表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/122

#101 epilogue:夢の終わり

 



 会合の当日。


 聖女が指定してきた場所は駐屯地から少し離れた場所だった。


 我々が先につき、無言で拓けた森の中の広場に佇んでいると、やがて聖女率いる聖歌隊が現れた。よくもまあのこのこと顔を出せたものだ。何か企んでいるのか。


 どちらにせよ、構わないんだが。現れてくれただけ良い。



 私は、何食わぬ顔で現れた聖女の前に立ち、色のない表情でただただ虚空を見ていた。


 私が広場に立たせている兵力は魔剣士が20名ほど。広場中央に立つ私の5メートルほど背後にはゾフとツォーネ。二人も私と同じように色のない表情をして、聖女とその背後の聖歌隊の面々を眺めていた。30名ほどの聖歌隊は前回と同じメンツのようだが、デオニオが居ない。取りまとめているのはレーヴェのようだ。


 まあ、どうでもいい。どうでも。





 聖女は私の前に立ち仰々しく礼をしたのち、笑顔を見せて喋り始めた。



「ココット、また会えて嬉しいです」



 ああ、白々しい。


 会えて嬉しい、か。腹の内は違うだろうに。


 私はその言葉に答えなかった。



「この場に居てくれたという事は、申し出を受けてくれる気になったという事ですよね」



 私は、答えなかった。



 終始無言の私に聖女はどこか困ったような顔をしながら、聞いていて反吐が出るような……平和がどうとか手を取り合う事がどうとかをぽつぽつと語った。


 そのすべての言葉が、私には酷く気持ちの悪いものに聞こえていて、耳に入った言葉はそのまま理解せずに抜けて行った。


 本当に、ぼうっとしているような感覚。目の前に立つ聖女の顔は黒く影になっていて見えないと感じるほど。


 そんな得体の知れない存在。レイメの面影などもはや微塵も感じられはしなかった。



「……ココット、私たちはきっと平和な世界を作れます。だから……一緒に」



 聖女は私に握手を求めてきた。目の前に突き出された聖女の手。それをじっと見て、それから聖女を見れば黒い影に覆われた顔に笑みが張り付いていた。


 私は無言のままゆっくりと片腕を上げ、だぼだぼの袖を聖女へ向けた。


 私が握手に応じるよう腕を上げたのを見たレーヴェをはじめ聖歌隊の騎士たちの安堵した顔や、聖女の穏やかな笑み。それらを私の赤い瞳は感情の色を持たないどろりとした視線で見渡していた。


 私の手が聖女の差し出した手に近付き……そのまますれ違う。私の手は聖女の胸へと向けられて。


 聖女が不思議そうな顔を浮かべ、私の名を呼びかけたのとほぼ同時に。










 ――――私は、引き金を引いた。









 刹那、会合の場にはパン、という乾いた音が響き渡った。



「……え?」



 げぼり。



 驚きの表情をした聖女の口の端から赤黒い血が零れ、纏う装束の胸元にじわりと赤いシミが広がっていった。


 身の丈に合わないぶかぶかの私の服の袖は、アレハンドロから奪った拳銃を隠し持つのにちょうどよかった。袖から取り出した拳銃より発射された弾丸は、聖女の胸に吸い込まれた。


 不思議そうな顔をしたまま自分の口からこぼれた血を手で拭い、そして胸に手を当てる聖女クーシャルナ。じわじわと胸から溢れる血はその手をあっという間に染め上げた。


 そしてもう一度大きく咳き込み口から血の飛沫を飛ばした後、クーシャルナの瞳は確かに私を捉えた。光を映さぬ眼に映る、濁った眼をした私。ただ冷淡に、一切の情けなく銃の引き金を引いた私が映っていた。


 クーシャルナはやっと自分の身に何が起きたのかを理解し、そして同時にどうして私がこんなことをしたのかと驚きと悲しさが混じった顔をした。その表情は、傍から見れば困ったように笑っているようで。


 その目尻から、一筋の涙が零れ落ちる。



「ココット……なぜ、なのです……」



 その言葉を最後に、クーシャルナは背中から仰向けにどさりと倒れた。




 広場には銃の音色に驚いた鳥たちが一斉に木々から飛び立つ羽音が響き続けた。



「ク……クーシャルナ様ァア!」



 場に居合わせた面々の沈黙を裂いてレーヴェの悲鳴があがった。


 何が起きたのか理解できないと言った顔の聖歌隊の中で、レーヴェが居の一番に事態に気づいた。クーシャルナがやられた、と。


 レーヴェの声で聖歌隊にもそれは伝播したようで、騎士達は次々に剣を抜き放った。


 対談は結末を迎えたのだ。破局と言う結末を。



「貴様、今何をした!」


「何という事を……聖女様から離れろッ!」



 レーヴェを筆頭に口々に叫びながら私の方へと駆けてくる騎士達。すぐにツォーネとゾフが武器を構える。


 魔剣士達も剣を抜き、姿を人から骸骨に変じた。



「五月蠅いぞ、人間共」



 私はゆっくりと手を上にあげると、あらかじめ用意していた合図として振り下ろした。


 瞬間、森の中から木の葉を切り裂いてドラゴニュート達が羽を広げ飛翔した。



 聖歌隊の騎士たちが驚きで足を止める。その一瞬の停止に、ドラゴニュート達は容赦なく火炎を吹きつけた。


 空から降り注ぐ業火は広場を焼き、木の葉を燃やす。レーヴェの剣風によりいくらかの直撃は防がれたが、広場は灼熱地獄へとその様相を変えた。



 私はゆっくり背を向けると歩き出し、ゾフとツォーネの間を抜ける。通り過ぎ様に私は彼らにも命令を下した。



「殺れ」



 ゾフとツォーネの赤い瞳が収縮し、同時に森の中に隠していたゴブリンやオーク達が姿を現す。


 伏兵にレーヴェが目を見開き、命令を下すべく剣を掲げると同時。


 怒りに猛る魔族軍が一気に会合の場に猛進し聖歌隊の騎士たちに襲い掛かった。





 聖歌隊の面々は相当な技量の持ち主だった。数で圧倒的に不利な状況でも果敢に戦っている。


 だが不意の戦いであること、そして自分たちのシンボルが喪われた衝撃に次第に押し潰されていった。



「何故だ! 聖女様は本当にお前たちと手を取りあおうと……ぐあッ」


「平和のために俺たちはッ……!」



 口々に何故だ、どうして裏切ったと我々に叫ぶ騎士達。


 そしてそんな言葉を聞く耳持たない魔族達は次々に襲い掛かっていく。


 やはりというかなんというか、不利を即座に悟り冷静な思考を取り戻したのはレーヴェだった。



「クーシャルナ様ッ……! くっ、どけえッ!」



 レーヴェが長剣を振りぬき、ゴブリン達が剣圧で吹き飛ぶ。ほう、なかなかやるな。


 身の丈ほどもある細身の長剣を扱うレーヴェは近づく魔族達の悉くを弾き飛ばした。


 そうして出来た道をレーヴェは懸命に駆け、聖女の下へと辿り着く。


 レーヴェは聖女を抱え上げると叫んだ。



「退け、退けぇっ!」



 聖女を回収し撤退する、そう判断したレーヴェは背中を向けて駆け出した。


 それに合わせて聖歌隊の騎士たちも退がり始める。


 だが。




「逃がさねえぞ……!」


「てめェら残らずぶっ殺してやるッ!」



 ゾフとツォーネが憎悪と殺意を顔に張り付けて突貫。撤退を試みる騎士たちを文字通り吹き飛ばした。


 ミオの死に嘆く彼らは精強な聖歌隊の騎士を既に10名は葬っていた。せめてもの手向けと、少しでも人間どもの骸を地に曝してやろうと恐ろしい剣幕で武器を振るっていた。


 そんなゾフとツォーネの追撃に騎士たちは悟る。


 撤退などできない。全員では、と。



 聖歌隊の騎士たちは頷きあって聖女を抱えたレーヴェが通り過ぎた後を塞ぐよう並び、ゾフとツォーネ、そして魔族達の前に立ちはだかる。


 レーヴェはそれに気づくと一瞬背後を振り返った。



「お前たち!?」


「レーヴェ副長……聖女様の御身だけでもバルタへ……!」


「どうか、どうかお連れしてください……!」



 騎士達が己の身を殿とした覚悟を、一瞬の逡巡の後汲み取り、レーヴェは眼を閉じた。



「……くぅうっ」



 それも一瞬、すぐさま駆け出したレーヴェは広場を抜ける。


 魔族は一人も逃すまいとして追撃をかける。ミオを失った怒りと悲しみは魔族達にも同様に言えたのだから。


 だが、聖女の亡骸を抱えるレーヴェを逃がすべく聖歌隊の騎士たちが壁となり立ちはだかる。


 レーヴェは歯を食いしばりながら馬に聖女を乗せ、自分もまた跨るとすぐさま駆け出した。









 その光景を私はただじっと見ていた。竜化したままのクォートラが私の脇に立ち、同じく去り行くレーヴェの後姿を眺めながら言う。



「本当に、よかったのですか」


「ああ。聖女の亡骸はくれてやる」



 聖女の亡骸、回収を考えたが使い道を考えればくれてやった方がいい。


 聖女の死は、バルタを襲う上でも我々にとって敵のシンボルを討ち取った以上の意味があるのだから。


 それに、私の手で奴を殺した。それまでは魔族にも手は出させなかった。どうしてもこの手で殺さなければ手向けにもならなかったのだ。暗殺者を放っておいてどこ吹く風で顕れたあの女が何を考えていようと、この手での報復は最優先事項だった。どれだけ危険だとクォートラらに言われても、譲れなかった。




 ゾフの大斧が数人の騎士をまとめて鎧ごと両断し、ツォーネの突撃槍が一度に数人を串刺しにする。


 聖歌隊の練度は高い。だが突然聖女を失った動揺と、魔族達の恐ろしいまでの殺意によって蹂躙されていく。


 悲しみを憎悪に、悔しさを殺意に塗り替えた魔族たちによって彩られ、人間の血に染まる広場。



 それを眺めながら、私はクォートラに言った。



「私は選択した。必ず連中に報いを受けさせる……例え死んでも、な」



 もはやこの身を厭いはしない。


 私の生存は優先順位を変えた。もはやこの世界に私の幸福はあり得ないと悟ったのだから。


 死んでも絶対に、ユナイル教に、人類に……思い知らせてやる。


 バルタの人間を皆殺しにして、この戦争を魔族の勝利に導く。


 私はそう固く決意する。


 ああ、ミオ。会いたいよ。


 でも少しだけ待っていてくれ。寂しいだろうけど、我慢してくれ。


 お前の仇はこの手で取ったけれど、まだやる事が残っているから。





「全部終わったら……ミオ、お前に会いに行くよ……」

















 そしてキエルはその光景を……頬に一筋の涙を流しながら口を覆って眺めていた。


 どうしてこんなことになってしまったのか。ココットにあのことを伝えていれば結果は変わったのだろうか。


 同じようにただただ戦闘を眺めるココットの後姿を見やりながら、小さく呟く。



「聖女様は貴女の……お姉さんだったんですよ、ココット……」



 人の中に在り和平を求めた聖女。


 その妹であるココットは、魔将軍。


 どんな運命の悪戯なのか。ココットは聖女の命を奪うに至った。聖女が、ココットの大切な者を奪ったから。


 でも本当にそれは聖女の思惑だったのか、キエルにはもう何もわからなかった。


 ただ一つわかっていることは、キエル自身も可愛がっていたミオの死によって……ココットがもう、人に戻ってはくれないだろうという事だけだった。




















 ♢














 その日、バルタの教皇庁前広場は騒然とした。


 昨日の夜中に息を切らせたレーヴェによって聖女の亡骸が運び込まれたのだ。


 民衆に瞬く間に伝えられた聖女クーシャルナの死。その衝撃はバルタの人々の心に電を落とした。




 そしてすぐ翌日たる今。




 嘆き悲しむ民衆の前に教皇は立ち、彼らの悲しみを怒りへと昇華させる。


 聖歌隊隊長のデオニオが熱弁を振るい、集まった民衆に声を届けた。



「聖女様は! 先陣を切り勇猛果敢に魔族の前にお立ちになった! 彼らとさえ手を取り合うために! しかし! 魔族どもはそれを無下にし卑劣な策略によって謀殺された!」



 涙を流し手を合わせる民衆たちはデオニオの言葉に震えた。



「そして! 今バルタを攻めようとしている魔族軍を率いる将軍は! 名をココット! 悪魔の相持つ"人間"であるッ!」



 その言葉は民衆の心に多大なる衝撃を与えた。


 自分たちバルタの民を今脅かそうという魔族軍、その首魁が人間であること。そして悪魔の相を持つこと。


 その意味することをデオニオは語る。



「聖女様は! 悪魔の相によって殺されたのだ!」



 両腕を振るい、デオニオは指し示す。


 広場に向かう騎士たちの一団を。民衆は顔を向け、その一行を拝むようにして目を伏せた。



「おいたわしや聖女様……」


「ああ聖女様……!」


「ああ、なんということ……聖女様……!」



 街の人々は蓋の空いた花で敷き詰められた棺に入り、瞳を閉じ、白い顔を民草にさらしながら運ばれていく。


 集まる者達は聖女がまだ年若い少女であることを認め、殆どのものがその顔を初めて拝む。安らかにさえ見える死に顔を。



 そしてその背後を連ねるは、聖女の温情によってバルタに受け入れられたとされている悪魔の相持つ者たち。


 彼らは一様にして与えられた白い衣ははく奪され、手枷を付けられ鎖に繋がれて一糸まとわぬ姿で歩かされていた。



 広場に設けられた舞台。円形の広場の中央はまるで井戸の如くくりぬかれ、穴の底には闇があった。


 普段は格子がかけられたその穴は今や地獄への入り口めいて解放され、悪魔の相持つ者らはその前に並ばされた。


 その両脇に処刑人めいた服装の者達が待っており、手にはさまざまな器具が持たれていた。



 悪魔の相達が立ち並んだのを確認するとデオニオは一歩下がる。


 代わりに前に出た教皇は両手を広げて天を仰いだ。



「悪魔の相こそ元凶! 聖女様の温情を仇で返した忌子らに罰を!」


「罰を! 罰を!」



 民衆は呼応し叫ぶ。悪魔の相達を睨み、殺せと腕を振り上げる。


 聖女の情けを拒んだ愚かな悪魔。教皇の教えを聞いて尚更正しなかった愚かな忌子達を手向けとしよう。


 処刑人たちが鋸や剣、洋ナシのような器具を持って悪魔の相達に近寄り、拘束された彼らに刑を執行していく。


 広場に響き渡る悲鳴、絶叫。仲間たちが次々に刑を受けていく最中に、ジジもまた怯えで体を震わせていた。



「恨んじゃダメ……恨んじゃダメ……!」



 身体を抱き、震える体を押さえつけながら。ガチガチと歯を鳴らしながらブツブツと言葉を吐く。


 隣に立っていた少年に剣が振るわれ、反対側に立っていた少女が痛みに絶叫する。


 ジジは耳を抑えてついに膝を折る。



 そんなジジの首を乱暴に掴み上げる太った処刑人。


 その手に握られた洋ナシめいた器具が、無理やり押し広げられた両足の合間に添えられる。


 恐怖に目を見開き、涙を零しながら処刑人の目を見れば、袋に覆われた頭部の穴から覗く表情は確かに笑っていて。


 ジジはついに心の中で何かが折れた。



「だけどココット……ごめん……あたしが間違ってたかも……!」











 その日、三日三晩続くしきたりの聖女の葬儀の初日。


 悪魔の相持つ子らは、一人残らず刑を執行されたのち、広場の穴へと棄てられた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 苦悩の梨って……もう悪魔はどっちだってね
[良い点] 戦闘や人物の思っていることの描写に独特な雰囲気があって好きです。 [気になる点] この戦争での魔王様の思惑が気になります…!ラストに向けてどう絡んでくるのか、ワクワクします。 [一言] 本…
[一言] ひええ……序盤の凄惨さが戻ってきたどころか……最近まで平和だったのを一気に引き戻されたことでより凄まじくなったように感じますね。 というか以前と違って敵方にも感情移入してしまっているという点…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ