その理由は手のひらに
「ふう……」
一将が席を離れている間、夏彦も呼吸を整え、ドリンクバーのコーラを半分ほど飲み干した。
「……びっくりしたな」
まさかあんな反応をするとは思わなかった。
「……静かに聞こう」
兎にも角にも話はそれからだ。夏彦は自分にも言い聞かせるように、そう言った。
「おまたせ」
戻ってきた一将の両手には、二つ分の水の入ったグラスがあった。
「ありがとう」
「いや、両方俺の。注ぎに行くのメンドーだから持ってきた」
「ええ……」
そう言って、一将は右に持っていたグラスの水を一気に飲み干し、残った左のグラスをテーブルに置いた。
「そんじゃ、始めるか」
顔つきが変わる。さっきとは別の意味で真剣さが伝わってきた。
「うん。じゃあさっそくだけど」
「これを見てもらえるか?」
「え?」
夏彦の言葉に続くように、一将はスマホを見せた。
「……なに、これ」
その画面に映っていたのは、付属のメモアプリにぎっしりと文字が書かれていた。
夏彦はその一番上の行に目を向ける。そこにはこう書かれていた。
『俺が彼女に告る理由~その1~』
「……ま、そういうことだ」
「ごめん、ちょっと意味が分からない……」
夏彦は正直に答える。頭の中がごちゃごちゃし始めた。
「だーかーら! ここに俺の気持ちがぜーんぶ書かれているってわけ! 言わせんな恥ずかしい!」
一将の頬が紅潮するのがはっきりと分かった。夏彦は冷静に、下の文章を斜め読みする。
「……手記ってこと?」
「固っ苦しい言い方だと、それで正解だ。一週間くらい前から、ずっと書いてきたんだ」
一将の徹夜の原因が分かった。夏彦は文面は追わずに、画面だけをスクロールしていく。かなり書かれているらしく、終わりの部分はまでたどり着くのには時間がかかりそうだった。
「あ、ちなみに理由は『その5』まであるから!」
一将は追い打ちをかけるように、事前に説明した。
「……全部読まないとだめ?」
「できれば全部読んでほしい」
一将は膝に手を置き、頭を下げる。テーブル越しにも関わらず、一将の思いがひしひしと伝わってきた。
「ふう……分かったよ。でも、時間はかかると思うよ」
「構わねえ。徹夜でもいいぜ」
「僕がいやだよ……」
どちらにしても、今日中に読まないことには先へ進めそうにない。夏彦は自分のスマホを取り出した。
「何してんだ?」
「ま、ちょっとね……」
夏彦は自分と一将のスマホを交互に見ながら、五分ほど「ちょっとした作業」を行い、一将にスマホを返した。
「え、もう読んだの!?」
「まさか。悪いけど、すべてのテキストデータを、僕のスマホに送らせてもらったよ」
夏彦は自分のスマホ画面を一将に見せる。コピーされた文章は縦書きになっていた。
「え、なにこれ? えくせる?」
「それを言うならワード……ってどっちも違うよ。こういう長い文章を読むのに適したアプリがあるんだよ」
「へえ、便利な世の中になったもんだなあ。ま、なんでもいいけど、読み終わったら、データは全部消してくれよ」
「え、なんで?」
「恥ずかしいからに決まってんだろ。一応推敲はしたけど、ケツの穴を見せるような感覚だからな」
「オーケーストップ。ここは飲食店」
一将の後ろの席に座っていた客が、ぶっとジュースを吹き出したのが見えた。夏彦は一将に注意する。
「――っと。……すいませーん」
夏彦は振り向かず、申し訳なさそうに後ろの客に小声で謝った。
「じゃ、読み終わるまで待っててね」
夏彦はデータを消すかどうかの話は置いておき、読む準備をする。
「ああ。じゃっ、終わったら起こしてくれ!」
「え?」
そう言い残すとすぐに、一将はだらんとソファにもたれかかり、眠り始めた。
「……よっぽど疲れていたんだな」
脳がスッキリすれば考え方も広がるだろう。夏彦は一将を起こさないように、じっくりと、それでいてスピーディーに、皆見一将の手記もとい「ラブレター」を読み進めることにした。