あくまで「遊び」の誘いです
朝桐さん・夏彦という二人の友達に話しかけられたことをきっかけに、俺は緊張がほぐされ、その後のホームルームでの自己紹介も、見事にこなすことができた。
その成果もあってか、俺はその日一日、様々なクラスメイトに話しかけられ、あっという間にクラスに溶け込むことができた。
だが、朝桐さんとはそれ以降特に進展はなかった。
朝、互いにあいさつすることはあっても、それ以上は会話せず、俺も朝桐さんも、仲の良い「同性」の友達としか話さなくなった。
「友達になりましょう」
彼女はそう言ってくれた。だがやはり、あれは罪悪感から出た言葉で……言い方は悪いが、その場しのぎの逃げだったのだろう。俺はあの日から今までの朝桐さんの動向から、そういう風に判断した。
まあ、ぶっちゃけた話俺もそれを利用して「女子とお近づきになりたい」などと、邪な気持ちは持っていない。まだまだ高校生活は長い。俺は焦らず、目の前のこと(勉強)だけを、真面目にこなしていくことにした。
「明後日、映画行かね?」
ゴールデンウィーク(五連休)が始まる二日前の放課後。ちょうど観たい映画が始まることもあり、俺は夏彦を誘った。
「ごめん。連休はずっと実家に帰るから、無理なんだ」
夏彦は手を合わせて謝った。
「そ、そうか……」
せっかく仲よくなれたので、このまま親交を深めようかと思っていたが、無理なようだ。俺は一人さびしく映画を観ることにした。
「……えば?」
「ん?」
「朝桐さん、誘えば?」
イスから落ちそうになった。
「おまっ、なんてまたハードルの高いことを!」
あまりに唐突な衝撃的発言に、俺の声は裏返る。
「そういう意味じゃなくて……朝桐さんと友達なんでしょ?」
俺が登校初日に言ったことをまだ覚えていたようだ。
「いや、まあそうだけど……」
あれ以来、まともに話していない俺が、急に「映画行かない?」なんて誘ったら、下心見え見えだ。……そりゃまあ、まったく無いと言ったら嘘になるけど。
「大丈夫だよ。今時男女で映画行くなんて、特別なことじゃないし」
幾度の経験を積んだベテランのような、余裕ある発言だった。俺は夏彦の話術に、次第に考えが変わりはじめた。
「なんの話?」
「いやなんでもねえ」
突然、「幼なじみ」が俺たちの話に割り込んできた。俺は映画のことを口にしなかった。
「朝桐さんと映画に行きたいんだって」
だが、夏彦はあっさりと口を割った。その目は「ナイスフォローでしょ?」と言っているみたいだったが、まるっきり空気が読めていなかった。
「ば、ばかやろ!」
「ああ、なんだそんなことか。おーい、透子っち」
大きな声で「幼なじみ」は朝桐さんに向かって手を振る。朝桐さんはゆっくりとこっちに向かってきた。
「なに……あ」
俺に気づいた朝桐さんは、慌てて小さく会釈する。俺もペコっと頭を下げた。
「こいつが一緒に映画行かないかだって」
間髪入れず、「幼なじみ」は無神経な口調で言った。何言っちゃてんのこいつ? 俺はカチコチに固まった。
「――映画ですか?」
案の定、朝桐さんは戸惑った様子を見せた。俺はこの時ほど、「幼なじみ」に対し、怒りがわいたことがなかった。
「ごめん、なんでもないから――」
「いいですよ」
「……え?」
まさかの返事だった。
「え、本当に……いいの?」
「はい。行きましょう」
聞き間違えではなかったらしい。朝桐さんは気合の入った返事をした。
脳内の幸せ物質(セロトニン?)が溢れ出す。俺は何度も「いよっしゃああ!」と心の中でガッツポーズした。
「それじゃ予定なんですけど……」
あまりに嬉しすぎて、俺はその後の話は頭に入らず、唯一待ち合わせ場所と時刻だけが記憶に残った。
「――それじゃ、また明日」
「うん、楽しもう」
最後にそう言い残し、俺は彼女と別れた。
……この時、俺がもう少し冷静でいられたら、まったく違う結果になっていただろう。今さら遅いが、俺は後悔した。