食べる姿も
「お腹すいたー」
映画館を出てすぐ、「幼なじみ」はお腹をおさえた。俺はいったん映画のことは横に置き、次なる計画へ移ることにした。
「この上に美味しいパスタ屋があるんだ。行こう!」
ネットで事前に調べた限りだと、そこのパスタは種類豊富で味もよく、なにより「おしゃれ」な内装だった。
「あ、いいです……」
「えー、パスタじゃお腹ふくれないって」
またもや「幼なじみ」は邪魔をしてくる。だが、それも対策済みだ。
「みんなお前と一緒にするなよ。ねえ朝桐さん」
民主主義に則り、多数決ならば文句は言わないだろう。俺は朝桐さんに同意を求めた。
「あ、えっと……」
「透子っち。自分の気持ち、はっきり言お?」
肩に手を置き、「幼なじみ」は朝桐さんに優しく声をかける。朝桐さんはちらっと俺を見上げ、
「……あの、皆見くん……ごめんなさい。わたし……ラーメンが食べたいです」
申し訳なさそうな声で、そう言った。
「え、ラーメン……?」
思わぬ食べ物の名前に、俺は思わず聞き返してしまった。
「あ、いえパスタが嫌というわけじゃないんです。ただ、今日はその、ラーメンを食べたい気分で……」
「あんたは知らないだろうけど、透子っちはあたしよりも食べる子よ」
「ちょっ、ちょっと!」
自慢げに言う「幼なじみ」を、朝桐さんは顔を赤くして止める。俺の見たことのない表情だった。
「あんただって本当はラーメン食べたいんでしょ? カッコつけなくていいわよ」
「べ、べつにカッコつけてるわけじゃねえよ。 分かった、ラーメンにしよう」
図星を突かれたことを誤魔化すように、俺はその提案を受け入れることにした。
「――ありがとうございます!」
朝桐さんの声に張りが戻る。よほどラーメンを食べたかったのだろう。
「じゃ、行こっか!」
「上に行くんじゃないのか?」
「おすすめがあるのよ。ほら、急いで急いで!」
「幼なじみ」は嬉しそうに歩き出す。朝桐さんも同じように続いて歩く。
「くっ……」
主導権を取られてしまったことに、苛立ちを覚える。俺は色々と狂わせる「幼なじみ」の背中を、憎々しげに見ながらあとに続いた。
「おじちゃん、替え玉バリカタでー」
「あ、わたしは粉落としで」
ラーメンをすする音が大半を占める店内。厨房前のカウンターに座っていた女子二人は、替え玉を頼んだ。
「あれ? あんたまだ食べてるの? 遅いわね」
「…………」
「早く食べないと冷めるわよ。あ、きたきた!」
「いただきます」
すぐに食べ始める「幼なじみ」とは違い、朝桐さんはちゃんと手を合わせてから食べ始めた。
ズズーズズーと激しく音を鳴らしながら食べる「幼なじみ」。スースススーと静かに食べる朝桐さん。
対象的に見える二人だが、共通しているところもあった。
「もう一杯!」
「あ、わたしも……」
二人とも、食べるのが信じられないくらい早く、あっという間に替え玉を三回していた。
夢でも見ているのだろうか? 俺は隣りに座る朝桐さんを、ぽかんとした顔で見た。
「幼なじみ」に合わせ、無理してラーメンを食べたいと言ったものかと思っていた。そもそも、ラーメンは頼まず小ライスだけを食べるものかと思っていた。それほど、俺は朝桐さんとラーメンを結びつけることができなかった。
意外な一面……というより、俺はまだ全然朝桐さんのことを知らなかったのだと、改めて気づかされた。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
負けじと俺が一回目の替え玉を頼もうとした時、二人は食事を終えていた。
「ねえ、透子っちはどこが好き?」
「好き」という単語に、俺は過剰に反応してしまった。
「えっと、普段はクールだけど、情に厚いところかな」
「分かる! 超かっこよかったよね!」
「はい! とても同じ高校生とは思えません!」
二人はガールズトークに花を咲かせる。映画の話と分かっていたが、もやもやした。
「いや、俺は主人公より敵のボスのおっさんの方が」
「皆見さん、伸びる前に早く食べたほうがいいですよ?」
「……はい」
会話に入り込もうとしたが、朝桐さんに止められた。俺は二人の話に聞き耳を立てながら、ラーメンをすすっていった。横目でちらっと見えた朝桐さんの笑顔は、とてもまぶしいものだった。




