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5.本心の絶叫

2020/04/25更新

「んっ……?」

 意識の復帰にどれくらいの時間を要したのかは分からないけど、理解できることはある。

 私のいる場所は布団の温もりを一切感じられず、堅い床の上に身体を横たえているのだと。

(まだ、夢の中だ……。あれ?)

 まだ微睡む意識の中で、他とは違う感触に気付く。

 頭が乗っている箇所はとても柔らかい。

 確かめようとして瞼を開けると、上から心配して覗き込むように見つめている沙恵がいた。

 私は咄嗟に起きようとした。しかし腹の辺りに激痛が走り、苦しくなってまた倒れる。その背を沙恵の両手が支え、静かに元の状態に戻してくれた。

「動いてはダメ。あれだけの力を使って、しかも私の攻撃を受けた後に薬まで飲まされているんだから、無理に動かしたら身体が悲鳴を上げるのは当然ことだよ。もうしばらく、安静にしていて」

 あなたのせいじゃん……、という突っ込みは残念ながらこの時には出てこなかった。痛みで思考回路が鈍っていたし、何より身体が動かないため沙恵の言う通りにした方が良いだろうという判断だ。

「まぁ、私が悪いんだけど。ごめんね、殴ってしまって」

 本人の自覚はあったみたいだけど……。

「ただ、ああでもしないとあなたは力を保ったまま現実で何をしでかすか分からなかったし、あなた自身の身体がもたないと思ったからね」

 その言葉を聞き、私は何かが頬を伝うのを感じた。

「うっ……うぅ……グスッ」

 嗚咽が漏れ、私は腕で自らの目を覆う。私の思わぬ行動に沙恵は驚いているようだ。

「ちょっと、大丈夫!? どうして泣いているの?」

「どうしてって……それは悔しいからですよ。もう少しで復讐する力と自らが死ねる力が手に入ったんですから……」

 伝う涙は、悔しさを滲ませている。奥底の願望の成就に、あと一歩で届きそうだったのに……。

「…………」

 無言で見つめる沙恵の表情に少し申し訳なさを覚える。

「何で止めたんですか……?」

 だけど、それ以上に止められたことに関して反発を強め問い詰める。

「さっきも言った通り、私はあなたに来てほしいの。でも、あなたの身に何か起こってしまったら、私はとても悲しくなる。だから止めたのよ」

 そんな私の上で沙恵ははぁ、と溜息をつき告げる。

「あなたの気持ちはよく分かる。でも、命を粗末にしてはいけないよ。あなたにはこれから先も人生がある(・・・・・・・・・・・)。その人達にだって人生があるんだから、ここで殺したり死んでしまったりするなんてもったいないと思うけど……」

「これから先……?」

 その言葉が妙に引っかかった。哀しみの涙は止まり、今度は思考が百八十度変わっていく。

「あなたに何が分かるんですか……!」

 覆っていた手を剥がし、怒りをぶつける様に睨みつける。沙恵がたじろぐ中、私は強く沙恵の胸倉を掴んで言い放った。


「あなたに何が分かるっていうんですか!!

 どうせ誰も私のことなんかいらない!

 私は頭が悪く、根暗だし、コミュニケーションだって苦手!

 運動もできない、友達なんてもっての外!

 顔も性格も悪い、家族にも嘘をついているんです!

 そんな奴が、この世の中に必要とされていると思いますか?」


 私はそこで言葉を区切った。お腹の激痛はアドレナリンが出ているのか、この時ばかりは忘れていた。

 もう一度睨みつけて、さらに大きな声で言葉を叩きつける。


「いらないに決まっているでしょう!!

 そんなごみクズみたいな奴に何を期待しているのですか!

 期待したところで無駄です!

 絶対に裏切ります!

 どうせこんなところで死んだって、

 誰も気づきはしない!

 誰も悲しまない!

 だったら死んだって構わないじゃないですか!

 何で邪魔するんですか? 私の両親でも姉弟でもないのに!

 それ以上に私でもないのに、何で私に突っかかってくるのですか!

 私の人生は私が決める!

 だから、今ここで死んだって別にいいじゃないですか!!」


 息遣いが荒くなる。自分の思いを捲し立てるようにして、沙恵だけではなく自分にぶつけるようにして吐き出したその言葉は、紛れもなく本心であった。

「ほ……んとう……に、たのみ……ます……から、せめて……しな……せて……ください」

 最後は絞り出すように、嗚咽の混じった声で懇願していた。

 十四年生きてきたけど、これほどまでに、死を渇望したことは今のところ後にも先にもこの時だけ。その位、死が私の身近にあったということなのだろう。

 沙恵は無言で最後まで聞いていた。その目は閉じられ、何を考えているか分からない。

 諦めてくれたのではないか、と期待したが瞼がゆっくりと持ち上がり、少し私を見つめていた。

「あなた、少しずつゆっくりでいいから起きられる?」

 少し優しい声で紡がれた質問は動作の確認。

 私は疑問を抱いたが、大分お腹の痛みも治まってきたため、言う通りにゆっくり起きる。

「私の前に正座して」

 言われた通りの行動を取る。そして、沙恵と真正面で向き合う形になったその瞬間……。


「ごめんね」


 そう短く発せられた声。

「えっ?」

 そう口にした後――。


――パァンッ!


 左頬から破裂音がした。

 自分の右肩が映っている。

 あまりに唐突なこの事象に、私はただ茫然とするしかなかった。

 痛みは思うよりない。

 けど、何故か胸は痛かった。


 ゆっくりと視線を沙恵に戻す。

 その顔から大粒の雫が目元から頬を伝い、下に小さな池を作っていた。沙恵は拭おうとさえしない。

 その理由は分からないが、私はその姿を眺めるしかなかった。

 するとまた、沙恵が近づいてきた。私はまた何かされるのかと身構え目を閉じる。

 しかし、待っても痛みは来ない。

 逆に何かが背中を伝う。その違和感に目を開いた瞬間、身体を引き寄せられ、

(えっ……?)

全身を抱きしめられた。あまりに突然のことで頭がついて行けず、視点の合わない瞳は宙を彷徨っていた。心臓が高鳴り、頬が熱くなるのを感じる。

 しっかりと力強く、それでいて温もりのある抱擁。拒もうと思えば拒めたのかもしれない。だけど、私は突き放すことができなかった。それはもう何年も味わっていない、母の抱擁のようであった。

 少しずつ動悸が治まってくると、それを見計らったかのように沙恵が語り始めた。


「大変な人生だったね……。人から認められないことほど、辛く悲しいことはないから」


 お腹に、胸に響くような声で一言一言を丁寧に紡ぐ沙恵。私もその言葉にただ耳を傾けるだけとなっていた。



「だったらあなたは、これからの人生を明るくすることができると思うの。

 だってそれだけ苦しい思いをしたのなら、その苦しみを分かってやることができるでしょう?

 分かち合うことができるでしょう?

 逆に言えば、あなたは自らの苦しみを力に変えて、誰かを幸せにすることができるのよ」



 ひと息つき、抱擁から解放する。その代わり、私の両肩に手を置いて今度は見つめながら、力強く言葉を紡ぎ始めた。



「もう一度言うよ。

 残念かもしれないけれど、あなたの人生はこれからも続いていく。

 その道中は山あり谷ありで、もしかしたら今みたいに死にたくなるような出来事にも出会うことだってある。

 だけどね、そういうことは私だってあるかもしれないし、今後のあなたにはないかもしれない。

 分からない可能性に一々頭を悩ませたって仕方がないでしょ?

 それよりも、まずは目の前にある問題を一つ乗り越えて、また違う一歩を踏み出せばいいのよ。

 大きなことは後回しにして、自分のできる範囲で行動して、ダメだったら誰かの力を借りて、ってそれでいいじゃん」



 にこやかに笑った顔は、冷え切った私の心に明るい灯を(とも)す。

「話を戻して、一回だけで良いからさ、私の世界へおいで。何をあげられるかは分からないけど、きっかけくらいは与えられそうだから。ね? 自分の可能性を広めるってことでどうかな?」

 今度はその言葉がとても魅力的に感じた。しかし、私はまだ答えを渋る。本当に自分でいいのかという気持ちでいた。

 沙恵はそんな私の肩をしっかりと持ち、嘘偽りのない瞳で私を見るとそれに、と前置きをして口を開く。


「私はあなたを必要としているんだしね」


 この一言が私の心を強く射止めた。

 必要とされることのなかった自分に絶望し、これからの人生もどうせ必要とされることはないだろうと感じていた。

 だけど、目の前にいる人――沙恵は私の可能性に賭けてくれると言ってくれた。

 必要としてくれたのだ。


 視界が霞む。

 何かが頬を伝う。

 溢れて止まらない。

 でも、拭いたくはなかった。


「う、ううっ……」


 誰よりもそれを渇望していたのかもしれない。


 必要とされることを。

 それによって誰かが喜んでくれることを。


 無意識に手を伸ばす。伸ばした手は沙恵の首の後ろへと周り、私は身体の全てを沙恵に預けた。


「うわああああああああああああああああああああああぁぁぁぁ……!!!」


 体の底から声が自然と出てくる。さっき見せた感情の高ぶりとは明らかに違う、嬉しさに満ちた叫び。初めて経験した慟哭だった。

 沙恵はそんな私を突き放すことはせず、ただただ優しく背中をさすってくれていた。その優しさが更に私の胸に染み渡り、凍りついていた心を溶かす。母からもらった愛情と同じくらいの愛情がそこにはある。

 私はそれに我も忘れて甘えた。

 小さな子供のように、泣きじゃくることしかできなかった。

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