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つくづく災難なのは、このお屋敷だと思うんです。
さっきは魔力を爆発させたわたしに天井に穴をあけられ(今は違う部屋に移動してます)、今度は扉もろとも周囲の壁を破砕され、せっかく手の込んだ美しい内装を施されているというのに、建物本体を次々破壊行為が襲うなんて、なんて不憫。
未だ砂塵舞う室内で、そうして建物を憐れんでいたというのに。
「ルー兄上!それがやっと見つけた嫁ですか!」
周囲を全く顧みない元凶は、兄たちよりもわずかに色目が濃い白金の短髪を揺らして嬉しそうに声を張ると、ルーファス様の膝の上から動けないでいたわたしをひょいっと抱き上げた。
「よろしくな、嫁!」
「しませんよ、よろしく」
紺の瞳を三日月にして、にかっと笑って見せた一見快男児に、うんざりを前面に押し出した対応になったことは必然だと思うのです。
身長こそ他のご兄弟とさして変わりませんが、腕とか首とか胸とかもう、目につく範囲でウザイくらいに自己主張している筋肉達がね、つらいの。言動も猪突猛進、単純明快と言えば聞こえが良い明らかになーんも考えてませんて、あれでしょ?もう、ベタすぎてベタすぎて泣いても泣ききれません。
脳筋、出ました。前評判通りです。オヤジにインテリときたら締めは脳筋。
なに、これ。男兄弟はタイプを変えて三人揃えないといけない決まりとかあるわけ?前世の物語やゲームにも多かったパターンは、全宇宙いやさ全次元共通のデフォルトですとか言いませんよね?どうなの、神様!
「ん~?ひどく反抗的に見えますが?」
子供にするように脇の下を両手で持ってわたしを吊り下げたまま、眉根を寄せたご主人様その三のカルヴィン様は、ルーファス様に問いかける。
頭の中に筋肉が詰まっていても、上の二人と同じくわたしの人権を認めない方向性だけは同じらしい。いやいや、詰まっていないからこそ素直に世間の大勢に従っちゃうわけですか、そうですか。
「公爵夫人が気に入らないのだそうだ。王子妃や王妃を狙っているわけでもないらしいがな」
何を考えているんだか、わからん。
小さくそう付け加えたルーファス様は、弟君が乱入される前の話題に触れつつ、頑なに嫁はイヤだ退職させろと要求するわたしの真意を探ろうと目を眇めてこちらを見ていた。
そう、そうでした。ない頭をフル回転させて、皆様を説得しようとしていたところでした。脳筋にかまけている場合じゃありませんよ。
「そこがそもそもわからないんです。なぜわたしのような下級魔人の娘が、公爵家や王家に輿入れできるのですか。いくら珍しい突然変異種だろうと、周囲がそんなことを認めるとは思えません」
さまざまなことが一息に噴出して軽く流していましたが、どうして揃ってメイドを嫁にしようなどと思うのか、誰もこれに反対しないのか、不思議なんです。
床がつま先から離れた、ちょっと情けない状態ではありますが、顔だけは真剣に回答を求めましたら、室内が水を打ったように静かになってしまいました。
そう、まるで信じられないことを聞いたとでも言わんばかりの、少し呆れを含んだ耐え難い空気。あら?皆様を説得する材料として、これ、間違ったりしてました?
「…君は確か、父親が自分を人買いに売ろうとするから魔力を封印したと言ったな。ではなぜ自分が高値で売れるのか、知っているのではないのか」
ルーファス様の尋問のような口調に眉を顰めながらも、わたしはこくりと頷く。
「暗殺者にするか、間者にするか、魔力の弱い貴族の養子にされるからです」
近所のおばさんが、周囲の子より少しだけ強い魔力があることを自慢するいたずらっ子に、そう言っていた。そんなものをひけらかすと、ロクなことがないと。現在、実感中ですおばさん。
それはともかく。
改めて考えてみるとわたしは、何故高額な人身売買の対象に自分がなるのか、本当はよくは知らないと気付く。なにしろ平民に突然変異種が生まれることは本当に稀で、だからこそ人の口にその手の話題が上ることは珍しいのだ。
まだ知らない事実があるのかと、不安に苛まれながらルーファス様を見やると、眉間のしわを揉みほくしながら彼は首を振っていた。
「どれも違うな。売られてくる突然変異種は、貴族の子作りに”利用”される。『色移り』であれば観賞用に併用されることもあるが、あくまで併用だ。眺めているだけでは君たちの素晴らしい特異性が全く発揮されないからな」
…さらっと、ひどいことをおっしゃいましたよね、今。一瞬自分が家畜かなんかになった気分でしたが?あれ?現在進行形?
飼い殺しとかペットって言葉が頭を駆け巡る中、まだ説明いただいていない”特異性”とやらを教えてもらえないものかとルーファス様を見据えていると、いつの間にやら隣に立ったフィンレイ様が優しい手つきでわたしの髪を撫でながら解説してくださいました。
「突然変異種は貴族にも出るんです。平民に現れるものとは真逆で、ごく僅かしか魔力を持たない『落ち子』と呼ばれる彼等は、二、三代に一人、悪ければ当代に必ず一人と頻繁に生まれます。そして、彼らの生み出す子は三代先まで必ず『落ち子』になります。ですから彼らは子を作ること禁じられているのです」
己の利用価値を聞くより先に、何故か始まった貴族の暗部の暴露にどう反応していいかわからず戸惑っていると、カルヴィン様がやっと床にわたしを降ろしてくれました。そうそう、真面目な話を聞くときはこうでなくてはいけませんと、ホッとしたのもつかの間腕を伸ばしたルーファス様に捕獲され振出しに戻りましたが。ちっ。
「どの貴族の家系にも『落ち子』がいます。それはより古く、より強い魔力をもった血統に多くあらわれる。王家と言えど例外なく」
歌うような声に聴き惚れながら、前世の知識はその『落ち子』がなぜ頻繁に生まれるようになったのか、容易に答えを出していた。
原因は、近親婚。
科学が文明の中心を走っていた前の世では、血が濃くなるといろいろと子供に害が及ぶことは、学ぶことが義務化されている国々のほとんどの人が知っていた。大昔はどうだったか知らないが、わたしの生きる時代で親兄弟との結婚が禁じられていたのはそのせいだ。
ところがこの世界には、近親婚はいけないという考え自体がない。叔父・姪、叔母・甥で結婚なんて当然だし、異母兄妹なんて普通に結婚・子作りいたしちゃう。ごく稀にだけれど、同じ両親から生まれた兄妹が結婚することだってあるくらいだ。
これを世界で一、二を争う少数種族の魔人が公然と行うんだから、血が濃くならないわけがない。しかもすそ野の広い平民はまだしも、貴族なんてごくごく限られた顔ぶれの中で子孫繁栄に勤しんでできたわけで、結果など推して知るべしである。
それにしても、不思議。こんなにあからさまな結果が出ているに、どうして近親婚のせいだって思わないんでしょうねぇ。教えてあげませんけど。わたしに前世の記憶があるってばれちゃうので。
ともかく、王家にも影響が出てるのはゆゆしき事態ですから、少々気を引き締めたわけですが。
「それを救うことができるのが、貴女方なのです。しかもその血を受け継ぐ子は『落ち子』と同じく三代先まで強い魔力を持ち、その家に不幸な子を作らずにいてくれる。中でも貴女が有する魔力は公爵家の嫁として申し分なく、王家とも交配できるほどなのです」
嬉しそうに語るフィンレイ様は、相変わらずいっちゃった表情をなさっていて、同じく隣の弟君も安堵の浮いた笑みを見せる。
これで裏に何があるのか、気づかない人はいないと思いません?
で、この家の『落ち子』さんはどちらにいらっしゃるんですか。