同じアホなら
次の日の放課後、残り三人の「姫」をくじ引きで決め、劇に出る者・セットを作る者の二手に分かれて、本格的に劇に向けての準備が始まった。
「それじゃこれが脚本。今日から金曜日まではセリフを覚えて、来週は実際に動いてやってみよう」
夏彦に言われた言葉をそのままに、俺は劇に出る者たちに頼んだ。
「はい」
「おっけい」
透子さんと「幼なじみ」はさっそく脚本に目を通す。だが、「運悪く」選ばれた残りメンバーは、いやいやといった感じで脚本を読み始める。
くじ引きで残りの姫役を決める……。朝のホームルームでそう言った時、女子からクレームが殺到した。
「女子だけはずるい、男子も一緒にくじをやるべきだ」
それに今度は男子からクレームが起きた。
「姫は女子しかできないだろ。関係ない」
昨日までは何も言わなかったくせに、いざとなって文句を垂れるな。俺はそう言いたい気持ちを必死に抑えた。
「お前ら、そういう文句は昨日の内に言うべきだろ」
すると今まで黙っていた担任が、急にそう言った。普段はぼけーっとしたどこか頼りない教師。その担任がたしかに怒りを見せていた。
普段怒らない者ほど怒ると恐い……。誰も文句を言わなくなり、俺はその隙にくじの紙を回した。もちろん、俺・夏彦・透子さん・「幼なじみ」は抜いてだ。
その結果、残りのメンバーは決まった。女子一人、男子二人……主演に関してはちょうどいい具合に男子と女子半々に分かれた。
「マジ信じらんねえよ」
姫に決まった男子の一人、茶髪の宮間が、かったるそうに声を上げる。
「決まったことだ。仕方ないだろう」
そんな宮間を、野球部所属の坊主頭、橋口がたしなめる。二人はどうやら友達のようだ。だが宮間はまだ不満げだった。
「ちっ、こんなことなら王子役に立候補しとけばよかったぜ。そうすりゃおいしい思いもできたのによ」
「それはないわよ。それに、あんたが王子ならあたしは姫、やっていないわ」
周囲が凍りつくような、辛辣な言葉だった。
「なっ!」
宮間はその声の主、「幼なじみ」をにらみつける。一触即発、俺は二人を止めようとした。
「だって宮間って、顔立ち整ってるから、女装映えしそうだもん」
けれど、そうはならなかった。「幼なじみ」は一転して笑顔を見せ、宮間の顔に触れた。
「ば、馬鹿にしてんじゃねえ!」
「いや、その通りかもしれないぞ」
「ハシ、てめえまで……!」
「台詞の前に、メイクしない?」
もう一人の姫役、クラスのギャルグループに属するギャルの桐山さんが、みんなに提案する。
「賛成!」
「は、はい!」
「ちょっ、おまっ……おま!」
両腕を桐山さんと橋口に掴まれ、宮間はずるずると引っ張られ教室を出て行った。
「じゃ、あたしも行ってくるね!」
「ん、ああ。その……ありがとな」
一時はどうなるものかと思っていたが、「幼なじみ」の機転によって救われた。
「べっつにー。本当のことを言っただけだしね」
そう言い残し、「幼なじみ」は三人のあとを追った。
「……たしかに、イケメンだよなあいつ」
言動や態度はあれだが、同性の俺から見ても宮間も坊主頭の橋口も美形だった。
……もしかしてこれ、かなり面白くなるんじゃないか? 同じくやる気がなかった俺も、徐々に胸がドキドキしてきた。
「頑張りましょう!」
いつの間にか、残ったのは俺と透子さんだけだった。俺はうなずき、まずは全体の流れを知ろうと、脚本を最初から最後まで読むことにした。
劇の内容的に、セリフは少なく、脚本も五ページほどで終わっていた。
「……ん?」
「あれ?」
俺と透子さんは同時に首をかしげた。
「皆見くん、これって……」
「うん」
脚本の最後の行。そこにはたったひとこと、こう書いてあった。
『勝者は朝桐さん』
「うはっ、宮間可愛すぎ!」
「橋口くんも超美形!」
教室に戻ると、まず目に入ったのは二人の見違えた姿だった。
「くっ、くそったれ……」
「……悪くないな」
予想通り、二人は顔だけはかなりの美少女になっていた。二人の周りに、作業班の女子たちが集まり囲んだ。
「うわっ、くやしいほど可愛い……!」
言い出しっぺの「幼なじみ」が一番ショックを受けていた。
「なあ、夏彦は?」
こちらも気になったが、今は夏彦を探すことが先決だ。俺は教室を見回した。
「夏彦ならついさっき、演劇部に行ったぞ。ダメ元で衣装を貸してくれるように頼むって」
「ありがとうございます」
担任に礼を言い、俺は演劇部の部室に向かう。東校舎の階段を登っていく。その途中、夏彦は階段から下りてきていた。
「ダメだったよ。『これは我が演劇部、血と汗の涙の結晶! 一から作れ一年坊主』って追い返されちゃったよ」
「血がついた衣装なら逆にいらないだろ。それに最悪、体操服のズボンの上から黒ビニール袋巻くだけでもいいし」
「そんなの貧乏くさいよ。せめて半透明にするべきだよ。ちらっと透けて見える感じがまたたまらなく――」
「なあ、劇のラストだけど」
妄想に浸ろうとする夏彦に、俺は脚本を見せる。
「これ、どういうことだ?」
「……どういうことって、そういうことだけど?」
悪びれもせず、夏彦は答えた。
「お前なあ……」
「まあまあ! 実際その方が一将もうれしいでしょ?」
「くっ! 否定はできねえ!」
「でしょ? だから――」
「でもダメだ」
俺はぐしゃっと黒のマーカーペンで最後の行を消した。
「何考えているんだよ。べつに僕はそういう意味だけじゃなくて、やっぱり結果をあらかじめ決めておかなきゃ支離滅裂になると思って–―」
「そんなの面白くないだろ」
「え?」
「だってお前、即興劇だって言っていただろ? じゃあオチも即興でいいじゃねえか」
「いやそれだと……」
「宮間も桐山さんも橋口も……なんだかんだでやる気出してくれているんだ。だから、俺は誰が勝っても面白い劇になると思う」
俺たちはべつにプロじゃない。なら「アホ」になる方が大事だ。
「…………」
「あ、これは俺個人の意見だから、みんなに――」
「いいよ、それで」
すっきりした顔で、夏彦は答えた。
「え、本当に?」
ぶっちゃけ反対されることを覚悟で言いにきたこともあり、俺は思わず聞き返した。
「実行委員は僕だけじゃなく、一将もだからね。劇はそっちに任せるよ」
「……さんきゅ」
俺は夏彦の肩に手を置き、礼を言う。
「――でも」
夏彦は心配するように俺を見る。
「心配すんな。こんな方法じゃなくても、俺はちゃんと朝桐さんに――」
「いや、宮間くんか橋口くんが勝ったら、どうするのかなって……」
「……あっ」
その結果は、まったくもって考えていなかった。
「いや、あいつらも空気読んでいざとなったら――」
「一将、覚悟を決めよう」
優しい声で俺の方に手を置く夏彦。
「一部の女子には人気が出ると思うよ」
その目は笑っていた。この野郎……。
「じゃ、頑張ってね」
俺を置いて、夏彦は教室へ戻っていった。
「やべえな」
自分でああ言ってしまった手前、今さら「勝者は朝桐さんで」なんて言えるはずもない。小坂はともかく、真面目そうな橋口にいたっては「本気」でやりそうだ。
「野郎とハグかあ」
最悪の事態を想定し、俺は落ち込みながら教室へ帰る。そこに、
「皆見くん」
階段を降りたところに、透子さんが立っていた。
「脚本については大丈夫だよ」
俺は当日はアドリブで勝者が決まることになったと説明した。
「え、あ……そう、なんですか……」
「うん。だからたぶん、橋口か宮間のどちらかと――」
「いいえ、そうはさせません!」
その小柄な体のどこからそんな声が出るのか、透子さんは力強く宣言した。
「わたし、頑張って勝ちます! だから、見ていてください!」
「あ……うん、そうだね、そうだ!」
メラメラと透子さんはやる気を出す。それに触発され、俺も気合が入った。
歴史に残るような大層なものじゃない。むしろ気合を入れる方がおかしいと言われるかもしれない。だが、そんなのでいい。
それが、青春だ。




