読まず嫌いはもったいない
「あ、おかえりなさい」
戻ってくると、朝桐さんは小説から顔を上げた。俺は座り、すぐさま頭を下げた。
「ごめん」
「え、ええ……!?」
何の脈絡もなくいきなり謝る俺に、朝桐さんは戸惑う。俺は心臓を高鳴らせながら、告白した。
「実は俺……そんなに本、読まないんだ」
思った以上に声が出ない。今すぐこの場から立ち去りたかった。
「だから……実はそのラノベもゲームしかやったことなくて……」
言葉にする度に胸が痛む。俺は当初の目的は絶対に達成できないと確信した。
「とにかく、不快な思いをさせてごめん!」
「…………あの」
しばらくして、朝桐さんはそう切り出す。俺は頭を下げたまま、罵倒罵声を覚悟した。
「ありがとうございます」
なぜか、礼を言われた。呆気にとられ、俺は目を丸くして顔を上げた。
「いやありがとうって……俺、だましてたんだよ?」
「そんな、大げさですよ。それより、本当のことを言ってくれたことの方が、嬉しいです」
「……怒ってないの?」
「怒るわけありません。むしろ、わたしの方こそ無理させちゃったみたいで……ごめんなさい!」
朝桐さんは先ほどの俺のように頭を下げる。四月のあの時のことが、フラッシュバックした。
「いやいや! 顔を上げて!」
また、彼女に「謝られて」しまった。俺は心の底から申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「…………」
「…………」
久しぶりに無言になる俺たち。何も喋っていないのに、逆にメガネ男子の視線が痛いほど突き刺さってきた。「空気が重いんだよ」。そう言われているようだった。
「あー、これからはその……知ったかぶりな態度は取らないように……というか、本の話題は絶対に振らないようにするよ」
失敗は取り返せない。俺は今後について朝桐さんに誓った。
「……皆見くん」
力強い声。朝桐さんは俺を見つめてきた。
「それは……違うと思います」
はっきりとした、否定の言葉。朝桐さんは強い意志を持って俺にこう言った。
「わたしは……皆見くんに本を読んでほしいです」
「俺に、本……?」
「はい。たしかに、本が苦手という皆見くんの気持ちは分かります。苦手なことを無理やり押しつけるのも、どうかしていると思います。でもそれでも……わたしは皆見くんに小説の面白さを、知ってほしいと思っています」
ガツンと、頭に隕石が落ちたかのような感覚だった。それほど俺は、彼女の言葉に衝撃を受けた。
こんな、嘘つきの俺なんかのために、感情たっぷり込めて、「自分の好き」を知ってほしいと言ってくれる……。俺は涙を流していた。
「み、皆見くん?」
「な、なんでもない」
俺は涙を拭き取り、朝桐さんをはっきりと見る。そして、
「ありがとう。読むよ、俺」
なんとなく、無意識に敬遠してきた読書。俺はこの日初めて、自分の意志で読書することを決意した。
「――はい! どうぞ」
朝桐さんはテーブルの置かれた「リン告」の小説を、嬉々として重ねて、俺に差し出す。俺はそれを受け取り、貸出カウンターに向かった。
「良かったわね」
眼鏡の男子に代わり、「幼なじみ」が受付に入った。
「……正直って、いいもんだな」
「そりゃそうよ。『正直者は馬鹿を見る。されど馬鹿にはできない』って言うでしょ」
「そんなことわざだっけ? ……その、ありがとな」
今回に関しては間違いなく「幼なじみ」のおかげだ。俺は素直に礼を言った。
「どういたしまして」
にかっと白い歯を見せて「幼なじみ」は笑う。……悔しいが、一瞬ドキッとしてしまった。
「――いくか」
このノリなら、間違いなくいける。俺は「幼なじみ」から本を受け取り、席に戻る。そして、
「朝桐さん。良かったら明日、俺と夏祭り行きませんか?」
噛まずに、小さな声にならずにはっきりと、誘うことができた。
「こちらこそ、よろこん――」
「うるせえぞ一年坊主!」
彼女の返答は、メガネ男子の叫びによってかき消されてしまった。だが、彼女の表情を見て俺は、
「いいやっほおお!」
そんなもん関係なく叫んだ。
これが、俺が彼女に告る三つ目の理由。
そして俺が、図書館を出禁となった理由でもあった――。
ここで「理由その3」は終わりです




