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#10 復讐の第一歩

 




 アウタナ落とし、それは最終局面を迎えていた。


 私の記憶通り、街中の兵力はたかが知れていた。


 もとより縦横無尽に暴れまわるホーンバウの群れが先行していたため、対処に防衛陣形すらまともに整えられなかった兵士たちは、後続のゾフ率いる魔族たちに対応できるはずもなく。


 ホーンバウは魔族相手にも向かってくるため厄介ではあったが、所詮は草食の魔物。囮の役目を終えた今、人にやられるも良し、魔族たちに処分されるも良し。あらかじめ処分を念頭に置いていたのでホーンバウへの対処は滞りなく済んだ。あとは彼らが付けた傷口を広げ、抉り取ってやるまで。


 嗚呼、なんと簡単なお仕事なのだろう!


 この世界の人類の思い込みを砕いてやるだけでここまで呆気ないものだとは。


 まあ、元来我が配下たる魔族諸氏は戦術や戦略とは程遠い、個々の特性を以てしての突貫戦術しかしなかったというのだからこの程度の戦力に拮抗したというのも頷けなくはない。


 ただ向かってくるだけの相手ならばそのうず高い城壁も、狙いをろくに付けられず威力のみに重きを置いた大砲も十分機能しよう。


 だが、見ろ! 今やこのザマだ!


 自分達に絶対の自信を持ち、他者を嘲り、蔑み、舐め腐ったツケだ!


 事実足元にも及ばぬ存在だと侮った私や魔族に対し、何もできないではないか。


 私はほんの少しだけ上機嫌に燃えるアウタナを眺めた。



 事実、私の予想をはるかに超えた勢いの魔族たちの蹂躙により、もはや戦いと呼べるものではなかった。


 クォートラの背に跨り、街の上を巡回しながら眼下で行われる殺戮を眺める。ゾフ達は大分張り切っているらしい。


 家々には火が放たれ、まさに地獄絵図。兵士たちも魔族たちによって次々に屠られている。家屋からは住民が引きずり出され、男はその場で殺され、女はそれこそ身包み剥がされされるがまま。命じてはいないが、子供は奴隷か玩具か、あるいは食料にでもするのか、女共々用意されていた檻に放り込まれている。


 私はクォートラに命じ、街の広場へと降り立った。私を曝しあげた、あの広場だ。そこには住人達のいくらかが集められていた。そしてそこにはアウタナ伯たちの姿もあった。地上部隊を率いるゾフにはあらかじめある程度の住人とアウタナ伯たちはこの場に集めるよう指示しておいた。


 クォートラの背から降り立った私の姿に、住人たちは皆一様にして驚きの目を向けた。人間が魔族の背より降り立ったのだから驚きはあるだろう。ゾフが私の所までやって来て状況を報告してくる。



「フゥーッ。制圧は概ね。あとはこいつらだけでさあ」


「あぁ……分かった」



 ゾフの体とその手に握る両刃の戦斧は血に塗れており、表情は清々しさがある。大分暴れたらしい。私を見る目も少し変わっていた。いい傾向だ。


 私は周囲の惨状を眺めながら、腰に手を当ててカツカツと靴音を鳴らして、魔族に組み伏せられているアウタナ伯達の前にやってくる。


 アウタナ伯は私の姿を見て絶望と怒りの入り混じる表情を浮かべ、それを上回る驚愕に声を漏らした。



「お、お前は……ッ」



 声を上げたアウタナ伯に私は和かに笑いながら親しみを込めた声色で挨拶をする。



「お久しぶり、という程ではありませんが。ご機嫌如何でしょうか……御父上?」



 私はわざとらしく仰々しいお辞儀をして見せる。


 そこでアウタナ伯たちは理解する。背後に魔族を控えさせたこの私こそが、今回の襲撃を指揮したのだと。



「ま、まさかお前がアウタナを……ッ!? 魔族どもを手懐けて……!」


「語弊がありますね。彼らは私の同胞。手懐けるなどといったものではありませんよ。彼らも、私も、望んでこの街を焼きに来たのです」


「こ、この……裏切者めッ……人殺しめッ! 魔族に魂を売り渡した悪魔めッ!」



 アウタナ伯だった男は涎やら涙やら鼻水やらでべとべとになった顔で私に叫ぶ。



「そう喚かないで頂きたい。元より私にそれを望んだのはあなた方のはずだ。忌々しき悪魔たれ――――とね」



 私は笑顔から一転。何の感情もない瞳をアウタナ伯に落としながら淡々と述べた。


 アウタナ伯の顔色がさらに変わる。元よりアウタナ伯の家に居た頃は感情を表に出さない幽鬼のような有様で、言葉もまともに発したことのない私であったから、このような言葉を言われるとは思っていなかったのだろう。


 私に感情を思い出させてくれたのは、他でもないあなたの街なのだよ。



「なぜこんな事をするのです! 親殺しにも等しい愚行……許されたものではありませんよ!」



 夫人が恨めしい目で私を見ながら叫ぶ。親殺しとは。ふざけたものだ。私の親は今や愛しきレイメただ一人。むしろその最愛の人を奪った張本人にも等しい夫人が「なぜ」だと?


 私は夫人を鋭い殺意を込めた視線で睨む。夫人は一瞬たじろぐが、それでもキッとした視線で見返してくる。憎らしい目だ。すぐに殺してやりたいが、落ち着け。それでは()()()()()



「そうだ、お前の親、我が妾……レイメは、レイメはどうしたのだ! あの優しき女であれば、私に対するこのような行いを許しはしまい!」



 アウタナ伯が何か期待するような、淡い笑みを貼り付けた顔で私を困らせようとでもしたのかそんな事をのたまう。動揺でも誘おうというのか。たしかにレイメは優しいからこんな事は望むまい。本人に制止されれば私とて手を止めたかもしれない。しかし。今やそんなものは何の意味もない。何故ならば。



「母は死にましたよ」



 表情を変えず冷たい瞳のままに私が言い放った言葉にアウタナ伯は持ち上げていた口の端を下げた。なんだかんだで愛していた女性の死をその耳で聞けば多少なりとはショックでもあろうものかと私は小さく息を吐いた。まったく勝手だ。そう思うのならもっと早くレイメだけでも救うべきだったのだ。そうしなかったアウタナ伯の愛はその劣情に基づくものだろうが!


 項垂れるアウタナ伯を無視して、夫人が私に怒鳴り散らしてくる。



「汚れた奴隷娼婦には似合いの末路ではないですか! そしてやはりお前は娼婦から生まれた悪魔の子でしたね! 人を裏切り、このような蛮行をよくも!」



 安い挑発だ。レイメを話に出されるとどうしても眉根が動いてしまうが、乗ってやらない。しかし……やれやれ、夫人はこの期に及んでなお強気か。魔族に囲まれているというのに、直接的な相手が私だからだろう。舐められたものだ。貴方はレイメを追放した第一人者である時点で、私の最大の敵なのに。



「汚らわしい悪魔め! この、呪われた女め!」



 夫人の叫びに合わせて、隣で捕まっていた私の異母弟や、周囲の住人達も私目掛けて罵詈雑言を浴びせてくる。人権もなく存在がカーストであった悪魔の相を持つ私が、このように偉そうにしているのがこんな状況に置かれながらも彼らにとっては我慢ならないとは。飼い犬に手を噛まれたでは済まさないぞ。


 私たちの一連のやりとりを、背後に控えた魔族たちは黙って眺めていたが、明らかな怒りと憎悪が感じられる。人間風情が偉そうに、と。私の命令があるまで決して手は出さないようにと言ってあるが、今にも飛び掛からんばかりの勢いだ。


 ここはひとつ、盲目的にまで私を舐め腐る連中の頭を、少しばかり賢くさせてやる必要がある。



「勘違いしてもらっては困りますよ諸君。私という人間を悪魔に育て上げたのは他でもないあなた方だ。故に、おめでとう。この結末はあなた方が望んだのですよ」


「戯言を!」



 住民たちに高らかに言った私に対して叫ぶ夫人に、私はその髪を掴み、強引に首を垂れさせる。夫人は悲鳴を上げるが、私は力を緩めない。そして髪を掴んだまま、その耳に言葉を投げる。



「命乞いでもしてみますか? 魔族に交渉してあげてもいいですよ。彼らが納得するかはわかりませんが」



 その言葉に夫人は悔しそうに歯噛みをする。隣では異母弟が幼いながらも懸命に私に罵詈雑言を浴びせてくる。なるほど、良い教育を受けたらしい。素晴らしく上品な弟を持って誇らしいよ。


 私を馬鹿にする言葉に魔族達が唸りを上げる。ふむ。たしかに私もこんな子供にまであーだこーだ言われるのは我慢がならないな。



「夫人、ここで一つショーと行きましょう。住民の皆さんもぜひ楽しんでほしい。あの時は私たちが主役だったが、今回は……我が異母弟に壇上に上がってもらおう」



 そう言って私は異母弟を抑えているオークに命ずる。詰所で私を食べたいと言ってゾフに一蹴されたあのオークだ。私をくれてはやれないが、血の繋がりのある弟をくれてやろう。十分過ぎる褒美だろう?


 私の許しを得たオークは嬉しそうに異母弟を掴み上げ、宙づりにする。夫人がギャーギャーわめき、異母弟は悲鳴を上げている。いい光景だ。魔族たちも楽しんでくれるといいが。



「題目は……マリオネットのワルツだ!」



 私は両手を広げ叫んだ。合図とばかりにオークが両手でつかんだ異母弟の肩をゴキリと外す。異母弟の絶叫が響き渡り、夫人は悲鳴を上げた。



「ああ、可哀そうなマリオネット! 踊れ踊れ! お前は踊る事しかできない哀れな人形! 壊れるまで踊れと命ぜられたが故に!」



 私はくるくると踊る様に両手を広げてステップを踏む。そんな私の動きや声に合わせてオークは異母弟を壊していく。私が一挙一動をするたびに、合わせて異母弟は悲鳴を上げた。



「やめて、やめなさい! やめてぇ!」



 ゴブリンに押さえ付けられた夫人が絶叫する。私は舞を止めず、オークもその手を止めない。



「いたいぃいいい! いだ……おかあさ……お母さまぁああ! たすけ……いだぁぁぁああ!!」



 異母弟の泣き叫ぶ声が燃える街に響く。


 オークは知能が低い。私の演目の趣向などは理解していまい。ただただ与えられた玩具を好き放題に動かしているだけだ。それを演出しただけ。だがそんな喜劇は魔族には大層受けが良いようで、ゾフ達はゲラゲラと腹を抱えて笑っている。人々からすれば恐怖でしかあるまい。自分たちを取り囲む魔族たちの笑い声は。


 クォートラも例に漏れず、自分から娘を奪った人間に、同じ趣向で絶望を味わわせているこのショーに大変満足しているようだ。


 私がステップをやめると、もはや異母弟は物言わぬ壊れた人形と化していた。夫人は泣き崩れている。私はオークに良し、と命ずる。オークは嬉しそうに異母弟の亡骸を持ってどこかへ行った。遊んだ後はおいしく頂いてくれ。


 さて、十分遊んだつもりだ。しかし、これだけやっても、私の心はちっとも晴れやかにならない。虚無だ。むなしい。


 どれだけやってもレイメは帰ってこない。そんなことは分かっている。だからだろうか。



「飽きてきたな」



 その冷淡に吐き捨てられた私の言葉にアウタナ伯が目を丸くしながら私の靴に手を添えた。



「待ってくれ! いえ、待ってください……死にたくない! 命だけは、何卒命だけはお救いを……どうかお慈悲を……」



 アウタナ伯はまるでおもちゃを取り上げられた幼子のような様相で、そして蚊のような弱弱しく悲痛な声で訴えた。


 靴に添えられた手は震え、媚びるような視線で私を見上げてくる。靴でも舐めろといえば喜んで舐めるだろう。少し面白そうではあるが、折角用意してもらった装束をアウタナ伯の唾液で汚すのは忍びない。この滑稽な姿を見ただけで満足しておこう。


 しかし、私が自分で言ってしまったからな。ここは一つ、交渉でもしてみようか。



「なぁ、諸君」



 私は振り返り、グルルと唸り声をあげるドラゴニュートをはじめとした魔族たちに両手を広げる。



「彼らは慈悲を求めている。そこで問いたい。彼らに慈悲は必要かな?」



 にたりと笑ってそう言った私に、魔族たちは趣向を理解したか、口角を吊り上げて地面を踏み鳴らした。


 殺せ、殺せ、殺せ。


 口々に叫ばれる魔族の声に、アウタナ伯他集められた住人たちが恐怖に竦み上がる。住民たちは助けてくれ、だの娘だけは、だのなんだの言って慈悲を請い続けるが、私の耳には入らない。この世界は、残酷なんだよ。私はお前たちにそう教わったんだ。


 私はひとしきり魔族達の声と住民の命乞いを聞いた後、ふうと息を吐いて片手を上げる。


 魔族たちが静まり、私の意を酌んで涎を垂らす。私は改めてアウタナ伯に体を向けると、ひざを折って目線を下げてから言う。



「さあ御父上、我が同胞諸氏に慈悲という物があればよかったが、そうもいかないらしい」



 アウタナ伯は涙すら零して私の足を掴み慈悲をと縋る。アウタナ伯のそんな姿をいい加減飽きた私は立ち上がり冷ややかに見降ろしながら言った。



「慈悲というものは、あなた方の常識では私のような悪魔にも備わっているものなのかな?」


「っ……お、お望みの物を差し上げます! 私めに用意できるものならば、金も、地位も!」



 しつこいな。金や地位にどんな価値がある。私ははぁ……と大きく深いため息をつくとアウタナ伯の手から足を離した。アウタナ伯の目の色が変わる。


 私はクォートラに目で合図を送ると、短く指示を出した。



「もう殺していいぞ」



 私はそう告げると踵を返した。それが、合図。


 途中アウタナ伯に涎を垂らしながら向かっていくドラゴニュートをはじめとした魔族たちとすれ違う。


 背後からはいまだアウタナ伯の懇願や夫人の恨み言が聞こえるが、もはや聞く耳持たない。ああもレパートリーのない言葉は何度も聞けば飽きようもの。



「こ……この、悪魔めがぁぁああッ!」



 やがてアウタナ伯の絶叫が聞こえた。ああ、そうさ。まさしく私は()()()()()()()()()を選んだのだから。


 少しして、住民たちの絶叫とともにバキバキと骨の砕ける音やミチミチという肉の裂ける音が聞こえてくる。老若男女区別なく。魔族たちの食事が始まったららしい。



 はあ、存外つまらなかった。ああ、つまらない。


 しかし、これで……価値は示したはずだ。実績としては上々。アウタナ落としは、此処に為った。




 ♢




 全てが終わった後、私はクォートラの背に乗り魔王城への帰路を飛んでいた。


 背後を振り返ってみれば、火を放たれ赤々と燃ゆるアウタナの街が目に入る。さしたる感慨もないが、一応目に焼き付けておく。これは私の復讐のほんの始まりであり、亡きレイメへ捧ぐ贄だ。



「美しい炎です。我らの憎悪が薪となり、あの街を黒く焼きましょうぞ」



 クォートラが首を上げて私に言う。


 あの炎と共に、私は人として捨てられるものはすべて捨てよう。憎悪によって熾されたかの火に人間性など喜んで焚べてしまおう。



「ハハ……ハハハ……」



 つい笑い声が零れてしまう。おっといかん。さしたる感慨もないと言ったのは撤回する必要がありそうだ。


 私はレイメの聖石を取り出し、握りながらレイメを思う。今生の母の仇は取った。私を、レイメを汚した愚か者どもはみんな仲良く炭になった!


 私は改めてアウタナを見やり、邪悪な笑みを張り付けて吐き捨てた。



「ざまあみろ……」




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