2.気持ちが招く現象
自分を鼓舞して、意識を前だけに向けて進むサヤカ。
しかし、進む道はなかなか前途多難なようで……。
背筋を真っ直ぐに伸ばし、シャキッとして(るように見えるだけだが)人の波の間を進んでいく。
(うぅっ……。人が多い……。進まない……)
成長期真っ只中の小さな体躯は、波にのまれそうなぐらい小さかった。
時に流され、時には逆らいながら、それでも着実に城へと近づいていく。
木々を切り広げ作られた道に沿っていくと、フッと視界が拓けた。
(あ、いきなり広く……)
ただただ驚くしかなかった。
三角屋根の木造と敷き詰められた煉瓦造りの家々が入り混じて連なっており、それを裂くかのように道が城へと向かって伸びている。
もっと先に行きたくなり、私は駆け出す。
と思ったら――。
「おい!!!! そこをどけろ!!!!!」
突然の野太い叫び声に驚く。右を見ると馬が近づいてきていた。
「早くどけろ!!!! すぐには止まれねぇんだぞ!!!!!!」
か弱い少女がそのようなことを言われたら、避けることなどまず不可能。
「あっ……、あぁ……」
硬直してしまった体からはそんな声しか出せず、私は迫りくる馬に自分の死を感じた。
息が上がる。目の前の景色が恐怖で歪む。
もうダメかと目をぎゅっと閉じた。
「何しているの!? こっち!!」
「わぁっ!?」
突然女性の声が呼びかけられたと思ったら、襟首を掴まれ体が大きく宙に浮いた。
瞬間、足の先に突風を感じる。
私はいつの間にか反転して、元来た方向を向いていた。
あまりに様々な情報が一気に流れ込んできたため息をするのすら忘れ、目は大きく見開かれていた。
「あ、あなた大丈夫?」
頭上から先程叫んだ声と同じ声が聞こえる。
恐る恐る見上げると吊り上がった目がこちらを見ている。しかしその目には心配の色が湛えられていた。
「けがは? 痛いところは?」
「えっと……、だ、大丈夫だと思います……」
寧ろ襟首を思いっ切り掴んでいるあなたの手の方が大丈夫ですか? と尋ねたくなったけど、そんな気の利いたことは聞けなかった。
「そう、良かった……」
女性はそういうと、胸のつかえを取るかのように息を吐き、眦がゆるりと下がる。
私もその顔につられてほっとし、ようやく恐怖を吐き出した。
安堵したのも束の間、ドカドカと大きい足音が近づいてきた。女性は音に気付きその方向を見やる。
「おいクソガキ!! 前見て歩けやボケェ!!!」
「ヒッ!」
私は女性と反対方向を向いた。
後ろを振り返るのは恐い。絶対に鬼の形相をしたおじさんがそこにいるからだ。
(こ、殺されちゃうのかなぁ……)
胃が恐怖で締め付けられ、歯がガタガタと鳴る。
しかも、周りの人々はこちらを見てくる。
元々、注目を浴びることを嫌っている私にはただの地獄でしかない。
それでも野次馬たちは、私達へ無慈悲な目を向けることを止めてはくれない。
更に恐怖心に拍車がかかった。
とその時――。
「ちょっと! 子供相手に何本気で怒っているの!!」
突如、低いどっしりとした非難の声が私の背中から聞こえた。
その声の持ち主は、紛れもなく、助けてくれた女性の物だった。
「この子も別に悪気があって飛び出した訳じゃないんだし、神都暮らしじゃなかったらここの決まりも知らないでしょう!」
「だ、だけど、普通考えねぇか? ここは馬道になるんだから、危ないってよ……」
「では仮に、あなたの子供が遊んでいたとします。蹴鞠が馬道に転がっていきました。その子はどうしますか?」
言い訳しようとした弱弱しい声を遮る女性の――おばさんの問いが飛ぶ。
「そ、それは……、蹴鞠を取りにいくだろうよ」
「その時、その子が周りを注意すると思います?」
「するだろうよ! 神都の子なら!!」
「私はそうは思いませんよ?」
そんなおじさんの断言を優しいながらも一刀両断する。
「子供はあなたが思っている以上に、周りを見る力が不足しています。蹴鞠が転がって行ったら、それを追いかけるでしょう。それはもう仕方のないことだと思うのです。「早く蹴鞠を持って来なくちゃ」という心理に駆られるから」
一息ついて、再びおじさんへと丁寧に声をかける。
「この子も、ここに来てから何か見つけたのでしょう。だから「早く行かなくては……」と気が逸って馬道とは知らずに入ってしまった。それを注意するのは当然かとは思いますが、更に追及するのは流石にやりすぎではないかと思うのです」
おじさんがさっきから一言も話さないところを聞いていると、言い返す言葉が見つからないのかもしれない。
「仮にこの子が神都の子だったとしても、それは厳しい。子供はどこに行くか分かりませんし、どんなに見張っていても私達の予想もつかない行動をしてしまう。それが子供という生き物なんですよ」
またもやおばさんがやんわりと一刀両断する。その声に、私は気持ちが落ち着いていたことに気付いた。
「それと、急いだ方が良いかもしれませんよ? そろそろ警察が取り締まりに来るでしょうから」
「うっ……」
何の事だろうと思いおばさんの肩越しにおじさんの方向を見ると、少し離れた場所にさっきの馬車が停まっていた。
その後ろには、次々と似たような馬車が停まり始めていた。
「少し通行の邪魔になっているようですし、急いで動かさないと一定期間神都の馬道に入れてもらえないですよ?」
「わ、分かった! 俺も言い過ぎたよ!! おい嬢ちゃん! 今度からは気をつけろよ!」
その言葉を聞いてからおじさんは、早口で注意をしてから急いで自分の馬車に戻って行った。




