4.本能のままに
異世界から来たという少女「沙恵」によって力を解放されたサヤカは、そのあまりにも大きな力を抑えきれず意識を失った。
脳の奥底から意識を浮上させる。
「なるほど……」
ゆらりと立ち上がってから、目を開いて周囲を確認。目の前にいる沙恵は少し怯えた目をしてこちらを見ている。私はその姿を見て、得体の知れない喜びを感じていた。
「ふふっ、いいですね。この力があれば何でもできそうな気がしますよ……」
それは誰かを殺してしまいたい、何かを壊してしまいたい衝動。
獰猛な心を持った紛れもない“本能 ”だ。
「今すぐにでも、あの憎きゴミ虫共に復讐ができますね」
ゾッとすることを平気で口走っているし、口調も全然違う。
恐らく、沙恵が私の中の力を解放したことにより、日ごろの恨みと怒りが爆発してしまったのだ。
「ダメよ! そんなことをしたら、あなたはその子達よりも人間としてもっと下になってしまう! お願いだからやめて!!」
沙恵は必死になっていた。必死で私の心を元に戻そうとしてくれていた。しかし、私の憎悪は留まるところを知らず、寧ろより強力になっていく。
「何でやめなければならないのです? 私はいつも苦しかった。その苦しみを今度は彼らが受ける番なのは、当然のことではありませんか?」
その目には最早、憎しみしか映っていなかったのだろう。今すぐにでもこの夢から覚めて、あいつらの元に飛んで行きたい。
全てをぶつけ、全てを奪い、全てを壊す。
それだけしか頭になかった。
「それは違う! 苦しみを苦しみで返してしまえば、新たなる憎しみが生まれるだけ……。そしてそれは本来、誰も望んでいないことなのよ!」
この状況に恐怖していた沙恵は、それでも気丈に振る舞おうと頑張っていた。顔は苦痛に歪み、圧倒的な力を持った私の圧力に呑み込まれそうになってもなお、諦めず説得を続ける。
「別にいいじゃないですか。私には誰も期待していない。誰も私に、何かを望むことなどない。だったら、何をしても別に良いじゃないですか」
しかし私は、そのような説得に耳を貸すつもりはなく、沙恵の言葉を全て否定し、欲望のままに自らの力を振るうことを厭わなかった。
更に勢いが増す力に沙恵は思わず目を細めてしまっている。沙恵のその姿を見るだけで、私の中に蹂躙したいという気持ちが沸き上がってきた。
「そうですね。手始めに、あなたから餌食になってもらいましょうか。この力を授けてくれたあなたに感謝しつつ、この夢から目覚めさせていただきます」
右手を突き出しながら、不敵に笑う姿が想像できるだろうか。
何ができるか分からない。
だけど、確実に何かができる手ごたえ。
何でもしてやろうという感覚。
思い出して怖気が走るが、そこには甘美な誘惑も同居している。それほどまでに、狂気というのは恐ろしいものなのだと理解してもらいたい。
手の平に力が集まってくるのを感じる。沙恵には申し訳ないけど、消えてもらう覚悟で私はその力を解き放とうとした。
「ダメだって! それ以上にそんな力を使えば、私だけじゃなくあなたも死んでしまう!! それこそ、誰も望まないことなのよ! 私もあなたに、そんなことになって欲しくないの!!!」
沙恵は力の限りそう叫んだ。
「そうなんですか……」
それでも、私はどこか遠くの言葉を聞いているようであった。そして私は、笑みを不敵から哀愁へと変える。
「それならそれで構いません。どうせ私には生きている価値などない。ここで死のうと誰も悲しまないですからね。別にあなたからの同情は欲しいとも思いませんし」
それが沙恵の説得に対する応え。この世から消えてしまいたいという願いは、思いのほか簡単に叶ってしまいそうで、少し間の抜けた感じがしていた。
だからだろうか、このほんの一瞬、私に油断が生じ、暴走させていた力が少し弱体化する。
この好機を沙恵は見逃してくれなかった。
私の胸元まで一足で一気に迫り、鳩尾より少し下辺りを思いっ切り殴った。後方に飛ばされることはなかったけど、地面にうずくまり、苦しさに耐えきれず両腕で殴打された部分を庇う。
意識が腹に集中しながらも見上げると沙恵は小瓶に入った何かを口に当てている。何か嫌な予感に駆られ、逃げようと這いつくばってその場から去ろうとしたが、身体が思うように動かなかった。
スッと両手が伸びてくる。左手は何とか払い除けるが、右手を肩に回され引き寄せられる。そしてそのまま……。
「んむっ!?」
口づけされた! しかし、ただの接吻ではない。沙恵の口を通して何か液体が流れ込んでくる。抵抗しようにも突然のことに動揺してしまい、脳が動けと信号を、命令を出してくれない。
辛うじて飲み込まない意志だけが命令に従っていたが、その望みも留まることを知らない、流れてくる液体に意志ごと呑み込まれてしまい、私の喉を通り過ぎていった。
沙恵がゆっくりと離す。そして私はそのタイミングですかさず距離を取った。そのままじっと沙恵を見据える。
だがそれも長くは続かない。
(!?)
突然、めまいに襲われた。視界がぶれ立っていられなくなり、片膝をついてしまう。近づく人影を上目遣いに一睨みして、私の意識は灯り一つない暗闇にまた、放り込まれてしまった。




