七話
アラームの大音量で覚醒し、全身が跳ね上がる。
音が室内を反響し、お腹の底を叩かれるようだった。びっくりし過ぎて一瞬息が止まってしまう。
どうしてだか分からないけど、わたしは古ぼけた椅子に座っており、密閉された四帖ほどの狭い空間に居た。
頭上から振り下ろされるゴルフクラブから一転、その室内の光景はあまりに想定外だった。
四方の壁や床は真っ白で、所々が黒く薄汚れている。右方にはカラーボックスが二つ並んでいて、その脇には木箱が積み上げられている。足元には使い込まれた風情の木製の作業台が一台。
全体的に物は少ないが、いずれにしても見覚えはない。わたしがこんな場所に居る意味も経緯も分からなかった。
わたしはさっきまで行秀さんから暴力を受けていたはず。それが一体何故こんなところに? これがSFの世界だったら、歪んだ時空に穴が空いて異次元にワープしてしまいました、なんて考えられるけど……。
しばらくぼうっとしていたが、ふと、自分が一冊のノートを手にしていることに気づいた。ノートの表紙には『⑬』とある。
ノートを読んだわたしは徐々に自分の置かれた状況を飲み込んでいき、やがて事の重大さを知ることとなる。
最新の日記を読む。
今日は『朝のわたし』の書き込みがない。代わりに『昼のわたし』が記した文章は非常に長かった。書き込みはおよそ二ページ半にも渡り、その内容はあまりに意味深なものだった。
1月5日 12~18時
・夜のわたしへ。記憶リセット直後に申し訳ないけど、少しややこしい話をさせてください。
・問題は『深夜のわたし』についてです。
・彼女にはおそらく、記憶のリセットがありません。0~6時のわたしのみに、限定的に記憶が復活するというものです。
・限定的に、と言ったけど、彼女にどれだけの記憶が取り戻せるのかは分かりません。今はそれを調べている段階です。
・また『深夜のわたし』は、他のわたしに対してよからぬ隠し事をしているんじゃないか、と睨んでいます。
・これはあくまで推理なので確証はありませんが、以下の書き込みはそれを前提で語っています。
・このまま放っておけば、これらの書き込みは全て『深夜のわたし』に抹消されてしまうことでしょう。こういった真実を暴く書き込みこそ、彼女にとって何より不都合なことだから。
・彼女に文章を消されたり、あるいはノートごと書き直されてしまうかもしれない。でも、それでも構いません。何故ならこの書き込みは『今日の夜のわたし』、あなたにだけ向けたものだから。
生唾を呑む。腕時計で日付と時刻を見る。
1月5日、18時12分。『今日の夜のわたし』とは、つまり今の自分のことだ。続きに目を移す。
・今あなたが居る場所、それは自宅の防音室です。何故こんなものが家にあるのか、ずっとわたしは理解に苦しんでいました。だけど、その謎をやっと解明した。
前方に扉がある。椅子を立ち扉を押してみると、見知らぬマンションのリビングに出た。これがわたしの自宅と考えていいだろう。
防音室に戻り、椅子にかけてノートを開く。
・順を追って説明するね。まずわたしは、昨日の『夜のわたし』がしたノートの細工に気づき、金庫を解くことに成功しました。
・金庫は防音室の中、カラーボックスの上に設置されています。四桁のダイヤル式だけど、『0104』で開くはずです。
カラーボックスの上には確かに金庫が置かれている。黒色の小型の手提げ金庫。蓋は上開きのようだ。
0104。それははわたしの誕生日でも、スマホロックに使っている数字でも、クレジットやキャッシュカードに設定している暗証番号でもなかった。
・『深夜のわたし』はかなり短絡的に暗証番号を決めてしまったみたい。まあ、暗証番号やパスワードなんて普通は覚えやすいものにするし、忘れちゃったら意味ないからね。この数字はきっと『深夜のわたし』にとってすごく意味が深いもので、彼女という存在を生み出すきっかけだったのかもしれない。
・昨日のわたしの書き込みを、よく見てみて。
指示通り、昨日の書き込みを読む。わたしは昨日茉里ちゃんの弔いに行ったそうだ。両親から実家に戻ってこいと言われたことや、新幹線を利用したことも。一見すると、これといった異変は感じ取れない。
やがてわたしは『昼のわたし』の意図を理解する。そして、ページを裏から透かして見た。
なるほど、とわたしは思う。確かにそこには、金庫を開くためのヒントが示されていた。
綱渡りのようなやり方だけど、この方法で『昨日のわたし』は『深夜のわたし』の隠蔽を逃れ、その後のわたしへとヒントを繋げたのだ。
ダイヤルを『0104』に合わせると、蓋が開いた。
・そこに入っているものを一通り確認して、次の文章を読んでください。
蓋の開いた金庫を床に降ろす。
中にはアルバムが四冊入っていた。一冊ずつ開いて並べていく。
どれも十代後半、二十代前半ほどの若い女の子の写真ばかりだった。四冊合わせて、ざっと百枚はあるだろうか。いずれも隠し撮りのような遠のいた角度からシャッターが切られている。
金庫には二枚の学生証と、一枚の免許証が入っていた。
二枚の学生証は『瀧本ひかり』さんと『加藤結未』さんのもの。ひかりさんは真白ヶ丘市の高校二年生、結未さんは杉並区の中学二年生。
免許証の方には『尾上未来』さんとある。生年月日を見ると、彼女は今年で22歳になるようだ。
どれもわたしの知らない女の子たちだった。
三枚の身分証の顔写真と、隠し撮りのアルバムを見比べる。それらの写真に映った人物は、身分証の彼女たちに間違いなさそうだった。一名につき一冊のアルバムを使っているようだ。
しかしアルバムは四冊ある。四冊目のアルバムにも見知らぬ少女の写真が何枚か納められている。もう一つ身分証があるかもしれないと思い探してみたが、見つからない。
代わりに出てきたのは三冊の文芸誌だった。市販のものではなく、学校内で発行しているような部報のようなもの。裏表紙の下部にはそれぞれ『真白ヶ丘商業高校 文芸マガジンvol.○○』と印字されている。
・四冊のアルバムと、身分証が三枚、高校生が作った部誌も出てきたと思う。
・身分証の名前や住所をもとに、ネットで検索してみました。落ち着いて聞いてください。この三人の女性は、過去に行方不明になったまま見つかっていない人たちです。
わたしはノートから目を離し、軽く天井を仰いだ。
隠し撮りのアルバム、身分証。この時点で何か悪い予感がしていた。
行方不明の少女たち。彼女たちの足取りを示すものが何故か我が家にある。その事実はわたしの肩に重しとなってのしかかっていた。これ以上読み進めたくないと本能が拒絶する。いや、こらえよう。現実っていつもそう。一度起こってしまった事態は決してわたしの理解を待ってはくれない。まるで置き去りにすることが目的のように加速度的に前へ前へと進行していく。
一度深呼吸をしてノートに目を落とす。
・部誌については、まだよく分かってないんだ。もしかしたら、四冊目の娘がなにか関係しているのかもね。
・もっと落ち着いてほしいのは、実はここからなんだ。
・カラーボックスの上にはもう一つ、置時計があると思う。それを手に取ってみて。
カラーボックス上の置時計に目をやる。どこにでもあるデジタル表示の目覚まし時計だ。この空間に溶け込み過ぎて気づきもしなかった。あれがどうしたって言うんだろう。
手に取ってみて、その重量に驚く。通常の置時計の重さがどれぐらいだったかなんて覚えてもいないけど、持ってみると明らかだ。
単に置時計として使っているわけじゃない。この重みは明確に、時計という用途以上の機能を搭載していることを物語っていた。
・それは防犯用のビデオカメラです。最大12時間の録画が可能で、SDカードに保存できるものです。
・SDに録画されている映像を見てほしい。時間がないから飛ばし飛ばしでね。内容は、とてもショッキングなものだけど、でもこれはわたしにとって、とても重要なことだから。
・映像を見終えたら、このノートに戻って。
防犯カメラ? びっくりして置時計を見つめる。何か他の機能が、とは思ったけどそれは予想外だった。そんな物がこの防音室に設置されているのも意味不明だった。
置時計を調べてみると、指にひっかかるものがあった。押し込んでみると、SDカードが音もなく頭を出した。
パソコンは、どこにあるんだろう?
防音室を出て部屋中をうろつく。パソコンは和室にあった。起動ボタンを押し、SDを差し込む。
Windowsのビデオプレイヤーにファイルが表示される。保存日付は、先月の12月18日となっている。
再生ボタンをクリックすると、いきなりアップで映った人の顔に、思わず肩がびくりとする。
ため息を吐く。画面に映っていたのは、わたしの顔だった。
映像のわたしは、防音室の壁をバックにしてこちらを見つめていた。ちょうどあのカラーボックスの上からの画角だ。何度か置時計を触り、位置を調整しているようだった。
やがて彼女はA4サイズのコピー用紙を画面にかざす。用紙には文章が綴られていた。
この防犯カメラは録音ができないようで、動画は終始無音だった。映像内のわたしはコピー用紙を使って何事かを伝えたいらしい。映像を一時停止し、そのメッセージに目を凝らした。
『もうすぐ0時を回る。
わたしは今、深夜のわたしの行動を調べるためこのビデオを撮っている。
恐らく今日、深夜のわたしは行動を起こすだろう。わたしはずっとこの日を待っていた。その瞬間を何とか撮影して証拠にしたい。
もちろんこのことは、深夜のわたしには内緒だ』
なんとか読み取れた文字に、わたしは疑問を覚える。
内緒、なんて簡単に言うけど、どんな方法を取ったのだろう。わたしは次以降の時間帯のわたしに何かを引き継ぐ場合、ノートを使用しなければならない。だけどノートを使ってしまえば、『深夜のわたし』にも思惑がバレてしまう。
とすれば、彼女はノート以外の、何か他の伝達方法を使ったのだろう。
映像のわたしは、二枚目のメッセージをカメラに見せた。
『このビデオにはもう一つの目的がある』
『深夜のわたしは記憶を取り戻せるようだけど、何かしらの条件や制限があるみたい。わたしはそれを調べたい。もしその裏をかくことが出来れば、彼女にバレることなく、他のわたしに秘密の引き継ぎを行えるから』
『一つ目の方法は、自分以外の人間に口頭で引き継ぎをしてもらうこと。
二つ目の方法は、こうして間接的に伝えたノートやメモを、この場で裁断して読めなくしてやること。
もしこの映像を無事、深夜以外のわたしが見ているとしたら、実験は成功だよ』
用紙を下げ、映像のわたしは鋏を右手にした。メッセージに使ったコピー用紙を二枚重ね、見せつけるように縦に切り刻んでいく。何本もの細い紙切れにした彼女は、画面に向けてそれを見せびらかした。
そして、彼女の口元が動いた。
あとはよろしくね。たぶん彼女はそう言って、画面外へと立ち去った。
映像を見続けていると、無情にもその瞬間はやってきた。わたしは早送りを止め、反射的にマウスから手を離す。画面を凝視したまま両手で口元を覆った。
防音室に『深夜のわたし』が入ってきたのだ。
ああーー彼女が一人だったらどんなに良かっただろう。彼女は、一人の少女を引きずりながらやって来た。
少女はベージュのダッフルコートに、可愛らしいマフラーを身に着けている。気を失っているらしい。深く頭を項垂れており、その顔は窺えない。
『深夜のわたし』は少女の両脇に腕を差し込み、反動をつけて無理矢理椅子に座らせた。わたしが、さっきまで座っていた椅子だ。
彼女は疲れのせいか、肩で息をしながら、ふいにカメラの方を向く。それからゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。わたしは「ひっ」と小さく悲鳴をあげる。
『深夜のわたし』はそのままカメラを通り過ぎていく。その先には確か、木箱があるはずだった。
再び画面に彼女が写る。その手には麻袋と荒縄が何本か握られていた。
少女を椅子に縛り付けていく。決してほどけないように念入りに、両手足を固定する。その縛り方は執拗なものだった。絶対に逃がしたくない、そんな強い意思を感じる。最後に麻袋を少女の頭に被せると、『深夜のわたし』は疲れたようにその場にへたりこんだ。
わたしは呼吸することも忘れて画面に見入る。
しばらく彼女はそうしていたが、やがて、おぼつかない足取りで防音室を出ていった。
そこからは拘束されて眠る少女の映像が続いた。
わたしは一旦息を吐き、震える手で早送りを押す。
間もなくして少女の意識が復活する。飲み込めない事態に困惑し、拘束されたまま椅子の上でばたつき始めた。
その気配を察してか、『深夜のわたし』が防音室に戻ってくる。仮眠でもとっていたのか、疲労感は多少和らいでいるようだった。
少女が椅子ごと地面へ倒れ込む。それを無視して『深夜のわたし』は木箱へと向かい、工具箱を手にして現れた。
少女を抱き起こす。麻袋の下から必死に首を左右に振っているのが分かった。
『深夜のわたし』は、工具箱から確認するように一つずつ道具を取りだし、足元の作業台に並べていく。
まず彼女が手に取ったのは大工用のノミだった。少女とノミを何度か見比べる。それを左手に持ちかえ、右手に金槌を取る。
ゆっくりと、ノミの先端を彼女に向ける。人指し指の爪にあてがうと、『深夜のわたし』は深い呼吸を繰り返す。
わたしは映像を見ながら、奥歯をかちかちと震わせていた。ノミの先端が自分の爪に差し込まれているような、そんな錯覚がする。
金槌を振り上げるその動作に、全身の皮膚が粟立つ。頭上までやってきたそれから目が離せない。
顔を背けることも出来ず、わたしには画面を見守ることしか出来なかった。自然と目から涙が溢れてくる。
金槌が振り下ろされる。それはノミの柄を叩き、先端を深く少女の爪へと突き立てた。
電撃でも受けたみたいに、少女の全身が跳ねる。麻袋の下の頭が痛みにもがく。ジーンズに失禁の染みが滲む。さらにノミを上下に動かすと、少女の手足が暴れた。
わたしはここで、防音室の存在理由を知った。あるいはもっと前から気づいていたかもしれないが、ずっとその事実に目を瞑っていた。
この映像には音がない。だけどわたしの耳にははっきりと届いている。
少女の、獣じみた絶叫が。
あることに気づき、わたしは画面の一点を注視した。
ノミを動かし続ける『深夜のわたし』の、その唇の動きだ。彼女は行為の最中ずっと、何事かを呟いていた。一体何を言っているんだろう。何度か映像を巻き戻し、その呟きを読み取る。
「ごめんなさい」と、そう彼女を言っていた。
そこで、わたしは停止ボタンを押す。パソコンの電源を落とし、SDカードを抜き取る。うつむいて深く嘆息をした。
とても奇妙な感覚だった。
わたしはずっとわたし自身を疑いながら、自分を出し抜くための方法を考えてきた。それは記憶の連続性がある人間では考えられない行動だろう。自己認識とはそれほど確固たるもので、そういった自意識がなければ人は精神を保つことが出来ない。
これは前向性健忘症により生まれた特異な発想であり、もしわたしにも記憶の連続性があれば浮かぶ余地もない疑念だった。
わたしはわたしが理解できない。その上で今まで行動し、この真実まで辿りついた。
それがどうだろう。本当の自分の姿を目の当たりにして、わたしの中で何かが欠落し始めている。
うずくまり、声を殺して泣く。拳が震え、何度か畳を叩く。音が聞こえるほど強く奥歯を噛み締める。顔を上げ、SDカードを握った手を睨みつけた。
何が「ごめんなさい」だ!
真実を知り、わたしはより自分を信じられなくなっている。わたしはわたしが分からない。痛みに泣き叫ぶ少女に、尚も凶器を振りかざせるその気持ちが。
時間は過ぎる。絶えずわたしの記憶は移ろってゆく。覚醒と忘却を繰り返し、いつまでも確立されない自己認識に生涯懊悩する。
・お疲れさま、もう映像は見たかな。
・ところで、ねえ。四冊目のアルバムのこと、どう思ってる? わたしはね、『深夜のわたし』がまた、同じ過ちを繰り返そうとしているようにしか見えないんだ。
・『深夜のわたし』が許せない、そう思うあなたの気持ちはよく分かる。でも自覚して欲しいのは、彼女は他の誰でもなく、わたし自身なんだよ。そんな自分とこれからもずっと付き合っていかなきゃならない。それを分かってもらった上で、あなたに言いたいことがある。
ノートに涙が落ちていく。見ると、ノートは既に以前流した涙でふやけてしまっていた。
・今から交番へ行って自首しよう。彼女が目覚める前に、なるべく早く。たぶん、極刑っていうのかな? それは免れられないと思うけど。でも、こんな自分とずっと付き合っていくよりはましでしょう?
日記はそこで終わっていた。
最後のその文章を読むまでもなく、わたしは同じことを考えていた。そうするしかないだろうという確信があったし、この機会を逃せば永遠にそのチャンスを失ってしまうかもしれない。
ノートを閉じて立ち上がる。涙は枯れてしまったけれど、妙に清々しい気分だった。カーテンを引き、窓の外の月を眺める。それにしても、一番近い交番ってどこにあるかな、そんな風に考えていたときだった。
どこからか音がした。
夜中には不釣り合いな明るい電子音。ともすれば近所迷惑にもなりそうなほどの音量。はっとして、下方に視線を落とす。
その音は腕時計からしていた。
このアラームは覚醒時に聞いたことがある。恐らくこれは、記憶リセットを知らせる合図として自分で設定したものだろう。
『夜のわたし』のリセット時間は0時。時刻は22時を回ったばかり。まだまだ猶予はあるはずだ。壊れてるのかな? 腕時計を指先でつついてみるが、音は鳴り止まない。
唐突に視界が歪んだ。和室の照明が明滅する。いや、これは照明のせいじゃない。眼球の奥に激痛が走る。あまりの痛みで、わたしはその場にひざまづいてしまう。
少しずつ、思考が蝕まれていく感触があった。無数の黒い虫が頭蓋骨の裏側を這い回り、脳をちりちりと食んでいくように。最初に防音室で覚醒した光景が浮かび、その上から虫が一匹ずつ覆い被さっていく。虫の侵食は古い記憶から順に進行していくようだった。鋭い牙を突き立てられ、全身が痙攣を始める。
まさか、とわたしは思う。痛みに耐えながら必死に前へと腕を伸ばす。
目の前が暗闇に包まれると、靄の中からうっすらと、もう一人のわたしが顔を出した。
ーーーーー
ーーー
ー
アラームの音に目が覚める。
周囲の状況を確認する。よく見慣れた自分の部屋だ。
さて、と腕時計を見て首を傾げる。22時19分。おかしいなあ。『深夜のわたし』が目覚めるには、ちょっと時間が早すぎる。
しばらく考えてみたけど、時間がもったいない。ただえさえわたしは特殊な記憶障害を持っているんだ。たまにはこういった齟齬も起こるだろう。
わたしは『⑬』のノートを手に取り、座椅子にゆったりと腰を降ろす。これまでの自分の行動を把握するため、新しいページをめくった。