予想外
洗面所の鏡の前で念入りに髪型を整える。
歯垢を親の仇といわんばかりに二十分かけて取り除く。
そして最後に鏡の前で笑顔の練習……。未だ半信半疑のまま、俺は家を出た。
友達と一緒に映画を観る。それ以上でもそれ以下でもない、それだけのこと。しかし、足を一歩目的地へと進ませる度に、俺の心音は寿命を縮めんと速くな
「落ち着け落ち着け落ち着け……」
そう言って冷静になった試しはないが、俺はとにかく呪文のように唱えた。
決して勘違いしてはいけない。これはあくまで「友達」同士なら当たり前のこと。彼女はその場のノリで了承したにすぎない。そうじゃなきゃ、あまりに急すぎる。俺は自分にそう言い聞かせ、今日のデート(違うっつーの!)のシミュレートを開始した。
まず、映画観る。この際チケット代はともかくとして、ポップコーンやコーラは自腹を切って買うことにしよう。そのために俺は貯金箱から虎の子の五百円玉を五枚ほど取ってきた。
次に映画が終わった後。さすがに直帰は味気ないので、どこかのカフェにでも入って話そう。理想は今まで一度も入ったことのない、ムーンバックスがいいな。あそこに入っとけば間違いない。ネットにもそう書いてあった。
カフェで談笑した後は、彼女と駅まで向かいそのまま別れる……よし、完璧だ。
脳内シミュレートしていくうちに、次第に自信を取り戻す。俺は少し速度を上げた。
電車に揺られること三十分。田舎町からようやく市街地へと到着した。
駅前にある金太郎像が置かれた噴水広場が、待ち合わせ場所。俺はぐっと握り拳をつくり、そこへと向かう。
日曜ということもあり、噴水広場の周りには多くの人がいた。俺はキョロキョロと周囲を見回し、彼女を探す。
「こちらです」
聞き覚えのある声がする。手を振っている朝桐さんを見つけた。
「……あ」
俺はここで、ミスに気づいた。
「ご、ごめん待たせて!」
待ち合わせの時間までは、まだ時間はある。だがそれでも、誘った俺が朝桐さんよりも先に着いておくべきだった。
俺が謝ると、朝桐さんは慌てて手を横に振った。
「いえ、わたしが早く着きすぎただけですので……すいません」
申し訳なさそうに朝桐さんは謝る。……余計なことを言うんじゃなかった。
「あの、今日はお誘いいただき、ありがとうございます」
「あ、いえいえ」
俺達は他人行儀に頭を下げる。俺は気まずい空気を打破せんと、なにか上手いこと言おうとした。
「じゃあ行こうか」
だが、俺の口はごく普通のことを言っていた。俺は映画館の方を指差した。
「……え? あの」
ところが彼女は動こうとしなかった。俺はまた知らぬうちに粗相したのかと、ドキドキした。
「あの、まだ……」
「え……あ、そうだよね! 今から行っても早すぎるよね! というか、すぐには始まらないからもっと遅くてもいいよね!」
急いては事を仕損じる。俺は頭に上った血を、全身に行き渡らせるように意識した。
「いえ、予告も含めて、映画館で観ることの醍醐味だと思うんですけど……」
「だよね! 最高だよね!」
危うくまーた地雷を踏むところだった。……ん? じゃあなんで……。
「おまたー!」
背後から、聞き覚えのありすぎる声がした。
「おはようございます」
「おはー。あれ、一将早いわね」
「は?」
なぜかいる「幼なじみ」に、俺は朝桐さんがいることも忘れ、ぽかんとなった。