そこに至る最後の理由
「カズ、クリスマスに何か用事ある?」
文化祭も終わった十一月の下旬。寒さが肌身にしみ始めた頃のこと、「幼なじみ」は俺に尋ねてきた。
「そりゃもう、彼女とデートが――」
「いやマジな話」
「……未定だよ」
俺はけっと吐き捨てるように言った。
「ふうん。じゃあさ、一緒に出かけない?」
まさかの申し出だった。
「……なるほどな」
一瞬、変なことを考えるが、俺はすぐに「幼なじみ」の言わんとすることが分かった。
「カップル役をしろってことか。どこで食べ放題があるんだ?」
俺はすぐにガードできるように神経を集中させる。
「よく分かったわね。駅前のケーキバイキングよ。クリスマスにカップル限定で千円で食べ放題なのよ」
ところがその必要はなかった。「幼なじみ」はカバンからチラシを取り出し、俺に見せる。
「あんたくらいしか頼めそうにないからね。で、いいの?」
「あー、うーん」
俺は答えに詰まる。「幼なじみ」を手助けしてやりたいという気持ちはある。だが、
「悪い、行けねえわ」
しばらく考えた末、俺が出した答えはそれだった。
「そ、ならいいんだけどね」
特にショックというわけでもなさそうだ。「幼なじみ」はチラシをしまう。
「で、どこまでいくつもりなの?」
「家だけど?」
「そういうボケはいいから。クリスマスよ、クリスマス」
一転して、「幼なじみ」はニヤニヤと俺に尋ねてくる。何のことだがよく分からない。呆れた「幼なじみ」はため息つきながら、
「透子っちとよ。デート、行くんでしょ?」
ようやく言わんとすることが理解できた。
「…………」
「……もしかして、あんたまだ誘ってないの?」
俺が無言になっていると「幼なじみ」は失望したような顔になった。
「いや、そのだな……ちょっとタイミングが」
「言い訳するんじゃない!」
厳しい声で「幼なじみ」は俺をにらみつける。
「早く誘ってあげなさいよ。透子っち、絶対待っているわよ!」
「そう……かな」
「そうよ。ほら、今すぐにでも電話しなさい!」
「あ、おまっ!」
いつの間にか、俺のスマホは「幼なじみ」の手の内にあった。「幼なじみ」は電話マークから、透子さんのアドレスを開いた。
「わ、わかった! する、するから!」
俺は「幼なじみ」からスマホを強引に取り返し、ホームボタンを押す。
『プルルルル』
「あ」
時既に遅し。透子さんに電話はかかってしまった。
「ファイト!」
悪びれもせず、「幼なじみ」は応援する。くっ、こっちは心の準備が出来ていないっていうのに……!
でも、今から消すわけにはいかない。俺は壁際により。スマホを耳に当てた状態で、直立不動になる。
『…………はい、もしもし?』
耳元で透子さんの優しい声が聞こえてくる。そういえば、電話をかけるのはこれで三度目……いや二度目だっけ?
『一将くん、どうかしましたか?』
「あ、いやなんでも……いや、なんでもないってわけじゃなくて、用があって……!」
名前を呼ばれたことも分からないくらい、俺は緊張した声になった。頭が真っ白になる。俺はなぜ電話をかけたのか自体、忘れかけた。すると、
『……クリスマス、の件ですか?』
透子さんは俺の心を読んだかのように、確認を取った。
「うん」
ほぼ条件反射で俺は返事した。寒気は消えていた。俺は勇気を出して、言った。
「クリスマス、もし暇なら俺と――」
『はい、喜んで』
最後まで聞かず、透子さんは了承した。
『それで、どこに行きますか?』
「あ、まだ決めてないんだけど……楽しいところに行こう!」
「ぶほっ!」
なぜか隣で聞き耳を立てていた「幼なじみ」が吹き出す。俺は無視し、透子さんの言葉を待つ。
『はい。楽しみにしています』
「うん、絶対楽しいものにするよ!」
責任重大だ。俺は今日から一週間、死ぬ気でデートプランを練ることを決意した。
『一将くん』
「あ、はい」
『……その日に、〈待って〉います』
変な言い回しをして、透子さんは電話を切った。
「やったじゃない!」
「ぐえっ!」
背中を思い切り叩かれる。「幼なじみ」はその場から飛び上がらんばかりに喜んだ。
「ほとんど決まっているようなものだけど、しっかりやりなさいよ」
「うるせえな、分かってんよ……ん?」
「どうしたの?」
「いや、ほとんど決まっているって……」
「そりゃそうでしょ。だってあんたと透子っち、もう付き合っているようなものでしょ」
「……あ、そう見える?」
「丸見え! でも、女の子っていうのはちゃんと言わないと伝わらないものよ。……頑張って!」
最後にまた背中を叩いて、「幼なじみ」はなぜか走り出した。
「そうか……やっぱ、そう見えるんだ」
おそらく、今までもそういううわさはあり、あの文化祭の一件が決め手となったんだろう。
「…………め、めっちゃ嬉しい……!」
俺は心の底からそう思った。思わないわけがない。
これが、最後の理由。俺に覚悟を決めさせたものだった。




