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俺が彼女に告る理由  作者: 本間 甲介
理由その3~夏期補習~
16/39

見た目も良くて中身も良い

「ふふふ先生、ついに終わりましたよ!」


 徹夜の甲斐もあって、俺は最後の補習時間を使わず、全課題を終了した。


「ご苦労さん。宿題も頑張れよ」


 補習が始まると同時に課題を提出した俺に、担任は追い打ちをかけてきた。


「はは、そんじゃ……」


 俺はかわいた笑い声を出し、教室を出た。


 全身からどっと力が抜ける。すぐにでも眠りにつけそうだった。


「あ、皆見くん」


 だが俺を呼ぶ声に、俺ははっと意識を保つ。 


「おはようございます」


 さらっとした長い髪をなびかせ、朝桐さんは俺に近づいてきた。


「どうも」


 俺は落ち着いて……いや何も考えられないまま、頭を下げた。


「あの、どうかしましたか?」


 俺の様子がおかしいと思ったのか、朝桐さんは心配そうに声をかける。


「なんでもないよ……うん、なんでもない」

 伸びた爪が手のひらに食い込む。そこから発生する痛みは、俺の意識をぐぐっと戻した。


「じゃあ行きましょう」


 にこりと笑顔を向けてくる朝桐さん。マジなところ、俺は昨日の約束を完全に忘れており、朝桐さんについていく形で図書館に入ったところで、思い出した。


「……」


 将棋でいうところの「詰み」に入ったんじゃないかと思うくらい、俺は追い詰められていた。俺はこのままでは眠りに落ちてしまう自信があった。


「あの、皆見さん。そ、それでですね……あ」


 興奮気味になにか言いかけて、朝桐さんは口に手を当てる。なんだろうと思い、俺はその目線を追いかける。


 カウンター内で、男子生徒がギロリとこちらをにらんできていた。そういえば、昨日もいたような気がする。


 朝桐さんはそおっとカバンの中からノートとボールペンを取り出す。そしてページを開き、何かを書き始めた。


『普段はどういう本を読まれるんですか?』


 きれいな字で、そこにはそう書かれてあった。なるほど、筆談か。たしかにこれなら注意を受けることはない。俺は朝桐さんからノートを受け取り、二行ほど空けて、質問の答えを書こうとした。


「…………」


 ところが俺の手は止まっていた。ちらっと朝桐さんを見ると、すごく期待に満ちた目をしていた。ちょっと待て、やばくねこれ?


 今までも本の話題をすることはあったが、なんとか話を合わせることができた。しかし今回はそうはいかない。この四方八方、本に囲まれた空間で、適当なことを言うのは死に等しい行為だった。


『大丈夫ですか?』


 続けて朝桐さんはノートに書く。俺は軽く首を横に振った。


 このままじゃ俺が本をあまり読まない人間だとバレてしまう。そうなれば、朝桐さんに愛想つかされること間違いない。俺はいまだ寝ぼけた頭をフル回転させ、最善最適な答えを導こうとした。


『面白いと思ったら、なんでも読むよ』


 あいまいかつ、いざという時に「逃げ」が可能な答え方。俺は追求を受ける前に、さらに続けて質問を――。


『なにか、おすすめとかありますか?』


 しようとする前、朝桐さんは俺よりも先に、俺がしようと思っていた質問を書いた。


「うーん……」


 小声でうなり、俺は首を傾げる。何気なく訊いてきたんだろうが、期末テストのどの問題よりも難しかった。


 これはいったい、どう答えるべきなんだろう。俺は聞いたことのある小説のタイトルを、ぱっと思い浮かべてみる。


「こころ」「人間失格」「羅生門」……。どれもメジャーなものばかり。しかも内容はよく知らないし、朝桐さんなら確実に読んだことのあるものばかりだろう。


 冷房が効いているはずなのに、額から汗が流れる。……もう、ダメそうだった。


 小説好きでもないくせに、偉そうにしたのが問題だった。俺は観念し、正直に声に出して謝ろうとした。


「『リン告』が面白いよ」


 ゲームのタイトルを誰かが口にする。そこにいたのは、


「たしか、並んであったと思うから取ってこよっか?」 


 返事を待たず、エプロンをかけた「幼なじみ」は本棚へと向かっていった。


「おまたせ」


 少しして、「幼なじみ」は両手にドサッと文庫本を持ってテーブルに置いた。


「え、これって……」


 なぜ「幼なじみ」がここにいるのか? その疑問はいったん消え去り、俺は置かれた本の表紙を見た。


 一冊につき一人。どの本にも、可愛らしい女の子が描かれていた。制服姿・体操服姿、巫女姿もいれば、なぜか水着姿で描かれてもいた。そしてそのキャラたちは、別の場所で見たことがあった。


「これって、ラノ――」


「ノベライズ出てたの?」


 俺は驚きの声を出し、「幼なじみ」を見た。


 リン告……正式名称『リングで告れ』。一言でいうなら「格ゲー」だ。


 あらすじは「一人の男を巡る女たちのストリートファイト」だ。最初は可愛い女の子のイラストに釣られて始めた。だがやってみるとゲームそのものが面白く、俺はすっかりこのゲームのファンになっていた。


「え、知らなかったの? というか、この小説が原作よ」


「マジで!?」


 さらに俺は驚いた。俺は表紙を見る。ナンバリングは「13」、つまり十三巻は出ているということになる。


「これ、誰が勝つんだ?」


「バカねえ。それを言ったら面白さ半減するでしょ。それに今は――って、これはネタバレになるわね」


 思わせぶりなところで、「幼なじみ」は口をふさぐ。くっ、気になる!


「ま、まあ俺の持ちキャラ、カルカちゃんはかなり頑張ってるだろうな」 


「その子、第一巻だけしか出てこないわよ」


「ば、バカな!?」


「ごほん、ごほん!」


 唐突にネタバレを食らったところで、カウンターの方からわざとらしい咳払いが聞こえてきた。


「あ……じゃ、あたし仕事が残っているから」


 ぎろりと眼鏡ににらまれ、「幼なじみ」は、手を振って立ち去る。信じがたいが、どうやらあいつは図書委員なんていう似合わないものをやっているそうだ


「そういやあいつ、けっこう読むやつだったっけ」


「そうなんですか?」


「うん。たしか小学校の頃、読書感想文で賞もらっていたなあ。だから俺、小五の時、あいつに五百円で代わりに感想文――」


 ぞわっと鳥肌が立った。俺は朝桐さんの存在を忘れていた。


「へ、へえ……そうだったんですか」


 引きつった笑顔。最悪なやり方で、俺の本性がバレてしまった……! 


「……………………」


 パラパラと朝桐さんは『リン告』のページをめくっていく。俺はノートに目を落とした。


 終わった……完全に終わった……! 


『挿絵ばかり見て、ゲームの女の子をわざと負かして楽しむゲス野郎』


 朝桐さんが今俺に抱いているイメージはだいたいそんなところだろう(そもそも小説を読んでいないことがバレてしまった)。


 とにかく、俺は朝桐さんの期待を裏切った。時代が時代なら切腹ものだ。


「朝桐さん。実は……俺」


 蔑まされる覚悟で、俺は洗いざらいぶちまけようとした。



「すごく……面白そうです!」



「え?」


 蔑むどころか、目を輝かせていた。


「皆見くん、ありがとうございます。さっそく読んでみますね」


「え、あ……はい」


 朝桐さんは俺のことなど眼中なしといった具合に、ブルマな女の子が表紙の小説を、真剣な目で読み進めていく。


「あ、ちょっとお手洗いに」


 一応そう言って、俺は席を立つ。そして、「幼なじみ」のところへ向かった。


「ん? どうしたの?」


 隅っこの本棚に、本を戻しながら、「幼なじみ」は俺に訊く。


「どうしたのは俺のセリフだ。おまえ、なにやってんの?」


「なにって、図書委員の仕事だけど?」


「そうじゃなくて、あれだよあれ。お前なに勧めちゃってんだよ」


 俺はさっきの小説を一冊持ってきて、「幼なじみ」に見せる。


「ああ。もったいないわよね。入荷してからまだ二、三人しか読んでいないみたいなのよねえ。高校生になったら、やっぱりラノベを借りるのは恥ずかしいのかしら」


「そこじゃねえよ。お前のせいで、朝桐さんに変な誤解を受けただろうが!」


「誤解?」


「俺がこれを熟読しているムッツリスケベだって思われたことだよ!」


「事実でしょ?」


「読んだことねえよ!」


 決して偉そうに言えることではない。「幼なじみ」は大きなため息をついた。


「あんたさあ、そうやってカッコつけるのやめなよ。逆にかっこ悪いよ」


「幼なじみ」は呆れた顔で俺を見る。


「普段本を読まないあんたが読書家の透子っちに本を勧められるわけないでしょ。あたしが来なかったら、絶対にボロ出してたわよ」


「ぬ、ぐぐぐ!」


 悔しいが反論の余地がなかった。認めたくないが、俺はこいつに助けられた……。


「で、でもよ……」


 意地になって、俺はなんとか声を出す。いつの間にか「幼なじみ」は作業を止め、俺の話を聞こうとしてくれていた。


「もっと他にあったんじゃね? 同じラノベでも、もっと硬派な感じの」


「最近のラノベの表紙は、だいたいあんな感じよ」


「え、そうなの?」


「なんだかんだで世の中見た目が大事だもの。それに、あたしがあれを勧めたのは決してあんたを茶化すためだけじゃないわ」


 そう言って「幼なじみ」は、俺にそのラノベを返す。


「ちゃんと中身も面白いから、あんたも読んでみなさいよ」


 無駄にいい笑顔で、「幼なじみ」は俺にそう言った。

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