いざお祭り会場へ
夏祭りということもあって、電車は満員御礼、つり革を掴むことすら難しかった。その多くは俺と同い年か少し下。友達同士でグループを作ってわいわいきゃっきゃと話していた。
「……」
その中で俺は座席の後ろの壁にもたれかかり、スマホをいじるふりをしながら、ちらちらっと周りの服装を見た。
……ミスったかな? 女子の方は、浴衣を着ているのが多かった。どれも可愛らしい柄で、地味な女の子ですら可愛く見えた。
しかし、パッと見た限りだと、男で浴衣を着ているのはごく少数だった。
『どちらに転んでも失敗はないよ』
心友、夏彦は力強くそう言ってくれた。俺もそう思う。しかし同時に「失敗はないが成功もないんじゃないか?」という不安がおしよせてきた。
一度でもそう思ってしまえばもう止まらない。俺は胸にざわつきを抱え込んだまま、目的地の駅に到着した。
予想通り、電車から一気に人が降りる。俺は不安を抱えたまま、電車を下りて改札へと向かう。
『じゃあ、神社の階段前で待っていますね』
朝桐さんの言葉が脳裏に浮かぶ。
待ち合わせ場所、祭りの会場までここから徒歩五分。俺は人の流れに沿うように、朝桐さんの待つ場所へ向かう。
とはいっても、まだ来ていないだろう。なぜなら俺は、待ち合わせの時間の一時間前を目安に、行動していたからだ。
ぴったり待ち合わせまであと一時間。俺は神社の階段近くに置かれた、たぬきの地蔵前に到着した。
「でさー」
「マジ受ける!」
「お腹すいたー」
「祭り終わったら、俺んち来ない?」
「どうしよっかなあ……」
階段を次々と登っていく人たちの会話(一部は完全にアレ目当て)を聞きながら、俺は朝桐さんの到着を待つ。五月の連休の時のことを考えれば、十五分前には来るだろう。俺はその間、デートプランを整理する。
朝桐さんが少食ではないと分かったので、存分に屋台を回ることができる。朝桐さんは奢られることを嫌がるだろうが、たこ焼きと焼きそば代は俺が出そう。祭りの露店は高いとはいえ、それぐらいならたかがしれている。
腹ごなしをした後は、射的や金魚すくい、輪投げといった、「祭り」ならではの遊びをやろう。アナログと言えど「ゲーム」には違いない。俺は「趣味はゲーム」の意地にかけて、必ず朝桐さんを満足させると誓った。
そしてそのあと、本日のメインイベントの花火三千発。空が彩られ、みんなの気持ちが一体となる時間。思い出を共有することで、俺はさらに朝桐さんと親密な仲になれるだろう。俺はぐっと気合いを入れた。その時、だった。
「泣かないで、きっと見つかるから」
カクテルパーティー効果とかいうんだろうか。多くの人間の話し声や足音が混ざり合う中、俺の耳は一つの声をはっきりと聞き取っていた。
「お名前、言えるかな? ……へえ、りなちゃんっていうんだ。いい名前だね。あたしは――」
「なにやってんのおまえ?」
俺のいた場所の、ほんの数メートル左にずれたところに「幼なじみ」がしゃがんていた。
「あ、カズ……」
珍しく、「幼なじみ」は気弱な表情を見せる。その理由はすぐに分かった。
「……っ」
なんかのアニメキャラが、プリントされたシャツを着た女の子は、体を震わせ「幼なじみ」の浴衣の袖を掴んで、身を隠した。
「どこで見つけたんだ?」
詳しく訊かなくても、だいたいのことは分かったので、俺は「幼なじみ」にそう訊いた。
「階段から下りてきたみたい。見つけたのはほんのついさっきよ」
「……そうか」
ということは、親御さんは階段の上、祭り会場にいる可能性が高い。
「りなちゃん、今からお母さんのところに行こうか」
俺は優しい言葉を女の子にかける。
「…………」
だが女の子は、体を震わせ、いまだ警戒を解こうとしない。
「りなちゃん、このお兄ちゃんは見た目はアレだけど、優しいから大丈夫よ」
「幼なじみ」はそう言って、女の子の頭をなでる。女の子はちらっと俺を見る。
「そうだよぉ、怖くないよぉ……!」
「やめろバカッ!」
俺の渾身のスマイルに、「幼なじみ」は後頭部を思い切り叩く。
「なっ、なにすんだ!」
「気持ち悪い顔を向けるんじゃないわよ」
「気持ちいい顔よりはマシだろ!」
「下ネタやめろ!」
「下ネタじゃねぇよ!」
俺と「幼なじみ」はぎぎぎとにらみあう。すると女の子は、
「ぷっ……!」
とても小さい声だったが、確かに笑った。
「じゃ、じゃあ行こうか!」
俺は「幼なじみ」に向けていた顔を、女の子に向ける。
「……う、うん」
女の子は多少は心を許してくれたのか、うなずいた。
「じゃ、行こうぜ」
「う、うん」
「幼なじみ」の方も、俺といがみ合うことはやめ、女の子の手を掴んだ。
俺たちは血相抱えて、あたりを見回す大人がいないかなどを確認しながら、階段を登り始めることにした。だが、
「あたし一人で行くわよ。あんたは透子っちと約束あるんでしょ?」
階段に足をかけた時、「幼なじみ」はそう言って俺を呼び止めた。
「まだ時間はたっぷりあるんだよ。いいから行くぞ」
「幼なじみ」とは相性最悪とはいえ、このまま放っていたら寝覚めが悪い。俺は渋る「幼なじみ」と不安そうな顔の女の子とともに、ムダに長い階段を上がっていくことにした。




