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「あ、あのフランクさん。わたし、何かしましたでしょうか?」


 数歩前を行くピンと伸びた背中に恐る恐る問うと、僅かに口元を緩めた執事は公爵家の習慣なのでそう怯えるなと宥めてくる。

 習慣て、なんですか?雇われてしばらくしてからの呼び出しとか、悪い想像しかできないんですけど。というか、そもそもどこ連れてかれるんですか?!

 裏方仕事専門のメイドじゃ歩いたこともない豪華な廊下を進みながら、気分はドナドナです。

 余計な質問をするのすら憚られる下っ端ですが、せめて連行理由くらいは明らかにしていただきたい。行き先不明って、すっごく不安なんですよ~。

 足首まで沈むんじゃないかってくらいふかふかの絨毯を楽しむ余裕すらなく、びくびくと連れていかれた先はやたら重厚そうなドアの前でした。


「新しいメイドを連れてまいりました」

『どうぞ、入って』


 控えめなノックと共にフランクさんが来訪を告げると、艶のあるバリトンがだるそうに入室を許可する。

 …ここ、ご主人様の書斎、とかですよね?ご兄弟の何番目かは知りませんが、間違いなく中にいるのは雇用主ですよね?

 習慣って、直接ご主人様とご対面ですか?!聞いてないんですけど、そんな心臓に悪いイベント!

 心の準備があるんで出直しますって言いだす前に、さっさとドアを開けちゃったフランクさんに室内に押し込まれ、にっちもさっちもいかなくなりました。結構押しが強いですよね、この執事!


「さ、ご挨拶なさい」

「セーラ・アンレイです!」


 促されたのを幸いと、勢いよく頭を下げて視界からがっつりご主人様その一を排除いたします。

 …だって、ね?こちらの三兄弟、世間様ではお美しい容姿がそれはそれは有名なんです。一目見たら虜になっちゃう!って。確かに、地位も名誉もお金もあるイケメンの独身。これで騒がない娘は、メロディさんのように特殊な性癖の持ち主だけです。玉の輿狙いも面食いも、等しく魅力的に映る獲物…いえいえ、殿方なのですよ。


 わたしだってご多分にもれません。アイドルに目を輝かせるようにご主人様方に憧れますし、あわよくば嫁!の夢を見たりもします。…実力主義の貴族社会ですし、雲の上過ぎる世界のことですから、あくまで夢ですけどね。現実ではいりません。身の丈に合わないものは苦労しか運んでこないですから。

 それでも仕事で疲れた顔や、乱れた髪で憧れの人に会いたい女はいないでしょ?ええ、いるわけないんです。だから、目なんか合わせません。顔なんて見せないし、見ませんよ!美しいものは物陰からこっそり鑑賞するのが、一般人的適度な距離ですのもの!


 などという複雑な諸事情から、予期せぬ出会いをやり過ごそうと決めたわけですが、運命の女神さまは底意地が悪かったです。


「うん?ん~おかしいね」


 わたしの完璧(?)な自己紹介にどんな疑問を差し挟む余地があったのか、腑に落ちないとでも言いたげに唸った後ご主人様の気配がずんずんこちらに近づいてくる。


「いかがいたしました?」

「いや、何…いろいろねぇ」


 訝しむフランクさんにもはっきり答えず、とうとう九十度に腰を折るわたしにつま先が見える位置まで近づいたご主人様は、冷たい指をあごにかけるとグイっと一気に引き上げた。


「っ!!!」

「ああ、やっぱり」


 声も出せないくらいその美貌に驚いているわたしと違って、にこりと微笑んだご主人様は非常に満足そうだった。

 濃紺の瞳を細め、肩に無造作に揺れるプラチナブロンドを持つこの方を、夢の中とはいえ理想のお婿様に仕立て上げた自分を殴ってやりたい。

 美しさは、過ぎると凶器であります。神々しすぎて目がつぶれそう…呼吸困難になる、思考が停止する、生命維持が難しい。全てにおいてご主人様は、わたしなんかの手には余ります!


「君はどうして魔力を隠しているのかな?封印している意味がないと思うのだけどね?」


 逃げも叫びもできず固まっているところに、そんな良い笑顔で問われても返事ができません。

 っていうか、やっぱりお貴族様ってすごいの?!今まで誰にもばれたことのなかった隠し事が一発でばれちゃった!

 異常事態に立ち往生していたところに追い打ちをかけた秘密の暴露は、わたしを金魚に変えてしまった。ぱくぱくと空気を無駄に食べながら、さてどう返したものかと動かない頭を必死で回す。


 すっごく重大なことを白状すると、わたしは自分の魔力をどうやって封じたのか覚えていないのだ。


 前世の記憶は子供の頃の方が鮮明で、何十年と積み重ねた経験と知識をフルに活用できた。そりゃあもう、とても幼児とは思えない賢さ(?)で父親を煙に巻き己の実力をきっちり隠して平穏無事に大きくなるという離れ業をかましたわけだが、問題が一つ。

 育つにつれ薄くなっていった記憶は、絶対忘れちゃいけないことまできっぱり消しちゃったんですよ。封印の方法とか、手段とかを。

 ま、大きすぎる魔力は身を滅ぼすって基礎知識がありますんで、今後も封印しっぱなしで良いか、なんてお気楽に考えてましたが、まさかこの場面でそれには意味がないとか言われるとか…どうしましょうかね?


「答えたくない?」

 

 様々な理由から沈黙していると、余程わたしが重要な隠し事をしているとみたのか、ご主人様の声が固くなる。

 いけない、いけない。このままではいけない。ここは下町じゃないんだから、魔力を隠していることがそのまま身の危険に繋がってしまうなら、さっさと吐いて潔白を証明すべきだ。なにしろ理由さえあれば、貴族は庶民の命を奪う権利だって持っているんだから。

 中でも国家の主要人物が集まっている公爵家に、魔力を隠したメイドが潜んでいたら、まず疑われるのは暗殺者、次に間者。どっちも捕まった場合の末路は、憐れですよ。拷問の末、殺害ですからね。


「あ、の、ですね…」


 中々に話をしづらい状況ではありますが、できる限りわかりやすくここに至るまでのわたしの人生を、前世云々をうまく誤魔化して話しきった次第です。至近距離の美形攻撃は苛烈でしたが、頑張りましたよ、わたし。


「ふむ…突然変異の娘は、幼い頃、賢いのか…?」

「どうなんでしょう?少なくとも今は平均か、それ以下なのですけれど」


 疑いが晴れたかどうかはわかりません。何しろご主人様の様子からそれを探ろうとしても、長いこと直視できないんで無理なんです。綺麗な人は見慣れるって一般的には言われてますけど、それってどれくらいかかるんでしょう。先が長そうなんですけど…。

 てわけですので、ご主人様から微妙に視線を逸らして会話してたんですけど、当たり前の如くそれって不審な態度なんですよ。自分で自分の首を絞めてる気がびしばししますよねぇ~あはは。


「それじゃあ、私が封印を解いても問題ないのかな?」


 にっこり、いっそお優しく見える笑顔を浮かべて、ご主人様は仰いました。

 でも、わたしにはわかりましたとも。否というならば、命はないよって言う脅しですね?勘違いならまずいと傍らのフランクさんに視線を送ると、執事様も些か硬い表情で微かに頷いていましたので間違いないと思われます。

 …恐ろしい…封印を解く解かないが命がけになろうとは。もう父親の暴挙に怯える必要もないので、魔力を隠す必要なんてありません、ありませんとも。ですから命だけはお助けを!

 首をガクガク振ってどうぞお好きにと肯定すると、ご主人様は手のひらでわたしの目を覆ってしまいました。


「少し、入らせて貰うよ」


 美声、まずいです。耳に吹き込むの止めて下さい!!

 腰砕けになりそうなそれに酔いしれる…間もなく襲ってきた眩暈と不快感に、暴れたかったのに体が動かなかったです。

 なに、これ?!拷問!?


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