3.辛いのならもっと早く言ってくれれば良かったのに
こちらを見る大神未輪の瞳を見つめて私は言った。
「どうしたんだ?」
東大が驚いたようにこちらを見る。
私は大神未輪に近づいて手の甲を額に触れさせる。
「!?」
大神未輪が潤んだ瞳のままこちらを見上げた。
うっすらと開いた唇は何時もより紅い。
「熱があるわ。この状態で山道を下るのは無理ね」
手を離すと東大に視線を向けて言う。
「どこか休める場所を探しましょう」
「ええっと、でも大神さんはどうするの?あんまり歩かせるのは良くないんじゃない?」
「じゃあ大神はここで休ませて他の皆で探そうか」
男子生徒Aの言葉に大神未輪はふにゃふにゃと不明瞭な言葉を発する。
「大丈夫じゃないだろう、辛いのならもっと早く言ってくれれば良かったのに」
女子生徒Aが大神未輪を支えながら言葉をかける。自分が原因だから気まずくて黙っていたのかと思っていたが、もとより喋る事自体難しかったようだ。
「私は光っていた所が気になるからちょっと先に行って様子を見てくるよ、皆は休めそうな場所が無いか探しながらゆっくり来て」
そういって女子生徒Aは森の中、彼女が見たという光るものの方向を指差した。
「神倉さん、それは危ない」
「大丈夫、そんなに離れてないしあっちの方角だから多分この道を進んだ先にあると思うんだ。」
咎めるような男子生徒Bの言葉を遮って女子生徒Aがたたみかける。夕闇が迫る森の中、道ですらない場所を一人で先行するのは確かにはぐれる可能性も怪我をする危険性も高い。それにも関わらずそう提案してくるとは、よほど自分が見たものが気になるらしい。
「私も行くわ」
「繕林さん?」
女子生徒Aが訝しげな声をあげる。
私は鞄のポケットから携帯を取り出してボタンを押してライトを点灯させた。
「薄暗い森の中なら多少離れていても明かりは届くでしょう。これで何かあったときのためにサインを決めておきましょう」
「サイン?」
「互いに光が見えなくなる場所まで遠くには行かない、何かあったら光のサインで知らせる」
「あまり遠くまで行けなく無いかい?」
「逆に遠くには行かないほうがいい、暗い森の中で姿が見えなくなるまで離れたらそれだけではぐれる確率が増すだろう?」
男子生徒Aの言葉に東大が替わりに答える。以外に山の知識がある辺り山登りの趣味でも有るのかもしれない。
「じゃあこうしよう、私と繕林さんは光っていた場所を見てくる、東大と羽黒はこのあたりで休める場所を探す。大神は唐と一緒にここで待って何かあったら携帯の光で知らせて」
女子生徒Aが私と自分、男子生徒Cと東大、大神未輪と男子生徒Aを順番に指差し役割を決めていく。
私と女子生徒Aはともかく大神未輪は一人置いていく訳にはいかないし、かといって宛てもわからないのに歩かせるのも無理がある。男子生徒Aは小柄であまり運動が得意ではなさそうだからこの役割分担は順当といえるのかもしれない。
少なくとも皆はこの分担に異論は無いらしい。
「サインはどんなのにする?」
「サインっていうとモールス信号みたいな奴か?」
「モールス信号?」
男子生徒Cの言葉に男子生徒Aが聞き返す。
「モールス信号っていうのは短点と長点の組み合わせで単語を送る暗号みたいなものだよ、でもちょっと複雑だからもっと簡単なものにしよう」
「そうだな…じゃあ縦で肯定、横で否定でどうだい?」
女子生徒Aが手を縦横に大きくふって見せる。
「否定と肯定?」
「意味の幅が広い方が応用が効きそうだろう」
「じゃあ後は・・・これでGo aheadぐらいあればいいかしら」
私は持っていた携帯でくるくると大きく円を描いた。
「どういう意味?」
男子生徒Aが自分の携帯を同じように振りながら聞く、私に替わりに東大が口を開いた。
「無線機とかの片通話方式とかで使う発信終了の合図だよ、言いたいことが終わったらドーゾーって言うの映画とかで見たことない?あれは向こうとこちら、片方からしか一度に発信が出ないからこっちの言いたいことは終わったからそっちの発信にしていいよっていう合図なんだよ」
「とりあえず今は否定で【こっちに来るな】肯定で【こっちに来て】で良いんじゃないかな。ドーゾーをサインの開始と終わりに入れればサインとそうじゃ無い時の区別が付いて良いかな」
大神未輪を除く全員が携帯をぐるぐる振り回すという面白い光景の中、神倉が言った。
「Go aheadを出したら相手も同じ様にに明かりを回してくれたらサインを出すタイミングが分かって良いと思うわ」
「Go aheadでもドーゾーでもどっちでもいいけど、じゃぁいまの所はそれでいいか、なにか見つかったらサインを送るから唐は神倉さんたちに中継してくれ」
東大が男子生徒Aに声をかける。
「じゃあ行ってくるよ唐、未輪をよろしく頼むね」
「うっうん、気を着けてね」
「じゃあ僕達も行くか」
「神倉さんたちも気をつけてー」
「そっちも気を着けてね、怪我なんてされて足手まといが増えたら困るもの」
東大と男子生徒Cは苦笑いをしながら森の中へ入っていった。