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 さて、わたしが勤めるレドモンド公爵家には、現在三人のご主人様がいらっしゃいます。

 旦那様と奥様とお子様の合わせて三人がご主人様です───なんて当たり前な構成でなく、似たり寄ったりの年頃三人の男性が等しくご主人様なんです。


 もちろん最初は意味わかんなかったです。同等のご主人様って何?一家に家長は一人が基本じゃないの?って。

 こちらのお屋敷に勤め始めの頃、同僚達が当然のようにご主人様と表現されたとき、だから首を傾げてしまったんですが、無知な庶民に皆様それそれは親切に説明して下さいました。


 魔人の結婚は一夫多妻、一妻多夫、多夫多妻、なんでもオッケーで、貴族は一夫多妻もしくは一妻多夫が大半を占めているんだそうです。これにはとても合理的な理由がありまして、お家騒動を防ぐのに良いのだとか。

 あ、因みにこの世界、前世と違って完全なる実力重視型ですから、男じゃないと家を継げないなんてことはありません。性差なく、魔力・知力・外交力に優れた方が跡継ぎです。ただし、婚姻を結ぶ関係から家に残す子供の性別は統一することという法があるので、兄二人を養子に出して妹一人が伯爵となりました、なんて事もザラなんだそうで。過去世のフェミニスト達が小躍りしそうな社会構造ですね。 


 その辺はともかく、公爵家でも先の当主様が隠居される際、三男一女から三人の息子が次期公爵に選ばれ三人のご主人様が出来上がった、と。

 うん、理解できました。

 我が家は一夫一婦がほとんどの庶民の中でも、割と底辺の暮らしをする階層に属していたもので、お貴族様の独特なしきたりをほとんど知らないで育ったんです。もちろん、学校は義務化されてないので通ってません。前世の記憶があるせいでかろうじてまともな暮らしができていますけど、無知なままで社会に放り出されたらと想像すると、たまにぞっとしちゃいます。

 だからこちらのお屋敷で与えていただける知識は、とっても役に立ってるんですよ。ええ。


 と、話を戻して。

 三人のご主人様について、使用人たちに基礎知識として与えられる情報をまとめてみます。


 ご長男は、ルーファス・セロン・レイモンド様、三十八才。元帥なさってらっしゃる国の重鎮です。プラチナブロンドと濃紺の瞳をお持ちで見目麗しく、ご結婚相手としては超優良物件であるにも関わらず、独身。婚期なにそれ美味しいの?をマジで言ってのける豪傑です。


 ご次男は、フィンレイ・シリル・レイモンド様、三十五才。副宰相を務めていらっしゃる国の司令補佐です。プラチナブロンドに濃紫瞳をお持ちの美貌の方で、此方も独身。結婚なにそれ私の辞書にありませんが?とかなり本気で言っちゃう強者らしいです。


 ご三男は、カルヴィン・グレン・レイモンド様、二十八才。騎士団長を務めてらっしゃる国の特攻隊長です。お兄様方より少し色味の強いプラチナブロンドと濃紺の瞳をお持ちの美丈夫で、これまた独身。嫁より有能な部下が欲しい!と魔王様に向かって叫んだ脳筋だそうです。


 え?なかなか個性的だって?控えめな表現を、どうも。

 揃いも揃って結婚に興味ないとか、ゲイなの?と思っていただいても構いませんよ。事実わたしはそう思いかけましたから。ご長男の女癖の悪さと、貴族の結婚事情の真実を聞くまでは。


 お家騒動を防ぐために兄弟(姉妹)全員が平等に爵位を継ぐだけでは、不安要素は残りますよね。そう、子供です。長男夫婦に生まれたとか、次男夫婦に生まれたって出自が明らかになると、仲良くお家を盛り立てなさいというルールがあっても、やっぱりもめ事が起ることがあるんだそうで。

 それならいっそ、嫁ぎ先の夫(もしくは妻)全員と結婚して、誰の子かわからない子供を作ればいいじゃないかというお話になっているんだそうです。


 そんなバカな。


 それだって揉める時は揉めるでしょう?!と思ったのですが、その辺は長年この制度を取ってきただけあって、上手い事まわってるんだそうです。大抵のお家は複数の跡継ぎに伴侶を一人しか置かないのだそうで、これが貴族に一夫多妻、一妻多夫がほとんどの理由だそうです。

 それでも様々な要因から多夫多妻になる事もあるそうですが、少数民族の魔人のこと、娶れる妻や夫の上限もあって、兄弟(姉妹)の数以上の妻(夫)を貰うのは禁止なんですって。一人っ子で子供できなかったらどうするんでしょうね?あんまり表だって教えられることじゃないと口を噤まれましたけど、何故?


 ともかく魔人は家族を大切にするってことです。子育ても家族全員でするし、お家も家族全員で護るし。わたしの前世でもこんな人達いたじゃないですか。遊牧民の皆さんとか、家族単位で移動、生活するせいで一致団結が当然って種族が。あれと一緒ですよ。…こんな奇天烈な結婚方式はとってなかったですけどね。そこはそれ。

 わたしが生きてく上では全く関係ない因習ですし、それが今生の常識だと知っていればいいんです。

 ともかく公爵家では、三兄弟全員が気に入るお嫁様を絶賛募集中とか。未婚の理由もぶっ飛んでますね。

 


 さて、知識の反芻はこの辺にしないと…。



「セーラ、そっちは終わった?」

「あ、はい!終わりました!!」


 洗濯物の間からぼんやり空を眺めて物思いに耽っていたわたしは、先輩にかけられた声でうつつに戻り飛び上がる。

 いけないいけない、お仕事の最中でした。ちゃんと働かなければ。

 慌てて篭を引っ掴み、雇っていただいてからこっち面倒を見てくれているメロディさんの元に駆け寄ると、彼女は肉厚で色っぽい唇を三日月にして慌てると転ぶわよと頭を撫でてくれた。


「すみません、遅くなって」

「ちっとも。あなた真面目すぎよ。もっとサボっても良いのに」

「いえいえ、とんでもありません」


 何を言うんだこの人は。っていうかいつもいい加減すぎますよメロディさん、と内心頭を抱えつつ、無駄に色気ダダ漏れの先輩に首を振る。

 前世、オタクの聖地に大量発生していた似非メイドさんと違って、こちらのメイドさんは正当派な制服を着用しているため、襟は首回りをかっちり覆っているし、スカートの裾はくるぶし近くまである。


 なのにどうしたことか、メロディさんが着るとこの制服がやたらと卑猥だった。


 モスグリーンの長い髪を緩やかにまとめ上げ、垂れ目がちの翡翠の瞳を潤ませて、ありすぎる胸を強調するかのように腕を組んでいることが多いせいだろうか?

 …ううん、違うよね。溢れ出るフェロモンのせいだよね。


「あら、考え事?ぼーっとしてるとキスしちゃうわよ?」

「ま、またぁ…冗談は止めてくださいぃ…」


 ほんの数秒上の空だっただけなのに、ずいっと顔を近づけたメロディさんは唇まで数センチってところでニヤリと妖艶に笑ってみせる。

 恐いです。本気でコン(生気)吸われそうです。あ、人間のじゃなくてもコンは吸えるんですよ。生き物なら竜だろうが獣人だろうが、同族だろうがガンガン吸えます。ただ、人間が一番捕食して害がないってだけなので、油断はできません。


「冗談じゃないわよ。セーラならあたし、結婚しても構わないって、初日から言ってるじゃない」

「いやいやいや、同性じゃ結婚は無理ですから!」


 いかに前世の常識からこの世界が外れていようと、生殖が不可な人達の結婚は認められないでしょ?ここら辺は生物の理なんじゃないんですか?無理を通そうとしてもそれこそ無理でしょうが!

 しかし激しく抵抗するわたしの頬に口づけながら、メロディさんは笑顔で言うんだもんなぁ。


「あら、貴族の間じゃ結構あるわよ、同性婚」

「えっええ?!」

「子作りの義務は負ったままだから、勃たないとか濡れないとか細々とした問題はあるみたいだけど、好きな相手と一生添い遂げられるなら些細なことよねぇ」

「些細じゃないですよ!!」


 あんたそんな綺麗な顔して下ネタを大声で!しかもある種、拷問じゃないですか、やりたくないのにやらなきゃいけないとか!

 …とと、いけないいけない。わたしまで一緒に下品になってしまいました。下町じゃないんだから、ここは貴族の御屋敷なんだから、冷静に冷静に…。


「ふふふ、だからあたしと付き合ってみない?」

「みません!!」


 無理でした。迫りくる唇を前にしては、冷静なんて宇宙の彼方です。塵です。

 力の限りメロディさんを押しのけながら、思う。なんでこの人はわたしなんかが好きなんだろう、絡んでくるんだろうと。

 自慢じゃないですが、人様より勝っているところなんてありません。

 黒髪黒目なんてありふれた色合いで、目鼻立ちも普通、百六十センチの身長は女性として平均だし、太ってないけど痩せてもいない、聖者も裸足で逃げ出すほど性格が良いわけでもなければ、魔力が高い以外に神がかり的なチートを持ってるわけでもないんだから、無条件で他人に恋愛感情なんて示されたらまず悪戯じゃないかと疑ってかかって当然だと思うんですよ。

 しかも相手は同性なんだから、尚更。

 …という本音を包み隠さずぶつけると、メロディさんはにんまり唇を歪めて見せた。


「あらぁ、セーラってばうぶってより無知なのね。いーい?恋って、本能でするもんなのよ!」

「………」


 思わず頭を抱えたわたしを、責めちゃダメです。

 たっぷりためて、思わせぶりにそんな答えってどんなですか。恋は本能なのか、野生なのか。それを知らないと無知なのか。

 いい。もう、わたしは無知でいい。それで一生困らない。


「セーラ?」

「お仕事しましょう、メロディさん」


 お給料、良いんだけどな。精神衛生のために、転職も視野に入れよう。貞操の危機を感じる職場で禁断の扉を開く勇気は、まだないもん。

 無視しちゃイヤ!…とかほざいてる理解不能な先輩を置き去りに、さて次はどこの掃除をするんだったかと記憶を辿っていたわたしは、使用人用に設置されている裏口を開いて、固まった。


「セーラ。一緒に来て下さい」


 実用一辺倒で飾り気のないドアの向こう側、タキシード姿で一分の隙もない初老の執事が入ったばかりの召使いを名指しで呼びに来るなんて。

 転職するまでもなく、クビ、なんですか?



 

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