表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺が彼女に告る理由  作者: 本間 甲介
理由その3~夏期補習~
17/39

読まず嫌いはもったいない

「あ、おかえりなさい」


 戻ってくると、朝桐さんは小説から顔を上げた。俺は座り、すぐさま頭を下げた。


「ごめん」


「え、ええ……!?」


 何の脈絡もなくいきなり謝る俺に、朝桐さんは戸惑う。俺は心臓を高鳴らせながら、告白した。


「実は俺……そんなに本、読まないんだ」


 思った以上に声が出ない。今すぐこの場から立ち去りたかった。


「だから……実はそのラノベもゲームしかやったことなくて……」


 言葉にする度に胸が痛む。俺は当初の目的は絶対に達成できないと確信した。


「とにかく、不快な思いをさせてごめん!」



「…………あの」


 しばらくして、朝桐さんはそう切り出す。俺は頭を下げたまま、罵倒罵声を覚悟した。


「ありがとうございます」


 なぜか、礼を言われた。呆気にとられ、俺は目を丸くして顔を上げた。


「いやありがとうって……俺、だましてたんだよ?」


「そんな、大げさですよ。それより、本当のことを言ってくれたことの方が、嬉しいです」


「……怒ってないの?」


「怒るわけありません。むしろ、わたしの方こそ無理させちゃったみたいで……ごめんなさい!」


 朝桐さんは先ほどの俺のように頭を下げる。四月のあの時のことが、フラッシュバックした。


「いやいや! 顔を上げて!」


 また、彼女に「謝られて」しまった。俺は心の底から申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「…………」

「…………」


 久しぶりに無言になる俺たち。何も喋っていないのに、逆にメガネ男子の視線が痛いほど突き刺さってきた。「空気が重いんだよ」。そう言われているようだった。


「あー、これからはその……知ったかぶりな態度は取らないように……というか、本の話題は絶対に振らないようにするよ」


 失敗は取り返せない。俺は今後について朝桐さんに誓った。


「……皆見くん」


 力強い声。朝桐さんは俺を見つめてきた。


「それは……違うと思います」


 はっきりとした、否定の言葉。朝桐さんは強い意志を持って俺にこう言った。


「わたしは……皆見くんに本を読んでほしいです」


「俺に、本……?」


「はい。たしかに、本が苦手という皆見くんの気持ちは分かります。苦手なことを無理やり押しつけるのも、どうかしていると思います。でもそれでも……わたしは皆見くんに小説の面白さを、知ってほしいと思っています」


 ガツンと、頭に隕石が落ちたかのような感覚だった。それほど俺は、彼女の言葉に衝撃を受けた。


 こんな、嘘つきの俺なんかのために、感情たっぷり込めて、「自分の好き」を知ってほしいと言ってくれる……。俺は涙を流していた。


「み、皆見くん?」


「な、なんでもない」


 俺は涙を拭き取り、朝桐さんをはっきりと見る。そして、


「ありがとう。読むよ、俺」


 なんとなく、無意識に敬遠してきた読書。俺はこの日初めて、自分の意志で読書することを決意した。


「――はい! どうぞ」


 朝桐さんはテーブルの置かれた「リン告」の小説を、嬉々として重ねて、俺に差し出す。俺はそれを受け取り、貸出カウンターに向かった。


「良かったわね」


 眼鏡の男子に代わり、「幼なじみ」が受付に入った。


「……正直って、いいもんだな」


「そりゃそうよ。『正直者は馬鹿を見る。されど馬鹿にはできない』って言うでしょ」


「そんなことわざだっけ? ……その、ありがとな」


 今回に関しては間違いなく「幼なじみ」のおかげだ。俺は素直に礼を言った。


「どういたしまして」


 にかっと白い歯を見せて「幼なじみ」は笑う。……悔しいが、一瞬ドキッとしてしまった。


「――いくか」


 このノリなら、間違いなくいける。俺は「幼なじみ」から本を受け取り、席に戻る。そして、


「朝桐さん。良かったら明日、俺と夏祭り行きませんか?」


 噛まずに、小さな声にならずにはっきりと、誘うことができた。


「こちらこそ、よろこん――」


「うるせえぞ一年坊主!」


 彼女の返答は、メガネ男子の叫びによってかき消されてしまった。だが、彼女の表情を見て俺は、


「いいやっほおお!」


 そんなもん関係なく叫んだ。



 これが、俺が彼女に告る三つ目の理由。



 そして俺が、図書館を出禁となった理由でもあった――。


ここで「理由その3」は終わりです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ