4.繋ぐ手を信じて
馬道も今度は無事に渡り終え、私は手を引かれおばさんの後を着いて行く。
流れる景色は人込みにかき消されそうではあったが、必死になって見ていると、木造の建物は2階建てまで、煉瓦造りの建物は4階建ての物まであった。
「神都は初めて?」
そんな忙しない私の様子に気付いたのか、おばさんが振り返って気にかけてくる。
「はい、初めてです……」
まず、この世界に来るのが初めてなんだけど、それは彼女に話したところで意味を持たない。とりあえず、話を合わせることにした。
「大きい街だからね。いつ来ても人は多いし、その人々も目まぐるしく変わるから、中々面白いことも多いんだけど」
「本当に人が多くてびっくりしてます。行くことあんまりないので……」
「良くそれで元気に馬道へ飛び出していったね。よっぽど気になることがあったのかな?」
それを思い出し、私は恥ずかしくなった。顔が少し火照る。
「まぁ、子供の見ている世界は大人と全然違うからね。そんなことになっても、驚かないよ」
(本当に優しい人だなぁ……)
考えが柔らかいんだとは思った。子供に関して寛容な世界ではあるものの、ここまで寛容な人は中々いない。
改めて私はおばさんの全体を見た。
下は薄い緑のくるぶしまである丈の長いスカート。ただし、私達の世界で呼ばれているような小奇麗な感じではなく、単に一枚布を巻いただけのゆったりとして動きやすそうなスカートを、同じ色をした幅の短い帯で止めてある。
上は薄手の綿製の薄桃色のシャツに、その上からは袖のゆったりとした黄色の半袖のチョッキみたいなものを羽織っている。
そして薄く茶色がかった肩甲骨まである長い髪を黄色の紐で一まとめにして、ポニーテールにしている。
見た目はどこにでもいるおばさんという感じであったが、目を凝らすとうっすらあちこちに汚れがついていた。
(いかにも、働いている人みたいだ)
しかし逆にその汚れが、私に安心感を与えてくれる。私はラッキーだと思った。
「手は絶対に離さないでね。この人混みではぐれたら、もう助けることはできないと思っていた方が良いから」
そして、私が着いてきているかどうかを確認するために、歩いている間は何度も私を気にかけて後ろをチラ見する。
それが更に、私へ信頼感を抱かせる要因となっていた。
私はそれに安心しつつ、チラリと地面を見た。
歩いているところは土がむき出しになっているものの、舗装はしっかりされており、歩くのに不便はなかった。寧ろ歩きやすくて、実は驚いていたりもする。
「アスファルトとかコンクリートだと、硬くて歩きづらいところがあったけど、意外と土の方が良かったり……?」
「? あ、あす……ふあると? こんくりいと? 一体何をしゃべっているの?」
(あれ? いつの間に言葉に……!?)
「えっ、えっと……。あ、それは、その……」
繋がれていない右手の人差し指で頬をかく。おばさんが怪しげに目を細めて見つめてきた。背中がじんわりとまた冷汗で濡れはじめた・
「……まぁ、方言なんでしょう? うちの店にも、たまにここらへんじゃ使わない言葉を話す人がいるから、大丈夫大丈夫」
またあっけらかんと言葉を返してきた。すぐに疑う素振りを見せる割には、やたら早く引き下がることがある。
人が好いのか、あるいは何か裏があるのか? 結構つかみどころのない人ではある。
「す、すみません……」
「良いのよ別に。あなたの国の言葉なんでしょう? 大事にしなきゃ」
正確に言ってしまえばこれは英語なので、方言でも、ましてや母国語でもない。
言っても詮無い事ではあるが……。
「ありがとうございます」
とりあえず、お礼を言うことにした。
その後はおばさんに手を引かれながら、順調に進んでいった。
道中は色んな人から私の格好をじろじろと見られる。興味というよりは、怪訝な感じではあるけど……。
おばさんはなるべくペースをゆっくりと、私のスピードに合わせてくれていたため、歩きづらいことはなかった。
もう幾分歩いたのか分からなくなってきて、そろそろ情けなくへたり込もうと思った時、おばさんの脚が止まった。
「さて、城ではないけど私の目的地には到着!」
そう言って右側を向く。私も習って右を向いた。
(うわぁ、美味しそう!)
私は目を輝かせ、その光景に目を奪われる。
そこには木造の家の軒先に、野菜や果物、穀物がずらりと、しっかりと整列して並んでいた。
それこそ見たことのあるものばかり。ざっとで確認できるのは……。
キャベツ、トマト、キュウリ、ナス、スイカ、リンゴ、ミカン、オクラ、トウモロコシ、コメ、コムギ、ダイズ……。
瞳に映る範囲だけでもすごい量である。
因みに私は食べることが好きなので、こういったところに行くと食べたくてうずうずする。要は食いしん坊だ。
また、その上にある看板らしきものを見るとこう書いてある。
『りたまかの屋百八』
(? 変な看板……)
その店の第一印象はそんな感じだった。
閑話休題。
そんなことを思っている私を見て、おばさんがくすりと笑う。
「気になるかい? じゃあ、私の店で一旦休もうかね」
おばさんは手を引いて私を店に連れて行こうとする。
しかし、私はここにきて身を縮め、思わず力が入ってしまった。
「どうしたの?」
おばさんは不思議そうな顔でこちらを見た。
私も何故か分からない。
ただ、漠然とした恐怖が襲ってきたのだ。
おばさんを信用していない訳ではない。
何か恐ろしく感じてしまった。
ただそれだけであったのだ。
「え、あの、全然……。何でしょう……? 何でかなぁ……」
私も戸惑った。頭はもう真っ白で、この変な挙動のせいで、また怪しまれるのではないかと、更に恐怖が積み重なる。
目の前がまたふらつく。
――ダメ。
――ダメだよ。
――ここで倒れるのは……。
まとまらない頭は変な思考を加速させ、回路はショート寸前だった。
そんな私を見かねたおばさんが近づく。
身体が更に縮こまって、私は目をぎゅっと瞑った。
そして――。
「ごめんよ……」
そう言われ、ギュッと優しく抱きしめられた。
「そうだね。急に連れて行こうとするのは、流石に恐かったよね……」
優しい声音が右耳に聞こえてきた。
「色んな恐い目にあってきたはずなのに、それを考えずに引っ張ってごめんね……」
何で謝るのか分からなかった。
拒んだのは私だ。
悪いのは私のはずなのに……。
「大丈夫、絶対に何もしないから。それか、選んでいいのよ。休むのも良いし、頑張って城を目指すのも良い。決めるのはあなただから……」
彼女は背中を優しく叩く。ポンポンと音を立てながら、私の緊張をほぐしていく。
じんわりと、目元が温かくなった。
「おばさん、ありがとうございます。ちょっとびっくりしちゃっただけだから……」
「うんうん、分かってる。心配しないで」
思わずおばさんの背中に私も手を回した。
――この人は大丈夫。
――大丈夫だから、恐がらなくていいよ……。
そう自分の心に安心感を与えて、私達はしばらくその格好で店の前にいた。




