3.湊の解答
その言葉に、サヤカは耳を疑うしかなかった。
それでも湊は言葉を続けることを止めない。
飛び起きて数秒固まる。
(な、何で!? 私何も話していないのに……?)
いきなり異世界人と指摘されるとは思わなかった。
視線があちこちへと泳ぐのを抑えられない。
しかし湊さんはそんな私の様子に動じず、冷静に話し始めた。
「お嬢ちゃんが意識を失ってからだけど、あなたを背中に背負って私の家まで運んだわ」
私もそれ以上動くことなく、湊さんを凝視したまま、心に冷や汗をかきつつ話を聞く。
「ここは店の裏側、その障子の向こう側にお嬢ちゃんが見たお店があって、いわゆる店舗兼住宅なの」
何故そんなどうでもいいような話をするのか分からなかったけど、それは湊さんも分かっているようである。
恐らく安心を与えるためのものだったに違いない。今の私ならそう思える。
「話を逸らして申し訳ない。何で”こっちの世界”と言ったのかが気になるところだね?」
閑話休題となったので、私は無言でゆっくりと頷いた。
「あなたを運んだ時、相当汚れていたし、ボロボロだったからまずはその服を替えさせてもらったんだけど」
そう言われてハタと気づき、視線を自分の身なりに移す。
少し茶けた生地の厚い浴衣と言ったら分かりやすいかな? それを名刺幅の白い帯で腰回りに結んで前を止めてあった。
脚の辺りに手を伸ばすと、同じ生地でできたズボンをはかされていることも分かる。
その動作を見ながら、湊さんは話を続けた。
「これは最初から思っていたことだけど、あなたの服は私達とは随分と違うものを着ていたよね。まぁ、こういった服を作る人もいるんだという感想だけで、別に気にはしなかったんだけど……」
一呼吸を置いて、服に注意していた私の視線が湊さんに戻るのを待ってから口を開く。
「気になった点の一つは、下着なの」
「………………」
急な下展開に着いていく頭はなかったようだ。
銅像が如く、ハシビロコウのように、私は固まってしまった。
どこかでハトが鳴く声が聞こえるぐらいに、部屋が一瞬静まり返る。
「えっと、別に変な話をしようとかいうことじゃないんだけどね……」
逆にフリーズした私に驚いて、湊さんの方が慌てふためいたようだ。
「いやね? 私達の世界は女性に下着というものがあまりなくて、履いている人は珍しいんだよ。しかも、あってもふんどしがやっとだから、ああいった布に穴を空けて履くようなものも初めて見たし、何より……」
湊さんは私の胸を指差す。
「その胸にある下着は、絶対に私達の世界では作られていないものだって分かるしね」
胸の下着とはご存知の通りブラジャーである。
「その布は私達の知らない技術が詰まっているのが分かるくらい、色も形も綺麗で整っているのよ。だから、まずはその違和感から始まった」
確かにこの世界にはブラジャーやパンツの概念はなく、更に言うと”下着”というのも人々の常識としては浸透していない。
湊さんはその点をまず指摘した。
「そして、これが一番の確証に至った違和感なんだけど、お嬢ちゃん、両手を出して」
「えっ?」
「大丈夫。何もしないから、手の甲だけを見せてくれればそれで良い」
そう言われて私は手の甲を上にして、両手を湊さんの目の前に差し出す。
「……やっぱりね」
少しだけ目を左右に動かして、そう呟く湊さん。視線を私に戻してから話を続けた。
「お嬢ちゃんは”物操力”という言葉を知っているかな?」
「ぶっ……そうりょく……?」
初めて聞く文字の羅列に、私はただ首を横に傾けるしかなかった。
その様子を見て、湊さんはやはりという感じで目を細めた。
「その様子だと知らないようだね」
「初めて聞きました……」
「うん。細かいところは気になったら教えてあげるから、とりあえず話を進めると、物操力を持っている人たち、つまり私達の事なんだけど」
それから湊さんは自身の左腕を差し出してきた。
そこには『水』の文字が書かれてある。
「私達は生まれた時にこの文字を刻まれるの。そうでもしないと自分の力を制御できないからね」
「力……」
そう聞いてある場面が私の中に去来した。
「あの水の力ですか?」
チンピラ達が使っていた、湊さんも使っていた、手元から水や炎が出る力。
その正体の事であろうことは察しがついた。
「そう。私の世界ではみんな何かしら物を操る力を持っていて、私達の種族は物質をそのまま操ることができる力を持っているの」
湊さんは淡々と話しているけど、気になるところがそこかしこに散らばっているのに気づいているだろうか?
(何この世界……! 本当の本当にファンタジーだ!!)
ほへぇ……。この娘はあんな死に目に遭って、まだこんなポジティブに考えきれるんだねぇ……。
まぁ、当の私本人だけどさ……。
とそんな考えに一瞬浸っていたけど。
「ん? お嬢ちゃん、何か嬉しいことでもあったのかい?」
どうやら相当破顔していたらしい。
「い、いえ……。何でも……」
慌てて両手で顔を押さえる。嬉しさと恥ずかしさで顔が上気しているのが分かった。
ふーん、と湊さんはそれをとりあえず見逃し進めていく。
「それは良いや。とにかく、あなたにはその印がないの」
少し語気を強めて、違いを指摘。
「私達は封力印と呼んでいるんだけど……」
またも新しい言葉が出てきたが、それ以上にこの重苦し空気によって、私は首を絞められている感覚を感じた。
「それがどこにも見当たらなかったってことは、別の世界から来たって証拠じゃないかなって思ってね」
確証を持って私を異世界の人間だと断定してくる。
私はまた冷えた蝋のように、再び固まってしまった。




