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あーなんだろ、このえもいわれぬ疲労感と、そこはかとない達成感。
長かったわぁ…フィンレイ様の女嫌いの原因なんて聞かなければよかったと、後悔する程度には長い回想だったわぁ…。
ぐてっとソファーに凭れ掛かったら、お隣でカルヴィン様も目頭を揉みほぐしてらっしゃいました。どうやら弟君でさえ初耳な逸話ばかりで、一緒に怒ったり驚いたりなさっていたから疲れちゃったみたいです。
ま、内容が内容だけに致し方ないとは思うんですが、ざっとまとめると素敵に突き抜けたお嬢様方の行動はこんな感じでした。
二人目に公爵家の婚約者となった侯爵家のお嬢様は、ルーファス様より八つも年上の出戻り様で(誰か止めてあげてと思いましたが、魔力的釣り合いを考えると年と過去は二の次だったそうで)、結婚は仕方ないから三兄弟としてあげるけど物足りないから相手は公爵様がしてくださいなと、にこやかにお父様に迫った毒婦様だったそうです。因みに慰謝料として、現在のフィンレイ様の年収に匹敵する額をふんだくられて婚約破棄となったそうです。
婚約する前に、人格と素行調査はしたらどうなんでしょう?結構抜けてますよね、このお宅。
三人目は男爵家のカルヴィン様より三つ小さなお子さんで、彼女が十の年に婚約しようと両家で話をつけたところまではよかったのだけれど、その後、父親が公爵家の名であちこちにした借金が発覚、後始末と共にお嬢様も消えたそうです。
どうも彼女は公爵家の事情を知って引き取り養女にした商人の娘だったようで、借金清算(ドレス代)のために奥方様が転売してしまったと。前公爵様は「どうせ売るならどうしてうちに売ってくれなかったんだ…」と頭を抱えたそうですが、後の祭りでした。非道はデフォです。人身売買は日常茶飯事です。
四人目はルーファス様が政治にかかわりだした頃、自分を売り込みに来た突然変異種で、純情な長男様ってば美女に骨抜きにされて危うく既成事実を作られちゃうところだったとか。
薬に耐性をつけていたので、盛られた媚薬が効かず事なきを得たと。
因みに、現在公爵家のご兄弟は毒薬含むほとんどの薬があまり効きません。それは、初めての婚約者様がフィンレイ様に乗っかるの為に睡眠薬と媚薬をご使用になったことが教訓になっているとかで、以後この手の方法を使ったお嬢様方は悉く返り討ちにあってるそうです。余談でした。
五人目は(まだいるんですかと呟いてしまいました)王族の姫様。纏まる前に好きな人(近衛兵)と、駆け落ち。現在も行方不明。
六人目は(そろそろ勘弁してくださいとお願いしました)騎士を父に持つ平民の娘で、庭師と共謀して屋敷の金品を持ち出そうとしたところで御用。壺をドレスの中に隠したとか、コントみたいです。
七人目は(声を上げる気力が萎えました)旅の踊り子(どこで知り合うんですか…)で、妙齢だった三兄弟を散々食い散らかし、飽きたの一言でまた旅に出られたとか。強い魔力を餌に、優れた男性を落として遊ぶのがご趣味だったそうです。
大きなものはこれらの事案で、小さなものは数限りなく、お菓子、お茶、食事に薬を仕込むのは日常で、裸でベッドも十日に一度の頻度だったとか。
「まあ、年齢が釣り合って魔力がそこそこあるお嬢様方が片付いてくれたのと、僕達に一服盛っても無駄だということが浸透してからは、だいぶ減りましたがね」
それでもひと月に一度は湧いて出る勇敢なお嬢様に、フィンレイ様は長々とため息をおぼしておいででした。追従してカルヴィン様も青息吐息です。
事情って、聞いてみないとわからないものですね。少し前までもう少し信じてくれてもいいじゃないと、喚いていた自分がどこかに消えてなくなりました。十年以上前からの仕打ちの数々がフィンレイ様やルーファス様を歪ませたんですねぇ。前世なら虐待被害者にもなれちゃう事象が、いくつかありましたもの、トラウマも致し方ありません。
「始めは公爵家に見合った娘を娶れと、叔母に言われるがままにしていた嫁探しですが、魔力の強さと強欲さが比例する令嬢方に嫌気がさし、それならと落ち子を作らぬための突然変異種に目を転じれば、貴族に利用されているか、己の価値を知って驕ったり値を吊り上げたり…もう僕は女性に期待することにほとほと疲れてしまったんですよ」
長い長い昔話は、こんな風に締めくくられた。
同情?しますけど、それより己が身を心配してしまいましたね。
此方のお宅、呪われてません?どれだけ結婚運に見放されたら、ここまで強烈な外れクジをひき続けることができるのやら、強制的に嫁にさせられそうなわたしも、その呪いのとばっちりを受けたらと考えるだけで、恐ろしくて涙が滲みます。これはあれですよね、逃げるにしかずってやつですよね?
「フィンレイ様が女性不信になられるのも致し方ないと、痛いほど理解させていただきました。そして、わたしなどが誰にも勤まらなかったこの難しいお役目に、適うとも思えません。どうか後生ですから、お暇をいただけないでしょうか」
さんざん無理だと言われましたが、ここよりほかに行く所なしと脅されましたが、こんな女運ない家の嫁とかやだ。よく考えたら、前公爵の奥方様も結構悲惨な結婚生活を送られたようなことお聞きしましたし、見逃してくださいませんか?
と、祈るような思いで願い出たのですが。
「ダメです」
「ダメだろ」
予想通りの即刻却下、でした。
ですよね~やっと見つけた嫁候補、逃しませんよね~。
…でも今、気づいたんですけどね?もしかしてわたし、愛だ恋だと浮かれたこと言ってないで、歴代の婚約者様やその候補様のように、俗世の欲に塗れた女性を演じたらよかったんじゃないですか?カルヴィン様に懐いたりせず、フィンレイ様に疑われたら『ば~れ~た~か~』と、妖怪おばばのような態度でもとれば、即刻嫁候補から外してもらえたんじゃ?!
「何を考えているか丸わかりの表情ですね」
舌打ちしたいくらいの悔しさに悶えていたら、冷たくフィンレイ様に突っ込まれました。
あれ?わかりやすかったですか?これでも表情作ってるつもりだったんですが、ダダ漏れちゃったんですねぇ、あんまり悔しくて。
「残念ですが、何をしてもどうあっても、貴女は解放されませんよ。もしも救いようのない本性が発覚したら、他家で飼われている突然変異種のように、鎖付きの飼い殺しで地下に繋がれて子を産まされる道具になるだけです。公爵家でその魔力が発現した以上、ましてや絶色であったなら、もう貴女に自由はないんです。諦めなさい」
呆れ声で、分からず屋な子供に噛んで含める言い方は、止めて下さい。そう何度も人の希望を打ち砕いて、絶望にどっぷりつけていただかなくとも、選択の余地のない状況に陥ってるのはわかってるんです。わかっていても抵抗したいんです。
悔しかったんで、そっぽを向いて言ってやりましたよ。
「えー…そしたら一生、恋愛観が破壊されてる長男様に虐げられ、女性不信にあえぐ次男様に虐められながら生きていくしかないんですか?あんまりですぅ」
ついでに『味方はカルヴィン様だけです』っと、隣の腕に縋ってもみました。
当の本人は職業柄、挑発や殺気などのマイナスな感情にとても敏感なので、わたしがわざとらしい態度でフィンレイ様の神経を逆撫でることで憂さ晴らしをしていると気づき、顔を顰めてましたけど。
あまり刺激しない方が良いのはわかってるんですが、ストレスたまりそうなんです。可愛らしい抵抗だと見逃して下さいな。
太い腕にぎゅうぎゅうしがみつきながら、子供のように頬も膨れてみようかと考えていたら、なんか聞いちゃいけない呟きが、聞こえました。
「貴女なら、虐めないかも知れませんよ」
え?何この気持ち悪い空耳。もしやあんまりな展開に、耳まで幻聴を拾うようになっちゃったのかしら?
「………ツンがデレても厄介なんだけど、ヤンくさい人がデレるとそりゃあもう、全力で関係をブッチしたくなっちゃうよねぇ」
あ、まだ前世のわたし、抜けきってなかったみたいです。逃避が過ぎてここでは呪文のようにしか聞こえないであろう言葉で、喋っちゃいましたから。
でも意味がわからなくて幸せなんですよ、フィンレイ様!決して褒めてませんからね。
陥落?何故?