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暴力はいけない、だから彼女のそれは優しい復讐だ。

作者: 星咲 航

 僕こと、柳楽裕哉は戦慄していた。進学校とは言いがたいこの古月東高等学校の一室、帰りのホームルームの時間、2年3組の教室で拾った模擬試験の成績表、僕の瞳が映す、その数字に。


 「返して」


 前から聞こえた声にびくりとしていると、僕の手から成績表は取り上げられてしまった。成績表の代わりに、僕の目に映るのは一人の女生徒だ。名前を西園空。長く艶やかな黒髪、一点の曇りもない白い肌、ぱっちりとした二重にすっとした鼻筋、容姿だけなら校内一だ。


 「放課後、話があるから教室に残ってて」


 周りの生徒がこちらを見てこそこそと内緒話をしている。まずいことになったな、と思った。


 「先生、お腹が痛いのでトイレに行ってきます」


 担任の教師がそうか、と言う前に僕は教室を飛び出した。どうしたものか。


 西園空はいじめられている。なぜ校内一の美少女が、と思うだろうが、事実だ。実際、誰も彼女には話しかけないし、酷いやつは彼女に暴力を振るったとも聞く。止めようとしない時点で僕も同罪ではあるが。


 では、なぜ彼女がいじめられているのか、理由としてはまず、誰に対しても素っ気ない、というか愛想、みたいなものが全くない。次に、彼女は簡単に言ってしまえば何も出来ない、ということが1年生の一学期のうちに発覚したのだ。テストでは色々と回答を書いてはいるが一桁の点数を取ることもしばしば、スポーツでは動きが要領を得ずまともに動けない。もし例え、勉強が出来ず、運動も出来ないとしてもいじめられる事は無いだろう。


 しかし、先の性格と彼女の容姿が災いした。もっと正確に言えば、何も出来ないのに、容姿だけでお高くとまっている、と初めは他の女生徒に思われて、それが校内全体に広がっていったという感じだ。

 そうして付いたあだ名が空っぽ。何も出来ず、顔だけで中身がないと言うのと彼女の名前を掛けているのだろう。誰が言い出したか分からないが、最悪なセンスだ。


 ただ、今の僕が立たされている状況も最悪だ。彼女と関わりを持ってしまった。なんとかしないと僕もいじめられるかもしれない。


 そんな事を考えて廊下を歩いていると、帰りのチャイムが鳴り響く。


 これだ、と思った。このまま隠れて西園を含めた生徒が帰ってから教室に戻ればいい。それまではトイレの個室にいればまあ、先生にも言い訳が出来る。

 どれくらい経っただろうか。そう思ってトイレから出てみると、校内は静まりかえっていて、いつもは談笑の聞こえる廊下は、そんなもの見る影もなく寂れているように見える。夕日に照らされて、薄暗い廊下を歩いて、教室にたどり着き、ドアを開ける。


 開けてから、しまった、と思う。僕の他にもう一人いる。僕の前の席に座る、長い黒髪の生徒。彼女はこちらに気付き、言う。


 「遅かったわね」


 周りには他に誰かいる感じはない。答えるべきか迷って、自分の席に掛けられた鞄に近づいて、結局僕は口を開く。


 「そうだな。それじゃあまた明日」

 「待ちなさい、話があると言ったでしょう」


 早々に立ち去ろうとする僕を彼女の凜と張り詰めた声が止める。


 「私の模試の成績表、見たでしょ」


 彼女の大きな二つの瞳が僕を捉える。


 「ああ。1位。全国1位だったな。驚いたよ。本当に。カンニング、したわけじゃないんだよな?」


 僕自身、自分の目を疑ったけれどそこには確かに1と印刷されていた。


 「当たり前でしょう」

 彼女は少し、怒っているように思えた。 


 「それで、話ってのはその、西園の成績と関係あるのかよ」

 僕らの間を緊張が支配する。


 「半分は、ね」


 彼女は相変わらずの鋭い目つきで僕を捉えている。

 「柳楽君は、この事を言いふらしたりするのかしら」


 そう言った彼女の目は明らかに僕を睨んでいて、僕は危機感を覚える。


 「し、しない。絶対に」

 「そう、ならいいわ」


 彼女の表情が和らぐ。良かった。


 「なら、私のお願いを聞いてくれるかしら」


 全然良くなかった。


 「嫌だ。なんで僕が西園のお願いなんて聞かなくちゃならないんだ」

 「拒否するなら、私にも考えがある。とりあえず明日からみんなの前でお喋りでもしようかしら。私から、一方的に」

 「・・・聞くだけ聞くよ」


 僕がそう言うと、彼女は少しだけ笑った。


 「簡単な事よ。仲間になってくれればいいの」

 「は?仲間?」

 「仲間と言っても協力者みたいなものよ。具体的にたまに、こうして、二人きりで私の話し相手になってくれればいいの」


 なるほど。いじめられている彼女からすれば、話す相手がいないというのは確かにつらい事だろう。間接的にいじめているような僕でも、彼女を少しでも救えるならそれくらいは叶えてあげたい。自己満足であっても。


 「ああ、いいよ。分かった。でも、仲間とか協力者ってなんだかしっくりこないな。それだと西園が何か企んでいて、僕がそれに荷担するみたいだ」


 僕がそう伝えると、西園はきょとんとして言った。


 「柳楽君ってすごいのね。びっくりした」


 何を言っているんだろう。そう疑問に思った僕が言葉を発するよりも早く、発せられた彼女の次の言葉に、僕は言葉を失う事となる。


 「仲間、で間違いないわ。復讐の、ね」


 復讐、あまり気持ちのいいとは言えない単語を、しかし彼女は今まで見たことがないくらい可愛らしい笑顔で言った。その可愛らしさがあまりに異様で、背筋が凍る。


 「復讐って・・・誰かを殴るとか、か?まさか、殺すとか・・・いや、誰か、じゃなくて全員・・・か?」

 殆ど独り言のように言ったそれに、彼女はくすり、と笑う。


 「漫画の見過ぎじゃない?そんなことしたら犯罪者になっちゃうじゃない。暴力はいけないわ」

 あまりの正論に何も言い返せない。それどころか恥ずかしくすらあった。


 「柳楽君は、私が勉強できないと思ってた?」

 嬉しそうに弾む声で、彼女が訊く。

 「まあ、な」

 言いにくそうに答える僕を見て、彼女は笑って言う。

 「そうでしょうね。実際出来なかったわ。こんな偏差値の低いところに来るくらいだもの」

 なんだか楽しそうだ。


 「何をしたんだ」

 僕が尋ねると、彼女は笑うのをやめて、真剣な表情で言った。


 「したのよ。努力ってものを。生まれて初めて」

 「・・・すごいな」

 彼女はあはは、とこれまで僕がきた中で一番盛大に笑った。


 「柳楽君、面白いわね。気に入ったわ。だから、今から少し、私のお喋りを聞いてちょうだい。言ってみれば一番最初の協力よ」

 協力、彼女のお願いのことだろう。僕がああ、言うと、彼女は窓の方を見て話し出した。


 「私、自分でも結構可愛い顔をしていると思うし、そのこともあって周りの人からもてはやされてたの。でも、中学の頃にね、それを気持ち悪いと思った。私に寄ってくる人が見てるのは私の外見に寄ってきているのだって気付いた。きっかけは簡単なこと。ある日、私はクラスの子とケンカをしたの。今思えば間違っているのはあたしの方だったのは明らかだった。でも他の子達は私を味方して、その子を悪者にした。この人達は私の中身なんて関係ないのだと思ったわ。気持ち悪いと思った」


 僕は何を言ったらいいか分からなかった。


 「じゃあ、ここで嫌われるような態度を取ったのは、中学の頃みたいにならないようにするため・・・」

 「そうよ。でもね、いくらいじめられることを覚悟していても、つらいのよ。殴られれば痛いし、誹られればつらいの」

 「だから、復讐するのか」

 「そうよ」

 「どうやって・・・?」


 彼女はにやりと、子供がいたずらをするように笑って言う。


 「卒業するまでに、誰もが憧れるような人間になって、そうして言ってやるの。"お前達の見下していた空っぽは、実はこんなにすごい人間だったのよ。私の中身を知ろうとしなかったお前らが本当の空っぽだったんだ。"ってね。そうすれば、もしかしたら、ここの人達は他人を知ろうとしてくれるかもしれないでしょう?外見だとか、評判に左右されずに、自分の判断で人を見るようになるかもしれない。そうまで行かなくても、悔しがる姿を見れれば、私は満足よ」


 なるほど、それは確かに・・・

 「優しい復讐・・・だな。本当に」

 「でしょう?」

 彼女は嬉しそうだ。それはもう、褒められた子供みたいに。


 「ああ、西園は、お前をいじめているやつにまで優しい。僕だったら、自分を殴ったり、誹ったりするやつに、他人を知ろうとするなんてすごい奴になれるような機会を与えよう何て思えないよ」

 彼女は、満足そうに僕を見ている。


 僕はもう、彼女を恐ろしいとは思わない。近寄らないなんてことは出来ない。彼女の言う復讐が果たされるのは卒業式の日だ。まだあと2年近くある。その間、彼女はいじめられ続けるだろう。そんなのは・・・


 ごくり、と自分が息をのむ音を聞いて、僕は沸き上がってきた感情を、言葉にする。彼女、西園空という復讐者を見定めて。


 「僕は、西園に復讐された最初の一人だ」


 西園は、不思議そうに僕を窺っている。


 「僕はまだ空のことをよく知らないけれど、それでも僕は協力者として、いや、友達として、君の復讐を実現させる」


 空は呆然と立ち尽くしている。何が起こったか分からない、といった感じだろうか。


 「空、聞こえてるか・・・?」


 僕が名前を呼ぶのと同時に彼女の頬を涙が伝う。


 「友達なんてできたのいつぶりだろう・・・」


 その声は震えていたけれど、僕は誰も知らない彼女のことをしれた気がして、少し嬉しく思う。


 「さあ、一緒に帰ろう」


 僕がそう言うと、彼女はとても眩しい笑顔をしていた。


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