5.肩透かしの疑問
決心はついた。
迷うことはもうない。
少しの恐怖はあるものの、サヤカは自分のことを夫婦に伝えるのであった。
それから私は鎌足夫妻に自分のことを話した。
自分の名前と年齢。
日本という遠い世界から来たこと。
夢の話。
先程の力を初めて見たこと。
言葉は様々なところを寄り道したけど、伝わるように伝わるように、ゆっくりゆっくり二人に話す。
友彦さんは黙って聞いていたけど、湊さんは名前と年齢を紙にメモして聞いていた。
二人とも疑いを隠すような表情だったのが印象的で、話している間は胃を握られているような感じがした。
全てを話し終えたのは、30分ほどだっただろうか?
(うぅ、本当に話しちゃった……)
長いと思ったその時を終え、私は目を伏せた。まだ二人は何も言わない。
風にさらされた草木の擦れる音が耳に届く。
自分の内からは心臓が殴りつけるかの如く、ドクッドクッと脈打っているのが分かった。
軽蔑されるのか? それとも疑われるのか?
その二択ばかりが頭を駆け巡り、二人の姿を視界に収めるのが恐い。
ただどちらを言われようと、この夫婦との関わりはなくなるだろう。
何故かその情景が思い浮かんでしまい、虚しさと悲しさが胸の奥にこみ上げてきて、私は瞼に思いっ切り力を入れた。
「なぁ、母ちゃん……」
「あぁ、あんたよ……」
二人が迷路から抜け出したように、息を吐き出したように呟く。
恐怖で歯の根が合わず、何かに縋りつかんと手には力がこもり、布団に深いしわを作る。
「お嬢ちゃん……いや、彩夏ちゃん」
おじさんが重たい声で私の名前を呼んだ。
「……はい」
初めて呼ばれた緊張のせいか、引き絞った声音で応える。
「すまねぇ!」
「……えっ?」
予想だにしない返答に、素っ頓狂な声を上げてしまった。
顔を上げて確認する。
目の前には頭を深々と下げる友彦さんと、両手で顔を覆い俯く湊さんがいた。
「俺達の皇女様が無理やり連れてきてしまって……本当に申し訳ない!」
「えっと、いや、そうじゃなくてですね……」
なおも謝ることを止めない友彦さんに、私は慌てふためきつつ言葉を紡ぐ。
「いや、そうなんだよ……」
しかし湊さんが、私の言葉を弱々しくも遮るように否定した。
「異世界人を巻き込むとは……。流石にちょっとやりすぎだなぁと思って……」
私は巻き込まれたと思っていないのだけど、どうやら二人は完全に、同国皇女の不始末だ、と言わんばかりの謝罪だった。
「はぁあ、相も変わらず突拍子もない発想が出るお方だこと……」
そうして湊さんは、嘆息ついでに皮肉を込めて沙恵への称賛を発した。
「あのぅ……。一つ良いですか?」
そんな、何故か居た堪れない空気を払拭したくて、このやり取りで沸き上がった疑問を二人にぶつける。
「私が”異世界人”ということは、疑わないんですか……?」
そうりゃそう。
普通疑ってかかるのはこの部分だ。
なのに二人とも、そんなことは二の次、三の次のようにして話を進めていく。
最初は「そこなの?」という表情で二人は私を凝視していたけど、友彦さんが会得したように口を開いた。
「まぁ確かに、彩夏ちゃんの気持ちも分からんでもないし、普通は疑うところだな」
あっさり疑う余地はあったことを暴露した。
「だけどよ、俺たちは残念ながらその辺りの感覚がちょこっとだけ異なっていて……」
「異世界人っていう言葉にときめいているんだよね!」
いつの間にか失意の森から帰ってきた湊さんが、友彦さんのセリフを横取りする。
その目は、見てみたかった景色を見つけた子供の目そのものだった。
「ちょっ、母ちゃん人の言いたいことを……!」
対する友彦さんも取られたことに怒ってはいるものの、その目は湊さんと同じ輝きを持っていた。
「あんたじゃ濁った言葉で言いそうだったから、私が素敵な言葉で塗りつぶしたのよ。感謝しないとね」
「そんなことはねぇよ! 俺だってきれいな言葉を使おうって思っていたんだから……」
「へぇ、具体的には?」
にやにやと友彦さんを覗き込みながら挑発する。
やけに明るい色を作りたがる夫婦だことで……。
「えっと……」
対抗しようと視線を中に彷徨わせる友彦さん。
「か、格好の良い存在だ、だからだよ……」
絞り出した言葉は、それはそれで素敵なものだった。しかし……。
「やっぱりだめじゃないの~。私が代わりに言って良かったじゃない!」
(厳しい!)
心の底から友彦さんに同情した。
勝ち誇ったように胸を張り、腕を組んで友彦さんに視線を送る。
「えぇっ!? 母ちゃんとそう大したことない気がするんだが……?」
「いやいや分かっていないですなぁ旦那さまよ。そんなありきたりな言葉では、私に勝てないね」
甘い甘い、と首を横に振りながら湊さんは、友彦さんの言葉を評する。
「と、友彦さんのも、良いと思いますよ……」
咄嗟にフォローの言葉を紡いだけど……。
「あら、彩夏ちゃん良いのに。旦那に気を遣わなくても」
私に太陽のような明るい笑顔を向けて、気遣いを横に置いておかれた。
何ともまぁ、カカア殿下な奥さんだことで……。
「母ちゃん酷すぎるよ……」
一方の旦那さんは尻に敷かれまくっているのか、反論する気もないようである。
ちょっとだけ友彦さんが可哀想になるが、顔を見るとそれも慣れたものなのか、やれやれと温かい眼差しで湊さんを見つめていた。
本当に仲の良い夫婦ですこと。




