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 身動きできない体の中で、うぞうぞ蠢く何者かがあちらこちらを闇雲に探っている。

 神経に触れて悲鳴を上げるような痛みを引き起こしたかと思えば、どこにあったのか意識が飛びそうな快感が押し寄せるポイントを撫でたりする、この飴と鞭を詰め合わせた感覚がどれほど続いているのか。視界を奪われているのでさっぱりわからないけれど、耐えがたい時間であることは確かだ。


「あ…がっ…んうぅぅ…っ」


 時折漏れる自分の声は、恥ずかしいほど理性の欠片もない本能に満ち溢れたもので、それをあの美貌の前で出してるのだと考えると本気でいたたまれない。きっと顔もすごいことになってるんだろうなぁ…やっぱり転職しよう、うん。

 なんてことを頭の隅で考えていられたのも、ここまでだった。


「ルーファス様、これ以上は!」

「待て、もう少しなんだ…っ」


 フランクさんの緊迫した声と、ご主人様の焦りを帯びた声、どちらも不吉な予感しか感じさせないそれらの後、頭を力の限り殴られたような痛みと衝撃が襲う。ふさがれた瞼の裏に滲んだ赤がなんとも禍々しい。

 そして、直後に襲う、激痛。


「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 体が動けば転げまわれたのに、唯一自由になる声帯から悲鳴を上げることしかできないなんて、ああ、もどかしい!

 痛い、痛いんです!頭の内側に爪をたてられているみたいで、地味にけれど絶え間なくギリギリと痛覚を刺激するんですよ!やめてください、お願いだから!!こんな思いをするくらいなら、魔力なんか封印されたままで構いません!!

 わたしの声にならない叫びが届いたのか、痛みは唐突に消えた。

 体の自由も視界も戻ったんですが、どこにも力が入らなくて情けないことにへたり込みそうになる。


「おっと」


 それを阻止したのは、ご主人様だった。至近距離で人の頭の中を探っていたのだから、当然と言えば当然ですよね。崩れ落ちるか弱き乙女を助けるのは、男の義務です。というかこの場合、加害者の義務です!


「大丈夫かい?」


 腰を抱かれて男性の腕の中、な状態は恋愛経験なしのわたしが通常の状態だったら刺激が強すぎたと思う。相手は『もの』がつく美貌の人ですしね。

 でも今はそれどころじゃありません。痛みの余韻で頭はくらくらするし、涙は止まらないしで、女の子としてこれってどうなの?はたして人前に出てていい顔なの?!状態です。周囲の空気を読む状態にないのです。

 だというのに、どうしてご主人様の濃紺の瞳はきらっきら輝いてるんですかねぇ?そんなに面白いですか、悲惨な顔してる女が。


「すまなかったね、無茶をしてしまって」

「うっ…い、え…」


 声が涸れてひどく掠れてましたけど、一応返事はしときます。まだ雇い主です。今月分のお給料もらうまでは、悪態ついちゃいけません。

 え?まだ・・ってどういう意味かって?辞めるんです。もう絶対、こんなドSなご主人様の下で働きませんよ、わたし!あんだけ叫んでたのに『もうちょっと』ってなんだゴラーっ!挙句の果てにニヤニヤと泣き顔眺めるとか、ふざけんなーっ!

 …いけないけない、余計なところで前世のわたし登場しちゃいました。ともかく、こんなとこではもう働けないって話ですよ。


「君の封印解除は、私にはできないようだ。こういった繊細なことは弟に向いているんでね」

「はぁ…」


 じゃあやるなよ!…いやいや、落ち着けわたし。もう一度思い出すのよ、相手はまだ、雇用主。


「取り敢えず一緒に危険な記憶も探らせて貰ったから、何某かの密命を帯びて我が屋敷にいるわけでないのはわかったけれど、違う目的はあるのかな?」

「…どんな、でしょう?」

「うーん、よくあるパターンは公爵家の夫人狙いとか?随分大きな魔力を持っているようだし、可能だろう?これは『危険』な情報ではないんで記憶を探ってもわからない。意識まで除くのは面倒だし、正直に言って貰った方が…」

「狙っておりません」


 むしろ退職希望です。

 少し驚いた様子のフランクさんに内心ムッとしながらも、そこだけはきっぱり言い切っておく。冗談じゃないですよ、誰も彼もがお貴族様に憧れるわけじゃないんです。素敵な前世の記憶が言ってるんですから、庶民が上流階級に潜り込むと陰湿ないじめにあうって。

 それに大きな魔力があるっていわれても、実感がありません。なにしろずーっと封印しっぱなしだったものですからね。

 まあ一番は、自分より綺麗で性格がドSな旦那なんかいらないってことですけど。


「…魅力はないかな、公爵家に」

「お金はありますね」


 さも不思議だと言わんばかりのご様子でしたから、ちゃんと長所もあると教えてあげたじゃないですか。なのになんでそんな可哀そうな子を見る目をするんです。


「公爵家のご兄弟は容姿の美しさも人気のようですが?」

「ええ美しいですね、目が潰れそうなくらい」


 フランクさんから必死さを匂わせるご質問を頂きましたので、こちらにも正直な感想を述べさせていただきましたとも。だというのにどうして、どん引き?

 ここの家の主従は揃って、随分失礼じゃありません?

 未知の生物にでも出会ってしまったかのような反応に気分を害しながらも、まだ雇用主を呪文のように唱えて相手の出方を窺う。

 しかし、あの訝しむような表情、何か引っかかる…ああそうか!暗殺者でなければわたしが玉の輿狙いの性悪女だと思っていたんでしたっけね?それを誤魔化すために奇妙な発言を繰り返して、まだ屋敷に居座ろうとしてるんじゃないかって?オッケーオッケー、大丈夫です。それなら対応は簡単です。


「あの、わたし明日にも退職希望ですので…」

「何を馬鹿な!!」

「許しませんよ、そんな勝手は!」


 できれば次の職場へ持っていく紹介状を下さいと続けたかったんですが、すごい勢いでお二方に止められました。

 えっと、転職まずかったですか?なにやらひどく焦ってらっしゃるように見受けられるんですが…。


「君ほど魔力があって、かつ下心がない未婚の娘はもういないんだよ。しかも他家の柵がない平民育ちとは、恐ろしいほどこちらに都合がいい」


 都合がいい?


「ルーファス様を間近で見てのぼせ上らない人材も貴重です。夫人としてだけでなく、使用人としても使い道があるんです」


 使い道?


「君は公爵家に必要なんだ」

「あなたは当家に必要です」

「辞めさせていただきます!!」


 必死の形相ですが、言ってることがひどく自分本位なことにこの方々は気づいていないらしい。利用されまいと子供のころから頑張ってきたわたしに対して、なんて失礼な言い草でしょう!

 相変わらず理解できないと表情で訴える男二人を振り切って、引き留められる前に踵を返してドアを開け…たんですが。


「おや?どちらへ?」


 目に優しくない美貌の男性が、扉の向こうで微笑んでました。

 もう、いやな予感しかしません。



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