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異世界召喚されたんだけど、何か質問ある?



 食事が終わり、あたしは長瀬くんに送られて、充てがわれた部屋へとやって来た。と言っても長瀬くんの部屋のすぐ隣なんだけどね。


「それじゃぁ……」


 そう言い掛けたものの、そのまま黙り込む長瀬くん。向かい合って立ち尽くしながら、そう言えば異世界に来て2人きりになるのは初めてな事に気づく。なんだか色々あり過ぎて、たった半日の出来事だとは思えないんだけど。


 どうやら長瀬くんもそれに気づいたらしい。だってさっきから、ゼンマイの切れかけたブリキの兵隊さんよろしく、ギクシャク怪しい動きをしてるもん。あ、深呼吸してる。でもそれって、確かラマーズ法とかいうやつじゃ? どこで習ったんだろう。学校の友達? それどう見てもその人に騙されてるからっ。


 しばらくして、どうやら落ち着いたらしい。恥ずかしい台詞さらっと言えるくせに、なんで照れるかな。こほんっと、咳払い。


「えっとね、僕これでも結構しつこい性格でね、たった一人で異世界に来て帰れないって判っても、そうですかって割り切れなくて……だから」


 あぁ、そうか。


「うん、解った」


 そう、返事する。もう会えないと覚悟してても、あたしのために異世界料理を再現したりする位だもんね。それも2年という歳月が経っているのに。だから先程出て来た名前の人が、長瀬くんにとってどんな人でも気持ちは変わらないと……。うぅ、この恥ずかしさは、その内免疫が出来るんだろうか。顔が熱いんですが。ペチペチ、横を向くと両手で頬を軽く叩いてみる。良しっ。


 じっと見つめてくる瞳を見上げる。柔らかい、はにかむような笑顔。でも今朝まで一緒だった彼にはない光が瞬いている。何処か切ないような、哀しい光。


 この世界に来てからどんな事があったんだろう。第二王子が言うように、あたしは長瀬くんの事を何も知らない。分かち合う苦難も悲哀もなにもない。彼の言うような、ぽっと出の婚約者だ。それも名ばかりだし。でもこの世界に来た以上、知らなかった事にはしないからねっ。


 あたしが手を伸ばすと、長瀬くんは少し驚いたように身を震わせた。おでこの辺りが精一杯か。長瀬くん、背が伸びたな。つま先立ちになると、よしよしと、頭を撫でた。


「大丈夫だよ、長瀬くん」


 あたしが居るからね。

 そりゃ、彼が魔王を討伐する場には居なかったけど、こんな顔させちゃう位酷い目に遭ったのは解るよ。


「うん……」


 くしゃりと、顔が歪む。彼は撫でていたあたしの手を両手で包み込むと、自分の胸元に当てた。


「僕は……、今ね、佐倉さんが僕のせいで巻き込まれてしまった事に、凄く申し訳ない気持ちで一杯なんだ」


「うん」


 淡々と紡がれる言の葉。でも、だからこそ、彼の心が伝わってくる。深くて、とても切ないね。


「でもね、もう二度と逢えないと思っていた君にまた逢う事が出来て、凄く嬉しい。こんな事思っちゃいけないって思ってるのに、凄く嬉しい」


「うん」


「でも、嬉しい気持ちが大きくなる程、申し訳ない気持ちもどんどん大きくなって、僕は……」


 言い淀む彼を見つめる。小さな声も聞き漏らさないように、じっと。


「ごめんね、佐倉さん。必ず君を帰すから。だから、しばらく我慢してて」


 ぎゅっと、彼の両手に包まれた手に力が伝わる。そっか。うん、解ったよ。でもね、


「ごめんねは要らないよ。それに……、帰る時は、長瀬くんも一緒だからね」


「うん……そうだね」


 どうしてこの人は、こんな顔をするんだろう。窓から差し込んでいる月光みたいに、綺麗で儚くて、今にも消えてしまいそうだ。


「痛っ!」


 だから鼻をぎゅっと摘まんでやる。ほら、痛かったら夢じゃないんだよ。え? だって自分で摘まんだら痛いもの。鼻を押さえる長瀬くんに、にんまりと笑いかける。うん、我ながら意地悪い顔になれてるかな。


「ねぇ、あたしでも魔法を使えるようになる?」


「え? どうかな、適性があれば使えると思うけど」


 鼻を押さえながら、長瀬くんは不思議そうに首を傾げる。


「長瀬くんは使えるの?」


「うん、一応。でも習うならシュテンドダルトの方が良いと思う。僕の師匠でもあるし」


 ふむ。それは好都合。

 ネガティブは、春風さんには似合わないんだよ。帰れない、オーケー。勇者の婚約者、了解。案件は幾つか出て来てる。使える駒はいくつある? さぁ考えてみて、出来るとこから手をつけよう。


「どうしたの?」


「ううん、なんでもない」


 あたしの様子が可笑しかったのか、笑顔を浮かべた長瀬くんに、笑って首を振る。とりあえず、やる事は決まったかな。全部を叶える事は難しいから、あたしにとって重要で大事なものを考えよう。取捨選択だったかな。春風さんは頑張るよ!




◇◇◇




「広いなぁ」


 ロザリンド姫の侍女は普通、姫の部屋の近くに部屋を貰うんだけど、あたしは特別に長瀬くんの側になったらしい。特別なんて要らないのにな。まぁ、離れてると言っても彼が貰っている部屋は王族が住むエリアだから、そんなに遠くはないのだけど。


 あたしの部屋は、長瀬くんの部屋と広さは同じ位。広めの机が置いてある。リビングみたいな感じかな。奥がどうやらベッドルームらしい。六畳の部屋に住んでたあたしには、この広さは落ち着かないというか。


 長瀬くんとお別れして、気が抜けたあたしは、諸々の疲れも出たのか、椅子に腰を下ろした。靴脱ぎたいな。こんなふかふかな絨毯なんだもの、裸足だって良いよね。


 制服のジャケットを脱ぐと、絨毯に座り込んで靴と靴下も脱いだ。髪は手に巻いてたシュシュで括る。腰まであるストレートの髪は、さらさらして纏まりにくいのよね。切りたいけど、母さんが許してくれないんだ。せっかく綺麗なのにって。まぁ、でももう関係ないから、別に切っても良いのか……。


 立ち上がる。あ~、開放感。足の下が柔らかくて気持ち良い。靴を履くなんてもったいない。この世界の季節がどうなっているのか、まだ判らないけど、あたしが移動した季節は秋の始め。衣替えが終わって冬服だ。それで問題ないのだから、季節は同じか、それともこの気候のままなのかも。


 さて、今日最後の出来事になるのかな。窓の外を叩く音がした。この世界にはガラスがあったようだ。あたしの世界のもの程透き通ってはいないけど、窓に使われている。窓の外はバルコニーになっていて、テーブルを置けば、ここでお茶も出来そうだ。バルコニーの外には魔法使い。相変わらずずるずるした服を纏っていて、袖口で口元を押さえている。


「いらっしゃい」


 笑顔で窓を開けると、部屋へ招いたのだけど、魔法使いはバルコニーから動こうとしない。


「……サクラハルカさまのお部屋に入ったと、ユキヤさまにバレたら殺されます」


 しょんぼりと、肩を落としている。大袈裟な。そう言えば、さっき未婚の男女がどうこう言っていたものね。長瀬くんにお説教した手前、自分が部屋に入ったと知られたら怒られるのかもしれない。

 長瀬くんというと、ふわふわした笑顔しか浮かばないんだけど。


「それは相手が貴女だからですっ」


 いや、そう言われてもなぁ。でもそういう人程怒ると怖いって言うものね。


「まぁ、知りたい事はおおよそは判ったのだけど」


「左様ですか」


 先程隙を見て、後で部屋に来るようお願いしたのだけど、随分と不機嫌だなぁ。


「そりゃ、貴女が私を脅すからです」


「え~、あたし脅してないよ」


「だって来なかったらって」


「来なかったら、なぁに?」


 首を傾げてみせたら、魔法使いはぐっと言葉を詰まらせた。


「……騙しましたね!?」


 まぁ、多少思わせ振りな事は言ったかな。でも一体あたしが何をするって想像したんだろう。涙目だけど。


「ねぇ、魔法使い」


「それは私の事ですか?」


「うん、シュなんとかだっけ? シューさんとかの方が良いのかな」


「……魔法使いで良いです」


 諦めたらしい、項垂れている。なんだろう、この別に嬉しくもない勝利感。


「よもやユキヤさまの愛する人がこんな……」


 なにやら失礼な事を言われているような気がする。一体どんな嫁を想像してたのだろう。


「その人は春の女神のように周りに暖かさをもたらし、心は澄んだ泉のごとく清廉で、全ての人に潤いをもたらすと、ユキヤさまの書かれた書物に――」


「あたしが悪うございましたっ!」


 ぎゃあ! やめて、なにその最終兵器。書かれた書物って、長瀬くん何を書いてるの!?


「ぽえむとか言うものらしいですよ」


 なんですと!?

 怖いよ~、その書物、あたしが魔王なら一瞬で滅ぶ自信があるよ! 長瀬くんが書いたポエムも怖いけど、それが流通してるかもしれない方が怖いっ。


「まだ流通はされてませんね」


 長瀬くんが紙の製造方法を伝えたとかで、活版印刷とやらが今試作されているらしい。それが実用化されたら出版されるとか。断固阻止しなければ。あぁでも、それってやっぱり小説家志望のあたしのためよね。

 絨毯の上にへたり込んだあたしが可笑しかったのか、魔法使いはくすくすと笑う。


「サクラハルカさまは、お呼びした事を恨んで居られますか?」


「うん」


 即答すると思ってなかったのかな、魔法使いは僅かに目を見開いた。そんなにあたし、平気そうに見えてるのかな。立ち上がるとスカートのすそを直す。後で伸ばしておかないとね。

 この世界に無理矢理連れて来られた事に関しては恨んでるよ。あたしはあの世界を好きだと思った事はないけど、両親も友達も居た。やりたい事だってあった。それなりに満足してたんだ。


「そうですか……」


「でも、長瀬くんに会わせてくれたのは感謝する。彼をここで1人にさせずにすんだもの」


 笑ってやると、あんぐりと口を開けられた。そんなに変な事言ったかな。


「サクラハルカさまはユキヤさまを好きではないのですよね?」


 確認するかのような問いかけ。さっき同じ事を答えたと思うんだけど。


「好きか嫌いかと言われたら好きかな」


 クラスメイトってだけで、あんまり話した事はなかったけど、元々嫌いではない。実際話をしてみて、変な人だとは思うけど、別に嫌じゃないかな。


「恋愛感情ではないけど、好ましくは思うよ」


「そうですか」


 なんでそこで意気消沈するのよ。良いけどさ。


「そこでズバリ本題なんだけど、あたしを召喚しようと思った理由と、あたしがこの世界で望まれている役割について教えて下さい」


「それは……、ユキヤさまの笑顔のためです」


 笑顔? 魔法使いの返答に、今度はあたしの方が目を丸くする。長瀬くん笑ってたけどなぁ。少し寂しそうだったけど。


「えぇ、ユキヤさまがあんなにお笑いになるところ、初めて見ました。サクラハルカさまのお陰です」


 この世界に来て、淡々と自分の役割りを果たす長瀬くんは、凍てついた美貌から、氷炎の勇者と呼ばれたそうだ。唯一、彼が笑みを浮かべるのは、異世界に残して来た思い人の事を話す時。周りはそんな彼のために、もしその人が勇者さまの側に居てくれたらと考えて、その人が快適に過ごせるように、異世界の技術を開発しているのだとか。そりゃ、本人が召喚される訳だ。あたしって、呼ばれるべくして呼ばれたのね。


「笑顔ねぇ……」


 まぁ、あちらにいた頃、長瀬くんの笑った姿は嫌いじゃなかったかな。周りを明るくするような、天使の笑顔。見てるのは嫌いじゃない、ううん、好きだった。


「私がした事が、正しい事ではないと言うのは解っております。命をもって償えと言われれば従いましょう」


 申し訳ありません。彼はそう言って、あたしの前に跪いた。潔いけど、自分がした事は後悔してなさそうだ。全部覚悟の上なんだね。全ては長瀬くんのため。長瀬くん、ここでも人気者なんだ。

 う~ん、イケメン美形な魔法使いの命かぁ。


「そんな重いものは要らないかな」


 この人を背負うには、さすがにあたしが力持ちでも手に余る。ウェイト的な問題だけじゃなくね。


「まぁ、色々教えて欲しい事はあるから、師事は請いたいけど」


 魔法とか。異世界召喚とか、自分で理論が解れば、帰還する方法も編み出せるかもしれないし。自分でやり方を知ってても損はないでしょ?


「いかようにも。私は現在この国に縛られてはおりますが、その他の全てを賭け貴女に仕えましょう」


 それも要らないのだけどな。見上げてくる綺麗な顔を、そんな事を思いながら見つめ返す。

 次の瞬間、部屋の奥から突風が吹き込んで来たかと思うと、あたしの制服のスカートがはためいて、目の前から魔法使いが消えた。おや?


「シュテンドダルト、覚悟は良いよね?」


「ゆっ、ユキヤさまっ!?」


 辺りを氷点下に落としそうな位の、凍りつくような声と、泣きそうに焦った声。そちらに目を向けると、バルコニーに向かって、長瀬くんが魔法使いにのしかかっている。2人の間でキラリと光るのはもしかして真剣?


「な、長瀬くん?」


「佐倉さん安心して、不埒者は即成敗するね」


 目と声が座ってる。いや、色々な意味で安心出来ないからっ! 第一、君どこから来たのよ!?

 なんとか魔法使いの誤解を解いて尋ねると、どうやら長瀬くんの部屋のベッドルームと、あたしの部屋のベッドルームが繋がっているらしく……、ちょっと待って!?


「き、昨日まではドアなんてなかったんだよ」


「私はなにも……、王太子殿下がなにやら父上に指示を出しておられたようですが」


 あたしの背負う暗雲に、2人は怯えたように後ずさる。いつの間にか出来ていたドアに、なんだろうとドアを開けた長瀬くんは、あたしと魔法使いが熱っぽく見つめ合っているのを見て、ぷっつんしたらしい。言っておくけど長瀬くん、熱は全く篭ってないからね。いやそれより、間違いを犯して下さいとばかりに、寝室繋げるとは何やらかしてんのよ。


「あんの、腹黒王太子っ!!」






 遠い世界の父上様母上様、春風は元気にやってます。やはり当分帰れそうにありません。良い子でやっていくつもりですが、でもたまに切れても良いよね?

 この世界にも浮かんでいる、まんまるなお月さまに向かって叫ぶと、あたしは王太子いつか仕返すと、心に誓った。



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