4.一陣の風で荒ぶって
遂に見破られたサヤカの正体。
隠し通してきたものを、サヤカは話すのか、それとも……?
湊さんの目には、迷いが微塵も感じられなかった。
その刃物のような鋭い目に、私は目線を右に逸らす。
「あなたが嫌な気分になることを聞いても良い?」
その質問に私は逡巡して、観念して重い頭を縦に一つ頷く。
「そろそろ教えてくれないかな? あなたの正体を」
予想通りの質問が来た。自然と視線が落ち、口をきつく結んでしまう。
「私もこのままじゃ、あなたをここに置いとくことはできない。正体不明の人物をいつまでも置いておけるほど、私達も危機管理がないわけではないのよ……」
そう言って、口を噤んでしまった。
湊さんの言う通り。
得体の知れない人間を、いつまでも信用するというのは無理な話である。
つまる私もそろそろ隠し通すことに、苦しさを覚えていたところだ。
でも伝えていいのだろうか?
確かに湊さん達の懐は、大海のように深い。
しかし、その深さを信用しても良いのか分からない。
だけど、優しい湊さんにも許容量というものは存在する。
その許容量の限界が来たのだ。
甘えていられないのは分かっていた。
「……」
何も言えず、互いに沈黙してしまうが意味合いは全然違う。
私は怯える子犬のようにして黙っていたけど、湊さんはただじっと何かを待っているライオンのように黙っていた。
湊さんは私の口から話を聞くまで、恐らくこれ以上は話さないつもりなのだろう。
私だって真実を話したい。
だけど隠し通したい。
その矛盾が私の口をますます委縮させる。
水銀を流し込んだような重い時間が流れる。
居た堪れなくなり、私は意を決して口を開こうとした。
その時――。
――ガラガラっ
「いやああああ! 今日はあちぃなああああ!」
口ではなく、私の左の戸が開いた。
この家の主人が、この空気を読むこともなく、この空間に風を吹き込むが如く飛び込んできた。
これには流石の湊さんも驚いて……。
「何だいあんた。もう荷造りは終わったのかい?」
る様子はなく、さっきまでの空気が嘘の様に、普通に会話していた……。
「そりゃそうだよ。全く、母ちゃんがいつまで経っても来ねえから、一人で片付けちまったよ」
「おや? そんなに時間が経っていたとはねぇ……」
「正味、半刻は経っているよ」
そう言いながら友彦さんは湊さんの右隣に胡坐をかいて座る。
「ありゃあ……。それはすまない。量は多くなかったかい?」
淡々と会話が続くため、私は言うタイミングを失ってしまった。
そしてその会話をただ聞くことしかできなかった。
独り取り残されたような感覚になってしまう。
「それで、お嬢ちゃんは何か話したのか?」
見えないところから棒で突かれた様に、突然話の本質が私に移ってきた。
「いきなり無粋なことを聞くんじゃないよ!」
そうしてまた湊さんから頭をはたかれる。
「だから母ちゃん、叩くんじゃねぇって!」
「あんたがまた怖がらせるようなことを聞くからじゃないか!」
「そりゃ、そうだけどよ……。けど、母ちゃんも聞こうとしたんじゃないのか?」
「そ、それはまぁ……」
急にしおらしくなる湊さん。この夫婦のバランスの良さが見て取れた。
「大方、母ちゃんがお嬢ちゃんの不審点を指摘して、逃げ道をなくしてから言わせようとしたんだろう?」
チラッと友彦さんが私に目で訴えてきた。私は無言になってしまう。
「……あんたの洞察力はやはり侮れないね……」
湊さんがボソッとぼやく。
「恐がらせてるのはどっちだって話だ。全くよ……」
友彦さんは頬杖をつきながら、悪態を着いた。
「ご、ごめん……。あんたにあんだけ強く言っときながら、自分が悪かった……」
湊さんが出会ってから見せたことのない、自分を悲観するような表情になる。
友彦さんがちょっとだけ湊さんに視線を向け、バツが悪そうに顔をしかめた。
「あぁ、まぁ、気にすんなよ。母ちゃんが色々と頑張ってお嬢ちゃんに聞いてるのは想像できていたから、その分俺は自分の仕事に集中できた。良いんだよ」
それから友彦さんは湊さんを自分のところに引き寄せ、頭を撫でた。
「この際、お嬢ちゃんの事は気にしない方が良いかもしれんぞ? それこそ、お嬢ちゃんが委縮してしまうからな」
「うん、そうだね……。私も期待し過ぎて、目の前が見えてなかった……」
「……」
あまりの急展開と変化についていくのがやっとだったけど……。
「あの……、驚かないで聞いていただけますか?」
自分の気持ちを静め、私は口を開く。
「異世界人という湊さんの言った事は……、本当です」
一つだけ分かったことがあった。
私を助けてくれたこの夫婦は、どう考えてもお人好しで、信頼に足る人物だということだ。




