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#105 恩讐は急き立てて

 




「……バルタの構造を改めて洗い出す。街は新市街と旧市街に分かれていて、その隔たりにはアウタナと同等の壁が築かれている。先の話した通り地上からも空中からも突破は容易ではない」



 私は広場に添え付けた木版に紙片を張り付け地図に見立て、それを指揮棒でさしながら集まった魔族達に説明をしていた。


 バルタの防衛設備。高い城壁、入り口は二つ。正門と、その脇およそ200m地点にある副門。いずれも城壁沿い。門の構造は木製だが、分厚く巨大。突破には難儀する。そして城壁に囲われた新市街の外には廃墟同然の旧市街があり難民が多数住み着いている。侵攻ルートは吟味しなくてはならない。


 次にバルタ戦力。擁する兵力はこちらを大きく上回る。アンドレオ軍の合流でやや縮まったがなお不利。中核になるのは正規騎士だがどうやら傭兵や賞金稼ぎも多く囲っている。指揮する騎士団は確認できていない。教皇庁を守る神殿騎士と、聖女直属の聖歌隊は防衛戦力に数えていい。最も、聖歌隊は殆どを殺してやったから残っていても数は少ない。


 何より大きいのは既に聖女を殺しているという事。


 兵の質は高いが動かす頭が居ないとなれば単純な戦闘になれば互角には持ち込めるだろう。しかして攻城戦になる以上、壁に備え付けられた迎撃設備の破壊は必須。これは手を打っている。


 私は一通り説明したのちにクォートラに向き直り、歩み寄るとしゃがむように命じる。そして下がった頭に手を添えて耳に口を近づけ声を抑えて聞いた。



「掘らせていたトンネルはどうなっている」


「は、現在平野を貫通。バルタの前まで到達しています」


「わかった。そのまま継続させろ。敵にもアンドレオにも気取られるな」



 クォートラは頷いて再び立ち上がる。


 私は改めて兵たちを向き直ったところで、魔族達の間を割ってやってきた影を見て眉根を寄せた。



「アンドレオ、遅いぞ」



 へらへらと笑いながらやってきたアンドレオは髭を撫でながら悪びれもせずに私に手を振った。仕事に遅刻とはいい度胸だ。舐め腐っているのか。


 馬鹿な男から目を移し、隣を歩いて私の前までやってきたツォーネを睨む。



「ツォーネ……お前まで遅刻とはな。何をしていたのだね」


「すみませんですわココット様……」


「お前と言えど仕事になあなあな態度でいると許さんぞ。今回の戦の足を引っ張るような真似は慎め、馬鹿が」



 苛々しながら吐き捨てる。ツォーネは大人しく私に深々と頭を下げた。


 作戦は完璧でなくてはならない。これはミオの弔い合戦なのだ。わずかな綻びも許されない。輪を乱すやつはつまみ出してやる。



 胸のムカムカを服を握って落ち着ける私は、ツォーネがアンドレオを怪しんで先んじたほころびの芽を摘みに行ってくれていたことを知らなかった。


 それでもツォーネは黙って頭を下げた。



 私は小さく舌打ちをした後再び指揮棒を握りなおした。



「作戦は単純だ」



 私は口を開いた後一拍置き、アンドレオをちらりと見やる。


 アンドレオは腕組みをしながら私を品定めでもするように見ていた。



「私はバルタに潜入し兵力や構造をこの目で見てきた。主力の騎士団も一つ潰した。こちらの軍勢もアンドレオ将軍の援軍で増大。彼我の戦力差は物量の差を個々の力で埋められる。故に――」



 私はパシリ、と指揮棒を掌にうち表情を険しくした。



「正面突破を敢行する」



 その言葉に広場はざわめく。散々敵の防衛設備の強固さや兵力を説明し、まともにやり合うのは困難であると言った矢先の正面突破案。




「敵はアンドレオ将軍の増援を知らない。先に我らの戦力が知られていた事がかえってチャンスになる」



 聖歌隊と接触した折に我が軍の兵達の姿は見られている。ある程度隠していたつもりだったし正確な把握はできていないはずだが、今はむしろ知られていたほうがいい。



「敵は我らを少数だと考えている。ならば連中が取り得る戦術は私の読みでは十中八九包囲戦だ。我らがどこから攻めるかは予測できないだろうから、戦線を横に長く展開し、我らが一部をつついたところでその左右から挟み込むようにして囲い込むと考えられる」



 戦術の事は未だ素人。しかし人心は分かる。


 防衛戦側の視点で考えれば受け身に回りつつ敵を一切逃さない布陣を取るだろう。


 囲い込み漁ではないが、網に魚が突っ込んでいけば自ら絡めとられるもの。


 数で勝る少数の相手に対してはおそらく最も有効だろう。



「我らはその策にあえて乗り、網を突き破る」



 即ち機動力と魔族の身体能力を以て、包囲が完成する前に一点突破。一気にバルタ正門まで浸透する。


 私はそう作戦の説明をした。未だどよめきは多く、不安の色はぬぐえない魔族達の顔をゆっくり眺める。アンドレオの兵も同様で、レブナント達は顔を見合わせていた。


 馬鹿な考えをするものだ、自殺行為だという考えが視線で伝わってくる。勇猛で馬鹿な突貫戦術しかしてこなかった魔族達が臆病風に吹かれたか。



「お嬢、だがそれじゃあまだ完全じゃあねえですね。包囲網をブチ抜いて正門までたどり着いたとして、正門の突破が次の課題だ。正門の前でまごつけば反転した敵防衛陣と正門の連中で今度こそ挟み撃ちでさァな」


「その通りだ」



 ゾフの疑念に私は肯定をする。



「一点突破の後、敵防衛陣は我々の背後に追撃をかけるだろう。挟み撃ちの構図になる前に我々は正門の突破をする必要がある」



 難儀なことは再三言った。だがそれを敢えてやる。


 ゾフに目配せをして、ゾフが頷いたのを見た後再び私は声を張り上げる。



「そこで対応策が二つある。まず一つは我が軍を二つに分ける事」


「分けるだって?」



 黙って私の話を聞いていたアンドレオが驚きの声を上げた。




「ひとつはバルタに攻め入る本軍。そして本軍出立後、敵防衛陣の突破が叶った頃合で後続が突入、敵の防衛陣の本軍追撃を阻害する」


「ほぉ。だがただでさえ数的不利を背負っているのにそのうえ二つに分けるとは、危険じゃないのかい?」


「元々我が軍だけでもやるつもりだった。それに少数に見せかけたほうが敵も情報通りと油断するし、動きを誘導しやすい」


「成程ねえ。ま、人間の事は人間の方がわかるかあ」


「テメエ!」



 私を揶揄いわざとらしく人間と呼んだアンドレオにツォーネが噛みつく。アンドレオは口笛を吹き始めたが、私は無視して話を続ける。



「ふたつめ。バルタには工作員を潜ませてある。これが壁の上の防衛設備を無力化する」



 その言葉に、再びアンドレオ達はざわめいた。


 工作員……私と供にバルタに入り込んだナイトリザード達の事。連中には指示を二つ出してある。そのうちの一つが防衛設備の無力化だ。完全な無力化とはいかずとも、我々への迎撃を大分散漫にできるはず。人間は不測の事態に弱い。街中に魔族がいるなど考えもしないだろう。


 そしてもう一つの任務も。



 既にそこまで根回しをしていたという事実にアンドレオは素直に感心したらしい。顎髭を撫でながらレブナント達と何やら話し込んでいる。


 と、魔剣士の一人がやってきてクォートラに何か耳打ちをする。クォートラは頷いたあと、私の所に戻って来て同じように耳打ちをした。



「バルタに潜入していたナイトリザードからの連絡です。……仕込みは完了した、と」



 ようやくか。いや、タイミングはいいな。よい苗床を見つけたのだろう。



「了解した。そうなれば程よく増えるのにおよそ1日。明日の夜だな……ますますいいタイミングだ。くくく……」



 アレについては大分実験をしたからな。難民の幾らかを捕えさせて苗床にした。増殖の期間に間違いはない。


 仕込んだ爆弾は明日の夜に爆発する。連中の懐で。完璧じゃないか。


 いや、完璧でなくてはならない。バルタの人間どもに地獄を見せてやるためには。


 安穏と壁の内側で好き勝手に生きる連中。自分たちが完全優位だと鷹をくくって他者を踏みつけ仮初の享楽に耽る愚かな生き物に奪われる苦しみを味わわせてやる。



「よし、クォートラ。ナイトリザードに合図を出せ。それからルイカーナに伝令を」


「ルイカーナにですと?」


「エルクーロ様に伝えるんだ。我々はバルタ攻略戦を開始すると……!」



 笑みを浮かべながらそう言った私に、クォートラは血相を変えた。



「姫! いけません! 自棄になられては……!」



 慌てた様子で、私の両肩に手を置き体を揺らす。


 私はぐわんぐわんと揺れる頭をクォートラにゆっくり向けて、ぽかんとしたような表情と丸く開いた眼で、酷く無垢に純粋に疑問を浮かべるように口を開く。



「自棄に見えるのかクォートラ。この私が、自棄を起こしていると言いたいのかね?」



 私の様子にさらに驚いた様子ではあったが、すぐに下唇を噛んだクォートラは声量を大きくする。



「ええ見えますとも! 大切な者を失った怒りと悲しみは重々お察しいたします……ですが無謀です! アンドレオ将軍の軍だけでは……エルクーロ様の援軍を待たずにバルタを攻めるなど! 死ぬおつもりですか!」



 あくまで賛同の意を示さないクォートラに、私は表情を一変させる。



「黙れ! 私は勝てぬ戦に出るつもりはない。その為の策はあり駒も揃った。ならば行く以外あるまい」



 私は肩に置かれたクォートラの太い腕を掴み、クォートラを睨み上げる。



「それになクォートラ……この胸の煮えたぎる思いは、奴らの首を全て切り捨て、街道に並べて装飾として流れ出た血の絨毯を歩いてやらねば晴れるものではないのだよ」



 クォートラは理解する。この表情、この怒りは自分に向けられたものではない。


 自分の目を赤い瞳で睨むこの目は、どこか違う対象を睨んでいるものだ。


 そして私は、私の目を見て息を飲んでいるクォートラに対して、口の端を吊り上げた。



「なのにお前は私の何を諫めようというんだ? お前の望みでもあっただろう。復讐だよ、クォートラ……! その終わりを見せてやる……」


「ですが……」


「くどい! お節介も大概にしろ……! 私はお前の娘ではない! 幻影に縋るな! 本当の娘は奴らによって殺されたのだろうに!」 


「ッ……」



 なおも私を心配するような姿勢のクォートラに私は感情を露にしながら現実を突きつける。


 お前は私と同じ苦しみを知っている筈なのに、どうして私を止められる。


 そんな権利はお前にはない!



「いいか、私は……私たちはッ……っあ」



 私はクォートラの腕を乱雑に振り払うが、姿勢を崩してよろめいた。


 足を出してバランスをとろうと思ったが、力が入らずにそのまま転びかける。


 それを急ぎ疾駆してきたであろうツォーネに抱きかかえられ、支えられた。私は深く息を吐きながら眉間に痛みを感じて手を当てる。


 ツォーネは私の顔色を見て血相を変えた。



「ココット様、やはりひどくお疲れではありませんの……!? 此処のところずっと働き詰めだったものですし……出撃など体がもちませんわ」


「私の体など……どうでもいい……ッ! 人間を、殺しきるまでは……ッ!」


「姫!」



 叫んだ私にクォートラが思わず声を上げるが、私は無視をした。



「出撃は明日の夜だ……皆備えて休め……。アンドレオも、いいな!」




 アンドレオを睨んでそう言えば、了承の意なのか派手なそぶりでお辞儀をして笑った。


 そしてクォートラを一瞥すると、頭を抱えてよろめいた。すかさずツォーネが私の身体を抱え上げる。上がった視線に、再びクォートラの顔が映る。


 ハトが豆鉄砲を食らったような顔で私を見るクォートラから、私はすぐに顔を背けた。


 私は幻影に縋ろうとしてまた大切な者を奪われた。もう……迷う事はない。




「ドラゴニュート、ココット様はわたくしがテントまでお運びしますわ。貴方は言われた通りに」


「しかし……」


「わかっていますわ。貴方の気持ちも……今のココット様の気持ちも。手のかかる子でしたが……わたくしだって、あの子のことようやく少し可愛いと思ってきていたんですからね」



 そう言ってツォーネはクォートラからぷいと顔を背け、私を運んだ。


 よろめいた私の一番近くに居ながらただ茫然とするしかできなかったクォートラ。ゾフに肩を叩かれるも、反応がないのでゾフも静かに去っていった。


 去り行くツォーネと私を眺めながら、私に言われた言葉を頭の中で繰り返してクォートラは拳を強く握りしめた。












 ♢







 ツォーネはそのあと私をテントまで運ぶと、いそいそと上着を脱がせた。


 私はツォーネに命じて椅子に座ると深く息をついた。ベッドでなくていいのかとも言われたが、まだやる事が残っている。


 机に広げられた紙片や地図に目を落とし、すぐにペンを手にする。


 そんな私を心配そうな目で見ていたツォーネだが、何を言っても私は聞かないと悟ったのだろう。深々とお辞儀をすると、私の上着を衣文掛けにかけて入り口へと向かった。



「ではココット様、少しはお休みになってくださいましね」



 そう言ってツォーネはテントから出て……にまにまと笑みを浮かべながら立つアンドレオと鉢合わせたらしい。


 入口の方で声が聞こえて、私は聞き耳を立てた。




「テメェ、何の用だ」


「いや、なに。作戦の確認をと思ってねえ」


「後にしろ。ココット様はお疲れなんだ」



 ツォーネはアンドレオを追い払おうとしているらしい。私はもう一つ深く息を吐いた後、入り口に向かって声をかけた。



「ツォーネ、構わん。アンドレオだろう。入れてやれ」



 少しの沈黙の後、ツォーネが歩き去る足音が聞こえて、アンドレオがテントへと入ってきた。


 アンドレオは入り口で礼をして、にやりと笑って私の方へ歩いてくる。


 そしてアンドレオは私の前に跪き、私の右手を取って手の甲に口づけをした。


 私はわずかな不快感を覚えはしたが、別段拒否するでもなくただただ冷ややかな目でアンドレオを見た。


 私の手の甲にキスをしたアンドレオはにやりと笑って私を見た。



「そういうものは淑女にするものだろう。貴様ロリコンか?」


「ロリ、コン……という物が何かはわからんが、私は外見で相手を判断はしない。魔族の外見などあてにならないしね。もっとも、君は人間で言えば子供の年齢らしいが、子供とは呼べない。故に私は君を女として見る。それが礼儀だ」


「はあ、好きにしたまえよ」



 アンドレオは笑い、私の対面の椅子に座った。


 そして広げられた地図や紙片を見ながら、熱心な事だと零す。私はさっさと要件を言うよう促せば、テーブルに肘をついてアンドレオは私を見る。



「さっき言っていた作戦だがね。軍を二つに分けるという」


「それが?」


「戦力分散に懸念があってねえ。我が軍を加えた意味がなくなるんじゃないかな? そもそも防衛陣を突破できなければ成立しない作戦だ」


「突破力は魔族の戦闘能力と魔物の機動力を以て当たる」



 トグーヴァ達魔物部隊は魔族にも人間にもない強みを持っている。ましてトグーヴァによって統率された魔物部隊は私の命令によって動く切り札だ。


 そして、銃の存在も。


 それが此方の強みであり、敵の弱みもまたある。



「我らは既に聖女を殺している。そしてその死体は連中に返した。今頃は葬式をやっているだろう。連中の習慣は聞き及んでいてな、名のあるものが死ぬと三日は葬式を執り行うそうだ。敵の士気は低く、指揮系統も崩れている。大軍統制には指揮官が足りない筈だ。そこを突けば突破はできるだろう」


「成程ね。勝算はあるわけだ。それを聞いて安心したよ」



 アンドレオはゆっくりと椅子から立ち上がり、地図を一枚手に取りしげしげと眺める。


 私はポットのコーヒーを注ぎ、一口啜った。


 と、アンドレオは地図を顔の前に持ってきたかと思えば、地図の端から目だけを覗かせて私を見て言った。



「ココット将軍、先鋒は我が軍にやらせてくれはしないかね」


「なに?」


「エルクーロ様は承諾したよ」



 私は驚いてコーヒーカップを取り落としそうになった。


 エルクーロ様はアンドレオに任を引き継がせることも視野に入っていると言っていた。


 それを承諾したというのか。


 いや、無い。エルクーロ様がそんなことを許すものか。エルクーロ様は私の味方だ。エルクーロ様だけは……!


 だってエルクーロ様はずっと私に優しい。だが、その優しさが故に私を戦いから遠ざけようとしたのもまた事実。


 しかし……。



 いや、気を迷う事はない。もう迷わないと決めた。私のやることは変わらない。


 どうせアンドレオの口八丁だ。いいだろう、乗せられてやる。



「……いいだろう。だがあくまで私の指揮の下だ」


「おいおいそれじゃあ意味がないじゃあないか」


「手柄が欲しいんだろう。お前がバルタを落とす実績は私が保証してやる。協力もな。バルタの見取り図と戦力情報……あと私の軍からいくらか兵を出す」


「んー、足りないなあ。君は抜け目ないからねえ。ツォーネが君の下で従っているいきさつ、実は知っているんだよ。うまくあれを利用してフリクテラ陥落の功績を手に入れたのだろう? 今回も利用されちゃあたまらないからねえ」



 疑り深いな。思いのほか面倒な手合いだったか。



「だがまあ、こちらから提示する条件を飲んでくれるならあくまで君の指揮という事にしよう。君も手柄が欲しいんだろう? 人間である君が魔族の中で生きるには実績がいる。復讐ももちろんだがそう言う理由もあって戦い急いでいる……らしいじゃないか」


「エルクーロ様に聞いたか」


「まあね」



 エルクーロ様がそんなことを……いや、そこまで見抜かれていたなんて。


 流石は四天王と言うべき、か。魔王様の懐刀。他の四天王とは何かが違うのは初めから分かっていた。いや、だからかな。


 彼の事は、やっぱりわからないな――――。



「……ともかくだ。お前は敵防衛陣を突破する軍を任せてほしいというわけで、私達には背後を守る役目をしろという訳だな。後続で出撃し敵防衛陣を食い止める役を」


「その通り。そしてそれを君がやってくれるという証明もね」


「難しい事を言う。信用を前借りできると思うか?」


「小さな悪魔の言う事は信じられないねえ。そして君も私を信用していない。だからここはひとつ私のポリシーを押し付けさせてほしい」



 アンドレオはそう言うと椅子に座った私に近寄ってきた。


 その目の色は私を舐めるように上から下まで見ている。ツォーネに上着を脱がされた私は、いくらか肌を露出していた。黒いアンダーから覗く肌色を、こいつはじっくりと見ていたのだ。


 成程。初めて会った時もそうだったがこいつはアレハンドロと同じような趣向を持つようだ。好色家、それでいて私のような子供にさえ色を見るか。いや、これは本気の目だな。さっき言った言葉は本当か。



「さっきも言ったが私は君を女として見る。故に愛させては貰えないかな? 私は愛した女の事は信じる純情な性格をしているんだよ」



 アンドレオはにいっと笑いながらなおも近づいてきた。


 私は狙いを察する。そんなに私の体に価値があるか?


 いや、それだけではないな。アンドレオは私を征服する事で己の価値を高めたいのだろう。小さな悪魔である私を手籠にすれば魔族の中でも多少なりとは一目置かれる。


 つまり、トロフィーか。男というものは全く。



「私が欲しいのか?」



 私は背もたれにぐいっとふんぞり返り、じとりとアンドレオを睨んだ。


 そしてふんぞり返った私との距離を詰めるようにアンドレオの顔が私の顔に迫る。


 その表情は何よりも如実に肯定の意を示していた。ならば……好都合だ。



「お前はそこまでして戦果を求めて何が欲しい?」


「全部さ」


「貪欲な男は嫌いではないよ」


「野心家、と言ってほしいね」



 私はふっと笑ってアンドレオを見て、言った。



「……いいよ」



 私の言葉にアンドレオは目を見開き口角を吊り上げて私に手を伸ばした。























「だが、今じゃあない」



 私はその手をぐいっと掴んで止めていた。


 アンドレオがきょとんとした顔をしている。今いいって言っただろうという顔だ。


 確かに言った。だが今ではない。別にもはや私の貞操などどうでもいいし、そんなちんけなものを差し出すだけで戦いに勝てるのならいくらでもくれてやる。


 だが、私を抱くことがこいつにとっては保証でも私にとっては戦に勝てる保証にはならない。フェアではないのだ。


 そう言う事を言ってやればアンドレオはふうむと唸る。



「戦いに勝てば私を好きにしていいよ。それまではおあずけだ。安心しろ、約束は守る」



 私の言葉に、アンドレオは怒るかとも思ったがかえって嬉しそうに笑い始めた。



「くく、ふふはっ! そそるねぇ……いいだろう。身持ちが固い女は好みだよ。焦らされたほうが昂るという物さ」



 アンドレオはそう言って私に伸ばした手を引っ込めると、礼をした。


 話は終わった、という事だ。


 主軍はアンドレオに任せ、私の部隊は後方で待機する。そういう話で纏まった。


 去り際にアンドレオは私に聞こえないように小声で呟く。



「所詮は女か。メーア様の目論見は簡単に達成できるな。バルタ陥落の実績とメーア様の目論見の完遂……そして私はココットを手に入れる。美味い話しすぎて笑えてくるよ」



 そしてくくくと笑いながらテントを去った。


 そんなアンドレオが去ったのを確認してから、私はにやあと口角を吊り上げた。



「ちょろい男だ。上手くいきすぎて笑えて来るぞ。はじめからお前を敵防衛陣にぶつけるつもりだったというのに。くくく、精々私達の為に踊ってくれたまえよ……アンドレオ」





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― 新着の感想 ―
[一言] まさか弱ってる様子も、アンドレオにつけ込む隙があると思わせるブラフだった? すげぇ!さすココ! 教皇を血祭りにあげてユナイル教徒を根絶やしにするところが見てみたい
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