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俺が彼女に告る理由  作者: 本間 甲介
理由その4~夏祭り(メインイベント)~
18/39

決して外さない服装で

 蒸し暑い昼間に比べたら、若干だが涼しみを感じる夕暮れ時。セミの鳴き声がいやにうるさく聞こえる。


 苦難の末にようやく頂上に到達した俺は、そこからまた新たな山へと登ろうとしていた。


「夏祭りに浴衣で来る男ってどう思う?」


 出発まで一時間を切った頃、悩みに悩んだ末に、俺は夏彦に電話で尋ねた。


『え? まあ、個人の自由だと思うけど……』


 いきなりの俺の意味の分からない質問にも関わらず、夏彦は戸惑いつつもそう答えた。


 だが俺の聞きたいことはそこじゃなかった。


「個人的には?」


『まあ、ムカっとするかな』


 こういうところは包み隠さない。夏彦は本音をぶつけた。


『あんなものを着るのは、カッコつけやろうさ。それか私服に自信がなくて、〈言い訳〉するように着ているチキン野郎――』


「ストップ夏彦」


 なにかトラウマスイッチでも踏んだのか、いつもの倍以上声が荒々しかった。


『あ、ごめん。つい興奮して……』


「お、おう……どんまい」


「浴衣で行く」なんて答えたら、絶交を食らいそうなほどの雰囲気を電話越しから感じ取る。こいつ、いったい何があったんだ?


『じゃあどこを待ち合わせにする?』


「……ん?」


 変なことを訊いてくる夏彦。俺は首をかしげた。


『いや、祭りの待ち合わせ場所だよ。僕、駅で待ってようか?』


 夏彦の言葉の意味が分かった。「あー、夏彦。それはな――」


 急に俺がこんなことを尋ねてきたものだから、どうやら夏彦は夏祭りに誘われたと思ってしまったらしい。俺は悪いことをしたなと思いつつ、夏彦に正直に答えた。


『…………』


 温かく祝福してくれる。そう確信して告げた。だが、夏彦は何も言わなかった。


「な、夏彦さん? べ、べつに俺はおまえとの関係を終わらせるつもりはなくてだね……!」


 まるで恋人に言い訳をするように、俺は夏彦をなだめようとした。


『……で』


「デス!?」


『それは浴衣で行くべきだよ!』


 耳がキーンとなる。夏彦はさっきとは真反対のことを言っていた。


「え、だってお前さっきはあんなにアンチ浴衣派だったのに……」


『あくまで〈個人的〉って言っただろ。一将、君は浴衣で行くべきだ。そうすれば、どっちに転んでも失敗はない』


 鬼気迫るとはまさにこういう声なんだろうな。俺の目の前に夏彦がいるかのようだった。


「……でも、ムカつかない?」


 もう一度俺は確認する。ここまで臆病になっているのは、やはり俺も心の底では「男で浴衣はカッコつけ」と思っていたからだろう。


『そんなわけないだろ。着ていくべきさ。僕が保証するよ」


 目頭が熱くなった。夏彦は自分の気持ちを置いておき、俺を応援してくれた。


「ありがとう夏彦……! 俺、頑張るよ」


 浴衣で行く。俺はようやく決心した。


『頑張るって、告白するの?』


「ん、いや……うーん……」


『花火の音をBGMに告白するなんて、ロマンチックだと思うなあ』


「え、うるさくね?」


「…………」


 俺がそう言うと、夏彦は気分を害されたのか、無言となった。


「と、とりあえず、臨機応変にいくぜ!」


 すかさず俺はそう言った。こんなしょうもないことで、友情関係に亀裂を走らせたくはない。 


『うん、頑張ろう! じゃあね』


「ああ、じゃあな。ありがとよ」


 俺は夏彦に礼を言って電話を切った。


「さてと……」


 電車発車までまだ時間はある。


「っしゃ、やるぜ!」


 俺はほっぺを叩いて気合を入れる。そして、昨日朝桐さんと別れた後に買った浴衣を袋から取り出した。


「だせぇな、俺……」


 人に言われて決定するというのは、ひどく情けない。でも、俺はほんのちょっとでも失敗の可能性を減らしたかったのだ。俺は説明書を見ながら、紺色の浴衣きっちりと着た。


「おっ、なかなかいいんじゃね?」 


 鏡の間で着合わせしながら、俺は自画自賛する。夏彦のいうところの「チャラチャラした男」みたいだった。


「……でもまあ、うん」


 ヘタレな自分を少しでも覆い隠せるなら、チャラ男の方がいいかもしれない。俺は浴衣を着ることで、


「積極性」が出てきたような気がした。


「ヘイ母ちゃん! ちょっと出かけてくるゼ!」


 自分の思っているチャラ男のイメージで、母に告げ家を出た。


「あらカズくん」


 斜向いに住む、おばさんが声をかけてくる。


「あ、どうも」


 なんか、冷静になった。俺はチャラ男モードをやめ、頭を下げた。


「お祭り? うちの子も行ったのよお」


「誰とですか!?」


 食い入るような目で、俺は訊いた。おばさんはまったく驚かず、のんびりと答えた。


「同じ部活の子とだったと思うわあ」


「……そうですか」


 俺はほっと一息つく。まーたあいつが俺と朝桐さんの間に、割り込んでくるものかと思ったが、今回は違うようだ。


「あら、もしかしてあの子と行くつもりだったの?」


「いいえまったく全然これっぽっちも違います」


 変な勘ぐりを速攻で否定し、俺はおばさんにもう一度頭を下げて駅へと向かった。

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