私情は挟まず
「『神の名のもとに、いざ姫たちよ戦い合え!』……『よくぞ厳しい戦いを勝ち抜いた。お前が、我が姫だ』……こんなもんかな」
殺陣に入る前のセリフと、最後のセリフを言い終え、俺はベンチに座った。
文化祭まであと二日。みんなとの合同練習が終わると、俺は家の近所にある公園で、セリフの練習をしていた。
セリフ数は少ないこともあり、俺のみならずみんな三日でセリフを暗記した。
作業班も夏彦の指示がいいのか、パッと見た限りでもスムーズに進行していた。
「おもしれえな」
一番やる気がなかった宮間だったが、一度も練習を休むことはなかった。宮間は自分でも気づかないくらい、ぽろっとそう呟いていた。
「ほんと、アンタの女装姿は面白そうよね」
相坂が宮間をからかい、俺たちはハハハと笑う。最初では考えられないくらい、和やかな雰囲気だった。みんなと何かをするのが、こんなにも楽しいものだとは思わなかった。
「じゃあ次の練習をしよう」
セリフの練習はこれでおしまい。俺は劇で最も重きが置かれる部分、「殺陣」のシーンの練習に入ることにした。
「でりゃ!」
「おらあ!」
宮間と「幼なじみ」、いつも通り二人は熱を入れながらスポンジ刀を振り回す。殺陣とはいったが、決まった型はない。なんていうか……剣道の練習? みたいに、それぞれ相手の頭を狙っていく。
その間、俺はスマホでそれらを動画撮影。動き方についてみんなに見てもらうという理由と、「思い出づくり」だ。
「はあ……はあ……」
橋口・宮間・「幼なじみ」。少し動きは硬いが相坂は練習を重ねるごとに、どんどんとキレがよくなっていた。
「透子っち、大丈夫?」
だが、透子さんに関しては、正直いうとあまりよくなかった。練習を止め、「幼なじみ」は透子さんに近づく。
「へ、平気です……少し休憩……します」
透子さんはぺたんと床に尻をつく。俺は撮影をいったん止め、透子さんの元へ向かった。
「大丈夫?」
お茶の入った水筒を差し出す。透子さんは黙ってそれを受け取った。
「すいません……」
「あ、いやいいよ。むしろ頑張っている方だとは思うよ」
男子と女子じゃどうしても体力的な違いが出てくる。ついていける「幼なじみ」と桐山さんがすごいだけだ。
「一生懸命やれば、観客は分かってくれるはずだから。無理はしないように、頑張ろう」
「……はい、すいません」
言葉をかければかけるほど、透子さんはどよんと落ち込む。俺はただ隣に座り、撮影を再開した。
「おわったー!」
最後の通し練習が終わる。幼なじみは両手を大きく上げた。
「いよいよ明日が本番だ。みんな、悔いの残らないようにやろう!」
夏彦が率先して掛け声を求める。するとほとんどのクラスメイトが、それに応じ、手を上げた。不覚にも、泣きそうになった。
「それじゃ解散」
みんなぞろぞろと教室を出て行く。居残ることもなく、みんな最終下校のチャイムとともに帰る――。俺たち出演メンバーはともかくとして、セット作りもそれまでに作業を終わらせられるなんて、地味にすごいことだった。
俺は計画通りに事を運んだ夏彦に、関心の眼差しを向ける。
「僕はもう少し残るよ」
「え? まだ何かやるのか?」
「ちょっと最終調整をね」
夏彦は明日俺たちが装着する被り物を手に取る。
「手伝うぜ」
作業班どころか、教室に残っているのは俺と夏彦だけだった。
「ありがとう。でもいいよ」
「いいって、二人でやったほうが早いだろ」
「これは僕に与えられた仕事だから、最後までやりたいんだ」
夏彦の意志は固く、俺が何を言っても聞き入れそうになかった。
「分かった。じゃあな」
「うん。一将、明日は頑張ってね」
親指を立て、夏彦は俺にエールを送る。
「任せろ」
これはもう、夏彦の思いつきでなし崩し的に始まった劇ではない。俺は後悔のないよう、やるしかなかった。
「よっ!」
今日は早めに寝よう。深夜アニメは録画して、明日の夜観ようなどと考えながら歩いていると、馬鹿力で肩を叩かれる。「幼なじみ」だった。
「居残らなくていいの?」
「譲れない思いがあるんだろ。真面目な奴だからな」
「ふうん。たしかに、いい男よねえ」
おばちゃんくさい言い方だった。
「これ終わったら、誰かと付き合っているかもな」
元々背も高く、人あたりのいい性格だった男だ。劇の準備でリーダーシップを発揮し、女子からの人気はさらに高くなったことだろう。
「なに? 先を越されて悔しいの?」
「茶化すな。たとえあいつが誰かと付き合っても、俺たちは友達だよ」
「ひゅう、カッコイイ!」
からかうように「幼なじみ」は口笛を吹く。俺たちは示し合わせたわけじゃないが、自然と一緒に学校を出て、同じ道を帰っていた。
「明日の劇さ」
「ん?」
「王子さまは、誰に勝ってほしい?」
唐突な質問だった。だが俺はすぐに答えた。
「誰でも」
「は?」
俺がそう答えると、「幼なじみ」は頭に「?」を浮かべた。
「なーに言ってんの! 勝ってほしいの、透子っちでしょ?」
ぐさっと胸に突き刺さる。バレているとは思っていたが、やはりショックは大きかった。
「……そりゃ、な」
かすれるような小さな声を出し、俺は小さくうなずく。
「ほらやっぱり! じゃあさ――」
「だが、それは個人的な感情だ」
俺は声量を戻し、「幼なじみ」に言った。
「もうこれは、俺たち1-Bみんなのものなんだ。だから、俺は何があろうとそれを受け入れる。たとえ相手が野郎であってもだ」
夏彦に宣言した言葉を、改めて胸に刻む。そしてこれは同時に、「幼なじみ」に向けてのメッセージであった。
「だから、お前も『頑張れ』よ」
俺のことを思ってくれての発言なのは、大きなお世話だがやはりうれしい。だが明日の劇だけは、「幼なじみ」に本気でやってもらいたかった。
「――そうね、分かったわ!」
俺の気持ちが通じたのか、「幼なじみ」はぐっと拳を握りしめる。
「あんたとハグは正直気乗りしないけど、劇を成功させるためにも、『本気』でいかせてもらうわ」
その目はやる気に満ちあふれていた。俺はゾクッと身震いした。
「ああ、その意気だ!」
俺たちは互いに明日への意気込みを声に出し合う。
「それじゃ!」
「おうっ!」
俺たちはムダに高いテンションのまま、それぞれの家に帰った。すぐに、「幼なじみ」からメールが来た。
【アドリブでキスとかしないでよ!】
自分が勝つ気じゃなければ書けない内容だった。
【するか寝ろ】
俺は一言だけ送り、ふと思い立ったように透子さんにメールを送ることにした。
【楽しくやろう!】
肩の力を抜かせようと、俺は透子さんにそう送った。それから俺は飯食って、風呂に入り、自分のところのセリフを復習し、部屋の明かりを消して眠ろうとした時だった。狙ったかのように、透子さんから返信がきた。
【はい。本気でいきます】
微妙に、ずれた返事。だが、透子さんの「本気」がたしかに伝わってきた。
――そうして、文化祭が始まった。




