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7.つながる繋がり

 疑うことしか知らなかったサヤカが、初めて知った「信じる心」。

 その涙は希望を引き寄せる原動力になるか?

 涙も気持ちも落ち着いた頃合で、湊さんが離れる。

「さて、落ち着いたかい?」

 手拭から目を離して顔を窺うと、眼差しには母性が溢れていた。

「は、はい……。もう大丈夫です」

 少し気恥ずかしさを感じて俯くが、前みたいな自分を卑下する感情はなかった。

 すると湊さんが大仕事をやってのけたかの如く溜息を吐き出して、後ろに手を着き背中を大きくのけぞらせた。

「お節介なおばちゃんでごめんね。どうしても助けたくなっちゃって……」

 顔だけ私に戻すと、ちょっと疲れた笑顔を向けて語りかけてくる。

「なぁにが助けたくなっちゃって、だよ。母ちゃん、絶対に好奇心じゃ……」

――パァンッ

「いってぇ!!」

 こうなることは分かっているのに、友彦さんは余計な一言を口走り、湊さんから素早くはたかれる。

 友彦さんはドMなのかな?

 というよりも、湊さんもその体勢からどうやって右手ではたいたんだろう……?

 しかも目にも留まらぬ速さで……。

 目の前で繰り広げられるお笑い芸人のようなやり取りに、思わずくすりとしてしまう。

「よし、その笑顔なら大丈夫かな?」

 そう言って湊さんが未だに悶えているおじさんを横目に立ち上がり、腰に手を当て満足そうに私を見下ろす。

「は、はい、ありがとうございま……」

 そして、見上げた私は気付く。

 天井の色が明らかに違うことに……。

 さっきまでの明るく楽しげな表情は、目的を思い出して一気に暗く曇り出す。

「湊さん……」

 名前を呼んで一呼吸を置いた。

「どうしたの?」

 私の表情には気づいていないのか、微笑んだまま言葉を返してくる湊さん。

「今って、何時ですか……?」

 それは本当に、純粋に、流れるように口から出てきた。

「あぁ、何時という言い方は恐らくできないけど」

 おばさんは気にもしないで少し考える様にしてから紡ぐ。

「夕方から夜へは変わってきてるね」

「やばいじゃないですか!?」

 もう心は焦ること以外考えられなかった。

 王城はもうすぐ閉まると、出会った時点で湊さん達は言っていたのだ。

 どの位経ったのか定かではない。

 でも、天井の色が分からなくなる位には日が落ち、冷やりとした風が部屋の中に吹き抜けるくらいには時間が経っていた。

「沙恵に会わないと……!」

 焦って布団を勢いよく剥ぎ、障子に倒れそうになりながら突進する。

「おっと」

 しかし、いつの間にか復活していた友彦さんにあっさりと担がれてしまった。

「ちょっ! 離してくださいよ! 行かないと!! 沙恵に会わないといけないんです!!」

「いてて……分かっているさ」

「じゃあ放してください!!」

 じたばたと肩の上でもがくけど、友彦さんから逃れることはできそうになかった。

「よっ!」

「んぶっ!」

 と、両頬を急に両手で挟まれた。

 目の前に湊さんの真顔が迫っている。

「落ち着いて聞いて彩夏ちゃん」

 お腹に響く声で私をたしなめる。

「焦るのも分かるけど、ここから先はあなたが独りで歩ける時間じゃないの」

 諦めてと言わんばかりの強い口調で、何故なのかを答えていく。

「今日の夕方に変な輩に絡まれたでしょう?」

 それを思い出すだけで背筋に悪寒が走るけど、私は唇を引き締めてゆっくりと頷いた。

「そんな連中がうじゃうじゃいるって言ったら、歩きたいと思う?」

「えっ……?」

(あんなのが、たくさん……?)

 瞬間、身体から力が抜けていく。

「無理矢理引き留めはしないけど、そんなことになったら、元の世界にも帰れなくなるんじゃないかな?」

「……!!」

 とどめの一言で、私は逃げる気を失った。友彦さんが理解したかの如く、ゆっくりと赤子を扱うかのように、私を布団に降ろす。

(それじゃあ、私はどうすればいいの……?)

 今度は違う意味で泣きそうになった。

 このままだと沙恵に会うことができない。

 折角招待してくれたのに、その約束を不意にすることになってしまう。

 焦る気持ちは抑えられない。

 でも、鎌足夫妻の忠告の意味を分からないほど馬鹿でもない。

 頭はもう揺れる静と動で一杯だ。

「まぁまぁ、気持ちは分からんでもないけど、何でこんなに落ち着いているかを考えてちょうだいね」

「へっ……?」

 突然の湊さんの質問に、思考は完全にフリーズした。

「いえ、全然分からないんですけど……」

「はははは! まぁ、だろうな!」

 更に友彦さんが大きな口を開けて大笑いする。

「な、なんなんです……?」

 二人の思考の迷宮に陥れられ、ますます抜け出せなくなっていると、友彦さんがあっさりと手の内を明かしてくれた。

「彩夏ちゃん、何で俺が後から入ってきていたと思う?」

「えっ? えぇっと確か……」

 夫妻の会話を思い出す。

『もう荷造りは終わったのかい?』

 友彦さんがやってきた時、湊さんはそう尋ねていた。

「そう言えば、何で荷造りなんかしてたんですか?」

 小説を読んできたせいで言葉の意味は分かっていたが、改めて考えると何でかが全然分からない。

「ここまで分かっているなら、話は早そうだな。さて後は、嬢ちゃんの服装を替えるだけだ」

「あまりきれいすぎると疑われるから、子供たちのお古でいいよね」

 二人は心得たように動き出す。

 でもかくいう私はまだ、意味を理解できていなかった。

「ちょっ、ちょっと待ってください! 私はここでお留守番……何ですか……?」

 置いていかれるのは、あまりにも寂しく、あまりにも悲しい。

 それだけは、ここまで人の心の温かさに浸かった身にとっては、よじれるぐらいに嫌だった。

 その一言で鎌足夫妻は顔を見合わせ、そして湊さんがにこっと微笑みながら私に尋ねる。

「彩夏ちゃん、君の行き先は?」

 まさかの質問にあっけにとられ、何とも言えない顔をしながら答える。

「えっ……? お、王城ですけど……」

「だったよね。じゃあ大丈夫だよ」

 その明るい声が、私を思考の迷宮から引きずり出した。

「ま、まさかですよね……?」

「いんやぁ、嬢ちゃんの思っていることに間違いないぞ」

 横から友彦さんも笑顔で口を挟む。

「俺達の行き先(・・・)も一緒ってこったぁ」

 それが最後の道を繋いだ言葉だった。

「さぁ、さっさと支度しようじゃないか。時間はあるけど、のんびりとまではしてられないからね」

 湊さんが私の手を引いて無理矢理立たせる。

 そして、肩に手を置き、目を見つめ、最大限の笑顔で、確定の解答を口にした。


「さて行こうか、お姫様の待っている王城へ!」

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