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無双の駆出し者

「なんでこんなコソコソしなきゃいけないんだか」

「でも街の人に追いかけられながら行ったら、きっとその人びっくりしちゃうよ」

 歩きながら愚痴をこぼす統夜に、至極真っ当なことをレフィアは説く。

「そりゃそうだが……こちとら悪いことしたわけでもないっつーのに」

「あのなあ、無用な騒ぎを起こさんに越したことはないだろ? ちょっとくらい自分が少数派なんだっていう自覚を持て」

 なおも不満げな統夜を、先頭を歩くノーマンが振り向いてたしなめた。

 彼らは今、依頼主のもとへと向かっている最中だった。その装いは、道すがら見咎められるのを防ぐために、ひとまず三人ともフード付きの外套を着るというもの。体が小さいレフィアにとっては少々ブカブカなものの、それがいい具合に顔まで隠してくれていた。紅い瞳を見られないように眼帯も付けているのだが、用心に越したことはない。

 ノーマンも同行しているのは目下、探されているのは二人組ということで、三人ならば注目を浴びにくいはずと彼が発案したからである。また、依頼に滞りなく間に合ったことを確認する意味合いも兼ねていた。

「それにしても助かったな。ラウルさんまで街の人達と同じ反応だったら、どうしようかと思ったぜ」

「トウヤって割と行き当たりばったりなんだね」

 ひそひそ声で、今さらのように二人は言い合う。知り合いの少なさからとっさに逃げ込んだものの、味方をしてもらえる確証があったわけではなかった。

 ノーマンはそれが聞こえたのか、こちらの世論に通じていない統夜を危ぶんで忠告した。

「勘違いするなよ。オルバスのじいさんや俺なんかは、言わば例外さ。世間から見れば変なのはこっちなんだ。大多数の人間は吸血鬼を毛嫌いしてるからな。連中のなかにも、友好的な奴が皆無ってわけじゃないんだが、それを知る人間は多くねえ。たとえ信頼できる人物だと思っても、そう簡単に嬢ちゃんのことは明かさないこった」

「わかりました」

 そうこうしている内に、依頼主が待っているはずの地点にたどり着く。通りを抜けた街の中心部、噴水の置かれた広場である。

 統夜はフードを脱いで辺りを見回した。

「この辺りですよね」

「ああ、無事に到着して何よりだぜ」

 ノーマンも同じくフードを脱ぎ、安堵の溜息を吐くと共に冷や汗を拭う。

 すると、膝を屈めて荷馬車の車輪を点検していた五十絡みの男が、

「おや、ノーマンの旦那じゃありませんか」

 顔を上げて声を掛けた。男は手をぱんぱんと払い、こちらへ近づいてくる。どうやら、彼が依頼主の商人らしい。

「わざわざおいで下さるとは、やっぱり人手が……?」

「いいや、護衛の件なら問題ない。こいつが引き受けてくれたよ」

 ノーマンが統夜の肩に手を乗せながら答えた。

「統夜と申します」

 自分の名を名乗りながら、代行者の証たるプレートを見せる。

 それを確認した商人があからさまに顔を曇らせ、ノーマンへと確認した。

「ストーンランクですかい。いや、確かに贅沢は言えませんが……大丈夫ですかね」

「安心してくれ、あんたは運が良い。こいつが引き受けてくれた時点で、あんたも商品も無傷でたどり着けると決まったようなもんだ」

 ノーマンは胸中の不安を吐露した商人を勇気づけるように、力強く請け合った。

 さすがにそこまでは言えない統夜が口を挟む。

「あの、そんなに持ち上げるのはやめてくれませんか……。最善を尽くしますので、どうぞよろしく」

 彼としては、侮られたことを憤慨する気はなかった。自身の階級が下から二番目、代行者の仕事を始めて間もないことは、紛れもない事実である。万が一を考慮して命の心配をするのは当然だろうと、かえって納得していた。

「まあ、もう一人雇っているし何とかなるか……くれぐれも頼むよ」

「任せてください」

 商人から差し出された手を取り、握手を交わす。

 二人を引き合わせたことを見届けたノーマンは、

「それじゃあ俺は戻るぜ。依頼の達成書は向こうの街の支部に持ってきゃいいからよ」

 そう言い残すと手をひらひらさせて帰っていった。

「さてと、君らにはわしと一緒の馬車に乗ってもらう」

 商人は自分の荷馬車を指して言った。荷台部分には風雨避けの幌がかけられている。

「座席に乗るもよし、荷台に乗るもよしだ。準備はいいかね?」

「ええ、問題ありません」

「それなら息子が戻ってきたら出発しよう――と、噂をすればだ」

 ノーマンとすれ違うように同様の荷馬車がもう一台、広場へと入ってきた。御者をしているのは、丈夫そうな毛織の服を着た若い男。

「ただいま、父さん。仕入れは済んだよ。首尾は上々だ」

「そいつは何よりだな。こっちも、同行してくれる代行者が何とか見つかったよ」

 会話をしながら親子は積荷の最終確認をする。

 その馬車の荷台から、短いあごひげをたくわえた三十代ほどの男が飛び降りてきた。

「よっと……楽なのはいいが、どうにも肩が凝っていけねえな」

 体をほぐすように大きく伸びをし、独りごちる。彼は統夜に目を留めると気さくに話しかけた。

「よう、お前さんがもう一人の護衛か。俺の名はクラウスだ」

「クラウスさんですね。俺は統夜です」

「トウヤ、だな。こういう仕事は経験あるのか?」

「いえ、今回が初めてです。足を引っ張らないように頑張ります」

「大丈夫だって。俺らが目を光らせてれば、わざわざ襲ってくる奴なんているもんか。言わば乗ってること自体が仕事みたいなもんだ」

 クラウスは好奇心に満ち溢れた、積極的に人と関わろうとするタイプだった。先ほどから目立たないようにしているレフィアにも、興味津々といった様子である。

「そっちの子は?」

 顔を覗き込まれそうになったレフィアは、慌てて統夜の後ろに隠れた。

「おっとっと、嫌われちまったかな」

「彼女は少し……いや、かなりシャイな子でして。悪く思わないでください」

 統夜が申し訳なさそうにフォローする。クラウスは別段、気にする様子もなくいなした。

「構わねえよ。ま、同業者同士仲良くやろうや」



 馬車に揺られ、テルセアの街が後方に遠ざかっていく。

 統夜とレフィアは、荷台部分に乗せてもらうことにした。着ていた外套をクッション代わりにして座る。中は色とりどりの食材が詰められた箱が所狭しと積み上げられているものの、二人が足を伸ばして座れる程度のスペースはあった。

「……こりゃ暇だな。もう暇過ぎてやばい」

 出発していくらも経たないうちに、統夜はぽつりと呟いた。

 道程は順調そのものだった。天候には恵まれ、空気は乾燥していて、アップダウンの多いなだらかな丘を固い土の道がどこまでも伸びている。日差しによって暖められた空気に乗って運ばれてくる草の匂いと、馬のひづめがたてる規則的な音が否応なく眠気を助長させてくる。

 しかしながら護衛として雇われた手前、まさか昼寝をするわけにもいかない。

 魔法の練習でもしようかと考えたものの、それも自重することにした。有事の際に疲弊するのでは、と無駄に商人の不安を煽ることになりかねない為である。実際には使いきれないほどの魔力が有り余っているのだが。

 と、いうわけでゆっくりと流れていく景色を見つめるだけの、まことに退屈極まりない苦行を強いられているのだった。

「何事もないなら、それはいいことじゃないかな」

 レフィアが退屈そうにしている統夜に言った。

「ごもっともだ。俺の暇つぶしに、賊に襲われてくれなんて言わんよ。それはそれで追い払うのが面倒臭いし」

 統夜はあくびをかみ殺しながら答えると、また景色を眺め始めた。

 やがて日が暮れ始めた頃、一行は歩みを止めた。凝り固まった体をほぐす為、各々待ちわびたように馬車を降りる。

 それから皆は、太陽が沈んでしまう前に野営の準備を開始した。たきぎにする乾いた枝を拾ってきたり、近くを流れる小川から水を汲んできたりと、それぞれ作業を分担して手早く整える。

 夕食はレフィアが、こってりとしたシチューを作った。それというのも、彼女の料理の腕前を見込んだ統夜が勧めたからである。商人の親子は食材を使うことを快諾してくれた。

 フードを脱いで素顔をさらしたレフィアを見て、クラウスは口笛を鳴らした。

「ヒュー、こりゃ可愛らしいお嬢さんだ」

 そういった賛辞に慣れてないレフィアは恥ずかしそうに赤面したものの、動揺して料理をしくじるようなことはなかった。

 辺りがすっかり暗くなる頃には全員の腹は満たされ、たき火を囲んでくつろいでいた。

「そういやお前さん、代行者のランクは? ちなみに俺はアイアンだ」

 クラウスは自分の代行証を見せながら統夜に訊いた。

「俺はストーンです。資格を取ってから、まだ一月程度なので」

「一つ違いか。もっとも俺なんてのらくらやってるから、すぐに追い抜かれちまうかもな」

 彼は自嘲するように笑いながら言った。そして今度は商人達へ話を振る。

「ところでよ、あんたらもわざわざこんな物騒な時に行かなくてもいいんじゃねえの。なにか理由でもあるのか?」

 これには商人の息子が答えた。

「今回食材を卸しにいく人達はお得意さんでね。ずいぶん前から世話になっているんだ。良い値で買ってくれるし、多少のリスクは目をつぶるさ」

「なるほどな、商人ってのも大変だな」

 クラウスは感慨深げに納得すると、大きなあくびをした。

 商人が立ち上がって言った。

「ふむ、明日も早い。そろそろ寝るとしようじゃないか」



 夜も更けた頃。

 眠っている皆を起こさないように注意しつつ、統夜は野営地からそっと離れた。

「さて、今日もやりますか」

 そう呟くと、まず彼は入念な柔軟体操を始めた。体の可動域が広がるように、じっくりと時間をかけて。それを終えると、今度は全身に魔力を行き渡らせて筋力の底上げをした。そしてその場で両手を突いて倒立をする。さらに、ゆっくりと片手を放してそのままの姿勢を保つ。

 竜と融合を果たして以降、統夜には力を得た代償として無くしたものがあった。

 人間らしさを失った、というべきか。

 日々の中で、睡眠を取らなくても一向に平気な体質に変わってしまっていたのである。他にも思い返してみると、空腹や喉の渇きなども覚えた気がしない。どうも、人としての感性が希薄になっているらしい。

 それからというもの、彼は夜な夜な己を鍛えることに終始していた。筋トレではなく、主に柔軟性やバランス感覚を優先的にである。もちろん、筋肉をつけるのが無駄というわけではない。基礎能力が上がれば、それだけ少ない魔力で同じパワーを発揮することができる。つまり、自身を強化した際の持久性が増すのだ。ただ統夜は潤沢な魔力を持っている為、そこまで必要としていないのだった。

(……人間であることを捨てる、ね。確かにこりゃ人間離れしてるわ)

 統夜が片手で逆立ちをしたまま、そんなことを考えていると突如、

『後悔しているのか』

 彼の頭の中で、歳月の重さを感じさせる渋い声が響いた。この声の主こそ、彼と同化した銀色の竜である。

『いいや、あいつの隣に居てやるには必要なものさ。お前がいなけりゃ俺なんか、そんな我が儘すら通せないからな』

 統夜はすっと立ちあがって自分の手を払う。その脳裏には、自分の無力さを思い知らされた苦い一戦が浮かんでいた。

 そしてふと、休憩がてら訊いてみた。

『なあ、なんで俺に力を貸してくれたんだ?』

『貴様の行く末を、見てみたいと思ったからだ。この世には、ただ無為に生き続けられるものなど存在しない。それは長命種である我ら真竜や、吸血鬼とて同じこと。むしろ寿命が長いほど、生ある時間をどう過ごすか向き合わねばならん。退屈は、あらゆる生命をも蝕む猛毒となる』

『つまり、なんだよ。お前にとってはただの暇つぶしってことか』

 竜という生き物にも俗な感情があることを知って彼は笑った。

『そうなるな。実際、我は生きるのに倦んでいた。貴様と出会った時、あの森で瀕死だったのはそれが原因だ。我を探し出した一人の人間に挑まれ、そして戦った。無論、其奴がかなりの使い手であったのは間違いないが、それでも我が本気ならばあそこまで追い込まれることは無かっただろう。結果はほぼ相打ちという形になった。だが、あと数刻もすれば死ぬという時、奇しくも貴様が現れたというわけだ』

『巡り合わせってのはわからねえもんだな。それにしても、俺の行く末ね……。そんな面白い人生かは分からんが、お前の期待外れにならないことを祈るよ』

 統夜はそう言うと、剣の素振りを開始した。



 翌日、夕暮れに景色が赤く染まり始めた頃に、目的の街であるランドールが見えてきた。

 日が沈んでしまう前に街へ入ってしまおうと、商人が馬を急がせる。

「無事に着けてよかったね」

 レフィアは安堵の表情を浮かべて言った。

 統夜がその意見に同意しようとしたその時、

「ところがどっこい、どうやら仕事になりそうだぜ」

 彼は好戦的な集団の気配に気付き、億劫そうに立ち上がった。

 道の左右にはちょっとした木立が並んでおり、見通しはあまり良くない。隠れて待ち伏せするには、申し分ない場所だ。

 どこからか、いきなり角笛を吹く音が上がり、それを合図として数本の矢が飛んできた。急ぐ一行の行く手を遮るように、矢は地面に突き立った。

 御者の商人が、慌てて馬車を止める。

 と、左右の木立から筋骨たくましい男達が六人、馬車を挟み撃ちするように現れた。

「へっへ、荷物を置いてってもらおうか」

 それぞれ弓や斧や剣などで武装した彼らは開口一番、大変わかりやすい台詞を吐いた。わざわざ正体を問いかけるまでもない。

 商人が舌打ちして護身用の短剣を取り出す。

「ちっ、お断りだ! あんた達、頼んだぞ」

 統夜とレフィア、そしてクラウスが、それぞれ荷台から飛び降りた。

「レフィアは自分の身と商人のおっさんを守ってくれ」

「わかった」

 追い剥ぎたちはじりじりと包囲網を狭めてくる。

 手に斧を持った髭面の男が出し抜けに、統夜へ問いかけた。

「そこのあんちゃんよ、こっちにつかねえか? 楽に稼げるぜ」

「なぬ、仲間に入れてくれるの!?」

 思わず聞き返すと、商人がぎょっとして目を剥いた。

「いや、ほら、ほんの冗談ですって……」

 統夜は依頼主にそう言うと、髭面の男に向きなおった。

「せっかくだけどやめとくわ。ちゃんと請け負った仕事だし、途中で裏切るのはちょっとね。……そういうことで、覚悟してくれ」

 誘いを断って腰の剣に手をかけたその時、

「おーっと、大人しく従ってくれよ」

 クラウスが素知らぬ顔で、守るはずの商人の息子へと短剣を突きつけながら言った。

 何が起きているのかは一目瞭然だったが、統夜はあえて声を掛ける。

「一応確認しておくが……敵と味方を間違えてないか?」

「悪いな、俺はもともと襲う側なのよ」

「こいつらとグルってわけか」

「真面目に働くより、こっちの方が儲かるんでな」

 くっくっ、とクラウスが笑って肯定した。

「なるほど。俺はあんた達のお眼鏡に適っちまったらしいな」

 どうやら先んじて潜り込んだ一人が情報を収集し、護衛の人物を近場で観察した上で襲うか否かを決めるらしい。なかなか合理的な手法である。確かに駆出しの若輩者ならば、標的としては申し分ない獲物だろう。

 統夜はうんざりして溜息を吐いた。まさか味方が寝返ってしまう事態になるとは、彼も予想外であった。二人の商人もあまり戦力に数えられないところをみると、全て自分で片付けなければならないのは明白だ。

(まあ、いいか。まずは人質の安全確保からかな)

 彼が頭の中で不運な山賊グループ殲滅の段取りをつけていると、

「た、頼む……命だけは助けてくれ」

 首筋に短剣を突きつけられた商人の息子が、震えながら懇願した。

「殺したりはしねえから安心しな。死体なんか持って行ったところで、一銭にもならねえからよ。ひひっ、そこの嬢ちゃんなんかは特に、高く買ってくれる物好きが見つかりそうだぜ」

 クラウスがにやにやと下卑た笑みを浮かべながら言う。彼の想像では、全員まとめてどこぞに売り飛ばされる末路なのだろう。

「さあ、武器を捨てて大人しく捕まってもらおうか。恨むなら、自分達の運の悪さを恨みな」

 言われた通り、統夜は腰に帯びた剣をゆっくりと外して宙に放った。クラウスの気がそちらへ逸れたわずかな隙をついて、彼は距離を詰める。

「残念ながら、運が悪いのはあんたらなんだよね」

 そんな台詞が自身のすぐ横から聞こえ、クラウスは信じられない気持ちで声の方を向いた。気が付けば、人質に突きつけていた短剣を指でつままれている。

「くそっ、この……⁉」

 魔力で強化し、渾身の力で振りほどこうと試みるものの、その強さの何という事か。つまんでいる本人は至って涼しげな顔をしているのに、まるで万力で絞められているかのようにビクともしない。

「う、嘘だろ。何でこんな奴のランクが――」

 喘ぎながら言っている途中で、顔面をしたたかに殴りつけられてクラウスは昏倒した。

「よし、次」

 淡々と言う統夜。いつの間にか彼の拳から手首までが、銀色の鱗のようなもので覆われている。

 追い剥ぎたちはしばらくの間、立ち尽くすことしかできなかった。もしかすると自分達は、とんでもない存在に吹っかけてしまったのではないか。そんな後悔にも似た思いに囚われ、体が痺れていた。

 あまりにも次元が違いすぎる。今のやり取りだけで全員が共通の認識を持った。

 やがて、

「う、うおおおお!」

 呆然としていた追い剥ぎたちが、雄叫びを上げて突進した。

 やらなければ、やられる。

 自分たちが後のない状況であることを理解した彼らは、死に物狂いで統夜へと襲い掛かる。

 が、そんな後先考えない特攻が、通用するはずも無かった。

 誰もかれもが一撃のもとにのされ、次々と無力化されていく。彼にとっては流れ作業にも等しい行為が、都合五度繰り返されて残るは一人。最後に残った大柄な男が闇雲に振り回す剣をかわし、がら空きの胸に拳を叩き込んだ。男が白目をむいてガクッと崩れ落ちる。

「す、凄い……」

「ノーマンの旦那が太鼓判おすわけだぜ」

 目の前で繰り広げられた冗談のような光景に、商人の親子も唖然としながら言った。



 それからすぐに一行は出発した。

 ところが、もうすぐ街へ着くというのに統夜が沈んだ顔つきをしている。かすかにだが体も震えているのは、ガタゴトと揺れる荷馬車のせいではなさそうだった。

レフィアは心配になって訊いた。

「大丈夫? トウヤ」

「ん? ああ、当たり前だろ」

 とは言うものの、目に見えて元気がない。

「どうしたの?」

「別に大したことじゃないよ。ただ、誰かを殴り倒すなんて経験は今までなかったからな……ちょっとキツかった」

 自分の手をさすりながら統夜が言った。日本仕込みの良識が、人へ暴行を加えた事実に対して猛烈な拒否反応を起こしたのである。いかに必要に迫られていたといっても、いきなりそう簡単に割り切れるものではなかった。ましてや、素手だったからよかったものの、剣を使っていればいともたやすく命を摘み取れただろう。自分のさじ加減一つで彼らの命運が変わっていたのだと改めて考えてみると、たまらなく怖かった。

 続けて統夜は、自分の抱く懸念を告白する。

「それに、もし俺が切れたらどうしようとも思ってな。こんな力を持ってて、一体誰が取り押さえられるんだ?」

 その姿はレフィアにとって事のほか衝撃だった。彼女は統夜に、何事も動じることなく軽々とやってのけるようなイメージを持っていた。しかし実際にはこうして、自分の行動が起こした結果を受け止め、思い悩むこともあるのだ。

 そんな自分の弱さを彼が隠そうとせず、素直に見せてくれたことがレフィアは嬉しかった。

 彼女は統夜に対して初めて、側に居て欲しいではなく、側に居てあげたいと思った。

 あぐらをかいていた統夜の足の上に、少女がすとんと腰を下ろす。

「レフィア?」

 いきなりのことに驚いて統夜は訊きかえした。そのまま彼女は何をするでもなく、ただ体を預けてくる。柔らかい肢体が密着し、どぎまぎする統夜にレフィアは言った。

「トウヤならきっと大丈夫だよ。我を忘れて、力の使い方を間違えたりなんてしないもん」

「そうかい、ありがとう」

 ふっと統夜は笑った。

 彼は多大な信頼を寄せて無邪気に笑う少女のお腹に手を回してぎゅっと抱きしめる。伝わってくる温もりが心地よかった。

 いつしか不安は消え去っていた。

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