戻りを」


「なぁぁりません! この私自らがあの魔王の先兵となり果てた小さな悪魔の最後を見届けねばバルタに……この胸に根付く闇をどうして打ち払えましょう! なんとしても同席させてもらいますよ、騎士デオニオ!」


「ですが……」



 教皇に対しデオニオは再三の制止を行うがこの目で悪魔の最後を観なければならないとして言う事を聞かない。


 デオニオは舌打ちをした後、渋々と言った様子で周囲の兵士に教皇の身の安全をきつく言い渡し、放置を決め込むこととした。


 と、ここでようやく主役がご到着。キエルとかいうココット使用人の捕虜を連れているのは誠意味不明の極みだが、聖剣の勇者フォルトナが現れたのだ。



「少々遅れました。……教皇様がなぜ此処に……?」


「聞くな、聖剣。それにそれはそこの捕虜にも言える。何故連れてきた」


「彼女の身柄は僕が預かると言った筈。放置していけば今の状況では兵士か民衆のいずれかに殺されてもおかしくはないからです」



 フォルトナの言葉にデオニオは好きにしろと言った。レーヴェはキエルを睨みつけ、歯を食いしばったまま黙っている。


 ……フォルトナはこう言ったが、それは事実であるとして隠していることもある。


 此処に来る前キエルがフォルトナに語った話の内容、そして魔族襲来の知らせを受けた時にキエルが自分も連れて行くようにと頼んだことによる。ある意味キエルの賭けは成功した。フォルトナはキエルの話を半信半疑ながらに受け止め、自分が生きていると分かればココットと対話する機会があるかもしれないと諭されたことによってキエルをこの場へ連れ出したのだ。


 キエルはそんなことを想いながら、戦場たる平野の闇に眼を凝らす。


 ココットが来る。それだけでなぜか胸が締め付けられるような思いに駆られる。会いたい、だけど来てはいけない。生きている所を見せて安心させ、謝りたい。だが戦ってほしくない。複雑に絡み合う相反する思いの末に、キエルはついに聖剣すら利用することとした。ココットの為に。


 エルクーロ同様、キエルもまた……ココットを選んでいた。


 だから避けられないこの戦いにおいて、キエルの心はココットの下にあった。だからだろうか、一番最初に気づいたのは。



「……来た」



 キエルが小さくつぶやく。


 その視線の先には漆黒の平野の闇の奥に光る赤い点々が浮かび上がっていた。


 赤き瞳。魔の証。


 今ここに再び魔軍は来襲したのだ。


 同じくその姿を認めたフォルトナとデオニオは目配せをして頷きあい、その直後に伝令がデオニオ達の下へ駆けてきた。



「伝令! 敵を目視で確認! 魔族です!」


「来たのか! あああ悪魔が!」



 叫び散らす教皇を無視し、伝令に詳しく話を聞く。



「我々の陣は予定通り中央、右翼、左翼に展開。包囲陣形にて殲滅する。奴らの動きは」


「戦場に現れた魔族軍は直進を続けております。上空にハーピーと思しき部隊あり。進路は左翼陣、闇夜で正確には分かりませんが馬の上げる土煙から相当な数です」



 なるほど、とデオニオは唸る。



「一点突破が狙いか……舐めた真似をしてくれる。甘くみられるのは性に合わん! 右翼を連中の背後に展開させろ! 中央は左翼へ合流させ挟み撃ちにしてくれる」



 デオニオの命令を聞いた兵士が頷き、高らかに戦笛を吹き鳴らす。


 合図を受けて中央と右翼の陣に動きあり。すぐさまココットの迎撃のため兵が動き始める。


 デオニオはその様子を眺めながら腕を組んだ。


 間違いなくココットの狙いは一点突破による防衛陣の突破、そして未だ修復の為らぬ大門を抜けバルタ内部へ浸透する腹積もりだろう。


 バルタ新市街に入り教皇庁を抑えれば戦に勝てると踏んでの事に違いない。事実としてそれは正しく、思い切りのよい作戦であるからにはココットの戦慣れのほどが伺える。幼女と侮るわけにはいかない。あれはまさしく魔将軍。


 だが、それでも我々の方が上手だ。


 大門前にはこの急ごしらえとはいえ陣を構築、この場を最終防衛地として定めた。エルクーロが出てきた際の対抗策として温存する聖剣にはこの場の守護を担ってもらうつもりであるし、そもそも防衛陣の突破を許すつもりもない。


 なぜなら、元よりこの一点突破作戦は予想の範疇であったからだ。前回のようにはいかない。陽動にもかからぬよう最終防衛線こそこの大門。


 どうあがいてもここを抜けねばバルタには辿り着けず、無理な一点突破など改善された包囲網で握りつぶす。



「ココットめ、我々を甘く見たな」



 デオニオはわずかに笑ってそう呟く。


 その後ろで呟きを聞いたキエルはその背中を眺めながらぎゅっと拳を握った。



(違う、ココットは敵を憎んでも甘く見たりはしない)



 キエルはそう考えた。


 そして事実として、戦の序盤の成り行きはまさしくその通りとなったのだ。







 ♢







 右翼軍を預かる指揮官は、額に脂汗を流しつつも敵の直線的な戦術に安堵していた。警戒していたほどでもない。ここに来てココットは短絡的な戦いを選んだのだ。


 予想通りの一点突破戦術。ならばこちらは対抗策としてあらかじめ示し合わされていた包囲陣形に向かう。エルクーロさえ出て来なければどうにでもなる。仮に出てきたとしてもこちらには聖剣が居る。


 そう指揮官はにやりと笑い、軍を前進させ続ける。左翼へ向けて進軍するココット軍の脇を眺めながら、その背後へと。



「行くぞ、者ども! あの小さな悪魔の尻を突く! 気の強そうな女だが、後ろからの攻めには慣れてはいまい! ははは!」



 下品にジョークを交えて兵を鼓舞しつつ進む。進む。



 だが――――その直後である。





 何十もの乾いた音が弾けた。


 刹那、兵士たちが悲鳴を上げ、血しぶきを上げて倒れていく。何事かと指揮官が周辺警戒を命じるが、目を見開き驚愕することと相成った。


 ココット軍は左舷に捉えている。だが兵が斃れたのは右手。これはいかな事か。



 二度目の乾いた音。再び兵士が倒れ伏す。


 そこで指揮官はようやく自分たちに起きた出来事に気づく。


 進軍する右翼軍の脇腹に攻撃を受けている。



「伏兵!? 右翼の横合いに敵だと!?」



 戦場の隅より赤い瞳多数。すべてこちらを睨んでいる。


 兵士たちがその赤い瞳を見た瞬間、三度目の乾いた音が響いた。






 ココットは伏兵となる部隊に手持ちの銃を全て預け、左翼に侵攻する軍の背後を突くであろう右翼軍への攻撃を命じていた。


 かの戦国武将が用い、アレハンドロさえ運用していた撃つ、狙う、装填の三段構えによる連射陣形。


 絶え間なく浴びせられる銃弾に右翼軍はその足を止めざるを得なくなった。











 右翼軍が伏兵に遭ったという報せは、すぐさまデオニオに届けられた。



「戦力を分散した……? だが大きな動きはない。どうしても中央突破が狙いのようだな! 中央と左翼で押し返せ! 右翼はそのまま対処だ! 伏兵はかく乱だ、大した数では無かろう!」



 デオニオが叫ぶ。


 読みは当たっている。右翼の攻撃に当たるココットの銃士隊は恐ろしく少数。だが、銃の威力と連射感覚の短さで右翼は釘づけにされた。


 猪口才なことをしてくれるとデオニオは歯をギリリと鳴らした。


 だが、焦るな。多少の陽動も想定内。大きな動きではない。中央軍が左翼に合流してしまえば正面から叩き潰せる。


 だが。




「報告! 左翼の指揮官からです! 敵軍に魔馬の背に乗せた案山子多数! 奴らも囮だと!」


「なに……!? まさか、奴は!」




 急ぎ戦場を見やるデオニオ。そして目にしたのは、宵闇の中うごめく影。


 中央軍が左翼に向かった隙をつき、空いた穴を抜けこちらへ一直線に向かってくる魔族達。


 そしてその先頭には……忌々しい黒い装束を着た小さな影。



「ココットめ……!」



 魔馬に跨り駆ける小さな悪魔の赤い瞳は、遠目からでも一直線にこちらを射抜くような眼光をしていた。


 隣で推移を見守っていた教皇が悲鳴を上げる。やかましい。


 デオニオは剣の柄に手をかけると、マントをばさりと翻し振り返った。



「レーヴェ! 迎え撃つぞ! 敵の狙いは二重陽動による一点突破で確定した! 我々が抑え込む!」


「はっ! 者ども、出撃るぞ!」



 レーヴェの号令で兵士たちが咆哮。隊列を組んだ彼らの下へレーヴェは櫓から身を翻して向かう。


 その刹那に、レーヴェはちらりとキエルを見た。


 目が合ったキエルははっとしてレーヴェを見やるが、背面より地へ落ちていくレーヴェの表情は、どこか迷っているような、そんな顔だった。



 どういうことなのかと思案するキエルの隣に居たフォルトナが、一歩前に進み出る。



「デオニオ殿、僕も前線へ……」


「なりませんな。聖剣殿にはこの場の守護を命じたはず」


「だが、敵の主力がここへ向かっている!」


「黒曜のエルクーロが現れた場合に備え温存して頂かなくてはならない! この私とレーヴェとの3者であればエルクーロも打ち倒せようが、無駄な疲労を雑兵どもの相手でさせるわけにはいかぬ」



 そう言い残し、デオニオもまた櫓より飛び降りた。


 そして瞬く間に兵達を率いて旧市街へ消えて行った。


 あとに残されたフォルトナは櫓の手すりを握りしめ、戦場を眺める。その隣に、キエルもまた寄り添った。



「キエルさん、すみません……僕が戦場に出られていれば」


「貴方が気負う事ではありません。無理なお願いをしたのは私です」


「だが、デオニオ殿達はココットを殺す気だ。此処に居ては止められない」



 フォルトナの言葉を聞いてキエルは、先の会話を思い出した。


 フォルトナに語ったココットの事が、これほどまでに効果的だとは。聖女クーシャルナの妹であるココット。その存在は忘れ形見と言ってもいい。フォルトナにも思うところはあるのだろう。まして、その姉妹の決別が外部の策略により仕組まれたことだとしたら、ココットは被害者なのだと、フォルトナも考えているらしかった。


 お人好しな勇者。利用している気がして罪悪感すら覚えてしまう。


 聖剣に頼んだ、ココットと殺し合わないで欲しいという願いは聞き入れられた。少なくとも今のところは。だがいつかココットに言われた。偽善の押し付け、自分勝手な理想論。良かれと考える事が本当にその者の理解であるとは言えない。ココットの為に動いているつもりだけれど、これで本当に良かったのか。ココットの望みは復讐であり勇者の打倒ではないのか。ならばこれは意味のない事ではないのか。


 隣にいられたら、すぐに聞いてしまえるのに。してほしい事はなんですか、と。だけど、この場で聖剣を刺し殺せと言われてもきっと自分にはできないとキエルは想う。だからまた、偽善者だと言われるだろうと。


 今の彼女の隣にはきっと、ゾフ、クォートラ、ツォーネ……皆がいる筈。それでも、彼女はきっと裏切られて奪われた悲しみで一杯だから。せめて抱きしめて、慰めてあげたい。私はまだ貴女の傍にいる、約束は守る、と。


 早く戻りたい。彼女がルイカーナで見た魔狼と同じ最後を辿ってしまう前に。


 私も、ココットの隣に……。










 ♢









 冷たい風が頬を撫でる。風を切り奔る魔馬の息遣いが耳に聞こえる。


 二段構えの囮と陽動により開けた道を私は進む。左翼にあたり中央軍を誘い、背後を突きに来るであろう右翼軍に銃士隊で足止め。敵の戦術の予想はここにきてこれでもかと言う程に的中した。だが私の顔に愉悦の笑みは無い。


 魔馬の背に乗り戦場を駆けながら、私は思いだしていた。


 魔王様に謁見した時の事を。








 魔王様は私の出撃を聞いて興味深そうに席を立つと、私の前まで歩いてきて腰を落とし。


 私に目線を合わせながら言った。



『憎悪の道をあくまで行く、か。愛するものを失い続けた小娘が涙の一滴も零さぬのは何故だ?』



 眼前の魔王様の赤い瞳は本当に興味深そうで。


 私はその圧を前にしながらも固い決意と共ににわかな笑みさえ浮かべて答えた。



『涙はもう出ません。泣くのは人間のすることです』



 魔王様はそれを聞いて立ち上がると、靴音を鳴らして元の席へ戻り深く椅子に腰掛けなおして私を見た。


 私はそんな魔王様を見ながら、レイメやミオ、キエルの事を想い……そして言った。



『悪魔が泣いては、おかしいでしょう』



 私はあくまで魔として生きると、そう宣言をした。


 魔の中に在り、()のために死のう。そう決めたからこそここに来た。


 涙なんか、もうただの一滴たりとも流れ落ちはしないのだから。







 そうでなくては、どうしてエルクーロ様の温情に報いる事が出来ようか。


 私は表情を険しくしながら戦場へ意識を戻した。


 改めて戦場の様相を分析。現状は全て手筈通り。


 右翼左翼共に囮の軍の大半は案山子。数は少ない。長くは持ちこたえられない決死軍。それでも彼らは不服の表情すらせずに私の命令に従ってくれた。


 おかげで我が軍の実に7割に及ぶ本隊は邪魔もののいない戦場をただただバルタめがけて猛進している。


 そう、ただ真っ直ぐに。我々の目的はただの一点のみなのだから。




「進めっ! 進めぇっ! 同胞が拓いた道だ! 止まるな! 進めぇえっ!」




 戦場に響く幼女の叫び声。


 呼応する魔族達は最早小細工不要とばかりに咆哮し己らを鼓舞した。


 私の両翼を固めるように走るゾフとツォーネもまた、己の配下を鼓舞しながら続く。


 バルタの防衛陣を見事すり抜け、我々は旧市街へと達しようとしていた。




 だが、旧市街へ足を踏み入れようとしたところで、旧市街の中から多数の兵士が現れた。


 私はそれを確認するとすぐさま全軍に停止命令を下す。



「来たか、出迎えが」



 ぞろぞろと旧市街の廃墟から統率の取れたウジの如く這い出てくるバルタ兵達。


 迅速に横列の陣を組み上げ、我々の前に立ちはだかった。


 私はそんな面々を首を合わしてつぶさに観察する。どこだ。どこにいる。



「あれが魔将軍ココット……? そんな……あの顔はッ」


「似ている……聖女様に!」


「悪魔の相を持つ魔将軍が聖女様と瓜二つ……なんということだ……」



 私の顔を見たバルタ兵たちはざわめき、口々にそんなことを零し始めた。人の顔を見てぼそぼそと話したてるとは失礼な連中だ。


 私の顔を知らない。という事は新市街の予備兵力か。クソッ、想像より多い。


 士気も高い。聖剣によるものだろう。姿は見えないが……。



 と、じろりとバルタ兵を一瞥していた私の前に、兵の合間を縫ってデオニオとレーヴェが顔を出す。



「性懲りもなくまたきおったか、小娘。おめおめ逃げ出した臆病者と思っていたがな」



 デオニオの言葉にゾフとツォーネが得物を抜き放つ。


 既にデオニオも、傍らのレーヴェも剣を握っており、私を睨んでいた。



「望みはなんだ、ココット。バルタを落としてなんとする。そしてその目的のために……貴様、魔族に何を売り渡した」


「売ったものなど何もない。魔族は私に与えてくれた。私の望み……奪って行ったお前たちへの復讐の手段をな」


「フン、なるほど。所詮魔族の道具か。いいように使われているらしいな」



 見え透いた挑発だ。


 何を言われようと動じる事などありはしない。私は与えられたものを蹴って此処に居る。エルクーロ様の温情を捨て去って、エルクーロ様の為に此処に居る。


 いや、またもや言い訳だ。エルクーロ様は関係ない。今此処に居るのは私の奥底に眠る炎が未だ消えていないからに他ならない。そのはずだ。だから、道具と言われたことに僅かばかりの憤りを感じているこの感情も偽物。エルクーロ様は私を道具だなどとは思っていないと。


 クーも言っていた。私の心の炎が小さくなったと。たしかに小さくなっていた。今にも消えてしまいそうなほど。


 それを燃え上がらせてくれた貴様たちの死に顔を、見るためにこそ私は此処に居る。それで十分だろう。



「デオニオと言ったな。口ばかり達者ではあの世で嫌われるよ」


「道具が一丁前に」


「お前たちはこれからその道具に殺される。ゴミだと罵った存在に、あっけなく殺されるんだ」


「笑止。たかが小娘の目論見など見え透いておるわ。もはや貴様に退路無し。幼女さながらに我々を搔き乱してくれたが、悪戯は終いだ。此処で貴様は討ち取る」



 デオニオの言葉に合わせレーヴェやバルタ兵が構えを見せる。


 合わせて私の前にゾフとツォーネが馬から飛び降り様に躍り出た。



「そうはさせねえ。この前のケリを付けてやる」


「死ぬのは、てめェらですわ」



 大斧を、二振りの突撃槍を構えながら彼らはそう言う。


 私は、前に出たレーヴェやゾフ、ツォーネを挟むようにしばしデオニオと睨みあう。


 緊迫感が場を包み、一触即発の空気が肌を焼く。



 レイメ、ミオ、キエル……もうすぐ、全部終わる。


 だから、今この瞬間だけは。すべてを戦いに。



 私は大きく息を吸うと両手を広げ、バルタ兵達を見ながら笑みを浮かべる。


 悍ましく歪んだ、純粋なる狂気の笑みを。



「では……諸君、始めようか。……そして……終わらせよう――――」








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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔狼が結末への伏線になるんだとしたら凄いと感服せざるおえないです。ここまで面白い作品に出会えたなんて幸せです。 テイルズ オブ ジ アビスが好きな作品ですので「生まれた意味」というフレーズ…
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