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俺が彼女に告る理由  作者: 本間 甲介
理由その4~夏祭り(メインイベント)~
23/39

花火のあとの祭りの終わりの帰り道

 外れたら五百円無駄にしたなあ。そういう気持ちで撃った最後の弾は、ぬいぐるみの右腕めがけてヒットした。


 狙いがそれたな。俺は銃を置き、立ち去る準備を初めた。ところがぬいぐるみは今まで撃った以上にぐらぐらっと揺れ、ぽとんとあっさり、台から落ちた。


 カランカランと鐘が鳴る。おっちゃんは悔しそうな顔をしながら、俺に景品を渡した。俺は拍手されながら、屋台を出た。


「すごいです! 皆見くん、本当にすごいです!」


 ずっと拍手を続ける朝桐さんは、称賛の声を上げた。


「いや、まぐれまぐれ。……はい、どうぞ」


 にやけた顔を戻し、俺は朝桐さんにぬいぐるみを手渡す。


「え、皆見くん……」


「よかったらもらってよ。……そのつもりで狙っていたから」


 きざったらしいセリフを吐いたことを、すぐに後悔する。


「――うれしいです。ありがとうございます」


 手のひらサイズの、安っぽい銃で撃たれたぬいぐるみ。それでも、朝桐さんは喜んでくれた。


「花火始まりますよ。行きましょう!」


「うん、行こう!」


 もう躊躇なく、俺たちは自然と手をつないで見物席へと向かった。


 真っ暗な空が火によって彩られる。いつもなら「うるせえ」としか思えない花火は、とても美しいものに感じられた。理由はもちろん、隣にいる女の子によるものだ。


「……きれい」


 バンバンと絶え間なく打ち放たれる花火に、朝桐さんは見とれる。ここで「君のほうがきれいだよ」なんて言葉言えたら、どれだけカッコイイだろう。


「君のほうがきれいだよ」


 とか考えている間に、俺は無意識にそう口走っていた。


「え……?」


 少し早いかもしれないが、いいタイミングかもしれない。俺は花火の音にかき消されないよう、もう一度朝桐さんに向かって――。


「……透子っち、逆だよ」


「……知ってる」


 いったいどこから間違っていたのだろう。俺は知らぬ間に横に立っていた「幼なじみ」にこっ恥ずかしいセリフを吐こうとしていた。


「ファイト!」


 背中を叩かれ、俺は「幼なじみ」に背を向ける。今度はちゃんと朝桐さんがいた。


「朝桐さん」


 言え、言ってしまえ。俺は今度こそ、朝桐さんに伝えようとした。


「もう、終わりですね」


 花火のこととは一瞬わからず、ドキッとした。俺は口に手を当てた。


「もう少し、見たかったですよね……どうかしましたか?」


「な、なんでも……」


 完全に言うタイミングを逃してしまった。俺は口をふさいだまま首を横に振る。


「ヘタレ」


 背後で「幼なじみ」はそう言って、俺の背中を力強く叩く。


「きゃっ!」


 押された勢いで、俺は朝桐さんに覆いかぶさるような体勢になった。


「――っとごめん!」


 触れ合わんとするくらい、朝桐さんと顔が近づく。俺は体を捻り、それを阻止した。


「……」


 びっくり仰天した朝桐さんは、茫然となった。


「っとにごめん。あの馬鹿……いや後ろの人に押されて!」


 ここで「幼なじみ」の名前を出すと、くっそややこしいことになりそうだった。俺はわざとじゃないというところだけを強調し、謝った。


「あ、いえ……別に嫌じゃないというか……」


「……ありがとう、そう言ってもらえるだけ救われるよ」


 たとえ嘘でも「最低です!」などと言われるよりは全然いい。


「……行きましょう」


 と、思ったら、朝桐さんはムッとした態度を取り、足早に階段へと向かう。やはり、怒っているようだ。俺はおそるおそると朝桐さんの後を追った。


 人の流れに沿いつつ、朝桐さんの姿を見失わないように階段を下りる。駅へ向かう者、コンビニのある方へ向かう者、宿泊地のある方へ向かう者と人の動きがだいたい三つに別れ始め、ようやく混雑から開放された。俺は先に階段を降り、待ち合わせ場所だった地蔵前にいる朝桐さんの元へ向かった。


「……」


 朝桐さんはまだムッとしていたのか、自分から俺に話しかけようとしなかった。


「楽しかったね」


 俺はそう切り出す。朝桐さんはようやく口を開いた。


「はい、とても楽しかったです」


 話しかければちゃんと受け答えしてくれた。俺は続けて朝桐さんに、


「一緒に回れて、すげえ楽しかった」


 取り繕わない、真っ正直な気持ちをぶつけた。


「……わたしも、一緒に回れて、良かったです」


 耳まで真っ赤にさせ、朝桐さんは俺と同じ気持ちを告げた。


「……帰ろうか」


「はい」


 俺たちは街灯に照らされた道を、同じペースで歩いて行く。そこに会話はない。だが、気持ちは通じ合っているような気はした。


「じゃ、ここで」


 駅に着くと、ちょうど俺の乗る電車がやって来た。俺は朝桐さんに別れを告げる。


「はい……あの、皆見くん」


 呼び止められ、俺は改札越しに振り返る。朝桐さんは指と指をもじもじさせ、何かを言おうとする。電車は、ホームに到着しようとしていた。


「あ、三十分後ぐらいに電話してよ。それまでには家に着いているからさ」


 待ってあげるべきなのだが、それだと逆に朝桐さんが罪悪感を覚えるんじゃないかと思い、俺はそう提案した。


「あ、えっと……」


 背中を向け、俺がホームへ向かおうとする。そこに、


「ば、バイバイ、カズ……君!」



 とても、小さな、声……。彼女が勇気を振り絞って出した声は、たしかに俺に届いた。


「――バイバイ透子さん!」


 頭が真っ白になる。俺は勢いのまま朝桐さんを名前で呼び、電車へ走った。




 名前を呼ばれ、名前で呼んだ。端的に言えば「それだけ」のこと。それでも俺にとっては特別過ぎることだった。


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