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俺が彼女に告る理由  作者: 本間 甲介
理由その5~文化祭~
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私情は挟まず

「『神の名のもとに、いざ姫たちよ戦い合え!』……『よくぞ厳しい戦いを勝ち抜いた。お前が、我が姫だ』……こんなもんかな」


 殺陣に入る前のセリフと、最後のセリフを言い終え、俺はベンチに座った。


 文化祭まであと二日。みんなとの合同練習が終わると、俺は家の近所にある公園で、セリフの練習をしていた。


 セリフ数は少ないこともあり、俺のみならずみんな三日でセリフを暗記した。


 作業班も夏彦の指示がいいのか、パッと見た限りでもスムーズに進行していた。


「おもしれえな」


 一番やる気がなかった宮間だったが、一度も練習を休むことはなかった。宮間は自分でも気づかないくらい、ぽろっとそう呟いていた。


「ほんと、アンタの女装姿は面白そうよね」


 相坂が宮間をからかい、俺たちはハハハと笑う。最初では考えられないくらい、和やかな雰囲気だった。みんなと何かをするのが、こんなにも楽しいものだとは思わなかった。


「じゃあ次の練習をしよう」


 セリフの練習はこれでおしまい。俺は劇で最も重きが置かれる部分、「殺陣」のシーンの練習に入ることにした。


「でりゃ!」


「おらあ!」


 宮間と「幼なじみ」、いつも通り二人は熱を入れながらスポンジ刀を振り回す。殺陣とはいったが、決まった型はない。なんていうか……剣道の練習? みたいに、それぞれ相手の頭を狙っていく。


 その間、俺はスマホでそれらを動画撮影。動き方についてみんなに見てもらうという理由と、「思い出づくり」だ。


「はあ……はあ……」


 橋口・宮間・「幼なじみ」。少し動きは硬いが相坂は練習を重ねるごとに、どんどんとキレがよくなっていた。


「透子っち、大丈夫?」


 だが、透子さんに関しては、正直いうとあまりよくなかった。練習を止め、「幼なじみ」は透子さんに近づく。


「へ、平気です……少し休憩……します」


 透子さんはぺたんと床に尻をつく。俺は撮影をいったん止め、透子さんの元へ向かった。


「大丈夫?」


 お茶の入った水筒を差し出す。透子さんは黙ってそれを受け取った。


「すいません……」


「あ、いやいいよ。むしろ頑張っている方だとは思うよ」


 男子と女子じゃどうしても体力的な違いが出てくる。ついていける「幼なじみ」と桐山さんがすごいだけだ。


「一生懸命やれば、観客は分かってくれるはずだから。無理はしないように、頑張ろう」


「……はい、すいません」


 言葉をかければかけるほど、透子さんはどよんと落ち込む。俺はただ隣に座り、撮影を再開した。



「おわったー!」


 最後の通し練習が終わる。幼なじみは両手を大きく上げた。


「いよいよ明日が本番だ。みんな、悔いの残らないようにやろう!」


 夏彦が率先して掛け声を求める。するとほとんどのクラスメイトが、それに応じ、手を上げた。不覚にも、泣きそうになった。


「それじゃ解散」


 みんなぞろぞろと教室を出て行く。居残ることもなく、みんな最終下校のチャイムとともに帰る――。俺たち出演メンバーはともかくとして、セット作りもそれまでに作業を終わらせられるなんて、地味にすごいことだった。


 俺は計画通りに事を運んだ夏彦に、関心の眼差しを向ける。


「僕はもう少し残るよ」


「え? まだ何かやるのか?」


「ちょっと最終調整をね」


 夏彦は明日俺たちが装着する被り物を手に取る。


「手伝うぜ」


 作業班どころか、教室に残っているのは俺と夏彦だけだった。


「ありがとう。でもいいよ」


「いいって、二人でやったほうが早いだろ」


「これは僕に与えられた仕事だから、最後までやりたいんだ」


 夏彦の意志は固く、俺が何を言っても聞き入れそうになかった。


「分かった。じゃあな」


「うん。一将、明日は頑張ってね」


 親指を立て、夏彦は俺にエールを送る。


「任せろ」


 これはもう、夏彦の思いつきでなし崩し的に始まった劇ではない。俺は後悔のないよう、やるしかなかった。



「よっ!」


 今日は早めに寝よう。深夜アニメは録画して、明日の夜観ようなどと考えながら歩いていると、馬鹿力で肩を叩かれる。「幼なじみ」だった。


「居残らなくていいの?」


「譲れない思いがあるんだろ。真面目な奴だからな」


「ふうん。たしかに、いい男よねえ」


 おばちゃんくさい言い方だった。


「これ終わったら、誰かと付き合っているかもな」


 元々背も高く、人あたりのいい性格だった男だ。劇の準備でリーダーシップを発揮し、女子からの人気はさらに高くなったことだろう。


「なに? 先を越されて悔しいの?」


「茶化すな。たとえあいつが誰かと付き合っても、俺たちは友達だよ」


「ひゅう、カッコイイ!」


 からかうように「幼なじみ」は口笛を吹く。俺たちは示し合わせたわけじゃないが、自然と一緒に学校を出て、同じ道を帰っていた。


「明日の劇さ」


「ん?」


「王子さまは、誰に勝ってほしい?」


 唐突な質問だった。だが俺はすぐに答えた。


「誰でも」


「は?」


 俺がそう答えると、「幼なじみ」は頭に「?」を浮かべた。


「なーに言ってんの! 勝ってほしいの、透子っちでしょ?」


 ぐさっと胸に突き刺さる。バレているとは思っていたが、やはりショックは大きかった。


「……そりゃ、な」


 かすれるような小さな声を出し、俺は小さくうなずく。


「ほらやっぱり! じゃあさ――」


「だが、それは個人的な感情だ」


 俺は声量を戻し、「幼なじみ」に言った。


「もうこれは、俺たち1-Bみんなのものなんだ。だから、俺は何があろうとそれを受け入れる。たとえ相手が野郎であってもだ」


 夏彦に宣言した言葉を、改めて胸に刻む。そしてこれは同時に、「幼なじみ」に向けてのメッセージであった。


「だから、お前も『頑張れ』よ」


 俺のことを思ってくれての発言なのは、大きなお世話だがやはりうれしい。だが明日の劇だけは、「幼なじみ」に本気でやってもらいたかった。


「――そうね、分かったわ!」


 俺の気持ちが通じたのか、「幼なじみ」はぐっと拳を握りしめる。


「あんたとハグは正直気乗りしないけど、劇を成功させるためにも、『本気』でいかせてもらうわ」


 その目はやる気に満ちあふれていた。俺はゾクッと身震いした。


「ああ、その意気だ!」


 俺たちは互いに明日への意気込みを声に出し合う。


「それじゃ!」


「おうっ!」


 俺たちはムダに高いテンションのまま、それぞれの家に帰った。すぐに、「幼なじみ」からメールが来た。


【アドリブでキスとかしないでよ!】


 自分が勝つ気じゃなければ書けない内容だった。


【するか寝ろ】


 俺は一言だけ送り、ふと思い立ったように透子さんにメールを送ることにした。


【楽しくやろう!】


 肩の力を抜かせようと、俺は透子さんにそう送った。それから俺は飯食って、風呂に入り、自分のところのセリフを復習し、部屋の明かりを消して眠ろうとした時だった。狙ったかのように、透子さんから返信がきた。


【はい。本気でいきます】


 微妙に、ずれた返事。だが、透子さんの「本気」がたしかに伝わってきた。


 ――そうして、文化祭が始まった。

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