表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺が彼女に告る理由  作者: 本間 甲介
理由その1~彼女との出会い~
4/39

友達になろう

 次に俺が目を覚ましたのは、病室のベッドだった。

 

 病室には俺以外誰もいない。俺は重たい体を起こし、人生初のナースコールを押した。すぐに医者と看護師がやって来た。


 自転車からぶっ飛んで、壁に激突する。


 命が失くなってもおかしくないが大事故だ。俺はごくりとつばを飲み込み、医者からの話を聞くことにした。


「いやー、運が良かったよ君!」


 が、医者の呑気な声で、力が抜けた。俺が呆気にとられていると、医者はざっくりと現状説明をした。


 不幸中の幸い、だった。俺は体のあちこちから血を流していたが、骨折や臓器に甚大な影響があったというわけではなく、右腕と左足の打撲だけで事なきを得た。


「あ、そうっすか……」


 すぐには信じられない説明に、俺は気の抜けた返事をした。


「でも二週間は入院してもらうよ」


 ならばすぐ退院かと思っていたが、そうはいかなかった。おそらく、万が一のことを考えてだろう。俺はうなずくも、完全にスタート失敗したと落ちこんだ。


 医者の説明が終わった後、両親がやって来た。


「この馬鹿が!」

「自業自得!」

 感動の対面……にはならず、両親は病室に入ると同時に、俺を烈火のごとく叱りつけてきた。


「すいません、ごめんなさい」


 さすがに反論できるわけもなく、俺は、ただただ謝った。両親は渋い顔をしながらも、なんとか許してくれた。


 それからの入院生活は、退屈そのものだった。


 スマホは使えず、携帯ゲームもない。両親は分厚い参考書を持ってきて「勉強しとけ」と命じた。


 俺はその場ではうなずいたが、もちろん勉強するわけがなく、参考書は俺の枕の位置を高くするだけのものとなった。


「……あーヒマだ」


 売店で買ってきた漫画を読んだり、テレビを観るのは、三日で限界が来た。便所こそ一人で行けるが、アウトドア派の俺にはそれだけじゃ物足りなかった。


「やっぱ勉強、しとくかな……」


 このままじゃ暇死にしてしまう。俺はいやいやながら、枕を持ち上げた。 


「あの……」


 その時だった。病室入り口から声がした。


「あ」


 顔を向け、俺は唖然となった。


 艷やかな黒髪、白い肌に丹精の取れた顔立ち、そして俺の通う高校の女子の制服……あの時の、彼女だった。


「えっと……こんちわ」


 思いがけない来訪者に、俺は頭が真っ白になりながらも、あいさつした。


「こ、こんにちわ」


 彼女は申し訳なさそうにしながら、入ってくる。俺は姿勢を正した。


「あ、どうぞ」


 俺はパイプ椅子を彼女の前に置く。だが彼女は座らなかった。


「あの、これ……どうぞ」


 彼女は両手に持っていた紙袋を、俺に差し出す。


「あ、どうも」


 俺は条件反射で頭を下げ、紙袋を受け取る。ずっしりとした重みがあった。紙袋の中身に目を落とすと、メロンが二つ入っていた。


「こんな二つも……ありがとうございます!」


 遠慮を見せるのは逆に失礼だ。俺は心から礼を言った。


「い、いえ……」


 彼女は顔を床に向け、押し黙る。


「…………」


「…………」


 それからしばらく、無言が続いた。何も喋ろうとしない、俺たち二人の異様な雰囲気に、同室の患者たちもちらちらと視線を向けてきていた。


「君の名……」


「ごめんなさいっ!」


 沈黙を破ろうと、フレンドリーに話しかけようとした時だった。彼女は頭を下げ、謝った。


「本当にごめんなさい……わたしのせいで……!」


 涙声で、彼女は俺に頭を下げ続ける。


「ちょっ、ちょっとちょっと!」


 いたたまれない気分になる。俺は彼女に顔を上げるように頼んだ。


「で、でも――!」


「と、とりあえず……えっと………外に出よう!」


 周りの目もある。俺は彼女にそう言って、一緒に病室を出た。彼女は戸惑いながらも、俺のあとをついてくる。 


「ここで話そう」


 待合室に着いた俺は、二つ隣同士で空いた席を指差す。彼女はぺこっと頭を下げて椅子に座る。俺も隣に座った。


「まず第一に」


 周りに迷惑がかからないような音量で、俺は彼女に言った。


「君は全然悪くないから。悪いのは一〇〇パーセント俺。だから、気にしないで」


 元々の原因は間違いなく俺にある。それだけははっきりと伝えたかった。


「ちがいます! わたしがあんなところから出てきたからです……」


 だが彼女は、さらに自分を追い詰める。ダメだ……このままじゃずっと平行線だ。


「いやその……うーん」


 切り口を変えてみよう。俺はとっさに思いついた言葉を、そのまま口にした。


「そうだね。確かに……君と出会うきっかけを作ってくれたよ」



 ――言った後、俺はすぐに後悔した。


 あいったたたた……! 


 あまりの痛々しい発言に、俺は顔から火が出るかと思った(ほんと、この時の俺をぶん殴りたい……)。


「……」


 案の定、彼女はぽかんとしていた。あ、これマジで死にたい。俺は思い切り走れるものなら、すぐさま病院から出て、そのまま自転車に乗って壁に激突したかった。


「わ、分かりました!」


「……え?」


 現実逃避(飼い犬を拾った時のことを思い出していた)をしていた俺に、いきなり彼女はふんすと鼻息をならし、力強く言った。


「わ、分かったって、何を?」


 意外と冷静な声を出せた。彼女は俺を力強い目で見てきた。 


「今後についてです! 皆見さん!」


「は、はい……!」


 彼女はさらにぐいっと近づき、俺をじっと見つめる。こ、これはまさか……! 


「こ、こんなこと言う資格は、わたしにはありません。でも、それでも……わ、わたしと……」


「わかった! 付き合――」



「友達になってください!」「ごっほん!」


 危うく再び地雷を踏むところだった。俺はせきをすることで誤魔化した。


「と、友達?」


「はい。わたし、皆見さんのために何かしたいんです!」


「いやそんな……」


 明らかに彼女は負い目からそんなことを言っていた。俺はもう一度、強く「気にしないでいいから」と言おうとした。


「いいよ、友達になろう」


 ところが口から出た言葉は、それとは真逆だった。


「あ、ありがとうございます!」


 彼女はほっと一息ついた。結果的に、これでよかったのかもしれない。俺は彼女を見てそう思った。


「これからよろしくお願いします」


 仰々しく、彼女はそう言って右手を差し出す。とても友達同士のやり取りとは思えなかった。


「あ、うんよろしく」


 まあ負い目を感じているうちは仕方ない。これから徐々に打ち解けていこう。


俺も同じく、彼女に右手を差し出して握手した。あの時とは状況が違うこともあって、彼女の右手はひんやりと冷たかったが、温かった。



 四月十日。こうして俺は朝桐透子さんと「友達」になった。



 そしてこれが「はじまり」となる日でもあった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ