5.不思議の重なり
おばさんに連れてこられたのは、野菜や果物等が置いてある店。不思議な言葉を持つこの店は一体……?
おばさんのやさしさを自分の身に噛み締めていた時――。
「何やってんだ?」
店の奥から男の人の低い声が聞こえてきた。その声におばさんは反応し店側へと振り返る。
「いやぁ、この子を一旦こっちで引き取って、気持ちを落ち着かせようかと思っていたんだけど、私がちょっと急ぎ過ぎてね。無理に手を引こうとして怖がらせてしまったんだ」
「本当に何やってんだよ、母ちゃん。ただでさえ恐いんだから、そんなことしたら子供が泣くのは当たり前だろ」
「うん? 何か言ったかい、だ・ん・な・さ・ま?」
おばさんはトーンを低くした声音を出し、両手を腰に当て、首をゆっくりと傾げる。
「……いや、何でもねぇ……」
旦那、と呼ばれた人の声は、それだけですぼんでいった。
私はその人物をよく見たいと思い、おばさんの背中から顔を出す。すると、店の奥にいた人物はそんな私に気付いた。
「で、そのちっこいのはなんだ?」
「あぁ、この子ね」
そう言うと、おばさんは目の前にいる男の人を指差しながら私に向かって話し始めた。
「会話で聴いていたかもしれないけど、この人は私の旦那で、夫で、尻に敷かれる人物」
「母ちゃん、変な紹介はしないでくれよ……」
「別に変じゃないわよ。本当のことを言っているだけなんだから」
おじさんに向かって、明け透けな言葉を投げつける。
「子供相手にやめい。俺の印象が悪くなるだろうが」
「今更いいんじゃない?」
「良くはねぇ!」
おじさんはとにかく撤回してもらおうと頑張って応戦するが、全ておばさんにいなされてしまった。
上半身は白い半袖姿。下半身はボンタンのようだが裾は閉まっておらず、くるぶし辺りで広がっている。その上からは紺色の前掛けを巻いており、その中心には達筆な白い文字で「八百屋のかまたり」と書かれてあった。
「そんでもって、この子はさっき馬道で馬車に轢かれそうになっていたから助けたの。名前も分からないし、出身地も分からないけど、神都の生まれでない事だけは確かだね……って、どうしたの?」
おばさんは笑顔で説明を続けていたが、私はそんなことよりもおじさんが気になっていた。
「ん? なんだい嬢ちゃん。俺のことがそんなに気になるかい?」
「あっ、いいえ」
「あっ……、そうかい……」
「くっ……!」
即答するとおじさんがしゅんと悲しそうな顔をした。その様子を見ていたおばさんは手で口を押え、笑いをこらえている。
「その、おじさんの着ているエプロンに書かれてある文字が気になって……」
「え? 何だ、えぷろんって?」
またしても、私は変なことを言ったようだ。おじさんが戸惑っているということは、エプロンという言葉も無いらしい。
「たぶん文字って言ってるから、その前掛けの事じゃないか?」
ようやく笑いの波から帰ってきたおばさんが代わりに補足してくれた。
「あぁ、なるほどな。ここに書いてあるのは『やおやのかまたり』だ」
「それは分かるのですが」
「えっ!? じゃあ何なんだ……??」
「上にあった看板と違うんだなぁと思って」
看板? と口にしながらおじさんは表に出てきた。
日の元に出てきて分かるが、おじさんの身体は相当体つきが良い。ラガーマンみたいだと思った。顔は髭を生やしておらず、その代わり日に焼けた顔をさらしていた。目は大きく垂れ目で、口は大きく開きそうで、鼻は少し高く上を向いていた。
「いやぁ、同じことを書いてあると思うんだけど……」
てっぺんに髪のない状態の頭をガシガシと唸りながらかく。
「えぇっと、だって『りたまかのやおや』って書いてあるので……」
「何だ、その呪文みたいなのは……って、あぁなるほどな」
するとおじさんは何か納得したようだ。
「嬢ちゃん、逆さから読んだんだな」
逆さから? と思い確認してみると、確かに右から読むと『八百屋のかまたり』と読める。
「えっ!? これって、逆から読むんですか!!??」
「寧ろ俺たちからすると、お嬢ちゃんが左から読んだことの方が驚き何だが……」
目を白黒させて何度も確認するが、左から読むと不自然で、右から読むと確かに自然だ。しかしここで私は思い出す。
(そう言えば、何かで読んだことあった気がする。昔の日本は横文字も右から読むんだって……)
考えてみるとそうだ。つまりこの世界は、昔の日本の風景が生きている場所なのかもしれないと、当時の私は単純に考えた。
「左から読む文化何て、聞いたことないけどねぇ……」
おばさんが神妙な面持ちでそんなことを呟いた。
おばさんがむう……、と唸りながら考えていたが、やがて溜息を一つつき……。
「まぁ、詮索しないって決めたから、もうこの話は終わりにしようか」
実に何事もなかったかのように振る舞い、おばさんはそう言って店に入ろうとする。
そこで私はあることに疑問を抱いた。
「あの、おばさんたちの苗字って『鎌足』何ですか?」
「えっ? そうだけど……あっ!」
おばさんが不思議そうに私に目を向ける。が、その直後に重大なことを思い出したかのような顔をした。
「そうだ! 私、あなたに名乗ってなかったね!」
そうだったそうだった、と納得したように首を何度も縦に振るおばさん。
「母ちゃん、名乗らねぇのは流石にまずいんじゃねぇか?」
呆れたようにおじさんが溜息をつく。
「仕方ないじゃない。私だって焦っていたんだから」
「へぇ、母ちゃんが焦るなんて珍しいな」
「ぅるっさい! 仕事しろ!」
私をそっちのけで、二人は小競り合いを始めた。何とも微笑ましいものである。
一通り落ち着いたところで、おばさんが私に振りむく。その顔は少し赤く染まっていた。
「んんっ! そ、そんなことより私達の名前ね。名乗るのが遅くなってごめんなさい。私の名前は鎌足湊。こっちは旦那の友彦」
「よろしくな嬢ちゃん」
「え、あ、はいっ! よ、よろしくお願いいたします!」
紹介されて私は思わず深々と腰を折り、頭を下げた。
「ぬはははっ! 礼儀正しい良い子じゃねえか!」
おじさんの――友彦さんの豪快な笑い声が店中に響く。
釣られてか、おばさん――湊さんの笑い声も聞こえてきた。
「素直だったから、余計に助けたくなったのよ。私の見立て通りね」
何だか恥ずかしくなり、私はその姿勢のまま顔をあげきれなくなった。
「はははは! 恥ずかしがらんでもいいのによ。礼儀正しいのは全然悪いことじゃねぇんだから。寧ろ良いことだぜ」
友彦さんがこれまた豪快に、私を褒めてきた。
この性格が褒められたことはなかったので、余計に恥ずかしい気持ちになる。
しかし――。
「そんでもって、お嬢ちゃんの名前は何て言うんだ?」
「……!!」
今度は違う意味で固まってしまった。




