花火のあとの祭りの終わりの帰り道
外れたら五百円無駄にしたなあ。そういう気持ちで撃った最後の弾は、ぬいぐるみの右腕めがけてヒットした。
狙いがそれたな。俺は銃を置き、立ち去る準備を初めた。ところがぬいぐるみは今まで撃った以上にぐらぐらっと揺れ、ぽとんとあっさり、台から落ちた。
カランカランと鐘が鳴る。おっちゃんは悔しそうな顔をしながら、俺に景品を渡した。俺は拍手されながら、屋台を出た。
「すごいです! 皆見くん、本当にすごいです!」
ずっと拍手を続ける朝桐さんは、称賛の声を上げた。
「いや、まぐれまぐれ。……はい、どうぞ」
にやけた顔を戻し、俺は朝桐さんにぬいぐるみを手渡す。
「え、皆見くん……」
「よかったらもらってよ。……そのつもりで狙っていたから」
きざったらしいセリフを吐いたことを、すぐに後悔する。
「――うれしいです。ありがとうございます」
手のひらサイズの、安っぽい銃で撃たれたぬいぐるみ。それでも、朝桐さんは喜んでくれた。
「花火始まりますよ。行きましょう!」
「うん、行こう!」
もう躊躇なく、俺たちは自然と手をつないで見物席へと向かった。
真っ暗な空が火によって彩られる。いつもなら「うるせえ」としか思えない花火は、とても美しいものに感じられた。理由はもちろん、隣にいる女の子によるものだ。
「……きれい」
バンバンと絶え間なく打ち放たれる花火に、朝桐さんは見とれる。ここで「君のほうがきれいだよ」なんて言葉言えたら、どれだけカッコイイだろう。
「君のほうがきれいだよ」
とか考えている間に、俺は無意識にそう口走っていた。
「え……?」
少し早いかもしれないが、いいタイミングかもしれない。俺は花火の音にかき消されないよう、もう一度朝桐さんに向かって――。
「……透子っち、逆だよ」
「……知ってる」
いったいどこから間違っていたのだろう。俺は知らぬ間に横に立っていた「幼なじみ」にこっ恥ずかしいセリフを吐こうとしていた。
「ファイト!」
背中を叩かれ、俺は「幼なじみ」に背を向ける。今度はちゃんと朝桐さんがいた。
「朝桐さん」
言え、言ってしまえ。俺は今度こそ、朝桐さんに伝えようとした。
「もう、終わりですね」
花火のこととは一瞬わからず、ドキッとした。俺は口に手を当てた。
「もう少し、見たかったですよね……どうかしましたか?」
「な、なんでも……」
完全に言うタイミングを逃してしまった。俺は口をふさいだまま首を横に振る。
「ヘタレ」
背後で「幼なじみ」はそう言って、俺の背中を力強く叩く。
「きゃっ!」
押された勢いで、俺は朝桐さんに覆いかぶさるような体勢になった。
「――っとごめん!」
触れ合わんとするくらい、朝桐さんと顔が近づく。俺は体を捻り、それを阻止した。
「……」
びっくり仰天した朝桐さんは、茫然となった。
「っとにごめん。あの馬鹿……いや後ろの人に押されて!」
ここで「幼なじみ」の名前を出すと、くっそややこしいことになりそうだった。俺はわざとじゃないというところだけを強調し、謝った。
「あ、いえ……別に嫌じゃないというか……」
「……ありがとう、そう言ってもらえるだけ救われるよ」
たとえ嘘でも「最低です!」などと言われるよりは全然いい。
「……行きましょう」
と、思ったら、朝桐さんはムッとした態度を取り、足早に階段へと向かう。やはり、怒っているようだ。俺はおそるおそると朝桐さんの後を追った。
人の流れに沿いつつ、朝桐さんの姿を見失わないように階段を下りる。駅へ向かう者、コンビニのある方へ向かう者、宿泊地のある方へ向かう者と人の動きがだいたい三つに別れ始め、ようやく混雑から開放された。俺は先に階段を降り、待ち合わせ場所だった地蔵前にいる朝桐さんの元へ向かった。
「……」
朝桐さんはまだムッとしていたのか、自分から俺に話しかけようとしなかった。
「楽しかったね」
俺はそう切り出す。朝桐さんはようやく口を開いた。
「はい、とても楽しかったです」
話しかければちゃんと受け答えしてくれた。俺は続けて朝桐さんに、
「一緒に回れて、すげえ楽しかった」
取り繕わない、真っ正直な気持ちをぶつけた。
「……わたしも、一緒に回れて、良かったです」
耳まで真っ赤にさせ、朝桐さんは俺と同じ気持ちを告げた。
「……帰ろうか」
「はい」
俺たちは街灯に照らされた道を、同じペースで歩いて行く。そこに会話はない。だが、気持ちは通じ合っているような気はした。
「じゃ、ここで」
駅に着くと、ちょうど俺の乗る電車がやって来た。俺は朝桐さんに別れを告げる。
「はい……あの、皆見くん」
呼び止められ、俺は改札越しに振り返る。朝桐さんは指と指をもじもじさせ、何かを言おうとする。電車は、ホームに到着しようとしていた。
「あ、三十分後ぐらいに電話してよ。それまでには家に着いているからさ」
待ってあげるべきなのだが、それだと逆に朝桐さんが罪悪感を覚えるんじゃないかと思い、俺はそう提案した。
「あ、えっと……」
背中を向け、俺がホームへ向かおうとする。そこに、
「ば、バイバイ、カズ……君!」
とても、小さな、声……。彼女が勇気を振り絞って出した声は、たしかに俺に届いた。
「――バイバイ透子さん!」
頭が真っ白になる。俺は勢いのまま朝桐さんを名前で呼び、電車へ走った。
名前を呼ばれ、名前で呼んだ。端的に言えば「それだけ」のこと。それでも俺にとっては特別過ぎることだった。




