人生初の……
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。ありがとう!」
女の子は母と再会できた嬉しさからか、満面の笑みで俺たちに手を振る。俺たちも同じように手を振った。
「もう、一人で歩いちゃダメよ」
「うん! バイバイ!」
女の子は母親にしっかりと手を握られ、人混みの中に消えていった。
「良かったあ……」
溜め込んでいたものを一気に吐ききったかのように、「幼なじみ」はふにゃふにゃと体から力を抜いた。
「おっと」
とっさに俺は手を伸ばし、「幼なじみ」を支えた。
「ありがと。それにしても……あんたってたまーに突拍子もないことをするわよね」
いたずらっ子のような顔で、「幼なじみ」は俺を見上げる。
「あれが一番手っ取り早いと思ったからだよ」
あくまでも合理的に事を済ませただけ。クールに言うものの内心はかなり悶え苦しんでいた。
「そういうおまえだって、よく声出したな」
「べつに、あんたと同じよ」
「そうですか……あっ」
いったん記憶の隅っこに置いてあったものが真ん中にやって来る。俺はスマホの電源ボタンを押し、時間を確認する。サーッと血の気が引いた。
「――やっべえ!」
大慌てで、俺はスマホをしまい、「幼なじみ」に何も言わずに階段を駆け下りる。
「カズ! 本当、ありがとねー!」
背後で「幼なじみ」の感謝の声。俺は背中を向けたまま、右手を上げることでそれに応じた。
「くそっ、やっぱりろくなことがねえ!」
今回に至っては、俺が自ら首を突っ込んだことは間違いない。それでも俺は、そう言わなきゃ気がすまなかった。
体感時間と現実時間はやはり違う。十分そこらの出来事だと思っていた「迷子探し」は、実際はその五倍だった。つまり、待ち合わせ時間はとうに過ぎており、最悪なケースとして、朝桐さんを二十分は待たせたかもしれない。
「走らないで下さい!」
履きなれない下駄で、少しでも早く階段を降りようとした俺に、警備員らしき人が注意する。
「…………っ!」
警備員の言うとおり、登ってくる人が多い中でスピードを出すのは、危険だった。
「すいません、急用です!」
……が、そういうわけにもいかない。俺は警備員に謝り、なるだけ人のいない端っこの方に移動し、再び速度を上げる。
「ごめん、ごめんなさい? 下見に時間がかかって、実家がこの上で……」
あらゆる言葉(言い訳)を考え、俺は階段をただ下りる。その途中、思い切り足を踏まれたが、痛みは感じなかった。
「はあ……はあ……」
そして、地蔵前に到着。俺はすぐにスマホを操作している、朝桐さんの姿を見つけることができた。
淡いピンク色の、桜が描かれた浴衣。長い髪はくしでまとめ、薄化粧をしていた。可愛すぎる……!
「あ、皆見くん」
ポーッと見とれると、朝桐さんの方が俺に気づいた。俺は慌てて朝桐さんの元へ向かい、
「ごめんっ!」
誠心誠意、謝った。
「…………許しません」
ガツンと頭に衝撃が走る。心の底では、「謝れば許してもらえる」……そういう気持ちがあった。だからこそ、朝桐さんがそう言われるのが、精神的ダメージが大きかった。
「あ……ははは……ごめん、ごめんなさい」
言い訳は一切しない。俺は失意のどん底に落ちた声を出し、ひたすら朝桐さんに謝り、朝桐さんの視界から消えようとした。
「ま、待って下さい!」
ガシッと手を握られる。振り返ると、朝桐さんは焦った顔をしていた。
「わ、わたしが許さないって言ったのは、遅れてきたことじゃありません!」
そう言って朝桐さんは、俺の目の前でしゃがむ。そして、俺の足に手をやった。
「ひゃっ!」
普段自分でも触られない部分に触れられ、俺は変な声が出る。くすぐったいというより痛い……痛い?
俺は目を凝らし、足元に目をやる。右足の親指と人差し指部分の間から、じわっと血がにじんでいるのが見えた。朝桐さんはそこに、ハンカチを優しく抑えていてくれた。きれいなハンカチが俺の血で使い物にならなくなっていく……。
「ごめん……」
四度俺は謝る。朝桐さんはハンカチを指の間に詰め込み、立ち上がった。
「遅刻を怒っているわけじゃありません! 怪我したことに怒っているんです!」
「あ、そっち?」
「そっちです!」
朝桐さんはむうっと頬をふくらませるようにして、俺をにらむ。初めて俺に見せられる怒りの表情。朝桐さんには悪いが、それすら可愛かった。
「いや、この傷はけっきょく遅刻した俺への罰! だから仕方ないことなんだよ」
「……皆見くんは、優しいんですね」
「え?」
一転して、朝桐さんは優しい顔になる。朝桐さんはスマホを見せた。
「これ……」
宛名は「幼なじみ」からだった。そこには【一緒に迷子探してたから怒んないでね】と書いてあった。
「皆見くんが、理由もなく遅れない人なのは知っています」
「あ、でも遅刻は遅刻――」
「怪我される方が、つらいです」
「……そうだよね。ごめ……ありがとう」
ここまで言われて、謝るなんてそれこそ嫌がらせだ。俺は血を止めてくれたことに対し、礼を言った。
「じゃ、行こうか」
俺は気持ちを切り替え、夏祭りを楽しむことにする。
「ゆっくり行きましょう。はい」
先に階段の三段目くらいまで登った朝桐さんは、俺に手を差し出す。これはもしや……。
「どうかしましたか?」
「ううん。ありがとう」
俺は彼女に右手を差し出す。朝桐さんはそれをガッチリと握りしめ、ぐいっと引っ張るようにして、階段を登り始めた。
怪我した俺を心配してという、介護的な要素が大半を閉める。それでも俺は人生初、「女の子と手を繋いで歩く」が実現させ、天にも舞う嬉しさだった。
これが、第三の理由…………なのだが、そこにさらに付加要素を付け加えると、祭りでの朝桐さんの色んな姿を見たからだ。
もう少しこの章は続きます




