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今日はデートなのだけど、あれっ?



 実のところ長瀬くんとは、小学校のころにもクラスメイトだったことがある。五年生のとき、彼があたしのクラスに転校して来たのだ。

 その日の朝、職員室へ学級日誌を取りに行った日直が、興奮した表情で教室に駆け込んできて、「転校生が来るって!」なんて言った瞬間に、クラス中で熱狂したような、ワクワクした雰囲気に包まれたっけ。


 あたしの通ってた小学校は、二学年ごとにクラス替えがあったから、五年生だと卒業まで同じ面子。彼がやってきた秋には、すでにみんな打ち解けてグループが出来ていて、毎日変わらない顔ぶれに、ちょっと飽きていたころだったかも。

 このまま卒業までと、思っていたところにやってきた新しい仲間。好奇心旺盛な子供にとっては、季節外れのイベント、言うなれば動物園にやってきた珍しいパンダみたいなものでしょ。そりゃもう大騒ぎで、ホームルームでやってきた先生が一人でおろおろしてた。


 だって他のクラスじゃなくて、自分たちのいるクラスだよ。それだけでなんだか、学校中で一番自分たちのクラスがキラキラっと、特別な感じがしない?

 たとえばそれがクラスのガキ大将で、女子から絶賛嫌われ者の林くんみたいな子だったとしても、あたし同じくらい歓迎してたと思う。


 ましてや長瀬くんは礼儀正しくて、誰にでも優しいし、顔だちもそのころから今の片鱗が見えるくらい、整ってたし。

 ほら、この年ごろの男の子って、すぐに下品なことを言ったり、わけもなく奇声を上げて教室を走り回ったり、女子から見たらほんとオコサマよねって感じに見えたからね。かっこいい転校生は、完全に一線を画してて、影で王子さまなんて呼ばれてたし、女の子たちはこぞって彼の周りに集まってた。


 もちろんあたしも気にしてなかったといえば嘘になるけど、この集団に混ざるだけのパワーがなかったというか。みんなすごいなぁと思いつつ、男子と一緒にちょっと遠巻きに見てたっけ。

 もちろん長瀬くんは男子にも人気があったよ。特に林くんとは仲が良くて、高校でも同じクラスで親友って感じだったし。


 林くんも小学校の頃は嫌われ者だったのに、中学入ってから始めたバスケで選手に選ばれたりとかしてね。高校に入ったら背も伸びてすごくカッコよくなってたから、二人でいるとすごく目立って。あたしとは小学校のころから一緒なのだけど、彼に幼馴染認定でもされてるのかな。割りとあたしによく話しかけてくるものだから、たまにやっかみの目を向けられて困るんだけど。一般市民だしね、あたしは。


 ……なんか長瀬くんが言ってた気がするけど、気のせいよ気のせい。


 そんな感じで彼とは二年間クラスメイトだったわけだけど、特に個人的に話したこともなし。

 そのままお互い卒業して、あたしはそのまま公立の中学、頭がいい彼は私立へと入学した。


 確かエスカレーター式の学校だったはずだから、高校でまた顔を合わせてかなり驚いたっけ。どうやら彼はそのことを覚えてないみたいで、普通に初めましてって言ってきたけど。


 そのころから有名人だったんだよね、長瀬くんってば。一体いつごろからあたしをそういう……ええっと。う~む。

 なにを照れてる、あたし!


 ふぅっと、お腹から息を吐く。

 今日も毎朝の日課のランニング中。珍しく色々考えてしまった。

 走るときは無心に。って、難しいよね。特に自分を痛めつけたいわけでも、さらに持久力アップしたいわけでもないから、無理ない範囲で走るとつい余計な想像が浮かんでしまう。


 考えたからって、いい案を思いつくとは思えないのだけどね。そもそも元の世界に帰りたくても、あたしの力じゃどうにもならないし。


 完全に人任せっていうのが、自分的にかなりくるものがあるのだけど。と言っても、どうにもならないっていい加減割り切らないとなぁ。あたしがひとりで考えてもしょうがないことなんだし。

 どよどよの心の中と違い、空は雲ひとつない快晴だ。木々の隙間からもくっきり、青い色が見えている。


「あ、おはよー!」


 こっちの空も青いんだ、なんて自分の思考に沈んでいたあたしのそばの茂みが揺れた。ひょっこり、草むらから小さな獣が顔を出す。大きな耳と長いふさふさの尻尾の、子犬のような、リスのような、はたまたうさぎのような不思議な子だ。


 あたしがひらひらと手を振ると、獣はぴょいんっと、ひとつ跳ねた。興味深そうにじっとこちらを見ている。


「今日はね、お菓子を持ってきたよ!」


 昨日長瀬くんから鉱糖という、蜜を固めた甘い塊をもらった。

 この世界にサトウキビはないのだけど、お砂糖のように甘い樹液が採れる木というのがあるらしい。砂糖楓みたいなものなのかなと思ったら、味はメープルシロップというより蜂蜜とお砂糖を混ぜたような、コクがあって美味しい甘味料だ。


 魔王の治めていた領域のそばの森に生えていた苗木を、現在王都の近くに植樹しているということで、そこで初めて採れたものらしい。

 そのまま舐めてもキャンディーみたいに美味しいのだけど、


「佐倉さん、家庭科得意みたいだし、これがあったら色々お菓子が作れるでしょ」


 って、長瀬くんが言ってたから、試しになにか作ってみることにしたのだ。こっちの世界に来た時あげたクッキー、気に入ってくれたのかな。なんとなく嬉しくなって、結構たくさん作ったから周りの人にもおすそ分けしたら、なかなか評判が良くてさすがあたしとご満悦に浸ったりして。自画自賛。うむうむ。

 焼き菓子自体、こっちの世界にもあるのだけど、材料費が高いから、お金持ちの贅沢品だ。


「ほ~らほらほら」


 しゃがみこむと、獣に向かってチッチと、人差し指でおいでおいでしてみる。

 ここ数日、朝のランニングの時見かけるこの子、多分同じ子だと思うのだけど、もう少し慣れないかと思ってね。佐倉さん餌付け計画というわけ。


 あたしは腰から下げた袋に入れていたクッキーを小さく砕いて、手のひらの上に乗せて差し出した。そっと地面に沿うように、指の先の方へとクッキーを載せる。

 獣はぴんっと、耳を立ててこちらの様子を窺っていたのだけど、やがてのそりと茂みから顔を出した。真っ白なふさふさした毛並み。長い尻尾がゆらりと揺れる。獣はくんくんと小さな鼻をヒクつかせて、あたしのそばまでやって来た。


 黒い瞳があたしを見上げる。額の中央にはぽつりとした、宝石のような赤い石。それだけでもあたしが普通に知っている獣じゃないと判る。

 額に宝石かぁ。なんかこんな動物、どこかで見たか読んだかしたような。

 眉を寄せて考え込むあたしの手から、小さな手がクッキーをつかみあげる。きゅっと、小さな鳴き声。鼻を引くつかせてしばらくクッキーを眺めていた獣は、やがてもふりとクッキーにかじりついた。


 おぉっ。固唾をのんで見守るあたしをよそに、もきゅもきゅとクッキーを食べつくした獣は、ついと顔を上げた。黒い瞳と目が合う。くりくりとした黒い眼差しが、じっとあたしを見上げている。

 どうしたんだろう。物言いたげなような。


 しばらく見つめ合っていたあたしたちなのだけど、やがて獣はふぃっと顔をそらすと、茂みへと潜っていった。もしかして、クッキーありがとうってお礼を言ったのかな。

 もふもふとした真っ白な毛並み。触ったら気持ちいいだろうなぁ。次は触らせてもらえるかな。柔らかい毛皮の感触を想像してみる。ちょっとずつちょっとずつ、楽しみが増えるのは嬉しいね。


「よし」


 立ち上がると、大きく伸びをする。そろそろ部屋に戻らないとなぁ。

 そう頭を切り替えつつ、なんとなく足が重い。

 別に部屋に戻るのが嫌ってわけじゃないんだけどね。戻ること自体は嫌じゃないんだけどね。うぅ。


 そもそもの始まりは、ちょっと前に、ふと思いついて長瀬くんに言ってみた一言。


 ――デートしょっか。


 いやね、気の迷いってわけじゃないのよ。なんのかんの言っても長瀬くんは結構忙しいみたいで、なかなか十分に話す機会が取れないし。

 顔は割りと毎日見るんだけど。……ほんとに忙しいんだろうか、あの人。

 それでも顔を合わせてすぐにいなくなっちゃうから、忙しいのは確かだと思うんだけど。


 そんなことを思いつつ、部屋までの道を辿る。

 のろのろと、そう、なるだけのろのろと。

 うん、解ってる。部屋に到着するのが遅くなったって、タイムリミットは変わらないって。

 すなわち、……今日なのだ、デートの日は。

 そこまで考えて、頭を抱える。


 うわぁ~、どうしよう!?

 なんというかもう、ひたすらあのとき自分の言った言葉が恥ずかしい!

 ひとりパニックになりつつ、熱くなる頬を押さえる。

 あたしの言葉に、長瀬くんは一瞬目を大きく見開いたかと思うと、次の瞬間真っ赤になった。


 もう、あれよ。さらっとね。そう、さらっと口から出ちゃったのよ!

 そんでね、冗談だってすぐに取り消そうとしたんだけど、その時には長瀬くんがね、小さな声で「うん、いいよ」ってはにかんで微笑んじゃっててね、もう二人の世界というか。

 いやぁ~、それあたしのガラじゃないからっ!!


 そんでもってね、すっかりその場で存在を忘れ去られていた第二王子がね、勝手にやってくれとばかりに冷たい視線を向けていてね。

 長瀬くんったらじゃぁ今からとか言い出すし、そしたら第二王子は仕事がどうのと言って一大紛争が起こりかけて、そこからまた一悶着あって結局今日に落ち着いたというわけ。


 時間も経つし、忘れてないかなと期待したんだけど、昨日楽しみだねって言ってたから、ほぼ確実に忘れてないと思う。さすがに今から彼の記憶喪失を願うつもりも実行するつもりもない。

 やっぱ止めたもダメだろうなぁ。


 たぶんなのだけど、長瀬くんは怒らないと思う。きっと寂しい顔で笑うんだろうなと想像がついて……無理。あたしには無理だ。あのキラキラした捨て犬のような目で見られたら、そっちの方が耐えられないっ。


 そんなわけで迎えた当日。そんな今。

 ええぃ、佐倉春風! いい加減腹をくくるのだ。

 デートと言ったって、ちょこっと町に下りて城下町を見学したり、一緒に買い物したり、ご飯食べたりするくらいだよ。


 まぁ、世間一般の高校生のデートって、そんなものだよね。場所が異世界って、ちょっと変わった場所なだけで。

 いや、ちょっとじゃないけど。全然ないけどね。そこは置いておこう。

 気合を入れなおすと、えいやっと足を踏み出した。


 うん、大丈夫大丈夫。今日もいい天気だし、確か長瀬くんお勧めのスイーツのお店があるって言ってたから、ちょっと楽しみなのよね。さっきのクッキーみたいに鉱糖を使ったものなんだって。

 あ、ちょっと楽しみになってきた。プリンとかあったら食べてみたい。春風さんはスイーツに飢えているのだ。


 あたしの部屋はロザリンド姫づきということもあり、王宮の奥まった場所にあるのだけど、中庭からはそう離れていない。それもあってシャツとハーフパンツ姿というラフな姿で行き来してる。首に巻いたタオルで汗を拭いつつ、部屋のそばまで来たあたし、その場でぴたりと足を止める。

 くるり。背を向けた。


「サクラハルカ!」


 背後から誰何(すいか)の声。

 うぅ、見つかっちゃったか。

 歩き出そうとした足を止めると、あたしは恐る恐る後ろを振り返る。


「私を見て逃げ出すとは、いい度胸ね」


 ふわふわした、小春日和のような淡い金髪。春色のドレス。バラ色の頬をした美少女が、あたしの部屋の前にいた。

 いた、というか。

 彼女の後ろには、侍女が10人ばかり控えていて、手になにやら色々持っている。なに、この物々しさは。えっと、ブラシとか? 大きなたらいとか? あれに見えるはドレスのような?


「な、なにかごようでしょうか?」


「なにかですって?」


 柔らかい髪をかき上げた美少女、アリシア姫は、あたしの言葉にむぅと唇を尖らせた。


「貴女今日はユキヤとデートするのですって?」


 彼女は手にした扇を口元へ当てると、じろじろと、あからさまに不躾な視線を、あたしの頭から足元へと向ける。うわぁ、ほんとあからさまに冷ややかな視線。


「え? はぁ、まぁ……」


 ぽりぽりと、頬をひっかきつつ言葉を濁すと、アリシア姫は扇をぽんと手でたたいた。え、なにが始まるの?

 思わずひるんだあたしの腕を、両脇から侍女たちが捕らえる。


「なっ!?」


「この私が知った以上、ユキヤさまのそばに貴女のような存在を許しておくわけにいきませんわ」


 そう言ってぱしんっと、もう一度扇をたたく。

 あ、なんかとっても不穏な空気と嫌な予感。そんなことを考えているうちにアリシア姫の声で、今度はあたしの部屋のドアが開けられた。そのままあたし、室内へと担ぎ込まれる。


「おかえりなさいませ、ハルカさま」


 中にいたあたしの侍女のユアが、深々とお辞儀をした。いや、あたし連行されてるんだけど。それも犯罪者のごとく絶賛連行中なのだけど。なんでそんなに平然としてるのっ。

 そうこうしてる間にも、アリシア姫は連れてきた侍女たちにてきぱきと指示を飛ばしている。さらには追加の侍女たちが、大きな甕を運んできた。中にはなみなみとお湯が入っている。


「え、え~っと、アリシア姫、これは?」


「見て判りませんの? お湯ですわ」


 いや、お湯は判るんですけど。というか、なんとなくこれから起こることは想像つくんだけど、聞かずにはいられない。

 愛想笑いを浮かべたあたしに向け、アリシア姫は優雅に微笑んでみせた。そりゃぁもう、あでやかに。


「どんな理由であれ、ユキヤさまのそばに立つ以上、貴女にはそれに相応しい装いをしていただきます」


 あ、やっぱり?

 がっくりと、肩を落とすあたしの耳に、もうひとつ扇の鳴る音が届いた。

 


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