感動共有
「んで、二人は何観る?」
ショッピングモールの中にある映画館に到着する。「幼なじみ」は電光掲示板の上映スケジュールを指差し、俺と朝桐さんに聞いてきた。
「え、同じものを観るんじゃないんですか?」
俺と同じ疑問を、朝桐さんが先に訊く。「幼なじみ」はチッチッチと指を横に振った。
「せっかく高いお金払って観るんだから、それぞれ好きなものを観たほうがいいじゃない」
さもそれが当然のごとく、「幼なじみ」は堂々とそう言った。理屈はたしかに通っている。だが、
「いやせっかくなんだしみんな同じのを――」
「それも、そうですよね」
「幼なじみ」の提案に、朝桐さんは納得した。
「そういうこと。ということで、みんな観る映画は内緒ね。じゃ、買ってきまーす!」
いち早く、「幼なじみ」は券売機へ向かう。
「あ、じゃあわたしたちも行きましょう」
「あ、その前にちょっとお手洗いに行ってくるよ」
緊急事態。俺は朝桐さんに断って、便所へ向かった。
「あいつめえぇ!」
個室に入り、俺は口に手を当て「幼なじみ」の提案をうらんだ。
あんなことを言われてしまえば、「何の映画観るの?」なんて朝桐さんに訊けるはずがない。
「つーか、そもそもなんであいつが来ているんだよ……いや俺が悪いんだけど」
昨日の記憶が曖昧な部分が、徐々によみがえってきた。
あいつが今日来た理由、それは単に「あたしも行っていい?」と、あいつが言ったからだ。
「いいですよ」と、朝桐さんは了承した。その時の俺は浮かれていたせいもあり、ただ朝桐さんに同調した。
「嫌がらせもいいところだぜ……」
仮に俺が普通の状態であっても、断れなかったとは思う。それでも空気が読めればあんなことは言い出さなかったはずだ。
「……気持ちを切り替えるか」
今さら「帰れ」なんてひどいことはさすがに言えない。ならば俺にできるのはただ一つだった。
「確率は三分の一か……」
だいたい今の時間帯から始まる映画は三本。その中から俺は朝桐さんと同じ映画を当てなければならなかった。
好きな映画を観ればいい。「幼なじみ」の言葉は至極当然、もっともだ。だが俺は、同じ映画を観ることで、「感動の共有」も大事だと思っていた。
ゆえに俺は、今回は自分の素直な気持ちを封じ込め、なんとしても朝桐さんが観る映画を当てなければならなかった。
「……これしかないな」
便所を出て、券売機へと戻る。すでに二人はシアター内に入っていた。俺はタッチ画面を押していき、「葉隠れに君を思ふ」を観ることにした。
なぜこれを選んだか? それは俺がこの映画に対する情報をほとんど持っていなかったからだ。
一つはアメリカのアクションもの。もう一つはホラーもの。どちらもCMでよく観た映画で、話の内容はなんとなくだが分かっていた。
朝桐さんの趣味はよく知らない。もしかしたらそっち系が好きな可能性もある。だがそれでも、どちらかといえばこの古臭い感じのタイトルの方が朝桐さんが観る可能性は高い。早い話、消去法で選んだ映画だった。
上映開始時間はとっくに過ぎていた。俺は急いでシアター内に入った。
「やっぱ、まだらだな……」
すでにシアターの中は暗くなっていた。俺は床の座席番号を見ながら、中央の真ん中あたり、左から二番目の席に座った。
スマホの電源を落とし、俺は周りをうかがう。しかし暗いこともあって、朝桐さんの姿は見つけられなかった。が、自信はあった。
じっくり見て、どんな話でもできるようにしておこう。俺はいったん朝桐さんのことは忘れ、今から始まる123分に、今日一日分のエネルギーを使うつもりで、鑑賞に臨むことにした。
先に結果を言わせてもらう。
映画はめっっっちゃくちゃ最高だった。
「葉隠れに君を思ふ」なんていう堅苦しいタイトルという先入観があったこともあり、俺はこの映画がお涙頂戴なヒューマンドラマだと思っていた。
普段そういう系の映画はあまり観ないので、俺は眠りにつかないようにという意識をまず持った。
「……え?」
けれど、そんな心配はなかった。映画は俺の期待をいい意味で裏切ってくれた。
日本を舞台にした現代もの。この部分は当っていた。ところがその内容は、まったく違った。
まず第一に、いきなり忍者が出てきた。
忍者は鉄パイプやバッド、ナイフを持った不良グループに襲われる。忍者はそれを、キレッキレの動きで躱し続け、最小限の動きで次々と不良たちを倒していった。
何事も最初が肝心という言葉通り、アクション映画特有の「理屈抜きのド派手なアクションシーン」によって、俺は完全にこの映画に興味を持った。俺は自然と前のめりになっていた。
だいたいのストーリーは「現代に生きる少年忍者「葉隠君」が、現代の悪を断つ」という、とてもシンプル(ありきたり)なものだった。
だが、料理の仕方次第で出来は変わる。洋画みたいに何十億と金がかかったわけではないが、何度も「転」を繰り返していき、ジェットコースターのように観る者を飽きさせない仕組みになっていた。
さらに、「映画館」という場所の利点もあり、全体から響き渡る音が、俺の脳を刺激した。
手に汗握り、俺はおそらくラストシーン、「葉隠君と師匠であり黒幕の去跳鎖丞の対決」を見守った。
「いけ、そこだ!」
二つ隣に座る観客が、騒ぐのが聞こえる。普段ならムカつくが、俺も同じ気持ちだった。
二人の刃が交差する。立っていたのは、葉隠君だった。
『師匠の思い、僕が受け継ぎます』
葉隠君のその言葉により、映画は終わりスタッフロールが流れ出した。
「……ふう」
全身に入っていた力が一気に抜ける。俺は座席にだらんと座り、足を伸ばした。
「あー面白かった…………じゃねえよ」
余韻に浸ろうとした俺だったが、すぐに現実に引き戻される。
俺にとってこの映画は、予想に反してかなり面白く得した気分だった。だが、今回の目的はそこじゃない。朝桐さんが観てくれたかどうか、その一点につきる。
洋画アクション・洋風ホラー・和風活劇……朝桐さんがどれを観るかを当てるなんて、ギャンブルと同じだった。
タイトル詐欺もいいところ。こんなことなら逆張りしておけばよかった。俺はこの後感想を話し合うことはできないとあきらめた。
場内が明るくなる。俺は予告映像でも見ながら時間をつぶそうと、立ち上がった。
「ああ!」
「えっ……?」
「……マジで?」
出口を出たところで、俺たち三人は一斉に声を出す。
「…………」
色々と言いたいことがあった。その中で俺が一番最初に選んだのは、
「めっちゃ面白かったな!」
「うん!」
「はい!」
早速、感動の共有ができた。