6.さすが人生の大抵の事は金で解決して来たタイプの人種
しかしまだ本編は始まらない
ソファで眠る大神未輪を眺めながらお茶を啜る。何時もより多めに入れた砂糖が丁度良く、どれだけ体が疲労していたのか今更ながら自覚する。
洋館の一階は食堂やキッチン等の共同スペースだったのでひとまず居間のソファに大神未輪を寝かせて、もっときちんと休める場所、もしくは毛布類を探しに二班に別れて館を探索する事にした。人の家で無作法だとは思うのだが、呼べど暮らせど奥に引っ込んでいってしまった灰髪の男どころか誰一人として許可を取れる人間が出て来ないので仕方がない。そもそも一階を好きにして良いと言ったのは灰髪の男本人である。ならば、使える物は好きに使って何か消耗すれば後で金銭で補填すれば良いという話になった。
漫画やアニメならメンバーに一人は金持ちキャラがいてこんな展開になったりするが、私達が通う学園は幼稚園からの一貫金持ち学校なので学内の7割方はその金持ちキャラなのである。
さすが人生の大抵の事は金で解決して来たタイプの人種、話が早くて非常に助かる。
勿論その筆頭は私だが。
因みに残り2割は一般富裕層、更に残り1割はスポーツや学力の奨学金特待生である。大神未輪もこの奨学金特待生に入る。
確か彼女の家は実父から十分な養育費や生前贈与を受けているのでどちらかと言えば一般富裕層に入るはずだが、奨学金特待生の方がより乙女ゲームヒロインらしいと言うことだろうか。
…恐ろしく電波な事を考えてしまった。この話はもうやめよう。
男子生徒二人分の上着―東大と男子生徒Cの物だ―を毛布代わりに掛けられている大神未輪はその小柄な身体をソファにすっぽりと預け、昏々と眠りに落ちている。血の気の失せた白い肌にそこだけを刷毛で塗ったかのような赤い唇。胸がゆっくり上下していなければ死に化粧をした死体かと思ったかも知れない。
隣のソファの様子を伺いながら大神未輪に近寄り、その小ぶりな頭に潰されている、髪を縛るリボンを救出する。
誰かの手作りの様な二組のリボンの皺を簡単に伸ばすとソファの背に並んで引っ掛けておく。
「んんぅ」
幽かな唸り声がその赤い口から漏れる。リボン外したために解かれた髪が彼女の顔にかかり、それが気に障るらしい、指先で適当に髪を払いながらその額に触れる、手のひらに伝わる熱は酷く熱い。
朝にはケロリとした顔で起き出すはずだと知っていても不安になるぐらいだ。
いや、いくらゲームと同じ展開だからと、本当に彼女が元気になるとは限らないのでは?屋外では無いとはいえ、こんな場所で一晩休んだからといってこんなに弱っている人間の体が本当に回復するだろうか?
医者に見せる事も出来ない、薬も無い状態で。灰髪の男に言った言葉じゃないが、このままでは本当に死んでしまうかも知れない。ゲームではどうしていた?そうだ、だんだんと思い出してきた。確か解熱剤を飲ませて貰ったのだ。あの薬はどこで手に入る?
(駄目だわ。肝心な所が思い出せないじゃない)
土台無理な話なのだ。ゲームの中の出来事は全て主人公の視点からしか語られていない。つまり倒れて寝ている大神未輪にとって『今』 はゲームの裏側の話なのだ。
(今ここで貴方に死なれるわけにはいかないのよ)
このゲームの主人公は彼女だ、彼女が居なければ立ち行かないように出来ている。彼女のゲームオーバーはそのままつまり、わたし達のゲームオーバーをも意味しているのだ。
ゲームの進行どうり進んで欲しいなら私はゲームの登場人物らしく行動するべきだ。ゲームの繕林永環ならどんなふうに行動する?何も知らないままの繕林永環ならどう行動する?
…難しく考える必要など無い。
何を知ろうと知らなくとも私がクラスメイト(大神未輪)に死んで欲しいと思うはず無いのだ。私がしたい行動をとれば良い。
私はそう結論付けて大神未輪の側から立ち上がると居間に併設されているバーカウンタ-へと近づいた。
さっきまで飲んでいたお茶もこのバーカウンタ-で煎れたものだ。この館は個人の邸宅と言うには些か設備一つ一つが大きすぎる。私が実際に見て回ったのは居間と食堂と台所だけだが一体どれだけの人数で利用する事を想定されているのかそのでれもが非常に巨大だった。おそらく元々ホテルか何かだった物を個人の邸宅に改装したのであろう、そういえばゲーム内でもそんな記述があったような気がする。
ホテルのラウンジのような-と言うより実際そうだったのだろう-バーカウンタに近づくと手に付いた所からドアを空けて行く。利用するものもいないのか棚の中には殆ど空だった。
離れてみるとアルコールの瓶が並んだ豪勢なバーラウンジだが瓶の中味も空っぽで、その殆どが埃を被っている。張りぼてのゲーム背景のようだった。
先程淹れたお茶の茶葉が綺麗な状態だったのは誰かが何時もここでお茶を煎れているためだろう。勿論その誰かとは、一人しか居ないのだが。
と、考えていた瞬間その誰かがドアから顔を覗かせた。
「ここにいたのか」