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9:温泉乗っ取り物語

「こんな覗きが湧く場所で混浴ねぇ……リンはどう思う?」

「え、ど、どうって……」


 生首を床にぽいっと放り投げて、ミルズが俺に問う。

 もちろん覗きが俺の差し金なわけでも俺が覗いていたわけでもないから疚しいことはないのだが、何となく責められている様な感覚を覚える。

 

「私が思うに、この覗きはここのオーナー夫婦の差し金じゃないかと思うの。もちろんこっちにネットなんかないから、入浴風景そのものが拡散されたりってことはないと思うけど、それでもやっぱり不快よね」

「えっと……雅樂はどうしてそう思ったんだ?」

「あんなに熱心に勧めてくるなんて、おかしいと思わない? 明日に回したっていいわけなんだし。それこそ私たちが紹介所に報告した後とかで改めて、ってことでも良かったと思うのよね」

「え、それだけ?」


 確信と呼ぶには少々根拠に欠けるものではあるが、自信満々に頷く雅樂。

 ただ、そう言われればそうなのかな、なんて思えてきてしまう。

 そして覗きが他にいないとも限らないという。


「あの夫婦問い詰めて、自白させよっか。それかその後憲兵にでも突き出して……そうだ!」

「ん?」

「ここ、私たちの拠点にしちゃうっていうのはどう? ナイスなアイディアだと思うんだけど」


 雅樂からの思いもよらない提案に、全員がざわめく。

 部屋は三つか四つくらいあったはずだ。

 温泉はもちろん天然らしいから、管理そのものは特に問題ないだろう。


 覗き対策をする必要はあるが、それについてはある程度何とか出来るはずだ。

 家を買おうと考えていた俺たちにしてみたら、提案そのものは魅力的ではあるが、問題はあの夫婦をどう自白させるか。


「ま、私に任せてよ」


 雅樂が俺たちにウィンクして、下着だけつけて生首を三つ抱えて走り出す。

 呆気に取られている間に、雅樂はオーナー夫妻の部屋まで走っていた。


「大丈夫かしら……」

「俺たちも後を追おう。さすがに不安しかない」


 そんなわけで俺たちも後を追うと、既に夫婦は縮み上がって雅樂を恐怖の眼差しで見ていた。


「こんな風になりたくないわよね? 全ての罪を自白して、ここの権利を私たちに譲渡なさい。そしたら命だけは助けてあげるわ」


 鎌の刃をペロリと舐めながら、雅樂はにやりと二人を見つめる。

 恐怖で言葉にならない夫婦は目を見開いて雅樂をただ見つめていた。


「こんな温泉じゃ女の客なんか今後こないわよ? 覗き斡旋で食べるご飯って美味しい? ええ? どうなのよ!!」


 叫びながら雅樂が鎌を振り上げると、二人は悲鳴を上げながら失禁し、気を失った。

 もう少し平和的な解決方法はなかったのか……。

 こいつらが覗き斡旋ならお前は脅迫なんだけどな……。


「とりあえず、自白は引き出せたよ。あとは権利を奪い……じゃなくて譲り受ければいいよね」

「それはそうだけど……看板とかも仕舞わないとじゃない?」

「ああ、そうだな。結局ここが客用の温泉になってるのはある程度知れてるんだろうから」


 とりあえず失禁した夫婦は汚いし臭いからみんなで抱えて浴場に転がしておいた。

 別に死ぬ様なことはしてないし、あとでお湯でもぶっかけましょ、と雅樂が言っていた。


「とりあえずこのお漏らし……片づけようか。あいつらが目を覚ますまで待つの?」

「そんなわけないじゃない。ご飯食べたらとりあえずあいつら引っぱたいてでも起こすから」


 特に怒りに燃えた風でもなく、こんなセリフを吐いてくるとかマジで雅樂さんおっかないです。

 俺もそのうちそんな風に扱われる様になるのかな……。


「「それよりぃ……あいつらをあと一歩ってとこまで追い詰めたし、私偉い? 偉いよね? 頭、撫でてくれる? いい子いい子、ってしてくれるよね?」

「…………」


 可愛らしいセリフと裏腹の、狂気を孕んだその目は俺の意見など欠片も求めていない。

 逆らえば命はない……とまでいかなくても何となく痛い目に遭わされそうな予感しかしないので、俺は恐る恐る雅樂の頭に手を伸ばす。


「ねぇ」

「……何だ」

「何でそんなに……」


 そう言って雅樂が、熱を持たない人形の様な、ビー玉の様な目で俺を見る。

 空気が、気温が五度くらい下がった様な感覚に、思わず身震いしてしまった。


「怯えた目をして、手を振るわせているの?」

「……!!」

「私、そんなに怖い?」

「い、や……」

「何で口ごもるの? 私、凛の幼馴染でしょ? 昔からよく知ってるじゃない」

「あ、ああ、そう、そうだな」


 まずい。

 選択をしくったというより、もう何か恐怖に負けて色々やばい。

 どんなに言いつくろってもきっと、雅樂には通じない。


 こいつは俺のあらゆる癖を知り尽くしている。

 その癖の中には当然、嘘をつくときの癖なんかも含まれるわけで……。


「ね、ねぇちょっとウタ……今はそれより……」

「ちょっと黙ってて」

「……はい」


 口を挟もうとしたアルカが一瞬で言葉を失う。

 それくらい、今の雅樂は怖い。

 ヤンデレって可愛いよなぁ、とか平和なことを昔考えたことがあった。

 

 そしてそこまで愛してもらえるなら男冥利に尽きるよな、なんてバカなことを考えたこともあった。

 今、その全てを後悔した。

 ここまで狂気に満ちた女に愛されるのは、正直俺自身の寿命を縮める結果にしかならない気がする。


「凛……悪いことしたら、何て言うんだっけ?」

「え、えっと……」


 俺の顔を下から覗き込んで、先ほどから変わらない目で、道を誤った子どもを諭すかの様に雅樂は俺の頭に手を乗せる。

 どうしよう、怖い。

 謝れば許してもらえるんだったらそれこそ何億回でも謝ろう。


 そう思えるほどに、雅樂が怖い。


「何て……言うんだっけ? 同じこと、何回も言わせないでね」

「ご、ごめんなさい」

「もうしない?」

「はい、しません」

「そっか」


 そう言ってニコッと笑い、雅樂は俺から一歩離れる。

 ここで油断して全力パンチとか食らってもたまらないので、腹筋には一応力を入れておく。


「やだな、殴ったりとかしないよ? あ、でもぉ……傷ついた私の心は、癒す必要あるよね?」

「…………」


 あれで傷ついちゃうくらい、お前ナイーブなわけ?

 ぶっちゃけ雅樂がここまで怖い子じゃなかったら笑ってるところだ。


「い、癒すってどうすれば……」

「どうするんだと思う?」


 ぐいっと俺の顔を引き寄せ、雅樂は妖艶な笑みを浮かべる。

 息がかかるくらいに近くにある雅樂の顔で光るその目には、慈愛とか慈悲とかそういうものが欠片も見えない。

 ただ私の望みだけを叶えなさい、そう言っている様に見える。


「こ、こう……かな」

「ああーっ!?」


 うるさいシスターだな、本当……。

 俺だって自分の身は可愛いんだ。

 助かる方法がこれしかないんだったら、こうするのは必然というやつだろう。


 もちろん経験のない俺にはこれが精いっぱいだが……。


「ふぅん、ほっぺたか。まぁいいや、今の凛にはこれが精いっぱいだよね」

「…………」


 他の三人からの恨めしそうな視線を一身に受けながら、俺は努めてそっちを見ない様にする。

 目が合ったらどんな避難を浴びせられるかわかったもんじゃない。

 

「こ、これでいいか?」

「いいよ、とりあえず。じゃ、こいつら憲兵に突き出しに行こうか」


 そんなわけで難を逃れた俺たちは、夫婦を抱えて街まで戻る。

 まさかこんな結末が待っているとは思わなかったが、この夫婦からしたら相手が悪かったとしか言い様がないだろうな。

 雅樂がいなかったら或いは違った結果になっていたかもしれないが、それでもミルズに屠られていたのではないだろうか。



「今回は災難でしたね、皆さん」


 報酬を支払い、ハルアさんが労いの言葉をかけてくれるが、俺の心は休まらない。

 何故なら雅樂以外の三人の恨めしそうな視線は紹介所に戻っても尚収まることを知らず、俺は避難の視線に晒されているのだから。

 

「明日にも、あの宿は皆さんの手に渡るとのことですね」

「そうですか」

「あと、あの夫婦は懲役を免れないだろう、とのことです。数々の覗き関連の被害が一斉に報告されましたから」


 ハルアさんの言う通り、あの夫婦が斡旋した覗き連中による被害は相当数あったらしく、俺たちがあの夫婦を捕えたことで被害者が一斉に名乗りを挙げた。

 このフレイティアでは性犯罪に関しての罰が俺たちのいた世界よりも重い。

 人間性を著しく害する犯罪であるという見方が強いらしく、確かに性犯罪被害で人生が台無しになる人間は少なくないのだから、俺たちの世界でも見習ったらいいんじゃないか、とちょっと思ったりもした。


「まぁ、労力の割には今回得るものは大きかったわね。リンが幼馴染とチュッチュイチャイチャしてるところも見せられたから、気分はあんまりよくないけど」

「別にイチャイチャはしてないんだけど……」

「あら、あれがイチャイチャしてないって言うなら何なの? まさかリンたちの世界だとあれが当たり前の挨拶みたいなコミュニケーションだとでも?」


 随分突っかかってくるな、この貧乳。

 そして羨ましいなら素直にそう言えよ、と言わんばかりの顔で雅樂がアルカを挑発したりするからタチが悪い。


「そんなことは言ってねぇだろ……。それに、あれ以上何かあったからって、今の俺は先には進めないからな」

「あー、そうだったわね、この不能野郎」

「…………」


 事実だからってそんな風に抉っていい理由にはならないと思うんだが、どうだろう。

 確かに今の俺は、男として役に立つことなんか皆無だし、これがいつ治るのかわからないが……さすがに俺はこいつに直接貧乳とか言ったことないし、さすがにどうかと思うんだが。

 もちろん言ったらメイスで撲殺されそうな予感しかしないから、言えるわけがないんだけど。


「ああ、そういえばそのことなんですけど」


 ハルアさんが何か思い出した様に手を叩く。

 そのことって、俺の不能のことか?

 これ以上傷を広げてくれなくていいんだけど……。


「そういうのに効くらしい薬があるって、さっき行商人の方が言ってたんですよ」

「!?」


 俺を含め、全員が驚愕の表情を浮かべる。

 そして俺以外のメンバーがギラついた目で、辺りを見回す。


「さっきいらっしゃった方なので、まだ近くにいるんじゃないでしょうか」


 そうハルアさんが言った瞬間、俺以外のメンバーが紹介所の外にダッシュする。

 私はこっち行くから! とかじゃあ私はこっち! と怒号が外から聞こえる。


「愛されてますね、リンさん」

「……あいつらは俺の下半身にしか興味ないんじゃないですかね」

「そうだとしても、あそこまで一生懸命になれるって、そうそう出来るものじゃないですよ。ついででも何でも、リンさんが愛されているという証拠では?」


 そう言って俺に微笑みかけて、ハルアさんはカウンターの奥に引っ込んでいった。

 手伝わなければ後で何を言われるかわからないし、既に傷心気味ではあるものの、俺も外に出てみんなを手伝うことにした。

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