4.ジャージでくればよかった
結構気温は高いけど時期的にまだ冬服を着なくてはいけない、そんな季節設定で書いています。
森の中を女子生徒Aこと神倉の示す方角を真っ直ぐに進む。なるべく日が落ちきる前にたどり着きたいがいかんせん此方の装備はローファーに制服のスカートである。背負った鞄の中には寺の体験授業で使ったジャージがまだ入っている、タイツが引っかからないように気を付けながら歩いているといい加減そちらに履き替えるかと本気で思い始めた頃、神倉が「ジャージでくればよかった」とポツリとこぼした。
確かに彼女のハイソックスも剥き出しになった膝を傷つけそうで見ているとハラハラする。
「同感だわ、今からも履き替える?」
独り言に相づちを打たれ驚いたように神倉が振り向いた、隣を歩いているのだから声をかけただけでそこまで驚かなくてもよいと思う。
「…いや、やめとく」
暫くじとりとこちらに視線を向けていたがそれ以上何も言わない私に飽いたのか、それだけ言ってまた前を向いて歩き始めた。
さっき気づいたのだが私は基本的にその人のイベントに遭遇しないと他のメンバーがどんなキャラクターだったか思い出せないようだ。勿論基本的なことはクラスメイトなのだがら知っているわけだが、ゲーム内で今後どんな展開を起こすのかを一切思い出せないため、早急に他のメンバーのイベントに遭遇しておく必要が出てきた。気が乗らないがしばらくは大神未輪の傍にいてほかのメンバーの動向に気を配らなければいけないだろう。
私は斜め前を歩く神倉を眺めながらゲーム説明書についていた彼女の紹介文を思い出していた。
神倉千穂
主人公の親友、少々おせっかいな所もあるがいつも主人公をサポートしてくれる
イケメン女子
そんなことはわざわざ思い出すまでもなくクラスメイトなのだから最初から知っている。問題は彼女が攻略キャラでもなく確固たるサポートキャラだということだ。
このゲームはエンディングしだいで生き残れるキャラクターが変わってくるのだがその中で確実に生還できるキャラが彼女なのである。もちろんバットエンドなら主人公もろとも死んでしまうわけだがそうなってしまえば他のメンバーだって生還できまい。
更に言えばサポートキャラであるはずにも関わらず彼女は結構矢面に立って戦うポジション、かつ正義感の強いキャラなので守ってはくれないかもしれないが少なくとも盾にされることは無い。つまり彼女の傍は確定的な安全ポジションなのである。よしずっと彼女の傍にいよう。
「何で着いてきたんだ?」
体感的には随分長く、実際には数分程度歩いたろう頃、神倉がポツリと呟いた。
どうしよう、言葉に棘がある。嫌われている気がする。彼女の傍にいるのは難しいかもしれない。
「一人で行くより二人組で行く方が安全でしょう?」
「この先に行くのを嫌がってたじゃないか」
(今も嫌よ)
とは流石に言えないが、変わりに別の事を言う。
「大神さんをあのまま歩かせてたら山を降りるまでに倒れていたわ。50キロの荷物を担いで降りるより多少時間がかかっても自力で降りて貰った方がよいでしょう」
友人を大きな荷物扱いされて大神が隠しもせず顔をしかめる。
嘘だった。
選択肢画面が脳裏をよぎった時に思い出したのだ。
大神未輪が自力で山を降りようとすればまっているエンディングはデッドエンド。
どんな死に方をするのかは知らない。ただ詳しい描写も無くニューステロップで大神未輪の死体が発見されたと報道されるだけ。勿論絶対にゲームと同じ展開になるとは限らないし、したくもない。しかし今皆で山を降りたとして、どんな展開が私達に降りかかるかは全く予想が着かない、何が起これば正解で何が起こらなければ不正解か分からないのだ。初見殺しのゲームに自分やクラスメイトの命はかけられるほど私は豪胆でも無謀でもない。
「貴方なら未輪を置いてでも下山するかと思ったよ」
どんな人間だと思われているのだ。
「そうすれば良かったわ」
此方を見つめる神倉の目から視線を外し、私は言った。
「そうすればこんな事にはならなかったのに」
神倉は、すっと私から目をそらすとまた前を向き「同感だ」とポツリと呟いた。