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24:最強の急病

「おい、大丈夫か?」

「……うん、平気。何なら捨ててってもらってもいいから」

「バカなこと言ってんなよ、お前は……」


 もう後数キロ程度進めば領内、というところまできて、まず雨が降った。

 ここ最近雨なんて降った記憶がなかったし、それでも一応の準備はしていたからそこまでずぶ濡れにならなくて済んだものではあるのだが、急激な気候の変化、そして夜通し歩き続けたことによる疲労が重なったのか、雅樂が熱を出した。

 しかしこの雨でぬかるんだ土の上でのキャンプというのも何となく不安があり、どうしようか考えていたところで、雅樂は街まで歩こうと提案する。


 正直無謀だ、という思いとそれしかないかもしれない、という思い。

 どの道もたもたしていたら、雅樂が弱って行ってしまうかもしれない。


「なぁアルカ、熱下げたりする術法はないのか?」

「あったらとっくにやってるわよ」


 そうだよな……と呟きながら、雅樂の肩を支えつつ歩く。

 こんなに弱弱しい雅樂は初めて見るだけに、不安しかない。


「雅樂、これもかぶっとけ」

「いや、いいよ……凛が濡れちゃうじゃん」

「バカ、病人はおとなしく従っておけっての」


 俺の羽織っていたマントを無理やり雅樂にかぶせ、少しでも体から熱が奪われない様にする。

 下げないといけないのはわかっているが、今のまま濡れ続けたら体温を外に逃がすだけの代謝が維持できない。


「街まではまだ少し距離がありますね……何処か小屋でもあれば……」


 あったとして、そこに魔物がいる可能性は十分にある。

 そうなるとそれらを排除して、ということになってくるが雅樂を戦闘要員として数えることは出来ない。

 もちろん先の戦いの時もボスはほとんど俺一人で倒した様なもんだったが、今回もそう上手いこと行くだろうか。


 そして雅樂だけでなく、みんなの疲労も色濃く見える。

 きっと俺の顔も似た様なものなんだろうと思う。


「みんな、そこの木の下で少し休んでてくれるか? 俺、近くを見回って小屋とかないか探してくるから」

「だけど、リン……」

「アルカ、お前だって相当ひどい顔してるからな? このまま行ったら最悪全滅ってこともありえる。休めるときに休んでおいてくれ」

「リンさん、なら私も……」

「ティルフィさんは、申し訳ないんですが休みながらで構わないから辺りの警戒をお願いしたいんです。雅樂がこの通りですし、正直何かあった時に俺とティルフィさんとがいないのはまずい」


 何か言いたそうにしていたが、これ以上問答をしている時間は惜しい。

 なので俺は一方的に頼んで、そのままパーティから離れた。



「……岩ばっかだな……ってことは穴倉があってもゴブリンばっかって可能性あるのか。さすがに病人連れ込むには不衛生か?」

 

 仮に衛生的であったとして、俺一人で何とか出来るだろうか。

 いや、やるしかない。

 こうしている間にも雅樂は、もしかしたら病状を悪化させているのかもしれないのだから。


「ちょっくら探してみるか」


 そう思って一歩踏み出した時、視界の端に小型の小屋が映った。

 視界が悪すぎて見逃していたのか。

 何にせよ、油断は出来ない。


 喜び勇んでみんなを呼んだとして、これが魔物の棲み処でない保証などどこにもないのだ。

 とりあえずその辺に転がっていた小石を数個拾い、まずはドアに投げつけてみる。

 少し反応を待つが、中からは物音がしない。


 雨の勢いもそこそこあるから、もしかしたら聞こえていないのかもしれない。

 もしかしたら何もいなくて、ということもあり得るがそんな風に楽観して死ぬなんてのはごめんだ。

 なので、俺は意を決してドアを開けてみることにした。


「…………」


 中はそこそこの広さがあって、部屋は玄関兼リビングともう一部屋。

 そのもう一部屋の中はまだ見えない。

 明かりになる様なものは松明が一本あるだけだが、つけている余裕があるか?


 そう考えた俺はとりあえず暗闇に少しずつ目を慣らすことにした。

 動きが見えるものはない。

 そう思った時だった。


「……っ!?」


 全身に衝撃が走り、壁まで吹っ飛ばされる。

 一体何が起こったのか、と玄関を見ると二匹のオークがこん棒を構えて立っていた。

 なるほど、先客がいたのか。


 武器くらいは抜いておくべきだった、と後悔するが向こうは待ってはくれない。

 だからと言って、こんなところで死んでやるわけにもいかない。


「ついてねぇな、全く。俺も、お前らもな!!」


 何とか力を振り絞って立ち上がり、そのまま勢いをつけてオークの一体に体当たりを食らわせる。

 俺の行動が意外だったのか、対応できなかった一体は小屋の外まで吹き飛んだ。

 そしてもう一体が呆気に取られている隙を突いて、剣を抜きはらいそのままもう一体を両断する。


「…………」


 他に仲間はいるのだろうか。

 とりあえず吹っ飛んだやつにもとどめを刺さないと。

 そのまま外に出ると、先ほど吹っ飛んだやつが怒り心頭の様子で戻ってくるのが見えた。


氷嵐剣(グラシア)!!」


 勢いつけて走り寄ってくるオークめがけて、魔法をぶつける。

 何とも間抜けなことに、走る速度が速すぎたのか真正面から食らって再度吹っ飛び、顔面が凍り付いていた。


「悪いな、ここ、お前らの巣なのか? けど俺の仲間がヤバいんだ。……使わせてもらうぜ」


 そう言ってオークの顔面に剣を振り下ろした。



「見つけたぞ、小屋」


 俺がみんなの元に戻ると、全員がぎょっとした顔で俺を見た。

 幽霊でも見たかの様な驚き様に、少しだけ傷ついた気がする。


「ちょっと……何よその怪我……」

「ん?」


 アルカが俺の左手を取ると、そこに激痛が走る。

 どうやらさっきの突進でやられたのか、そういえばまともに動かない。

 よく戦ってたもんだ、と思う。


「これ、折れてるわよ……」

「え、マジで?」

「あと、その頭の流血……」

「え、血なんか流れてた?」


 雨で気づかなかったが、頭にも怪我をしていたらしい。

 割と満身創痍ってやつか、これは。


「ボロボロじゃないのよ、何があったの……」

「お前よりはマシだよ。ていうか俺の手当ては後だ。早いとこ移動するぞ」


 空いた右腕で雅樂を支え、立ち上がる。


「無茶ですよ、リンさん……私が代わりますから」


 ティルフィさんがそっと腕を差し込んできて、雅樂を支える。

 道中で魔物に襲われないとも限らないが、俺が運ぶよりはマシかもしれない。


「ないよりマシだと思うから……」


 そう言ってアルカが歩きながら俺の腕に木の枝を巻き付けて行く。

 添木か。

 このパーティ大丈夫かな、俺無茶しすぎたのか?


 何となく不安な気持ちが大きくなってくる。


「大丈夫ですよ、リン。戦闘になってもまだ二人は戦えますし。小屋についたらとりあえず交代で休みましょう」

「悪いなヨトゥン、変な心配かけて。でもお前らが先に休んでくれ。俺、どうせこの後痛みが襲ってきて寝られないだろうから」

「バカ言ってんじゃないわよ。そんな怪我してどうやって戦うってのよ」


 俺の腕を固定し終えたアルカが、鬼の様な形相で俺をにらんでくる。

 傷とかには加護が有効みたいだが、骨折とかはまた別なのかな。

 それで治るんだったら、そっちの方がいいに決まってるんだが……。


「あ……あれですか、リンさん」

「ええ。そこに転がってるオークは気にしないでください」


 俺の発言で全てを察したらしいメンバーがため息をつく。

 ここ最近、俺は今までになく好戦的であることを自覚している。

 俺をそう駆り立てるのは一体何なのか。


 不能であることがもどかしい?

 それとも最初に手にかけた人間の怨嗟の声が脳内から消えないからか? 

 いずれも正解の様で不正解の様な、はっきりしない状態。


 おそらくはこれが今の俺をそうさせる要因なんじゃないかと思う。


「リンさん、私が見張りをしますので中で休んでいてください」


 ティルフィさんがオークの死骸を片付けながら俺を労わろうとする。

 この人が俺に抱いている感情が、ただの師弟ではないことくらい、さすがにわかっている。

 だからこうして俺を気遣い、労おうとしてくれているのだ。


 だけど、今の俺にはそれに応えてやれるだけの甲斐性がない。

 金ではなく、体が不完全だ。

 だからこの人を始めとして他のメンバーの思いにも応えてやることが出来ない。


「どうしました? ……あの、余計なことでしたか? 怒っちゃいましたかね……」

「え? ああ、いや少し考えごとを……それに、怒りはしませんよ。怒るとすれば、それは自分自身以外にあり得ないです」

「どういうことですか?」


 ティルフィさんが不思議そうな顔をしている。

 俺みたいな物言いをする人間は、こっちには少ないのだろうか。


「俺は、目の前の障害物を排することでしか存在価値を見出せなくなっているみたいです。ケチのつき始めはきっと、あの時……ゴブリン討伐の時からなんでしょうけど」

「…………」

「あの時の俺がもっと強い心を持っていれば……もしかしたらもっと違う結末を迎えていたかもしれない。とは言っても、そんなもしもなんて言うのは絵空事で、実際にはああいう状態の俺がああいう選択をしたから今があるわけですけど」


 そう、全ては自分で選んでしてきたことだ。

 他人や事象に責任を求める方がどうかしている。

 この情けない体もそうだ。


 結局は情けない人間が背負った業みたいなものだ。

 それに対して湧き上がる苛立ちを、魔物相手に、理不尽な人間相手にぶつけているに過ぎない。

 理不尽……七海もそうだったのだろうか。

 

 聞いた限りの話を鵜呑みにして、あいつの言うままあいつの願いを叶えた。

 それがあるまじきことであることを自覚していながら、俺はあいつに刃を突き立てた。

 あの時、どうするのが正解だったのか。


 俺には一切の答えが出なかった。


「……私には正直、リンさんの悩みを解決して差し上げることが出来ないと思います。ですけど、一つだけ言えるとすれば」


 言葉を切ったティルフィさんが、俺の体を抱き、そのまま小屋の中へといざなう。

 今度は抵抗する気にならなくて、そのまま流されて小屋の中へと足を踏み入れた。

 焚火がされている様で、中はほのかに暖かい。


「兄妹で事に及ぶのは、この世界では禁忌とされていて死罪を免れないものなんです。だから、リンさんは正しいかどうかはわかりませんが……間違ってはなかったんです」


 別に知りたくもなかったこの世界の常識がまた一つ俺の脳内に刻まれてしまった。

 しかしティルフィさんの言ってくれたことが、少なくとも俺の中の罪悪感を少しだけ、軽くしてくれたことだけは間違いない。


「その腕、ちゃんと手当てしてもらいましょう。あと頭の傷はアルカさんに治してもらってくださいね」


 何だかんだで頼れる年長者。

 そして俺の師匠。

 ありがたい存在であるこの人に、俺は頭を下げて小屋の中へと入っていった。

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